ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

第46回 行政組織法その4 公物法

2021年10月11日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.公物法

 端的に言えば、行政の遂行に役立つものとして存在する物を公物という(例.道路、公園、河川)。公務員が行政の人的手段であるならば、公物は行政の物的手段である、ということになる。なお、公物は行政法学上の用語であり、法令用語ではない。

 参考.営造物とは、国または公共団体などの行政主体によって公の目的に供用される人的および物的施設の総合体のことである。例として、国公立学校、病院、図書館などがあげられる。

 (1)公物法とは何か?

 公物に関する統一的な法典は存在しないが、公物法に関する一般理論が行政法学によって構成されてきた(公法と私法との区別を前提とする)。

 ①公物管理法

 公共用物については、道路法、都市公園法、河川法、海岸法など(いずれも公物管理法)が整備されてきた。また、地方公共団体は、地方自治法により、条例で公の施設に関する定めを置くことができる。

 ②公物管理規則

 個別の公物管理法が適用されないものについては、公園管理規則(公園管理法の適用がない公園に関するもの)など、公物管理規則が制定されることがある(その場合には、公物管理権者の支配権に制定の根拠を求めることになる)。なお、地方公共団体の場合は、やはり条例主義が採用されることとなる。

 ●最大判昭和28年12月23日民集7巻13号1561頁(皇居外苑使用不許可事件、Ⅰ―65)

 事案:原告の総評(日本労働組合総合評議会)は、昭和26年11月20日に、翌年5月1日に皇居外苑を使用するために、被告の厚生大臣に許可を申請したが、厚生大臣は翌年3月に不許可処分を行った。総評は国民公園管理規則(厚生省令)の趣旨を誤解するなど違憲・違法の処分であるとして、取消しを求めて出訴した。

 判旨:最高裁判所大法廷は、既に昭和27年5月1日を過ぎてしまったために総評に法律上の利益がないとして上告を棄却した。その上で、「公共福祉用財産」が「公の用に供せられる目的に副い、且つ公共の用に供せられる態様、程度に応じ、その範囲内において」国民が利用しうるとし、「国有財産の管理権は、国有財産法五条により、各省各庁の長に属せしめられて」いるから「公共福祉用財産」の利用の許否は「公の用に供せられる目的に副うものである限り、管理権者の単なる自由裁量に属するものではなく、管理権者は、当該公共福祉用財産の種類に応じ、また、その規模、施設を勘案し、その公共福祉用財産としての使命を十分達成せしめるよう適正にその管理権を行使すべきであ」ると述べる。なお、この判決においては、公園管理規則の法的性質や根拠についてとくに論じられていない。

 ③庁舎管理規則

 庁舎は公用物であり、庁舎管理規則が訓令として定められる。法律の根拠を必要としないというのが通説である(最一小判昭和57年10月7日民集36巻10号2091頁も参照 )。

 ④財産管理法

 国有財産法、地方自治法第238条以下(この他、物品管理法、民法)である。国有財産・公有財産は普通財産である。

 行政財産は、公用財産のことであり、行政法学上の公用物にほぼ対応する(不動産のみ)。

 公共用財産は、行政法学上の公共用物にほぼ対応する(不動産のみ)。

 (2)公物とはいかなる物か?

 ①公物のメルクマール

 a.行政主体が物に対して権原(支配権のこと。但し、所有権に限られない)を有すること。

 b.公の用に供されていること(そうでなければ公物とは呼べない)。

 c.行政主体が公の用に提供していること。

 d.有体物であること。動産か不動産かを問わない。従って、公立図書館の書籍も公物である。また、鉱物や石油などのように消費されるものは公物ではない(なお、河川の流水は公物にあたる)。

 ②公物の種類

 a.公共用物と公用物

 公共用物とは、公衆の用に供されるものである。道路、河川、公園、海岸などが該当する。

 公用物とは、直接的には官公署の用に供されるものである。役所の敷地と建物が該当する。国公立学校も公用物である。

 b.自然公物と人工公物

 c.国有公物、公有公物、私有公物 公物であっても私人の所有権が肯定されることがある。

 d.自有公物と他有公物 所有権の帰属で判断される。

 e.動産公物と不動産公物

 この他、法定外公共用物が存在する。河川法の手続を経ていない河川(普通河川)、道路法の適用を受けない道路(里道)など。なお、皇居外苑や新宿御苑、千鳥ヶ淵戦没者霊園などは、法定外公共用物ではないが、制定法の適用を受けていない。

 ③公物に民事上の強制執行は及びうるか?

 公物についても民事上の強制執行が可能であるとするのが通説であるが、その場合でも公物としての性格は否定されない。

 ④公物について時効取得は認められるのか?

 最二小判昭和51年12月24日民集30巻1号1104頁(Ⅰ―32)は、公物(例.水路)について黙示の公用廃止があった場合には時効取得を認める。通説も同旨と思われる。

 ⑤公物を土地収用法の対象とすることは可能か?

 学説などにおいて議論があり、定説を見ない。

 (3)公物の成立と消滅

 成立:人工公物のみについて、とくに公共用物について問題となる。

 公用開始(供用開始):公物を公の用に供し始めること(公物を成立させること)。

 公用廃止(供用廃止):公用を廃止すること。

 公用開始行為および公用廃止行為は行政行為の一種である、とするのが通説・判例である。公用開始行為の場合には、公物という法的地位が与えられ、私人との関係においても効果が発生するためである。

 (4)公物管理権

 ①法的根拠は何か?

 公所有権説:公法的効果→公権と考える。

 私所有権説:私人の所有権と同様に考える。

 包括的管理権能説:所有権云々ではなく特別な包括的権能であり、公物法によって与えられるとする。

 比較的多数の説は包括的管理権能説か?

 ②公物管理権の主体

 国有財産:国有財産法第5条により、各省各庁の長とされる。

 公有財産:地方自治法第238条の2により、長などの各執行機関が行使する。

 法定外公共用物:原則として市町村が主体となる。

 ③公物管理権の内容

 a.公物の範囲の確定

 b.公物の維持と修繕

 c.公物に対する障害の防止(行為規制のこと)

 d.公物隣接区域に対する規制

 e.他人の土地の立入や一時使用

 f.使用関係の規制

 ④公物管理権の範囲

 ⑤公物管理と公物警察

 公物管理:公物の本来の公用の維持や増進に関する作用。

 公物警察:一般統治権に基づいて国民に命令や強制をなす作用のうち、公物上においてなす作用。

 ⑥公物管理の法的性質

 単なる事実行為:維持保存工事など。

 行政行為としての性質:公用開始行為および公用廃止行為、公物の使用許可

 行政規則としての性質:公物利用規則

 原状回復命令や退去命令など:法律上の根拠が必要である。これらの命令に従わない場合の罰則、直接強制などの実力行使についても同様である。

 (5)公物の使用関係はいかなる関係か?

 ①公共用物の使用関係:行政行為の分類に対応する。

 一般使用(自由使用):これが一応の基本である。道路交通や河川での就航など、何らの意思表示を必要とせず、公物を利用することが公衆に認められていることをいう。但し、法律または公物管理者の定める制限に服したり、公物警察による制限に服したりすることもある。

 許可使用:これは、あらかじめ公物の使用禁止を定めておいた上で、申請に対する許可により、この禁止の解除をなすというものである。これも公物管理作用としてのものと公物警察としての警察許可とに分かれるが、両者が渾然一体となっているようなものもある。

 特許使用(特別使用):これは、公物管理権者から特別な使用権を設定された上で公物を使用することである。自由使用の反対で、特定の者に排他的利用を認める。河川の流水の占用や道路に電柱を建てることなどが例としてあげられる。

 ▲公共用物の使用は、現に公の用に供されていることが前提であるとして、単にその自由を容認しているだけであり、使用の権利まで認めることにならないのか?

 判例:一般公衆としての道路利用者は、道路廃止処分について原告適格を有しない。これに対し、日常生活や業務に著しい支障が生じるという者は、道路廃止処分について原告適格を有する。

 ▲公用廃止は管理権者の完全な裁量に属するものではない。

 ▲一般使用(自由使用)が認められている場合に、私人によりその使用が妨害されているならば、民法上の不法行為の問題となる〔最一小判昭和39年1月16日民集18巻1号1頁(Ⅰ―17)〕。

 ②公用物の使用関係

 本来的な使用:当該建物に関する特定の行政目的のために供されるのであり、管理者はその目的に合致するような管理をなす義務を負う。また、そこに立ち入る者は、管理者の管理権限(これも完全な裁量ではない)に服することになる。

 目的外使用(国有財産法第18条第3項および地方自治法第238条の4を参照):法的性質は行政行為(許可)である(通説・判例。国有財産法および地方自治法も許可制度を定める)。もっとも、地上権の設定などが認められるし、そもそも目的外使用なのかそうでないのかが判別し難いことがある(役所内に職員用の食堂や売店を営業させる場合など)。

 庁舎の管理は、庁舎管理規則で定められるのが通例である。

 ●前掲最一小判昭和57年10月7日

 事案:全逓労組昭和瑞穂支部は、庁舎の掲示板を当時の郵政省庁舎管理規程に基づく一括許可により使用した。郵政省は組合掲示板について一局一箇所の原則を示し、これに基づいて昭和郵便局長は庁舎内の一掲示板を廃止して別の掲示板についてのみ使用を許可することを組合に伝えた。しかし、組合側は同意せず、何度かの話し合いでも了解に達しなかった。そのため、郵便局長は一掲示板を撤去した。組合は原状回復と損害賠償の請求を行った。名古屋地方裁判所および名古屋高等裁判所は組合の請求を棄却し、最高裁判所第一小法廷も、次のように述べて組合の上告を棄却した。

 判旨:本件許可は、国有財産法第18条第3項に規定される行政財産の目的外使用の許可に該当せず、庁舎管理規程によるものである。この規程に定められる許可は「専ら庁舎等における広告物等の掲示等によってする情報、意見等の伝達、表明等の一般的禁止を特定の場合について解除するという意味及び効果を有する処分であ」り、許可を受けた者が掲示板を使用できるとしても、それは許可によって禁止を解除され、行為の自由を回復したにすぎない(公法上または私法上の権利が設定されたりするようなものではない)。「庁舎管理者は、庁舎等の維持管理又は秩序維持上の必要または理由があるときは、右許可を撤回することができる」。

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第45回 行政組織法その3 公務員法

2021年10月10日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.公務員法とは

 (1)日本国憲法の下における公務員法制の一応の原則

 日本国憲法において、公務員法制は、次の三つの原則から構成されなければならない。

 ①民主的な公務員法制の原理

 ②基本的人権の尊重

 これは「第5回 行政法上の法律関係において扱った特別権力関係からの脱却を目指す。

 ③能率性および公正性の原則(科学的人事行政の原則)

 この原則があるために、政治的任用の許容性という問題がある。

 (2)公務員とは?

 「公務員」は、日本の法制度上、一義的に決められている訳ではない。

 ①憲法第15条の「公務員」

 これだけで「公務員」の範囲が明確になる訳ではない。同条は民主的な公務員法制度の原理を明らかにするが、だからと言ってすべての公務員を国民が選挙するということにはならない(通説である)。また、同条によると、公務員の勤務形態などは民間企業の勤務形態と異なるということが導き出されうることになる。憲法上の基礎が異なるということになるが、そのことから直ちに具体的な差異(とくに絶対的な差異)が導かれる訳でもない。実際には両者が近似化する傾向にあるし、昨今の経済情勢などにより、公務員法制にも徐々に変化がもたらされている。

 ②刑法の「公務員」

 刑法第7条第1項によると、国家公務員法および地方公務員法の「公務員」の他、議員、委員なども含まれる。

 なお、最三小判昭和35年3月1日刑集14巻3号209頁は、一般論ではあるが、最二小決昭和30年12月3日刑集9巻13号2597頁を参照しつつ、「法令により公務に従事する(中略)職員」について「公務に従事する職員で、その公務員に従事することが法令の根拠にもとづくものを意味し、単純に機械的、肉体的労務に従事するものはこれに含まれない」(原文を一部修正)とした。その上で、当時の郵便局の外務担当事務員の公務員性を認めている。

 また、個別の法律によって公務員とみなされる者が存在する。この場合には刑法上、公務員とみなされる(日本銀行の職員、一部の独立行政法人の職員など)。但し、国家公務員法や地方公務員法の適用を受けない。

 ③国家賠償法第1条の「公務員」

 これは、不法な行為を行った者の身分に着目するのではなく、その行為が公権力の行使であるか否かで決せられる。「第39回 国家賠償法の構造/国家賠償法第1条」を参照されたい。

 ④国家公務員法および地方公務員法の「公務員」

 これが一般的なものとも考えられるが、いくつかの点に注意すべきである。

 まず、国家公務員法第2条第1項は国家公務員を一般職と特別職に分類するが、「別段の定がなされない限り、特別職に属する職には」国家公務員法を適用しないと定める。

 同様に、地方公務員法第3条第1項は地方公務員を一般職と特別職に分類するが、第4条第2項は、地方公務員法に「特別の定がある場合を除く外、特別職に属する公務員には適用しない」と定める。

 一方、警察は都道府県の組織であり、地方公務員法における一般職に該当するはずであるが、都道府県警察の職員のうち、警視正以上の階級にある警察官は一般職の公務員であるとされ(同第56条第1項)、その他の都道府県警察の職員は地方公務員法における一般職とされる(同第2項)。

 なお、独立行政法人のうち、国の特定独立行政法人の職員の役職員は国家公務員である(このうち、役員は特別職の国家公務員である。独立行政法人通則法第51条、国家公務員法第2条第3項第17号)。

 また、地方特定独立行政法人の役職員は地方公務員である。このうち、役員は特別職の地方公務員である(地方公務員法第3条第1項・第3項第6号)。

 ⑤一般職と特別職

 国家公務員法および地方公務員法は、原則として一般職の公務員にのみ適用される。

 a.特別職に該当しないとされるものが一般職である。

 b.特別職については、裁判所法、防衛庁設置法、自衛隊法など、個別の法律に規定を置く(内閣法、国会法なども該当する。規定を見ていただきたい)。

 c.特別職については、人事院の人事行政に服しない(このことくらいしか共通点がない)。

 d.一般職と言ってもその職務内容などは雑多であるが、一律に適用するのが原則である。但し、労働基本権については差異が設けられているし、任用についても特別の扱いがなされることがある。

 (4)公務員法の法源

 国家公務員についての法令としては、国家公務員法の他、人事院規則(国家公務員法の委任立法)、国家公務員の職階制に関する法律、一般職の職員の給与に関する法律、一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律、国家公務員退職手当法などがある。また、特例法として、教育公務員特例法、外務公務員法、国営企業労働関係法などがある。

 地方公務員についての法令としては、地方公務員法の他、地方自治法、地方公務員等共済組合法、地方公務員災害補償法がある。また、地方公務員の給与や勤務時間、分限や懲戒の手続、定年、などについては条例で定められることとなっている。なお、特例法として、教育公務員特例法、地方公営企業法、地方公営企業労働関係法などがある。

 (5)公務員の人事を担当する機関

 例外も多いが、一般的に、政治的中立性の確保と科学的人事管理の観点から、次のようなシステムが採用されている。

 ①国家公務員(一般職)の場合

 a.個々の公務員の任免、服務監督などについては、各省各庁の長が行う。

 b.独立の人事行政機関として、国家公務員法第3条により、内閣の所轄の下に、補助部局として人事院を置く。

 人事院は人事官3人(任期は4年)による組織で、次のような機能を有する。

 行政的機能:給与に関する勧告(同第28条第2項)、試験の実施(同第42条)、研修計画の樹立(同第73条第1号)、兼業の承認(同第103条第3項。同第1項および第2項も参照のこと)。

 準立法的機能:人事院規則の制定(第16条)。

 準司法的機能:職員の意に反する降給などの処分に対する不服申立ての審査機関(同第90条)、株式所有の関係などに関する人事院の通知に対する異議申立ての審査機関(同第103条第6項・第7項)

 c.内閣総理大臣は、人事院の所掌に属しない部分について、人事行政機関としての地位を有する(同第18条の2。なお、補佐する機関は総務省である)。

 ②地方公務員(一般職)の場合

 a.個々の公務員の任免、服務監督などについては、知事、市町村長、議会の議長、選挙管理委員会、教育委員会など、地方公務員法第6条に列挙された機関が、地方公務員法、条例などによって行う。

 b.独立の人事行政機関として、地方公務員法第7条により、人事委員会または公平委員会を置く(地方自治法第180条の5により、執行機関の一つとされる)。

 都道府県、指定都市(同第259条の19第1項):人事委員会

 指定都市を除く人口15万人以上の市、特別区:人事委員会または公平委員会(いずれにするかは条例による)

 人口15万人未満の市、町、村:公平委員会

 人事委員会と公平委員会は、ともに人事行政機関であるが、権限に多少の違いがあり、人事委員会の権限のほうが広い(同第8条を参照)。

 

 2.公務員の勤務関係

 (1)公務員の勤務関係

 大日本帝国憲法時代には、公務員の勤務関係は特別権力関係であるとされていた。しかし、日本国憲法の下において、特別権力関係説が妥当する余地はない(仮にあったとしてもごくわずかである)と解すべきであろう。このため、現在においても特別権力関係説を維持する見解は存在しない。

 現行の公務員に関する法律は、勤務条件法定主義を採用する。これに対し、行政法学には労働契約関係説も存在する。しかし、或る種の部分社会の存在を否定できないのではないか、と思われる。

 (2)勤務関係の成立

 公務員の勤務関係の法的性質については、包括的に考えるのではなく、段階あるいは場面に応じて考察すべきであろう。まずは勤務関係の成立、すなわち、国家または地方公共団体が或る人を公務員として任用するところから検討する。

 公務員の場合は採用といわず、任用という。

 公務員の任用行為の性質については、公法上の契約説と、相手方の同意に基づく行政行為説とがある。公法上の契約説は大日本帝国憲法以来の説であるが、現在では少数に留まっている。これに対し、相手方の同意に基づく行政行為説は、相手方の同意がない限りは公務員の勤務関係が成立しないとする点においては公法上の契約説と同じであるが、勤務関係の内容について当事者間の合意による形成の自由が存在しないことから、公務員の任用行為を行政行為(特許)と捉える。

 相手方の同意に基づく行政行為説が通説である。ちなみに、現在の日本の法制度において、勤務関係の消滅については、契約ではなく、行政行為としての処分が行われることが前提である。

 なお、通説・判例は、勤務関係の成立の時期を、辞令書の交付またはこれに準ずる行為の時点とする。採用内定およびその取り消しは、採用発令の手続のための準備手続であり、事実上の行為であって、勤務関係成立の時期とは考えられていない(最一小判昭和57年5月27日民集36巻5号777頁)。

 勤務関係の成立にも要件がある。次の3点である。

 ①欠格条項に該当しないこと(国家公務員法第38条、地方公務員法第16条)。

 ②能力主義(成績主義)の原則により、受験成績や勤務成績などにより行われること(国家公務員法第33条、地方公務員法第15条・第17条第3項)。

 ③国籍については、外務公務員法を除いて明文の規定がないので争いがあるが、国家公務員であれ地方公務員であれ、政府の公定解釈によれば「公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには日本国籍を必要とする」。但し、実際には法律の制定により、どのようにでもなりうる(例.国立又は公立の大学における外国人教員の任用等に関する特別措置法)。

 (3)勤務関係の変更

 勤務関係の変更として、昇任、転任、配置換え、降任が考えられる。これらはいずれも行政行為としての性格を有すると考えるべきであろう。いずれも能力主義の原則が妥当するのであるが、実際には勤務成績による場合が多い。

 また、実際に多用されているものとして、派遣がある。これは、公務員としての身分を持ちつつ、他の団体などの職に従事するというものであり、地方自治法第252条の17や災害対策基本法などに規定されている。また、国家公務員に関する国と民間企業との間の人事交流に関する法律、公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律が制定されている。

 (4)勤務関係の消滅

 勤務関係も法的関係であるから、成立、変更があれば消滅もある。一般的な消滅原因は公務員の離職であり、失職、免職、辞職などがある。

 失職とは、法律の規定により、とくに処分などを必要とせず、当然に退職となる場合のことである。欠格事由に該当する場合の他、定年、公職選挙に立候補した場合がある。

 免職とは、公務員本人の自発的な意思に基づかない退職のことであり、分限免職と懲戒免職とに分かれる。懲戒免職については、対象となる公務員に懲戒処分が到達することにより、その効力を生じる。

 辞職とは、公務員の自発的な意思に基づく退職のことである。但し、公務員の辞職願を任命権者が承認しなければ、離職の効果は生じない。

 ●最二小判昭和34年6月26日民集13巻6号846頁(Ⅱ―128)

 事案:或る村の小学校に勤務していた講師Xは、当時出されていた方針(55歳以上の教員に退職を求めるというもの)に従い、昭和29年3月31日付で退職する旨の辞職願を提出した。しかし、周囲に55歳以上で退職しない者が存在することを知り、同月26日になって退職願の撤回を申し出た。Xは3月31日以降も引き続いて勤務していたが、4月20日、教育委員会から3月31日限りでの解職を内容とする辞令の交付を受けた。そこで、Xは免職処分の取消しを求めて出訴した。仙台地方裁判所はXの請求を棄却したが、仙台高等裁判所は逆に認容したので教育委員会が上告したが、最高裁判所第二小法廷は次のように述べて教育委員会の上告を棄却した。

 判旨:「退職願の提出者に対し、免職辞令の交付があり、免職処分が提出者に対する関係で有効に成立した後においては、もはや、これを撤回する余地がない」。退職願の撤回は原則として自由である(退職願そのものが独立して法的な意義を持つ訳ではないので)。しかし、「免職辞令の交付前においても、退職願を撤回することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には、その撤回は許されない」。本件については「特段の事情」が存在しない。

 

 3.公務員の権利および義務

 (1)公務員の権利

 身分保障と分限について、国家公務員法第74条・第75条、地方公務員法第27条の規定がある。いずれも、分限事由について限定列挙としている。

 分限は官職の移動を伴うが、責任追及の要素は含まれない。

 免職および降任は国家公務員法第78条、地方公務員法第28条第1項に定められた事由による。

 休職は、国家公務員法第79条、地方公務員法第28条第2項に定められた事由による。

 この他、人事院規則や条例で定めることがある(職員の意に反するとは言えないものもある)。

 分限処分は行政行為であり、不服申立て前置主義が採られている(国家公務員法第89条、地方公務員法第49条)が、任命権者には要件裁量も効果裁量も認められている。

 定年は、国家公務員法第81条の2、地方公務員法第28条の2に規定される(いずれも昭和56年に追加された)。国家公務員の場合は60歳であり、地方公務員の場合は条例で定められた年齢である。なお、定年との関係で任期つきの任用を定める特別法がいくつか存在する。

 研修は、国家公務員法第73条第1項第1号、地方公務員法第39条に定められている。いずれも、任命権者に研修の実施の義務を課する。また、特別法で特例が定められている。

 財産的な権利として、給与、退職金、退職年金、公務災害補償等がある。国家公務員法および地方公務員法に規定があるが、個別法により、具体的に定める。また、給与法定主義(国家公務員法第63条、地方公務員法第25条)が妥当しており、基本的には職務給の性格である。なお、俸給請求権の放棄は許されるか、という問題がある。これについては、公権であるから放棄は許されない、とする説もある。

 公務員の基本的人権については、問題がある。公務員も勤労者であって、労働基本権の享有主体であるはずである。そして、基本的人権の享有主体であるはずである。但し、制約が課される。

 公務員は、保障請求権、勤務条件の措置要求権(国家公務員法第86条以下、地方公務員法第46条以下)を有する。これは、公務員については労働組合法の適用がなく、団体協約締結も否定されるためである。対象は、対象は、あらゆる勤務条件(給与など)とされており、不利益な処分に関する人事院、人事委員会・公平委員会への不服申立ても認められている。

 (2)公務員の義務

 憲法第15条第2項が公務員を「全体の奉仕者」と位置づけることから、国家公務員法第96条、地方公務員法第30条にも「服務の根本基準」が示されている。

 ①服務の宣誓義務(国家公務員法第97条、地方公務員法第31条)

 これは、新たに任用された職員が行うべきものとされている。但し、宣誓を行わなかったからといって、任命行為に直ちに何らかの影響が及ぶものではない。

 ②職務専念義務(国家公務員法第101条、地方公務員法第35条)

 基本的な義務であるが、それだけに問題もある。

 ●最三小判昭和52年12月13日民集31巻7号974頁(目黒電報電話局事件)

 これは国家公務員法が適用されたものではなく、日本電信電話公社法および日本電信電話公社就業規則が適用されたものであるが、参考までに紹介しておく。事案は、目黒電話局内で勤務時間中に組合活動の一環としてベトナム戦争反対のプレートを着用していた被上告人が懲戒処分を受けた、というものである。最高裁判所は、プレート着用行為が職場の同僚に対する訴えかけという性質を有することから、身体活動の面では職務の遂行に特段の支障が生じなかったとしても、精神的活動の面では注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかったものと理解される、などとして、電話局内の規律秩序を乱すものであると判示している。

 職務専念義務については、別に、私企業からの隔離(国家公務員法第103条、地方公務員法第38条)もあげられる。また、国家公務員の天下り規制(国家公務員法第103条第2項)も、私企業からの隔離の一つである(十分ではないが)。

 ③法令遵守義務および上司の命令に服従する義務

 国家公務員法第98条第1項、地方公務員法第32条に定められる。いずれも法治主義の実現のためであるが、上司の命令に服従する義務は、行政組織の統一的かつ効率的な運営の確保のために課されるので、両方の義務が抵触する可能性も高い。

 職務命令について、 職務に関するものであれば、服装などを含めて対象となる。また、違法な職務命令についても、その違法性が重大かつ明白なものでない限り、職員は服従義務を負うとするのが通説である。

 ④争議行為等の禁止

 現行の法制度においては、次のようになっている。

  団結権((職員団体を結成する権利)) 団体交渉権 争議権
警察職員、消防職員、自衛隊員、海上保安庁職員、警察施設職員 × × ×
国家公務員のうちの非現業職員(上記以外)
地方公共団体の非現業職員
△(団体交渉そのものは認められるが、団体協約締結権は認められない) ×
行政執行法人職員
地方公共団体の現業職員
○(団体協約締結権も含む) ×

 このような法制度について、最大判昭和28年4月8日刑集7巻4号775頁(政令201号違反事件)は、公務員が「全体の奉仕者」であり、公共の利益のために勤務することから、こうした制限は当然であるとしている(公共の福祉による制約と言えるか)。

 このような、一律的かつ全面的な制限は合憲なのであろうか。日本国憲法制定当初から現在に至るまで激しく争われている。そして、最高裁判所の判例は、二度にわたって変更されている(いずれも、憲法判例としても重要)。

 まず、最大判昭和41年10月26日刑集20巻8号901頁(全逓東京中郵事件)は、現行法による制限そのものを合憲としつつも、合憲限定解釈を採用し、争議行為であっても刑事罰の対象にならないものが存在するとしている。続いて、最大判昭和44年4月2日刑集23巻5号305頁(都教組事件)は、合憲限定解釈を明確に採用したものであり、「きわめて短時間の同盟罷業または怠業のような単純な不作為のごときは、直ちに国民全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがとは必ずしも言えない。地方公務員の具体的な行為が禁止の対象たる争議行為に該当するかどうかは、争議行為を禁止することによって保護しようとする法益と、労働基本権を尊重し保障することによって実現しようとする法益との比較較量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である」と述べている。また、最大判昭和44年4月2日刑集23巻5号685頁(全司法仙台事件)も合憲限定解釈を明確に採用した。

 しかし、最大判昭和48年4月25日刑集27巻4号547頁(全農林警職法事件)は、全逓東京中郵事件、都教組事件および全司法仙台事件以来の流れを覆したという意味において重要な判決であり、合憲限定解釈を否定し、再び、現行法の一律的かつ全面的な制限を完全に合憲と判断している。この判決は、公務員の地位の特殊性と職務の公共性一般を強調しており、国民全体の利益への影響を重視している。その上で、完全に合憲とされるべき理由として、勤務条件法定主義(争議行為が議会制民主主義と抵触する、という趣旨)、財政民主主義、市場の抑制力の問題、人事院の勧告などによる代償措置の存在をあげている。

 ⑤政治的行為の制約(国家公務員法第102条および人事院規則14-7、地方公務員法第36条)

 これに対する違反は懲戒処分の対象となる。また、国家公務員については刑事罰の対象となる(国家公務員法第110条第1項第19号。地方公務員法には規定がない)。最高裁判所判例は、行政の中立的運営の担保と考えているようである。例えば、「第6回 行政立法その1:行政立法の定義、法規命令」において取り上げた最大判昭和49年11月6日刑集28巻9号393頁は、禁止される政治的行為の具体的な中身について大幅に人事院規則14-7へ委任していることが問題となった国家公務員法第102条第1項を合憲と判断した。しかし、法律の授権が包括的にすぎる、白紙委任であるとして、批判も強い。

 ▲この他、政党などのために寄付金などの利益を求めたりすること、公選による候補者となること、政党などの政治的団体の役員などになることが禁じられる。

 候補者となれば、公職選挙法第90条により、当然に失職する。

 ⑥守秘義務(秘密保持の義務。国家公務員法第100条、地方公務員法第34条)

 公務員である者に課されるもので、違反する者は懲戒処分の対象となる他、刑事罰の対象ともなる。この義務は公務員の退職後にも引き続いて課されるが、懲戒処分が及ばないため、刑事罰による(国家公務員法第109条第12号、地方公務員法第60条を参照)。

 この場合の秘密とは、職務上知りえた秘密(職務との関係で知りえた秘密全般のこと)である。そして、職務上の秘密(職務に直接関係のある秘密)は、いずれにしても、単に形式的に秘密とされることではなく、実質的に、秘密として保護されるに値するものであることが求められる(最二小決昭和52年12月19日刑集31巻7号1053頁)。但し、現在は、秘密文書の取り扱いなどについて統一的な基準が定められており、所轄行政庁の秘密指定の判断が先行する。

 守秘義務については、情報公開法との関係という問題もあるが、情報公開法による情報の適法な開示がなされている限りは、守秘義務違反などによる責任は課されない。

 ⑦信用失墜行為(国家公務員法第99条、地方公務員法第33条)

 直接職務に関係する非道徳的な行為(例.収賄行為)の他、直接職務に該当しないが公務全体の信頼を損なう行為も対象となる(個別的に判断するしかないが、飲酒運転が該当するという扱いがある)。

 ⑧公務員倫理の保持

 国家公務員については国家公務員倫理法が存在する。これは、一般職の公務員を対象とする。

 第3条:職務に関する倫理原則として、情報についての差別的取り扱いの禁止、公私の区別(私的利益の追求の禁止)、贈与の受け取りなど国民の疑惑や不信を招く行為の禁止を定める。

 第5条:国家公務員倫理規程の制定について、政令に委任する。

 第6条ないし第9条:贈与等の報告(本省課長補佐級以上)、株取引等の報告(本省審議官級以上)、所得等の報告(本省審議官級以上)、報告書の保存および閲覧。

 第10条以下:人事院に設置される国家公務員倫理審査会に関する規定。

 第39条:各行政機関に倫理監督官1名ずつを置く旨の規定。

 (3)公務員の責任

 ①懲戒責任

 懲戒事由についても法定主義が採用される(国家公務員法第82条、地方公務員法第29条)。しかし、職務命令違反も懲戒事由になる。

 懲戒の種類:正式なものとして、免職、停職、減給、戒告がある。これらについては、不利益処分として不服申立てと訴訟が認められる(但し、行政手続法の適用はない)。なお、これらの処分と刑罰を併科することは可能である。

 懲戒処分と裁量:「第9回 行政裁量論その1:裁量の種類」において扱ったおいて扱った最三小判昭和52年12月20日民集31巻7号1101頁(神戸税関事件、Ⅰ―83)を参照。

 ②弁償責任

 国家公務員については、会計法、物品管理法、予算執行職員等の責任に関する法律がある。また、会計検査院法第32条の規定を参照のこと。いずれも、出納官吏、物品管理職員、予算執行職員に適用される。

 地方公務員については、地方自治法第243条の2に、出納長など一定の職員に関する特別の規定がある。その他の職員については、民法が適用されると考えられる。

 ③刑事責任

 刑事罰(刑法に規定されている)と行政罰(公職選挙法や国家公務員法、地方公務員法などに規定されている)

 

 ▲第7版における履歴:2021年10月10日掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月30日掲載(「第31回 行政組織法その3 公務員法および公物法」として。以下同じ)。

                                    2017年11月1日、第32回に繰り下げ。

            2017年12月20日修正。

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第44回 行政組織法その2  国家行政組織法および地方自治法の基礎

2021年10月09日 00時04分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.改めて、国家行政組織法

 国の行政組織は、中央省庁等改革基本法に基づき、2001年1月6日に改編されたが、今も複雑多岐にわたる。このため、行政組織図などを参照されたい。また、「第43回 行政組織法その1 行政組織法の一般理論」も参照されたい。

 〔1〕憲法による行政機関の構成

 憲法第65条に示されているように、原則として、国の行政権は内閣に属するそして、内閣府設置法、国家行政組織法、各省設置法に基づいて組織が設けられ、権限などの配分が行われる。但し、人事院は内閣の所轄の下にあり、国家公務員法を法的根拠とする。

 憲法上、内閣から完全に独立した行政機関の存在は許容されていない。但し、それに対する唯一の完全な例外がある。憲法第90条に基づき、憲法上の機関と位置づけられる会計検査院がは、内閣から完全に独立している。

 なお、国の行政事務と考えられるもののうち、独立行政法人や特殊法人などによって担われるものがある(独立行政法人の動きなどに注意すること!)。

 〔2〕内閣

 内閣は、内閣総理大臣および国務大臣によって構成される合議体である。職務は、憲法第73条を初めとする規定に掲げられるものの他、内閣法、各個別法による。

 内閣の意思決定は、内閣総理大臣が主宰する閣議による。この閣議に基づいて、内閣総理大臣が職権を行使し、行政各部を指揮監督する(内閣法の諸規定を参照)。なお、閣議における意思決定は全会一致によるとするのが慣行であり、通説も支持する。

 国務大臣の人数は、内閣法第2条第2項本文により、原則として14人以内である。しかし、同項ただし書きにおいて「特別に必要がある場合においては」17人以内とすることが認められており、さらに内閣法附則第2項ないし第4項により、最大で20人とすることが認められる。あまり整理がなされていないように見受けられるが、次のとおりである。

 まず、附則第2項により、「国際博覧会推進本部が置かれている間」において、国務大臣は原則として15人以内、「特別に必要がある場合においては」18人以内である。

 次に、同第3項により、「東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部が置かれている間」において、国務大臣は原則として16人以内、「特別に必要がある場合においては」19人以内である。

 そして、同第4項により、「復興庁が廃止されるまでの間」において、国務大臣は原則として17人以内、「特別に必要がある場合においては」20人以内である。

 〔3〕内閣総理大臣

 内閣総理大臣は、次の三つの地位を占める(憲法第66条第1項・第68条第1項・同第2項、内閣法第4条ないし第8条、内閣府設置法第6条、国家行政組織法第5条第2項)。

 第一に、内閣の首長としての地位である。閣議の主宰、重要政策に関する基本方針などの案件の発議権、国務大臣の任免権、国会への議案提出権、一般国務・外交関係の国会への報告権、行政各部の指揮監督権、権限疑義の裁定権、中止権を有する。

 第二に、内閣府の長(内閣府設置法第6条)としての地位である。内閣府に係る事項については主任の大臣である。従って、国務大臣と同じ権限を有する。

 第三に、内閣に直属する部局(内閣官房、内閣法制局、安全保障会議)の行政事務についての主任の大臣としての地位である。

 なお、内閣総理大臣が各省の大臣を兼任することも可能である。

 第一次吉田内閣、第二次吉田内閣および第三次吉田内閣において、吉田茂内閣総理大臣が外務大臣を兼任していたことは有名である。また、第一次吉田内閣において吉田は短期間ながら農林大臣なども兼任していた。その後、石橋内閣(石橋湛山内閣総理大臣が郵政大臣を兼任)、第一次岸内閣(岸信介内閣総理大臣が外務大臣を兼任。但し、内閣改造後は藤山愛一郎が外務大臣を務めた)、竹下内閣(竹下登内閣総理大臣が大蔵大臣を兼任。但し、昭和63年12月9日から24日までのみ)、第二次海部改造内閣(海部俊樹内閣総理大臣が大蔵大臣を兼任。但し、平成3年10月14日以降)、第二次橋本改造内閣(橋本龍太郎内閣総理大臣が大蔵大臣を兼任。但し、平成10年1月28日から30日までのみ)、第一次小泉内閣(小泉純一郎内閣総理大臣が外務大臣を兼任。但し、平成14年1月30日から2月1日までのみ)という例がある。他にも例があるので、各自で調べてみていただきたい。

 〔4〕内閣府

 内閣の機能強化のための一環として新設されたもので、内閣に置かれ、内閣官房を支援する組織であり、内閣の事務を助ける組織である。内閣補助部局としての性質をも有する。以前の総理府と異なり、内閣府は他の省より上位の組織であり、国家行政組織法の適用を受けない。

 内閣府の長は内閣総理大臣であり、内閣官房長官も統括の役割を果たす。また、特命大臣が置かれることがある。

 〔5〕省・委員会・庁

 いずれもいわゆる3条機関であり、国家行政組織法第3条第2項、そして同法別表第一に掲げられている機関である。

 (1)

 省は内局として位置づけられている。行政事務を担当する機関であり、長は各省大臣である。

 (2)委員会

 各省または内閣府におかれる外局の一つである。各省または内閣府の一部ではあるが、一定の独立性を有する。合議制の機関であり、委員会自体が行政庁となる。また、委員の任免方法、任期、資格要件が一般公務員と異なる。

 (3)

 やはり、各省または内閣府に置かれる外局の一つである。各省または内閣府の一部ではあるが、一定の独立性を有する。包括的な行政機関である点で委員会と異なる。

 なお、委員長(委員会の長)と長官(庁の長)には国務大臣が充てられるものもある。

 〔6〕内部部局

 国家行政組織法によると、府または省の機関単位は、局・官房、部、課、室、職となる(大→小)。

 〔7〕附属機関

 3条機関に附属する附属機関であり、審議会等(国家行政組織法の条文から8条機関ともいう)、施設等機関(第8条の2)、特別の機関(第8条の3)がある。

 

 2.地方自治法

 〔1〕地方自治の基本的な意義

 a.地方自治の要素

 従来から、地方自治の要素として団体自治と住民自治の二つがあげられてきた。このこと自体についても議論があるが、ここでは通説に従うこととする。

 団体自治とは、国から独立した地域団体が設けられ、この団体が自らの事務を自らの機関により、自らの責任において行うことを指す。国家から独立した意思の形成に注目する。

 住民自治とは、地域の住民が、地域的な行政需要を、自らの意思に基づいて自らの責任において行うことを指す。住民が地域における意思の形成に政治的に参加する点に注目する。

 団体自治という側面から、地方公共団体の存立や権限行使に着目し、地方自治をいかに保障するものかという点に関して、地方公共団体が前憲法的な基本権を有することを前提として、自然権的・固有権的な基本権を保障するものであるとする固有権説と、地方公共団体は前憲法的な基本権を有せず、存立や権限行使などは国家によって決定されるものであるとする伝来説とが対立してきた。固有権説のほうが地方自治の保障に厚いとも言いうるが、歴史的にみても妥当とは言い難く、伝来説のほうが妥当性が高い。しかし、伝来説では、結局のところ、地方自治の制度自体が国家によって左右されてしまうため、憲法によって保障する意味が乏しくなる。そこで登場するのが、制度的保障説である。

 制度的保障説は、ドイツの公法学者カール・シュミット(Carl Schmitt. 1888-1985)が『憲法論』(Verfassungslehre)において提唱したものである。シュミットによると、憲法の規定には、基本的人権自体ではなく、特定の制度の存在を保障する場合がある。日本の公法学においても多くの学説や判例によって支持されている制度的保障論は、意味や範囲が論者によって異なるが、シュミット自身が最初にあげる例は地方公共団体の基本権である。彼はフランクフルト憲法やヴァイマール憲法の規定を引き合いに出して説明を行っているが、基本的な趣旨は、日本国憲法の解釈にも妥当するであろう。但し、何が制度の中心部分であるかという点が問題となる。

 なお、有力な説として、北野弘久博士による新固有権説がある。これは、制度的保障説を援用しつつも、国民主権原理と基本的人権の尊重から地方自治の固有権的な理解を導く。元々は地方税・地方財政に関する議論に由来するものである。

 b.日本国憲法における地方自治

 日本国憲法の第92条ないし第95条は、地方自治に関する規定である。このうち、第92条は「地方自治の本旨」を定めており、第93条は組織原理に関する規定である(但し、第92条と矛盾する関係にあるとも考えられる)。そして、第94条は、地方公共団体に、広範な権限を付与することを定めている。

 c.地方自治法の法源(成文法のみをあげておく)

 法源として最も基本的かつ最高の地位にあるのが憲法である。これを受けて地方自治法が存在する。そして、地方税法、地方財政法、地方交付税法、地方公務員法、地方公営企業法は、地方自治法の規定を受けて、それぞれの分野について規律をなす、という体系になっている。その他、個別法として警察法などがある。

 国の法令より下位に位置づけられるのが、地方公共団体による立法である。条例は地方公共団体の議会が制定する法であり、規則は地方公共団体の長が制定する法である。

 〔2〕地方公共団体とは?

 一般的に、国家の三要素になぞらえる形で、地方公共団体の三要素が主張される。住民、区域、法人格(地方自治法第2条第1項)の三つである。

 「第43回 行政組織法その1 行政組織法の一般理論」において述べたように、地方公共団体は、普通地方公共団体と特別地方公共団体とに区別される。普通地方公共団体とは、都道府県および市町村のことであり(同第1条の3)、特別地方公共団体とは、特別区、地方公共団体の組合および財産区のことである。

 a.普通地方公共団体は、憲法上の自治権を保障される公法人である。

 ①市町村

 地方自治法第2条第4項により、市町村は基礎的な地方公共団体として位置づけられる。同第8条第1項は、市となるための要件を定めており、原則として、人口が5万人以上であること(同第1号)、当該普通地方公共団体の中心となる市街地を形成する区域内の戸数が全戸数の6割以上を占めていること(同第2号)、「商工業その他の都市的業態に従事する者及びその者と同一世帯に属する者の数が、全人口の六割以上であること」(同第3号)および「前各号に定めるものの外、当該都道府県の条例で定める都市的施設その他の都市としての要件を具えていること」(同第4号)とされているが、市町村の合併の特例に関する法律第7条に特例が定められている。また、地方自治法第8条第2項は、町となるための要件の定めを都道府県条例に委任する。

 市と町村とでは、組織、事務配分などで取り扱いが異なる。例えば、議会に代わる町村総会の設置(同第94条)、事務局を置かない議会の職員の配置(第同138条第4項)、出納員(同第171条第1項)、監査委員の定数(同第195条第2項)をあげることができる。

 また、地方自治法は、市を3種類に分けている。

 まず、指定都市(同第252条の19以下。一般的には「政令指定都市」といわれる)は、人口50万人以上の都市であって政令で指定されたもの(実際には70万人以上あるいは80万人以上か)を指す。2017(平成29)年1月1日現在で「地方自治法第252条の19第1項の指定都市の指定に関する政令」(昭和31年政令第254号)によって指定都市とされるのは、大阪市、名古屋市、京都市、横浜市、神戸市、北九州市、札幌市、川崎市、福岡市、広島市、仙台市、千葉市、さいたま市、静岡市、堺市、新潟市、浜松市、岡山市、相模原市および熊本市である。

 次に、中核市(同第252条の22以下)は、人口20万人以上の都市で政令であって指定されたものである。同日現在で「地方自治法第252条の22第1項の中核市の指定に関する政令」(平成7年政令第408号)によって中核市とされるのは、宇都宮市、金沢市、岐阜市、姫路市、鹿児島市、秋田市、郡山市、和歌山市、長崎市、大分市、豊田市、福山市、高知市、宮崎市、いわき市、長野市、豊橋市、高松市、旭川市、松山市、横須賀市、奈良市、倉敷市、川越市、船橋市、岡崎市、高槻市、東大阪市、富山市、函館市、下関市、青森市、盛岡市、柏市、西宮市、久留米市、前橋市、大津市、尼崎市、高崎市、豊中市、那覇市、枚方市、八王子市、越谷市、呉市、佐世保市および八戸市の48市である。

 1995(平成7)年に中核市となる要件として面積および昼夜間人口比率も定められていたが、数度の改正の度に要件の緩和または廃止が行われ、2006(平成18)年には人口30万人以上の要件のみとなった。2014(平成26)年改正によって特例市制度を中核市制度に統合することとなり〔施行は2015(平成27)年4月1日〕、併せて人口要件も30万以上から20万以上に引き下げられた。「中核市要件の変」を参照されたい。

 指定都市、中核市のいずれも、程度の差こそあれ、都道府県から権限を移譲するために設けられた制度であるため、本来は都道府県の担当すべき事務を担当することになる。この点については、同第252条の19および同第252条の22を参照していただきたい。

 指定都市、中核市のいずれにも該当しないのが一般の市である。

 なお、地方自治法第252条の26の3により、特例市の制度が設けられていた。これは2000(平成12)年度に施行されたものであり、人口20万人以上の都市であって政令で指定されたものであった。前述のように、中核市制度に統合される形で廃止された。但し、特例市から中核市へ自動的に移行する訳ではなく、2017年1月1日現在で、小田原市、大和市、福井市、甲府市、松本市、沼津市、四日市市、山形市、水戸市、川口市、平塚市、富士市、春日井市、吹田市、茨木市、八尾市、寝屋川市、所沢市、厚木市、一宮市、岸和田市、明石市、加古川市、茅ヶ崎市、宝塚市、草加市、鳥取市、つくば市、伊勢崎市、太田市、長岡市、上越市、春日部市、熊谷市、松江市および佐賀市の36市が施行時特例市となっている。

 ②都道府県

 市町村を包括する広域の地方公共団体であり(同第2条第5項)、広域にわたる事務、市町村の連絡調整に関する事務、市町村が処理することが適当でないと認められる程度の規模の事務を処理するものとされている。

 なお、本来的には、都道府県と市町村との間に上下関係はない。

 b.特別地方公共団体

 地方自治法によって創設された地方公共団体であり、憲法上の自治権を保障されない。但し、特別区については以前から議論があり、かつては憲法上の自治権を保障されないとする理解が優勢であったが、現在は保障されるとする理解のほうが多数を占めるものと思われる。

 ①特別区

 の区である(同第281条)。現在は基礎的地方公共団体として位置づけられており、基本的に市の規定が適用される(同第283条)。

 現在、都は東京都のみであるが、同第281条第1項は「都の区は、これを特別区という」と定めるに留まるから、別に東京都の23区に限定されるという意味ではない。例えば、大阪府と大阪市が合併して大阪都になった場合、現在の大阪市にある各区(行政区)は特別区に変更されるであろう。但し、特別区の設置については「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(平成24年法律第80号)の定めるところによる。

 なお、政令指定都市(横浜市、川崎市など)の区は行政区(地方自治法第250条の20)であり、法人格をもたない。

 ②地方公共団体の組合

 一部事務組合、広域連合(介護保険などで多用された)など、複数の地方公共団体が事務を共同で処理するための、独立の法人格を有する組合組織のことである。

 ③財産区

 市町村や特別区の一部分でありながら、財産や公の施設の管理や処分を行う法人のことである。

 (3)地方公共団体の事務(同第2条第2項など)

 ①地方自治法における事務の分類

 地方分権一括法による地方自治法の改正前には、団体事務(固有事務)、団体委任事務および機関委任事務に分類されていた。このうち、団体事務(固有事務)は地方公共団体の事務であった。団体委任事務は、地方公共団体そのものに委任された事務という意味であるが、やはり地方公共団体の事務であった。

 問題は機関委任事務で、これは地方公共団体の長に委任された事務である(地方公共団体そのものに委任されるのではない)。国の事務としての性格を有し、地方公共団体の長は国の機関と位置づけられていた。数が多かっただけでなく、委任が法律によって行われるものと限らなかった。

 地方分権一括法による改正後、現在の自治事務と法定受託事務とに分類されるようになった。このうち、自治事務は、地方自治法第2条第8項により、地方公共団体の事務のうち、法定受託事務でないもの、という定義しかなされていない。そこで、同第9項に定められる法定受託事務の定義をみておく。

 法定受託事務は、第1号法定受託事務と第2号法定受託事務とに分けられる。このうち、第1号法定受託事務は、法律またはこれに基づく政令によって地方公共団体が処理すべきものとされているが、本来は国が果たすべき役割に係るものであって、国においてその適正な処理をとくに確保する必要があるものとして、とくに法律またはこれに基づく政令に定められるものである。これに対し、第2号法定受託事務は、法律またはこれに基づく政令によって市町村または特別区が処理すべきものとされているが、本来は都道府県が果たすべき役割に係るものであって、都道府県においてその適正な処理をとくに確保する必要があるものとして、とくに法律またはこれに基づく政令に定められるものである。

