ルイ・フェルディナン・セリーヌの小説の題名(勿論邦訳。フランス語の原題を示すと文字化けする可能性があります)をタイトルに掲げましたが、私はこの言葉を大分大学教育福祉科学部で憲法の講義を担当していた時によく使っていました。まさに、日本国憲法が置かれている状況に相応しい表現と考えたからです。
現在、野党側が臨時国会の開会を要求しているのに対し、内閣が全く応じず、来年1月に開会される予定の通常国会を、例年より大幅に早い時期(1月上旬。通常は下旬)に召集する方向を示しています。これまで、臨時国会の開会要求は(今回も含めて)36回もなされていますが、21世紀に入ってから、過去に2回、いずれも小泉内閣時代に臨時国会が開かれていません(今日付の朝日新聞朝刊⒋面14版「少数派尊重 憲法の趣旨どこへ 臨時国会 内閣は召集しない構え」によります)。
このような事態に関して、内閣が憲法違反を犯しているという批判もあります。その通りとも考えられます。しかし、実は憲法自体に問題がないとは言えないのです。ここを利用すれば、なしくずしの死に至らせることも可能でしょう。
憲法第53条は「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と定めています。問題は後段です。今回は衆議院の総議員の4分の1以上に該当する議員が召集を要求している訳ですから、内閣は応ずる義務があります。
ところが、何時までに応じなければならないかがわかりません。何も書かれていないのです。
通常国会であれば、第52条が定めるように「毎年一回」としておけばよいのですが、臨時国会や特別国会では話が変わってきます。現に、第54条第1項は「衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。」、同第3項は「前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであつて、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ。」と定めていますし、第59条第4項は「参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。」、第60条第2項は「予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。」と定めています。
念のために国会法を参照しますと、第2条は「常会は、毎年一月中に召集するのを常例とする。」、第2条の2は「特別会は、常会と併せてこれを召集することができる。」と定めています。または、第2条の3第1項は「衆議院議員の任期満了による総選挙が行われたときは、その任期が始まる日から三十日以内に臨時会を召集しなければならない。但し、その期間内に常会が召集された場合又はその期間が参議院議員の通常選挙を行うべき期間にかかる場合は、この限りでない。」、同第2項は「参議院議員の通常選挙が行われたときは、その任期が始まる日から三十日以内に臨時会を召集しなければならない。但し、その期間内に常会若しくは特別会が召集された場合又はその期間が衆議院議員の任期満了による総選挙を行うべき期間にかかる場合は、この限りでない。」と定めています。つまり、衆議院議員総選挙または参議院議員通常選挙が行われた場合に関しては臨時会の召集期日が定められているのですが、議員側から臨時国会の召集を求められた場合の期日の規定が存在しないのです。
臨時国会の召集について期日が定められていない点は、実は自由民主党も問題としており、同党の改憲草案には20日以内と明記されています(それすら無視されているのが、今回の最大の問題とも言えます)。現行の第53条については、おそらく、召集を実質的に決定する内閣の裁量に委ねるという理解なのでしょう。
手元にある宮澤俊義(芦部信喜補訂)『全訂日本国憲法』(1978年、日本評論社)399頁は、「議員から、一定の期日に召集せよとの要求があった場合に、内閣はその期日に拘束されるか」という問いを立て、「内閣は、要求者たる議員が指定する期日に召集すべき拘束を受けるものではない、と解すべきである。先例もそう解する。議員が期日を指定して召集を要求した場合は、内閣はその期日に法律上拘束されると解すべき根拠はどこにも見出されない」と答えています。たしかにその通りでしょう。しかし、それならば、内閣は何時臨時国会を召集してもよいのでしょうか。宮澤(芦部補訂)・前掲書同頁は「内閣は、召集の時期をいつと決定しなくてはならないか」という問いを立て、400頁において先例を引き合いに出しつつも「内閣はいつ召集することに決定してもいいかといえば、そう解することは、正当ではない」と述べ、続けて次のように論じています。
「いやしくも、議員から本条によって要求がなされた場合には、内閣は、国会召集の手続を行うために、通例必要とされる期間を経た後に、国会を召集することを決定すべきであり、それ以上に、その召集をおくらせるべきではあるまい。先例では、そうした要求があってから、二か月またはそれ以上たってから召集している例があるが、これは不当である。本条による要求があった場合、内閣はいくらおそく召集してもいいということになれば、本条が議員に召集の要求権をみとめたことが無意味になってしまうだろう。
先例では、召集されるべき国会に内閣が提出すべき案件の準備ができていないことをもって、すぐに召集しないことの理由としているが、これは不当である。議員から召集を要求される国会の臨時会の権能は、内閣が提出する案件の審議にかぎられるものではないことはもちろんであるから、内閣がそこに案件を提出する準備ができたかどうかは、召集の時期の決定に少しも影響をおよぼすべき事情ではない。内閣としては、右に述べられたような相当な期間(せいぜい二、三週間でよかろう)のうちに臨時会の召集を決定すべきである。」(同書400頁)
参照した文献が古いということについては御容赦を願うこととして、内容は妥当でしょう。私も、このように解釈するのが正しいと考えています。もう一冊、手元にある長谷部恭男『憲法』〔第6版〕(2014年、新世社)362頁も、召集時期については明言していないものの、「いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、召集を決定しなければならない」と述べています。
しかし、憲法にも国会法にも臨時国会の召集の期日が明文で定められていないことが、問題を大きくしていることは否定できないでしょう。これでは、内閣のほうで通常国会の召集時期を早めに設定することなどにより、臨時国会を召集しなくともよいということになり、憲法第53条後段は空文に帰し、実質的に削除されたのと同じことになります。まさに「なしくずし」の改憲という事態です。悪いことに、これを招いたのは憲法自身であり、国会法でもあります。もっとも、だからと言って臨時国会を召集しないことが許される訳ではありません。特別国会など、期日を定めている条文に倣って、召集期日を決定すべきです。
参考までに、地方自治法第101条を掲げておきましょう。同条の第2項は、「議長は、議会運営委員会の議決を経て、当該普通地方公共団体の長に対し、会議に付議すべき事件を示して臨時会の招集を請求することができる。」と定めており、さらに、次のように定めています。
同条第3項:「議員の定数の四分の一以上の者は、当該普通地方公共団体の長に対し、会議に付議すべき事件を示して臨時会の招集を請求することができる。」
同条第4項:「前二項の規定による請求があつたときは、当該普通地方公共団体の長は、請求のあつた日から二十日以内に臨時会を招集しなければならない。」
同条第5項:「第二項の規定による請求のあつた日から二十日以内に当該普通地方公共団体の長が臨時会を招集しないときは、第一項の規定にかかわらず、議長は、臨時会を招集することができる。」
同条第6項:「第三項の規定による請求のあつた日から二十日以内に当該普通地方公共団体の長が臨時会を招集しないときは、第一項の規定にかかわらず、議長は、第三項の規定による請求をした者の申出に基づき、当該申出のあつた日から、都道府県及び市にあつては十日以内、町村にあつては六日以内に臨時会を招集しなければならない。」
国会法にも同様の規定を置く必要があるのではないでしょうか。