たまたま、日刊ゲンダイのサイトに掲載されている、高野孟さんによる「永田町の裏を読む 徹底した補償も盛り込まれていない間抜けな補正予算案」(2020年1月21日付)を目にしました。1月18日に召集された第204回国会に提出されている「令和2年度補正予算(第3号)」(これが正式な名称です)について、高野さんは野党議員の口を借りる形で酷評されています。
これよりかなり前のことになりますが、2020年12月26日付でダイヤモンド・オンラインに掲載された室伏謙一さんの「危機感不在の呆れた第3次補正予算案、菅政権『国民のために働く』はどこへ」では、「結論からいえば、新型コロナ不況対策には全くなっていない。なぜそう言えるのか?」と書かれており、2020年12月8日の閣議決定「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策」を引き合いに出して「これは、過去20年以上にわたって行ってきたインフレ対策にしかならない構造改革という間違いをまだまだ繰り返すことになる。それどころか今回の『コロナ禍』という惨事に便乗して『ショックドクトリンを進めます』と言っているに等しい」、「今なすべきは、さまざまな影響を受けている全産業を守ること、国民の生活を下支えすること、そしてデフレ下で需要が決定的に不足しているところに有効な需要を創出すること、そのための手厚い公共投資である(民間投資はその先である)」とも述べられています。
果たして、「令和2年度補正予算(第3号)」その内容はどのようなものでしょうか。
実は、この「令和2年度補正予算(第3号)」は2020年12月15日の臨時閣議で決定されたものです。つまり、閣議決定から国会への提出まで1か月ほどの期間が経過している訳です。1月7日に発出された緊急事態宣言の内容は反映されていないであろうと誰しもが思うでしょう。その通りです。都合上、「第一 一般会計予算の補正」のみ引用しますが、財務省のサイトに掲載されている、国会での審議のために提出された資料によれば、次のようになっています。
第一 一般会計予算の補正
1 歳出の補正額
(歳出の追加額)
(1)新型コロナウイルス感染症の拡大防止策:4兆3581億円
(2)ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現:11兆6766億円
(3)防災・減災、国土強靱化の推進など安全・安心の確保:3兆1414億円
(1)〜(3)の小計:19兆1761億円
(4)その他の経費:252億円
(5)地方交付税交付金:2兆6339億円
①税収減に伴う一般会計の地方交付税交付金の減額の補塡:2兆2118億円
②地方法人税の税収減に伴う地方交付税原資の減額の補塡:4221億円
(1)〜(5)の合計:21兆8353億円
(歳出の修正減少額)
(1)新型コロナウイルス感染症対策予備費の減額:△1兆8500億円
(2)既定経費の減額:△2兆3463億円
(1)および(2)の小計:△4兆1963億円
(3)地方交付税交付金の減額:△2兆2,118億円
(1)〜(3)の合計:△6兆4082億円
(歳出の追加額)および(歳出の修正減少額)の合計:15兆4271億円
億円が単位となっているため、合計が合わない箇所があります。
いかがでしょうか。高野孟さんが酷評するのもわかる内容と言えないでしょうか。財務大臣が特別定額給付金を支給しないと表明するのも宜なるかなというところです。
財務省のサイトには「令和2年度補正予算(第3号)の概要」というカラーの資料も掲載されています。これを見ると、次のようになっています。
●新型コロナウイルス感染症の拡⼤防⽌策:4兆3581億円
1.医療提供体制の確保と医療機関等への⽀援:1兆6447億円
・ 新型コロナウイルス感染症緊急包括⽀援交付⾦(病床や宿泊療養施設等の確保等):1兆3011億円
・ 診療・検査医療機関をはじめとした医療機関等における感染拡⼤防⽌等の⽀援:1071億円
・医療機関等の資⾦繰り⽀援:1037億円
・⼩児科等の医療機関等に対する診療報酬による⽀援:71億円
・その他
2.検査体制の充実、ワクチン接種体制等の整備:8204億円
・ 新型コロナウイルスワクチンの接種体制の整備・接種の実施:5736億円
・PCR検査・抗原検査の実施等:672億円
・その他
3.知⾒に基づく感染防⽌対策の徹底:1兆7487億円
・ 新型コロナウイルス感染症対応地⽅創⽣臨時交付⾦:1兆5000億円
