アンデルセン童話に、「野の白鳥」というお話があります。
ご存じの方は、このお話が、まるでかのじょのことを語っているようだと思うでしょう。
白鳥に変えられた11人の兄を助けるために、たったひとり残された小さな妹が懸命に働く。
人々はその姫を誤解して殺そうとする。
まるでかのじょのこととそっくりでしょう。
ハンス・クリスチャン・アンデルセンは、わたしたちの仲間ですが、かのじょのために予言をしたわけではありません。わたしたちは、愛のみを動機としてすべてをやっていくので、このように、その仕事が、まるで川のように、一つの奔流に流れてくることがあるのです。
それが、この世の現象として現れる時、このような時代を超えた助け合いになることがあるのです。
かのじょは、アンデルセンによって、自分の運命を覚悟することができました。
きっと自分も、人魚姫のように、泡と消えて行くだろう。どんなに尽くしても、決して王子は、自分を愛しはしないだろうと。
果たして、そのとおりになったのです。
アンデルセンは、苦難の人生において、自分本来の使命はほとんど果たすことはできなかったのですが、せめてもと、懸命にやってくれたことが、このように愛の少ないかのじょの人生を照らしてくれたのです。
わたしたちは、どんなことになっても、けっしてあきらめません。
できるかぎりのことはしていく。
それはこのように、たしかな本当の愛となって、輝いてくれて、信じることのできない嘘ばかりの世界を生きて行く、ほんとうの人間を導いてくれるのです。
サビク
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます