ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

日本学術会議がホメオパシーを全面否定する会長談話を発表

2010年08月25日 | ホメオパシー関連

コメント(私見):

日本学術会議は、8月24日、ホメオパシーの効果には科学的な根拠がなく荒唐無稽として、医療従事者が治療法として用いないように求める会長談話を発表しました。

今回の会長談話では、ホメオパシーのレメディは「ただの水」だから治療効果があるはずがないと言い切り、ホメオパシーが主張する効能を荒唐無稽と一蹴し、日本の医療現場からホメオパシーを排除すべきとはっきり述べてます。

これまで、日本助産師会はホメオパシーを広める活動を展開してきました。例えば、日本助産師会の機関紙の今月号でもホメオパシーが特集されてますし、日本助産師会の多くの地方支部で頻繁にホメオパシー講習会が開催され、2008年の日本助産学会学術集会のランチョンセミナーで日本ホメオパシー医学協会会長が講演しました。同協会のホームページで提携先として11の助産院が紹介されてます。助産師の間にホメオパシーがかなり浸透しているのは事実のようです。日本助産師会の理事の一人が、朝日新聞のインタビューで、妊産婦や乳児にレメディを長年にわたり使ってきたと述べていて、それが記事(2010年8月5日付)にもなってます。実際問題として、ホメオパシー信奉者となって助産業務でレメディを多用している一部の助産師達を、通常医療の世界に戻すのはなかなか容易でないと思います。

ホメオパシーを信奉し医療の現場でホメオパシーを実践している医療従事者は、助産師だけではありません。ホメオパシー関連団体の中には医師の団体もありますし、日本ホメオパシー医学協会の提携クリニックには産婦人科医も含まれてます。

今後、医療従事者が患者さんに対する治療法としてホメオパシーを用いることがないように、法的整備も含めて早急に対応する必要があると思います。

****** 日本学術会議、2010年08月24日
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d8.pdf

「ホメオパシー」についての会長談話

 ホメオパシーはドイツ人医師ハーネマン(1755 - 1843年)が始めたもので、レメディー(治療薬)と呼ばれる「ある種の水」を含ませた砂糖玉があらゆる病気を治療できると称するものです。近代的な医薬品や安全な外科手術が開発される以前の、民間医療や伝統医療しかなかった時代に欧米各国において「副作用がない治療法」として広がったのですが、米国では1910年のフレクスナー報告に基づいて黎明期にあった西欧医学を基本に据え、科学的な事実を重視する医療改革を行う中で医学教育からホメオパシーを排除し、現在の質の高い医療が実現しました。
 こうした過去の歴史を知ってか知らずか、最近の日本ではこれまでほとんど表に出ることがなかったホメオパシーが医療関係者の間で急速に広がり、ホメオパシー施療者養成学校までができています。このことに対しては強い戸惑いを感じざるを得ません。
 その理由は「科学の無視」です。レメディーとは、植物、動物組織、鉱物などを水で100倍希釈して振盪しんとうする作業を10数回から30回程度繰り返して作った水を、砂糖玉に浸み込ませたものです。希釈操作を30回繰り返した場合、もともと存在した物質の濃度は10の60乗倍希釈されることになります。こんな極端な希釈を行えば、水の中に元の物質が含まれないことは誰もが理解できることです。「ただの水」ですから「副作用がない」ことはもちろんですが、治療効果もあるはずがありません。
 物質が存在しないのに治療効果があると称することの矛盾に対しては、「水が、かつて物質が存在したという記憶を持っているため」と説明しています。当然ながらこの主張には科学的な根拠がなく、荒唐無稽としか言いようがありません。
 過去には「ホメオパシーに治療効果がある」と主張する論文が出されたことがあります。しかし、その後の検証によりこれらの論文は誤りで、その効果はプラセボ(偽薬)と同じ、すなわち心理的な効果であり、治療としての有効性がないことが科学的に証明されています1。英国下院科学技術委員会も同様に徹底した検証の結果ホメオパシーの治療効果を否定しています2
 「幼児や動物にも効くのだからプラセボではない」という主張もありますが、効果を判定するのは人間であり、「効くはずだ」という先入観が判断を誤らせてプラセボ効果を生み出します。
 「プラセボであっても効くのだから治療になる」とも主張されていますが、ホメオパシーに頼ることによって、確実で有効な治療を受ける機会を逸する可能性があることが大きな問題であり、時には命にかかわる事態も起こりかねません3。こうした理由で、例えプラセボとしても、医療関係者がホメオパシーを治療に使用することは認められません。
 ホメオパシーは現在もヨーロッパを始め多くの国に広がっています。これらの国ではホメオパシーが非科学的であることを知りつつ、多くの人が信じているために、直ちにこれを医療現場から排除し、あるいは医療保険の適用を解除することが困難な状況にあります4。またホメオパシーを一旦排除した米国でも、自然回帰志向の中で再びこれを信じる人が増えているようです。
 日本ではホメオパシーを信じる人はそれほど多くないのですが、今のうちに医療・歯科医療・獣医療現場からこれを排除する努力が行われなければ「自然に近い安全で有効な治療」という誤解が広がり、欧米と同様の深刻な事態に陥ることが懸念されます。そしてすべての関係者はホメオパシーのような非科学を排除して正しい科学を広める役割を果たさなくてはなりません。
 最後にもう一度申しますが、ホメオパシーの治療効果は科学的に明確に否定されています。それを「効果がある」と称して治療に使用することは厳に慎むべき行為です。このことを多くの方にぜひご理解いただきたいと思います5