・ 東京オリンピック・パラリンピック競技⼤会の延期に伴う感染症対策等事業:959億円
・その他
4.感染症の収束に向けた国際協力:1444億円
・アフリカ、中東、アジア・⼤洋州地域への国際機関等を通じた⽀援:792億円
・その他
●ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現:11兆6766億円
1.デジタル改⾰・グリーン社会の実現:2兆8256億円
・地⽅団体のデジタル基盤改⾰⽀援:1788億円
・ マイナンバーカードの普及促進:1336億円
・ ポスト5G・Beyond5G(6G)研究開発⽀援:1400億円
・カーボンニュートラルに向けた⾰新的な技術開発⽀援のための基⾦の創設:2兆円
・ グリーン住宅ポイント制度の創設:1094億円
2.経済構造の転換・イノベーション等による⽣産性向上:2兆3959億円
・ 中⼩・⼩規模事業者等への資⾦繰り⽀援:3兆2049億円
・ 地⽅創⽣臨時交付⾦(「再掲」となっていますが、「新型コロナウイルス感染症対応地⽅創⽣臨時交付⾦」のことでしょう。このことから、地方創生臨時交付金が必ずしも「新型コロナウイルス感染症対応」のためとは限らないことがうかがえます。)
・Go To トラベル:1兆311億円
・Go To イート:515億円
・雇⽤調整助成⾦の特例措置:5430億円
・緊急⼩⼝資⾦等の特例措置:4199億円
・ 観光(インバウンド復活に向けた基盤整備):650億円
・不妊治療に係る助成措置の拡充:370億円
・⽔⽥の畑地化・汎⽤化・⼤区画化等による⾼収益化の推進:700億円
・新型コロナウイルス感染症セーフティネット強化交付⾦(⽣活困窮者⽀援・⾃殺対策等):140億円
・その他
●防災・減災、国⼟強靱化の推進など安全・安⼼の確保:3兆1414億円
1.防災・減災、国⼟強靱化の推進:2兆936億円
・防災・減災、国⼟強靱化の推進(公共事業):1兆6532億円
・その他
2.自然災害からの復旧・復興の加速:6337億円
・災害復旧等事業費:6057億円
・災害等廃棄物処理:106億円
・その他
3.国⺠の安全・安⼼の確保:4141億円
・⾃衛隊の安定的な運⽤態勢の確保:3017億円
・その他
以上はあくまでも概要であり、詳細が示されている訳ではありませんが、新型コロナウイルス感染症に関する費用の割合が少ないことがわかります。「補正予算の追加歳出」は合計で19兆1761億円とされていますから、「新型コロナウイルス感染症の拡⼤防⽌策」が占める割合は22%か23%程度であるということになります。これでPCR検査などが進むのだろうかと疑わざるをえませんし、医療施設などへの支援としては少なすぎるのではないかと考えられます。
一方、「ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現」は11兆6766億円であり、60%ほどになります。私は、たとえば「地⽅団体のデジタル基盤改⾰⽀援」にあてる予算などを必要と考えています。コロナ後を考えること自体は必要であると思うのです。しかし、どう見ても「今必要か?」、「本予算ならともあれ、補正予算に入れるべき事柄か?」、「そもそも継続すべき事業なのか?」と首を傾げるものがあります。その典型がGo To トラベルへの1兆311億円、Go To イートへの515億円です。「令和2年度補正予算(第3号)」の閣議決定日の前日、つまり2020年12月14日に、2020年12月28日から2021年1月11日まで停止することが発表されていました。しかも、東京、大阪、名古および札幌については先行していました。おまけに、停止期間が2月7日まで延長されています。延長はともあれ、12月15日の時点においてGo to キャンペーンの実施は困難であることが予想されえた訳です。2020年11月25日から12月16日までの「勝負の3週間」(日付が誤っているかもしれません)に象徴されるように感染者数が激増した時期とも重なっていました。