 両者の区別は、国による関与の方法などによる。とくに、都道府県の法定受託事務について、同第245条の9第1項により、各大臣は「当該法定受託事務を処理するに当たりよるべき基準を定めることができる」。また、市町村の法定受託事務について、同第2項により、都道府県の執行機関は「当該法定受託事務を処理するに当たりよるべき基準を定めることができる」(同第3項にも注意すること)。自治事務については、以上のような処理基準を定めることはできない。

 (4)地方公共団体の権能

 地方公共団体は、自治組織権、自治行政権、自治財政権および自治立法権を有する。

 (5)地方公共団体の機関

 普通地方公共団体は、長と議会の二元主義をとる。これは、大統領制的な要素を基本とするが、議院内閣制的な要素をも含んでいる。

 ①首長主義

 地方自治法は、長(知事、市町村長)以下を執行機関とする(同第138条の2)。執行機関については多元主義がとられている(同第138条の4・第180条の5)。

 行政庁理論の執行機関と意味が異なるので注意を要する。

 長は、自治立法権限(同第15条)、条例案の提出権(同第149条第1号)を有する。他方、議会は、長に対する議会の不信任決議をなすことができるが、これに対して、長は議会を解散する権限を行使しうる(同第178条)。

 また、普通地方公共団体の議会が成立しないとき、長が議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであるとき、議会が議決すべき事件を議決しないときなど、一定の要件が充足されるならば、長は議会が議決すべき事件を自ら処分することができる(同第179条第1項。同第2項も参照)。これを専決処分といい、長は次の会議において議会に報告し、承認を求めなければならない(同第3項。同第4項も参照)。また、専決処分は、議会の議決により指定された事項についても行うことが認められている(同第180条第1項。同第2項も参照すること)。

 ②議会

 議会の最も重要な権限は議決権である(条例制定権も議決権の一種である)。議決事項は、地方自治法第96条に規定されるものである。なお、自治事務のみならず、法定受託事務についても条例制定権が認められる。また、同第100条により調査権が認められており、この他、地方自治法の第6条ないし第9条の5など、重要な事項について議決事案とされている。

 また、同第109条以下に、委員会に関する規定が存在する。

 議会議員の選挙については、長と同様に公選制がとられている。同第11条においては日本国民たる住民のみに選挙権が認められているが、この点については最三小判平成7年2月28日民集49巻2号639頁を参照。

 ③住民

 地方公共団体において、住民は必要不可欠の存在であり、「地方自治の本旨」を充足するためには十分な権利・権限が与えられていなければならない。地方自治法においては、住民に次のような権利・権限が認められる。

 まず、直接請求である。一応のイニシアティブとしての条例制定改廃請求権、事務監査請求権、リコールとしての議会解散請求権、長など特定職員についての解職請求権(同第12条・第13条。なお、市町村合併特例法を参照) が認められている。

 次に、住民監査請求および住民訴訟(地方自治法第242条・第242条の2)である。基本的には、地方公共団体の職員が行った不当または違法な財務会計上の行為を正すことを目的とする制度であり、差止請求(1号請求)、違法な処分の取消または無効確認の請求(2号請求)、違法に怠る事実の違法確認請求(3号請求)、損害賠償または不当利得返還の請求を求める請求(4号請求)が規定されている。なお、住民監査請求では不当または違法な財務会計上の行為を対象としうるが、住民訴訟では違法な財務会計上の行為のみを対象としうる。

 住民監査の一つの問題点として、次のようなものがある。住民が適法な住民監査請求を行った。しかし、監査委員は誤って違法と判断して却下した。この場合、その住民は同一の行為または怠る事実について再び住民監査請求を行うことができるか(平成13年度国家Ⅱ種で出題された)。

 住民には、公の施設の利用権も認められる(同第10条・第244条)。ここでいう公の施設は、道路、公園、文化会館、学校、病院などであり、営造物、公共用物に対応するものが多いと言われている。設置については条例主義が採られる(同第244条の2第1項)。また、救済については同第244条の4が規定する。

 他方、住民には一定の義務も課される。同第10条が公課(地方税の他、分担金、加入金、使用料、手数料、受益者負担金などを指す)についていわゆる負担分任の義務を定める。この他、個別法に定められることがある。

 (6)国と地方公共団体との関係

 これは、日本国憲法施行当初から続いてきた問題であり、地方分権改革もこの問題に対する一定の解決を目指すものであるが、現実には課題が山積している。

 憲法第92条を受けて地方自治法第1条の2が地方公共団体の役割と国の役割などについての大原則を示し、さらに同第2条第11項および第12項において国と地方公共団体の役割分担が規定される。

 ①国の立法権と地方公共団体の立法権

 国の立法権は、地方公共団体の立法権に優先する。すなわち、条例は法令の範囲内で制定可能である。

 これは憲法および地方自治法に示される原則であり、法律先占論もここから導かれる。しかし、「地方自治の本旨」は、国の立法権に対する枠をかぶせるものである。とくに問題となるのが、条例における上乗せ規制や横出し規制であり、法律の定める規制の基準がミニマムを定めていることが明文で示されている場合、あるいは解釈から導き出される場合には認められる、という解釈が多数説になっているものと思われる。

 ②国の行政権と地方公共団体との関係

 国と地方公共団体は、常に互いに無関係あるいは独立に行政活動を展開しているのではない。国が地方公共団体に関与し、都道府県が市町村に関与することは、憲法も当然に想定していることである。 地方公共団体が私人と同様の立場で活動する場合には、とくに議論をする必要はない。これに対し、地方公共団体が私人と異なる立場で活動する場合には、国の関与が問題となる。 関与の仕方は、地方自治法第245条に定められている(必ず参照のこと!)。そして、関与の法的根拠は法律または政令でなければならない(同第245条の2・第245条の4)。

 さらに、関与の基本原則は、同第245条の3に規定されている。 もっとも、関与の法的性質については問題が存在する。以下、関与の種類などを概観する。

 助言、勧告、資料の提出の要求は、事実上の行為であり、自治事務、法定受託事務のいずれに対しても行いうる。

 是正の要求は、都道府県の自治事務に対するものである。この場合には、地方公共団体に措置をとるべき義務が課される。

 是正の指示は、都道府県の法定受託事務に対するものである。要件は是正の要件と同じであり、やはり地方公共団体に義務が課される。

 同意、許可、認可、承認は、行政行為に準ずるものと考えられる。すなわち、これらがなされない限り、地方公共団体の行為は効力を生じない。但し、同意については議論があるが、協議のうち、同意を要する場合には、上記の同意などと同じ効力があると解される〈詳細は、森稔樹「地方税立法権」日本財政法学会編『財政法講座3 地方財政の変貌と法』(2005年、勁草書房)49頁を参照〉

 代執行は、都道府県の法定受託事務に対するものである(同第245条の8を参照)。

 処理基準の設定は、同第245条の9に規定される。

 関与の手続は、同第247条以下に規定される。行政手続法に準じたものが多い。

 関与をめぐって、国と地方公共団体との間で紛争が生じることがありうる。その処理を行うのが、国地方係争処理委員会(総務省に置かれる、いわゆる8条機関。地方自治法第250条の7)である。対象となるのは公権力の行使にあたるもので、是正の要求や指示、許可の拒否などである(同第250条の13)。手続については、同第250条の14を参照。

 同様に、都道府県と市町村との間で紛争が生じることがありうる。その処理を行うのが、自治紛争処理委員である(同第251条の3。第251条も参照)。

 また、同第251条の3・第252条は、裁判による紛争処理手続を規定する。

 ③地方公共団体相互の関係 委員会等の共同設置(同第252条の7)

 事務の委託(同第252条の14)

 職員の派遣(同第252条の17)

 この他、同第252条17の2、第252条の17の3、第252条の17の4を参照。 また、紛争処理として、自治紛争処理委員による調停制度(同第251条)、境界紛争(同第8条)などがある。

 

 ▲第7版における履歴:2021年10月09日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月30日掲載(「第30回 行政組織法その2 国家行政組織法および地方自治法の基礎」として)。

            2017年11月01日、第31回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第43回 行政組織法その1 行政組織法の一般理論

2021年03月02日 10時30分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.行政組織法定主義

 日本国憲法第41条が「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」と定めていることから、行政組織の編成に関する決定権は最終的に国会にあると考えられる。このことから、行政組織についても基本的に法律主義が妥当すると理解される(民主的統治機構説)。勿論、細部についてまで法律で定めなければならないという訳ではないが、基本部分については法律で定めなければならないのである。国家行政組織法第3条第1項が「国の行政機関の組織は、この法律でこれを定めるものとする」と定めるのも、法律主義の現われである。また、憲法第73条第4号が、内閣の職務の一つとして「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること」を掲げることにも、注意を向けていただきたい。

 行政組織法とされる法には、内閣法、国家行政組織法、会計検査院法、内閣府設置法、各省設置法(法務省、財務省などの各省ごとに設置法がある)、地方自治法などがある。これらの法律が、国や地方公共団体の組織や権限を定めている。

 

 2.行政主体(行政体)

 行政活動の担い手である法人を行政主体(行政体)という行政主体は行政上の権利義務の主体である。具体的には、次のようなものである。

 〔1〕国(国家)

 国家は行政主体の代表的存在であり、法律学の観点からすれば法人として位置づけられる。

 少なくとも日本における最近の憲法学の教科書では、国家論あるいは国家学説に言及していないものも多く、国家法人説、国家有機体説などの議論もあまりなされていないようであるが、法律学の観点からすれば、国家法人説を前提と考えるべきであろう。少なくとも、国(国家)と個人との関係を考える際に、そこに権利義務関係が存在することは否定できないのであるから、国(国家)が法人であることを認めなければ、国有財産、行政契約などの概念も成立しえないこととなるであろう。

 国(国家)を法人として捉えるならば、社団法人の一種または変種であると理解できる。そして、内閣総理大臣、国務大臣、各省庁などは国家機関であることとなる。

 イメージが湧かなければ、国や地方公共団体を生身の人間(法律学でいう自然人)と想定すればよい。たとえば、内閣は国の頭部(あるいは脳)、国の職員は国の手、足などと考えてみればよい。