平成22年8月24日
日本学術会議会長
金澤一郎

1 Shang A et al. Are the clinical effects of homoeopathy placebo effects? Comparative study of placebo-controlled trials of homoeopathy and allopathy. Lancet 2005; 366: 726

2 Evidence Check 2: Homeopathy 2010. 2.8
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200910/cmselect/cmsctech/45/45.pdf

3 ビタミンKの代わりにレメディーを与えられた生後2ヶ月の女児が昨年10月に死亡し、これを投与した助産婦を母親が提訴したことが本年7月に報道されました。

4 WHOは世界の一部の国でホメオパシーが広く使用されている現実に配慮して、その治療効果には言及せずに、安全性の問題だけについての注意喚起を行っています。
http://www.who.int/medicines/areas/traditional/prephomeopathic/en/index.htm

5 ホメオパシーについて十分に理解した上で、自身のために使用することは個人の自由です。

****** 朝日新聞、2010年8月25日

ホメオパシーは「荒唐無稽」 学術会議が全面否定談話

 通常の医療とは異なる民間療法「ホメオパシー」について、日本学術会議(会長=金沢一郎東大名誉教授)は24日、「科学的な根拠は明確に否定され、荒唐無稽(こうとうむけい)」とし、医療従事者が治療で使わないよう求める会長談話を発表した。山口市の女児ら死亡例が出たことを重視。通常医療から患者を遠ざける懸念があるとして、一般に広まる前に、医療現場から排除する必要があると判断した。科学者の代表機関が、特定の療法を否定するのは極めて異例だ。

 金沢会長が会見で発表した。日本医師会や日本歯科医師会、日本獣医師会など6団体も談話に賛同し、会員に周知する方針だ。厚生労働省は、普及団体について、医師法や薬事法などの観点から注目し、情報収集を始めた。

 会長談話では「ホメオパシーが医療関係者の間で急速に広がり、養成学校までできていることに強い戸惑いを感じる」とした上で、「治療効果は明確に否定されている」と指摘した。さらに「今のうちに、医療現場から排除されないと『自然に近い安全で有効な治療』という誤解が広がり、深刻な事態に陥ることが懸念される」として、医療関係者が治療に使うことは厳に慎むよう呼びかけた。一方で、「十分理解した上で、自身のために使用することは個人の自由」としている。

 学術会議の唐木英明副会長は「(ホメオパシー治療で使うのは)『ただの水』で『副作用はない』のはもちろんだが、科学的に全否定されているものを医療従事者が使えば、患者を通常の医療から遠ざけかねず危険だ。『ホメオパシーは効かない』というメッセージを伝えることが重要と考えた」と説明した。

 日本学術会議は、約84万人の科学者の代表として選ばれた210人の会員と、約2千人の連携会員からなる日本の「頭脳集団」。政府に対する政策提言や社会への啓発などを行う。

 皇室医務主管で神経内科医の金沢会長や、東大名誉教授(毒性学)の唐木副会長らが約1年半前から、この問題を議論してきたという。今年に入り、ホメオパシーを受けている人の中で通常の医療を拒否して、死亡したり症状が悪化したりした疑いの濃い例が相次いで表面化した。

 山口地裁では5月、新生児が一般に投与されるビタミンKを与えられず死亡したとして、ビタミンK投与の代わりにホメオパシー療法を行った助産師を相手取り損害賠償を求める裁判も起きている。こうしたことを受けて、学術会議では急きょ、会長談話を出すことを決めた。

 談話の根拠として、2005年に英医学誌ランセットで発表された治療上の効果はないとする論文などを重視した。「物質が存在した記憶を水が持っている」などの主張も荒唐無稽だと指摘。英国下院科学技術委員会が出した科学的根拠がないとする勧告や、英国医学会が出した「ホメオパシーは魔術」という宣言も参考にした。

 国内では主に1990年代後半から、日本ホメオパシー医学協会など複数の団体が実践、普及を進めている。同協会は、この療法を指導、指示するホメオパシー療法家の養成学校を北海道から沖縄まで全国7カ所に設置している。利用者数など詳しい実態は分からないが、食品添加物や農薬など化学物質を避けようという「自然派」志向の女性らの間で広がっている。雑誌などで「効果」をPRする著名なタレントや歌手、俳優もいる。治療に導入している大学病院もある。医学協会は、計20以上の診療所や歯科医院、動物病院と提携している。(岡崎明子、長野剛)

    ◇

〈ホメオパシー療法〉 植物や昆虫、鉱物などの成分を限りなく薄めた水にして砂糖玉に染み込ませた「レメディー」を、飲み薬のようにして使う民間療法。がんや皮膚病、精神疾患などほぼすべての病気を治療できる、と普及団体は主張している。 欧州では200年の歴史があり、一部の国では公的医療保険も適用されてきた。しかし、治療上の効果はないとする研究が相次いで発表された。ドイツでは2004年から保険適用をやめた。

(朝日新聞、2010年8月25日)

****** 朝日新聞、2010年8月5日

「ホメオパシー」トラブルも 日本助産師会が実態調査

 「ホメオパシー」と呼ばれる代替療法が助産師の間で広がり、トラブルも起きている。

 乳児が死亡したのは、ホメオパシーを使う助産師が適切な助産業務を怠ったからだとして、損害賠償を求める訴訟の第1回口頭弁論が4日、山口地裁であった。自然なお産ブームと呼応するように、「自然治癒力が高まる」との触れ込みで人気が高まるが、科学的根拠ははっきりしない。社団法人「日本助産師会」は実態調査に乗り出した。

 新生児はビタミンK2が欠乏すると頭蓋(ずがい)内出血を起こす危険があり、生後1カ月までの間に3回、ビタミンK2シロップを与えるのが一般的だ。これに対し、ホメオパシーを取り入れている助産師の一部は、自然治癒力を高めるとして、シロップの代わりに、レメディーと呼ぶ特殊な砂糖玉を飲ませている。

 約8500人の助産師が加入する日本助産師会の地方支部では、東京、神奈川、大阪、兵庫、和歌山、広島など各地で、この療法を好意的に取り上げる講演会を企画。2008年の日本助産学会学術集会のランチョンセミナーでも、推進団体の日本ホメオパシー医学協会の会長が講演をした。同協会のホームページでは、提携先として11の助産院が紹介されている。

 日本助産師会は「問題がないか、実態を把握する必要がある」として、47支部を対象に、会員のホメオパシー実施状況やビタミンK2使用の有無をアンケートして、8月中に結果をまとめるという。

 また通常の医療の否定につながらないよう、年内にも「助産師業務ガイドライン」を改定し、ビタミンK2の投与と予防接種の必要性について記載する考えだ。日本ホメオパシー医学協会にも、通常の医療を否定しないよう申し入れた。

 助産師会の岡本喜代子専務理事は「ホメオパシーを全面的には否定しないが、ビタミンK2の使用や予防接種を否定するなどの行為は問題があり、対応に苦慮している」と話している。

 助産師は全国に約2万8千人。医療の介入を嫌う「自然なお産ブーム」もあり、年々増えている。主に助産師が立ち会うお産は、年間約4万5千件に上る。

 テレビ番組で取り上げられたこともある有名助産師で、昨年5月から日本助産師会理事を務める神谷整子氏も、K2シロップの代わりとして、乳児にレメディーを使ってきた。

 取材に応じた神谷理事は「山口の問題で、K2のレメディーを使うのは自重せざるを得ない」と語る。この問題を助産師会が把握した昨年秋ごろまでは、レメディーを使っていた。K2シロップを与えないことの危険性は妊産婦に説明していたというが、大半がレメディーを選んだという。

 一方で、便秘に悩む人や静脈瘤(りゅう)の妊産婦には、今もレメディーを使っているという。

 ホメオパシーをめぐっては英国の議会下院委員会が2月、「国民保健サービスの適用をやめるべきだ。根拠無しに効能を表示することも認めるべきではない」などとする勧告をまとめた。薬が効いていなくても心理的な効果で改善する「偽薬効果」以上の効能がある証拠がないからという。一方、同国政府は7月、科学的根拠の乏しさは認めつつ、地域医療では需要があることなどをあげて、この勧告を退ける方針を示している。

 日本では、長妻昭厚生労働相が1月の参院予算委で、代替医療について、自然療法、ハーブ療法などとともにホメオパシーにもふれ、「効果も含めた研究に取り組んでいきたい」と述べ、厚労省がプロジェクトチームを立ち上げている。

    ◇

〈ホメオパシー〉 約200年前にドイツで生まれた療法。「症状を起こす毒」として昆虫や植物、鉱物などを溶かして水で薄め、激しく振る作業を繰り返したものを、砂糖玉にしみこませて飲む。この玉を「レメディー」と呼んでいる。100倍に薄めることを30回繰り返すなど、分子レベルで見ると元の成分はほぼ残っていない。推進団体は、この砂糖玉を飲めば、有効成分の「記憶」が症状を引き出し、自然治癒力を高めると説明している。がんやうつ病、アトピー性皮膚炎などに効くとうたう団体もある。一方で、科学的な根拠を否定する報告も相次いでいる。豪州では、重い皮膚病の娘をレメディーのみの治療で死なせたとして親が有罪となった例や、大腸がんの女性が標準的な治療を拒否して亡くなった例などが報道されている。

(朝日新聞、2010年8月5日)