日本の植民地時代、韓国の小鹿島に隔離されたハンセン病患者の話。
17歳で発病し、ここに連れてこられてから、ふるさとには一度も帰っていない。両親、妹、弟の消息は不明のまま。植民地時代に断種手術を受け身内は妻だけ。
「対岸とを隔てる海ほどの涙を流し、小鹿島に吹く風と同じくらいのためいきをついた。家族との再会は、もうあきらめた」 現在88歳。
JR福知山線の脱線事故で助けられたが、両足切断の青年。
「何故助かってしまったのか、『がんばれよ』『生きていればいいこともある』こんな言葉は何の慰めにもならない」
今、車椅子の彼は「このような取材ではなく、スポーツなどで活躍しての取材を受けるようになりたい」とも言っていた。
察して余りある、しかし彼らの本当の苦しみは本人にしか分からない。
2005.10.22
17歳で発病し、ここに連れてこられてから、ふるさとには一度も帰っていない。両親、妹、弟の消息は不明のまま。植民地時代に断種手術を受け身内は妻だけ。
「対岸とを隔てる海ほどの涙を流し、小鹿島に吹く風と同じくらいのためいきをついた。家族との再会は、もうあきらめた」 現在88歳。
JR福知山線の脱線事故で助けられたが、両足切断の青年。
「何故助かってしまったのか、『がんばれよ』『生きていればいいこともある』こんな言葉は何の慰めにもならない」
今、車椅子の彼は「このような取材ではなく、スポーツなどで活躍しての取材を受けるようになりたい」とも言っていた。
察して余りある、しかし彼らの本当の苦しみは本人にしか分からない。
2005.10.22