 〔2〕地方公共団体

 国家と並ぶ行政主体の代表的存在が地方公共団体である。地方自治法第2条第1項は「地方公共団体は、法人とする」と定めており、地方公共団体が国家の機関ではなく、国家とは別の人格を持つものであることを示している〈この規定との対比を通じても、国(国家)が法人であることを否定することはできないであろう〉。地方公共団体は、やはり、社団法人の一種または変種であると理解できる。

 日本国憲法第8章にいう地方公共団体、換言すれば、憲法において必ず設置されなければならないものと想定されている地方公共団体が何かということについては、都道府県および市町村とする説と、市町村のみとする説とがある〈これが道州制の議論につながる〉

 地方自治法は、地方公共団体を普通地方公共団体と特別地方公共団体とに区別する。普通地方公共団体は都道府県および市町村であり(同第1条の3第1項・第2項)、特別地方公共団体は都の特別区、地方公共団体の組合および財産区(同第1項・第3項)である。

 現在、特別区は東京都の区(千代田区、中央区、港区など)のみである。政令指定都市の区(例、横浜市中区)は行政区といい、法人ではない。

 〔3〕公共組合

 公共組合は、利害関係人(一定の組合員)により、特別の法律によって設立される社団法人で、公の行政に属する特定の事業を行なうためのものである。

 通常、行政上の特別の権能(公権力性、強制徴収など)を有するとともに、強制加入、国の監督権などを伴う。例として、土地改良区(土地改良法)、健康保険組合(健康保険法)がある。弁護士会、司法書士会、行政書士会なども公共組合の一種である。

 〔4〕特殊法人

 特殊法人については様々な定義があるが、ここでは、法律によって直接設立されるもの(公社)、および、特別の法律によって特別の設立行為をもって設立される法人(公団、事業団、公庫、営団、特殊会社、地方公社、港湾局など)としておく。独立採算制による企業的な経営方式を採る、とされた。

 〔5〕独立行政法人

 独立行政法人通則法および個別の独立行政法人設立法により設置される法人で、政策の実施機関(試験研究機関など、国家行政組織法第8条の2に定められた機関)や国公立大学などを国や地方公共団体から切り離し、独立の法人格を与えたものである(独立行政法人通則法第2条第1項、地方独立行政法人法の定義を参照すること)。これにより、国の省庁などの事務は、基本的に政策の企画立案や監督行政に限定される、とされる。

 独立行政法人通則法第2条は、独立行政法人を三種に分類する。

 まず、中間目標管理法人は「公共上の事務等のうち、その特性に照らし、一定の自主性及び自律性を発揮しつつ、中期的な視点に立って執行することが求められるもの(国立研究開発法人が行うものを除く。)を国が中期的な期間について定める業務運営に関する目標を達成するための計画に基づき行うことにより、国民の需要に的確に対応した多様で良質なサービスの提供を通じた公共の利益の増進を推進することを目的とする独立行政法人として、個別法で定めるものをいう」(同第2項。同第29条以下、同第50条の2以下も参照)。

 次に、国立研究開発法人は「公共上の事務等のうち、その特性に照らし、一定の自主性及び自律性を発揮しつつ、中長期的な視点に立って執行することが求められる科学技術に関する試験、研究又は開発(以下「研究開発」という。)に係るものを主要な業務として国が中長期的な期間について定める業務運営に関する目標を達成するための計画に基づき行うことにより、我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため研究開発の最大限の成果を確保することを目的とする独立行政法人として、個別法で定めるものをいう」(同第2条第3項。同第35条の4以下、同第50条の2以下も参照)。

 そして、行政執行法人は「公共上の事務等のうち、その特性に照らし、国の行政事務と密接に関連して行われる国の指示その他の国の相当な関与の下に確実に執行することが求められるものを国が事業年度ごとに定める業務運営に関する目標を達成するための計画に基づき行うことにより、その公共上の事務等を正確かつ確実に執行することを目的とする独立行政法人として、個別法で定めるものをいう」(同第2条第4項。同第35条の9以下、同第51条以下も参照)。行政執行法人の職員は国家公務員としての身分を有する(同第51条)。

 独立行政法人は、行政の効率的な運営を目的とするものとされ、事務事業の透明性、柔軟な組織運営を目指すものと位置づけられている。

 独立行政法人の組織、人事、財務および業務について国が関与権を有する。業務については、国の関与が違法行為の是正要求(行政指導と考えられる)に限定されている。また、主務大臣が中期目標を策定し、この中期目標を達成するための中期計画を独立行政法人が作成する。独立行政法人の業務は、この計画に基づいて行われ、独立行政法人評価委員会という第三者機関によって実績が評価される。

 〔6〕認可法人

 民間などの関係者が発起人となって自主的に設立する法人のうち、業務の公共性などの理由により、設立について特別の法律に基づいて主務大臣の認可が要件となっているものをいう。行政実務用語である。日本下水道事業団や日本商工会議所などがある。

 〔7〕指定法人

 これも行政実務用語で、特別の法律に基づいて特定の業務を行うものとして、行政庁によって指定された民法上の法人である。試験や検査を行う機関、啓発活動などを行う機関などがある。

 〔8〕登録法人

 法律に基づいて行政庁の登録を受けた法人であって、公共性が認められる一定の事務や事業を委ねられるものである。

 

 3.行政機関の概念

 行政主体(とくに国、地方公共団体)の機関を行政機関という。

 行政機関の概念は、立脚点によって二種類に大別されている。但し、日本の法令においては二種類とも使われているので、注意する必要がある。

 〔1〕作用法的機関概念

 行政機関と私人との関係(外部関係)を基準とするものである。行政行為論などにおける行政庁理論が代表的である(国の機関である場合には行政官庁となる)。

 「第7回 行政立法その2:行政規則」において外部的効果と内部的効果について説明した。外部的効果は外部関係に関わるものであり、内部的効果は内部関係(行政主体内の行政機関同士の関係など)に関わるものである。この区別は行政作用法の理解のためにも重要である。

 〔2〕事務配分的機関概念

 行政機関が担当する事務を単位として扱うものである。従って、外部関係・内部関係の区別とは無関係である。従来からの典型例が国家行政組織法であり、近年では情報公開法など少なからぬ法律がこの概念を採用する。但し、作用法的機関概念が忘れ去られた訳ではない。

 なお、行政機関に権限はあるが、権利はない(通説)。権利は人格のあるもの(自然人および法人)が有するものである。行政機関は法人でなく、自然人になぞらえるならば頭部、手、足のようなものでしかないからである。

 権限とは、行政主体の権利や義務の実現のため、行政機関に認められ、または義務付けられた行為を指していう。

 

 4.行政庁

 作用法的機関概念の代表が行政庁理論である。日本においては伝統的な理論であるが、現在も日本の法律の多くは行政庁理論を採用しているので、よく理解しておいていただきたい。

 〔1〕行政(官)庁など

 (1)行政(官)庁

 行政(官)庁とは、国家意思を決定し、外部に表示する機関のことである。一般的には単独制(独任制)であり、各省大臣、都道府県知事、市町村長などが該当する。但し、法律によっては、公正取引委員会、公安委員会、教育委員会などの行政委員会のように合議制が採られることもある。

 行政(官)庁は対外的な意思決定表示機関であるから、私人・私法人、さらに他の行政主体との法的関係を検討する際に重要な意味を有する。行政行為論などにおいて行政(官)庁の概念が多用されたのも、法的関係を重視する側面があったからである。しかし、行政(官)庁だけで全ての行政活動がなされる訳ではない。行政(官)庁は、人間の身体になぞらえるならば脳あるいは頭部のようなものである。人間が、脳あるいは頭部だけで活動を行いえないように、行政主体も、行政(官)庁だけでは十分な意思決定をなしえないし、活動をなしえない。そこで、行政主体は、行政(官)庁を頭としてこれを助ける諸機関から構成される。

 (2)補助機関

 行政(官)庁を補助する機関として、補助機関がある。実定法では政務官、事務次官、局長、課長、副知事、助役などが該当する。職員一般も補助機関である。

 (3)諮問機関

 行政(官)庁の意思決定を補助するが、補助機関とは異なるものとして諮問機関がある。これは、行政(官)庁の意思決定に際して、専門的な立場から、あるいは行政(官)庁による決定の公正さを担保する意味で決定に関与する機関である。実際の名称は、政府の税制調査会、経済財政諮問会議、中央教育審議会などにみられるように様々であるが、国家行政組織法第8条にいう審議会が代表例であり、合議制であることが通常である。なお、諮問機関による意見には法的拘束力がない。

 (4)参与機関

 諮問機関とは別に、参与機関が存在する。これは、行政(官)庁の意思決定に関与するという点などにおいて諮問機関と同様であるが、法的拘束力があるという点で異なる。例として、電波監理審議会、検察官適格審議会がある。

 (5)執行機関

 また、執行機関という概念が存在する。これは、国民に対して実力を行使する権限を有する機関のことである〈地方自治法第7章にいう執行機関とは全く意味が異なるので、注意が必要である〉。警察官、消防署員、徴収職員など、行政上の強制執行や即時執行に携わる者が該当する。また、立入検査や臨検に携わる者も含められうる。

 〔3〕行政機関の相互関係

 通常、行政主体の行政機関は複数存在する。そこで行政機関同士の関係が問題となるが、大きく3つの場合に分けられる。

 (1)上下関係の場合

 基本的に指揮監督関係である。上級行政機関には次のような権限が認められる。

 監視権:調査権、報告徴収権をいう。法律の根拠がなくとも認められる。

 認可権(同意権、承認権):下級行政機関の権限行使に対して上級行政機関が内部的に同意や承認をなす権限をいう。法律の根拠がなくとも認められる。なお、国と公法人(公共組合、特殊法人など)との関係においても国の認可権が認められる場合がある。成田新幹線訴訟(最二小判昭和53年12月8日民集32巻9号1617頁。Ⅰ―2)を参照。