ここで思い出していただきたいのが、2020年4月7日、緊急事態宣言発出の時です。この日、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策〜国民の命と生活を守り抜き、経済再生へ」(以下、4月7日緊急経済対策)が閣議決定されました。4月7日緊急経済対策においては中小・小規模事業者に対する「持続化給付金」や「生活に困っている世帯に対する新たな給付金〔生活支援臨時給付金(仮称)〕」が盛り込まれました。生活支援臨時給付金は、世帯主の2020年2月〜6月のうちの任意の月における月間収入が「新型コロナウイルス感染症発生前に比べて減少し、かつ年間ベースに引き直すと個人住民税均等割非課税水準となる低所得世帯」または「新型コロナウイルス感染症発生前に比べて大幅に減少(半減以上)し、かつ年間ベースに引き直すと個人住民税均等割非課税水準の2倍以下となる世帯等」に対し、1世帯あたりで30万円を給付する、というものでした(4月7日緊急経済対策23頁によります)。
しかし、生活支援臨時給付金は与野党を含め広く国民から批判を浴びました。そこで、4月7日緊急経済対策は4月20日の閣議において変更されることが決定されました。「全国全ての人々への新たな給付金」として一人当たり一律10万円の「特別定額給付金」を設けることとなったのです。これを受ける形で、2020年4月27日に「令和2年度補正予算(第1号)」が国会に提出されて、29日に衆議院本会議において全会一致で可決、30日に参議院本会議において起立多数で可決されたのです。
このように考えると、第204回国会に提出される前に「令和2年度補正予算(第3号)」を組み替えることは可能であったのではないでしょうか。年末年始を挟んでいたとはいえ、新規感染者は増え続け、医療も逼迫していたことは明らかでした。
仮に、2月7日に緊急事態宣言が全面解除され、翌日からGo toキャンペーンが再開されたとします。それから3月31日までの2か月弱で補正予算に計上された金額を消化できるでしょうか。感染者も重症者も増大しないでしょうか。このキャンペーンが気の緩みを生みだしたことは否定できないでしょうし、2020年12月の停止表明によって状況は急変し、観光業や飲食業は奈落の底へ、という事態になったのですから、再開後も多くの国民が「また急変するのではないか」と疑心暗鬼になるのではないでしょうか。これでは再開したところで利用者が増えないでしょう。
室伏さんは、「ポストコロナに向けた経済構造の転換・好循環の実現」について「言わずもがなであるが、新型コロナ不況対策とは無関係のものがほとんどである」として、様々な点について批判をされています。詳しくは記事をお読みいただきたいのですが、たとえば「マイナンバーカードの普及促進」などについて「新型コロナ不況の今、補正でやるべき話なのだろうか(そうしたものが、各府省で多く措置されているのは、つまるところ一部の者だけが得をするためなのではないかと邪推したくなる)」と書かれています。「中小企業等事業再構築促進事業」などに対する批判はさらに手厳しいので、記事をお読みいただくことを強くおすすめします。
この他、「防災・減災、国⼟強靱化の推進など安全・安⼼の確保」の3兆1414億円も、よく見えないものと言えます。「防災・減災、国⼟強靱化の推進(公共事業)」に1兆6532億円が支出されることとなっているのですが、これが具体的に何の費目に充てられているかが気になるところです。公共事業が必要であるとしても、これはむしろ令和3年度予算に計上されるべきではないかと思われるのです。
もう一つ、気になるのが「新型コロナウイルス感染症対応地⽅創⽣臨時交付⾦」です。既に記したように、必ずしも「新型コロナウイルス感染症対応」のためとは限らないことがうかがわれます。この交付金で公立図書館に本の殺菌機を導入するなどというのなら理解できます(ちなみに、うちから歩いて数分のところに川崎市立高津図書館があります)。しかし、どう考えても新型コロナウイルス感染対策につながらないようなものに支出される可能性は否定できないので、各地方公共団体の財政状況を観察する必要があります。
「令和2年度補正予算(第3号)」は国会で審議され、今月中に可決されるのではないかと予想されますが、案の通りでよいのかと疑われる方も少なくないでしょう。国会での審議状況、緊急事態宣言の延長の有無、新規感染者数および重症患者数の動き、医療体制の状況などによっては「令和2年度補正予算(第4号)」が2月か3月に提出されるのではないかと予想されます。しかし、これはむしろ避けたい話でしょう。一旦「令和2年度補正予算(第3号)」が撤回され、新たな「令和2年度補正予算(第3号)」が提出されるほうが望ましいとも言えます。
また、1月18日の臨時閣議において令和3年度予算が決定され、同日に国会に提出されています。2021年4月か5月に補正予算が提出されることもありうるのではないでしょうか。