ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

楽観論はやはり目を曇らせる

2024年07月18日 11時00分00秒 | 社会・経済

 2024年7月17日付の朝日新聞朝刊7面13版に「消費増税1カ月 楽観に染まる日銀」という記事が掲載されています。

 読んでいて「何だかなあ」という気分になりました。

 日本銀行は、金融政策決定会合の議事録を公開しています。こう書きましたが、10年が経過してからのことです。検証の必要性という観点からすれば、もう少し早くできないものかと思うのですが、それは脇に置いておくこととしましょう。今回は、消費税・地方消費税の税率が引き上げられた2014年の1月〜6月の議事録が公開されたという話です。

 上記記事には「『2年で物価上昇率2%』の実現を目指す『異次元』の金融緩和が始まって1年が経ち、物価は1%台半ばまで伸びていた。14年4月の消費税率8%への引き上げの影響についても、日銀内では強気な意見が大勢だった。その後、物価も個人消費も落ち込み、緩和は長期化していく」と書かれています。強気な意見が支配的であったというのは、当時の雰囲気などからして理解できますが、こういう場合には反対意見のほうが往々にして正しいという事実の実例にもなったようです。

 問題は税率引き上げが経済に与える影響、さらに日本経済の先行きです。以下、職名などは当時のものです。

 まず、2014年1月の金融政策決定会合です。白井さゆり審議委員は、税率引き上げによって「所得や雇用の改善が遅れる懸念がある」ことを「当面の金融政策のリスク要因」に入れるように求めました。今となっては白井審議委員の発言が(完全にとまでは言えないとしても)正しかったと評価できるでしょう。しかし、中曽宏副総裁が「消費税を念頭に置いているとすると、それ自体があらぬリスク感覚」を引き起こすと発言するなど、白井審議委員に反対する意見が続出しました。

 次に、2014年4月30日に開かれた金融政策決定会合です。中曽副総裁は、日本銀行が想定したと思われる反動が生じていないとした上で「影響はさほど長引かないとの見方が多いと思う。家計支出は早晩、底堅い動きへ戻ると考えてよい」と発言したようです。また、岩田規久男副総裁は「(物価上昇率が)2%に達する可能性は、導入当時に私が考えていたよりも、確実性は高まっている」という趣旨の発言をしました。いくら何でも評価が早過ぎると言わざるをえませんが、それなりの裏づけはあったようです。上記記事には、次のように書かれています。

 「円安株高の流れが進み、14年3月末の日経平均株価は1万4800円台をつけ、1年前より約2割上がった。マイナスだった消費者物価指数(生鮮食品を除く)の上昇率は14年1~3月に1.3%、4月は消費増税の影響を除いて1.4%まで伸びた。増税後の景気減速を抑えるため、政府は13年度補正予算に5.5兆円計上するなどして備えていた。こうした状況を背景に、日銀内は強気な見通しが目立った。」

 この見通しは、少なくとも6月までは続いていたようです。岩田副総裁は「金融緩和と財政による消費増税の反動減緩和に支えられ、7月以降は再び堅調に推移する」、黒田東彦総裁は「駆け込み需要の反動を受けつつも、基調的には緩やかな回復を続けていくとの見方で一致していたのではないか」という趣旨の発言をしていました。

 しかし、こうした楽観論は夏に吹き飛んでしまいます。そもそも、足下を見ていれば、回復などすぐにできないことくらいわかったのではないかと疑いたくもなりますが「経済は生もの」あるいは「経済は水物」ということでもあるでしょう。それだからこそ、楽観論は禁物であるはずです。上記記事には「米国のシェールオイルの生産拡大などで原油価格が急落。増税の影響で国内の消費回復も遅れた。物価上昇率は14年8月に1.1%、9月に0.9%と鈍化し始めた」と書かれています。これらの事態を想定することは難しいでしょうが、抽象的であるとしても何らかのリスクを考えておくべきで、もしや日本銀行の幹部はそうしたリスクを全く想定していなかったのかとも首を傾げるでしょう。楽観論に支配されたので目が曇ったのでしょう。あるいは「夢よもう一度」なのでしょうか。そうであるとすれば、このブログで何度も記しているように「成功は失敗のもと」なのです。

 その後、日本銀行は、2014年10月末に国債やETFの購入を増やすという追加緩和策を決定します。当時も批判的な意見をよく目にしていましたが、こうした意見が正しかったことが証明されてしまったと言えるでしょう。2014年11月18日、安倍晋三内閣総理大臣は消費税および地方消費税の税率引き上げを1年半先送りすることを表明しました。その3日後に衆議院が解散され、12月に衆議院議員総選挙が行われました。とりもなおさず、政府は日本銀行の金融政策が失敗であり、消費税および地方消費税の税率引き上げについての見通しが誤っていたことを認めたのでした。しかも、2014年11月19日23時29分22秒付の「先送り解散?」で記したように、衆議院解散によって景気や財政、社会保障の問題が先送りされたのでした。

 全てが日本銀行の楽観論に起因する訳でもありませんが、2015年になってからも物価上昇率は0%台が続きます。そればかりか、同年7月にはマイナスになります。もう迷宮に入ったというべきでしょうか、2016年2月にはマイナス金利政策が採られるようになり、同年9月には長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)に進んでいきます。

 10年も異次元緩和という名の異常事態が続きましたが、何ら目ぼしい成果はなく、むしろ円安が進んで日本はもはや先進国と言えないような国になりつつあるのでした。自国の通貨が弱いことを理想とするのは、一体どういう神経なのでしょうか。

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