 指揮権:訓令・通達により、上級行政機関が下級行政機関の権限行使について命令を発する権限をいう。法律の根拠がなくとも認められる。

 取消停止権:下級行政機関の行為を取り消したり停止したりするもので、取消または停止の命令→取消・停止という形をとる(地方自治法第154条の2など)。法律の根拠が必要か否かについて議論がある。

 代執行権(代替執行権、代行権):下級行政機関がなすべき行為を上級行政機関が代わって行う権限をいう。法律の根拠を必要とする。

 権限争議裁定権:下級行政機関の権限に関する争いにつき、上級行政機関が裁定する権限をいう。

 (2)委任関係および代理関係

 元々上下関係にある場合には、委任関係や代理関係が成立した後も、上級行政機関と下級行政機関との間に指揮監督関係が残る。元々上下関係にない場合については、後述〔4〕および〔5〕を参照。

 (3)対等関係

 複数の行政機関が上下関係にない場合(例、財務大臣と総務大臣との関係)は、対等な関係である。これについては、次の判決がある。

 ●最三小判平成6年2月8日民集48巻2号123頁

 事案:恩給担保金融を行う国民金融公庫(被告)に対し、国(原告)が恩給受給者の普通恩給などを払い渡したが、当時の総理府恩給局長がこの恩給受給者についての恩給裁定を取り消したため、国が国民金融公庫に対して支払った普通恩給などについて不当利得返還請求を求めた。国民金融公庫は信義誠実の原則違反および権利濫用を主張した。東京地方裁判所および東京高等裁判所は国の請求を認めたが、最高裁判所は破棄自判判決を下した。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、国民金融公庫が公法人であって当時の大蔵大臣の認可、監督、計画、指示の下に必要な事業資金を国民に融通するという行政目的の一端を担うことを認めた。しかし、一方で国民金融公庫が国から独立した法人であり、自律的な経済活動を営むものであり、恩給法の下で一定の要件の下に恩給担保貸付を義務付けられていることなどを述べている。そして、国民金融公庫が恩給裁定の有効性について自ら審査することができないから、国が不当利得返還請求をなすことは許されない、とした。

 〔4〕権限の代理

 権限の代理とは、行政機関Aの権限を、別の行政機関Bが代理機関となって行使することである。これは、民法学の代理と同様である。すなわち、代理機関であるBは、被代理機関であるAの名において処分権限を行使する。従って、Bが行った行為は、Aの行為として法的効力を生ずる。

 権限の代理は、授権代理と法定代理とに区別される。

 授権代理とは、授権によって代理関係が生じる場合をいう。法律の根拠が不要であるとするのが通説である。被代理官庁には指揮監督権が残され、責任は被代理官庁に帰属する。

 法定代理は、さらに二種類に分類される。

 まず、狭義の法定代理とは、法律で定められた要件が充足された場合、当然に代理関係が生じることをいう(地方自治法第152条第1項など)。法律の根拠が必要である。

 次に、指定代理(広義の法定代理)とは、法律で定められた要件が充足された場合、指定によって代理関係が生じることをいう(内閣法第9条など)。この場合も法律の根拠が必要である。

 〔5〕権限の委任

 権限の委任とは、行政機関Cの権限の一部を別の行政機関Dに委任して行使させることをいう。権限の代理とは異なるので注意が必要である。

 まず、権限の委任により、権限は委任官庁から受任官庁に移される。従って、例えば行政行為(許認可など)についてみれば、行政機関Cから行政機関Dに権限が委任された場合、処分庁は行政機関Cではなく行政機関Dになる。

 このように、権限の委任がなされる場合には、法律において定められた処分権限の変更が行われることとなる。そのため、法律の根拠が必要である。

 〔6〕専決・代決

 専決・代決のいずれも、行政実務において古くから行われてきた内部的な事務処理方式であり、法律の根拠は不要である。

 専決とは、法律によって権限を与えられた行政官庁が、補助機関に決裁の権限を委ねることである。実際には補助機関が最終的な決裁を行うが、外部に対してはあくまでも行政官庁の名と責任で活動がなされることとなる。

 地方自治法第179条に定められる、普通地方公共団体の長の専決処分とは意味が異なるので、注意を要する。

 代決とは、専決のうち、決定権限を有する者が不在の場合に、補助職員が臨時的に代行して決裁を行う場合を指す。

 

 5.国家行政組織法などによる事務配分的行政機関概念

 〔1〕行政機関

 事務配分的行政機関概念の場合は、最大単位が最も重要な意義を有する。最大単位から最小単位に向かって、府・省→庁、局、部、課、係、職ということになる。

 〔2〕行政機関相互の関係

 事務配分的行政機関概念の場合における行政機関相互の関係は、次のとおりである。

 まず、指揮監督関係がある(例、国家行政組織法第14条第2項)。

 代理関係および委任関係は、事務配分的行政機関概念においても認められる。

 行政庁理論などの作用法的機関概念には登場しない(想定されていない)関係としては、次のようなものがある。

 共助関係:対等な関係、または相互に独立という関係にある行政機関が協力し合うことをいう。実定法では共助、協力、相互応援などの語が用いられる。 

 調整関係:内閣官房および内閣府は、行政機関の調整を主要な事務とする(内閣法第12条第2項、内閣府設置法第4条第1項、同第9条などを参照。国家行政組織法第15条も参照)。

 評価・監察関係:監査、検査、監察などの関係をいう。代表的であるのは会計検査院による監査・検査であるが、総務省も政策評価や行政監察を行っている。

 管理関係:内閣法制局、総務省、人事院などと他の行政機関との関係が念頭に置かれている。

 

 ▲第7版における履歴:2021年03月02日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月30日掲載(「第29回 行政組織法その1 行政組織法の一般理論」として)。

            2017年11月01日、第30回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第42回 損失補償法制度 その2

2021年02月27日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 5.補償の内容

 〔1〕「正当な補償」とは?

 憲法第29条第3項によれば、損失補償の中身は「正当な補償」でなければならないのであるが、その意味については大きく分けると二つの見解が存在する。

 第一は、相当補償説である。この考え方によると、補償は、当時の経済状態において、社会国家の理念に基づき、客観的かつ合理的に算出された相当な額であることが必要であり、かつ、それで足りるということになる。

 第二は、完全補償説である。この考え方によると、私的財産の収用(など)の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくするような補償が必要とされることになる。

 かねてから、判例および憲法学の通説は相当補償説を採ると言われてきた。その代表とされてきたのが最大判昭和28年12月23日民集7巻13号1523頁(Ⅱ−248)である。これは農地改革(自作農創設特別措置法)に関する判決であり、自作農創設特別措置法による田の買収価格(公定)が問題となったものであるが、判決は「憲法29条3項にいうところの財産権を公共の用に供する場合の正当な補償とは、その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基き、合理的に算出された相当な額をいうのであつて、必しも常にかかる価格と完全に一致することを要するものではないと解するを相当とする」と述べている。

 この判決の後、相当補償説を採ることを明示する判決の例として、次のものがある。

 ●最三小判平成14年6月11日民集56巻5号958頁

 事案:関西電力(被告、被控訴人、被上告人)は、和歌山県田辺市に変電所を新設する計画を立て、昭和43年に事業計画の認定を受け、同市内の土地を収用する旨の細目を公告した。しかし、この土地を所有する原告(控訴人、上告人)らと被告との間で行われた協議が不調に終わったため、和歌山県収用委員会は関西電力の申請を受け、昭和44年3月31日に、損失補償金の金額を決定するとともに権利取得の時期および明渡の期限を同年4月11日とする土地収用裁決を行った。これに対し、原告らは、この土地収用裁決が誤った土地調書に基づいて行われており、「適正な損失補償金額」に比して低廉に過ぎるとして、土地収用裁決の変更などを請求する訴訟を提起した。大阪地判昭和62年4月30日民集56巻5号970頁は原告らの請求を一部却下、一部棄却し、大阪高判平成10年2月20日民集56巻5号1000頁も控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、前述のように前掲最大判昭和28年12月23日を参照した上で、次のように述べ、上告を棄却した。

 判旨:①「憲法29条3項にいう『正当な補償』とは、その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって、必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではない」(前掲最大判昭和28年12月23日を参照)。

 ②土地の収用は、最終的に権利取得裁決により決定されるから、「補償金の額は、同裁決の時を基準にして算定されるべきである」。「事業により近傍類地に付加されることとなった価値と同等の価値を収用地の所有者等が当然に享受し得る理由はな」く、「事業の影響により生ずる収用地そのものの価値の変動は、起業者に帰属し、又は起業者が負担すべきものである。また、土地が収用されることが最終的に決定されるのは権利取得裁決によるのであるが、事業認定が告示されることにより、当該土地については、任意買収に応じない限り、起業者の申立てにより権利取得裁決がされて収用されることが確定するのであり、その後は、これが一般の取引の対象となることはない」。「そして、任意買収においては、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格を基準として契約が締結されることが予定されているということができる」。

 ③以上の点などからすれば、土地収用法第71条の補償金額の規定には「十分な合理性があり、これにより、被収用者は、収用の前後を通じて被収用者の有する財産価値を等しくさせるような補償を受けられるものというべきである」。

 ▲しかし、土地収用に関する後掲最一小判昭和48年10月18日は完全補償説を採用しており、相当補償説が判例であるとは断言できない。

 そもそも、両説は完全に対立する関係にない。端的に言うならば、相当補償説は農地改革という特殊な事例について合憲性を理由づけるためのものである、と考えられる。そのため、財産権の侵害による損害への補償という点からすれば、相当補償説であっても完全補償を原則とすることになる。その点からすれば、実質的には完全補償説が妥当であるということになるであろう。 なお、完全補償説であっても、全く例外がないという訳ではないことには、注意が必要である。

 〔2〕完全な補償が必要とされる場合

 上述のように、仮に相当補償説を採ったとしても、原則としては完全補償が求められるのであり、公用収用の場合は、財産権の価値に見合った金額の保障がなされなければならないことになる。むしろ、問題となるのは、完全な補償とはいかなるものであるのかということである。

 ●最一小判昭和48年10月18日民集27巻9号1210頁(Ⅱ―250)

 事案:原告2名(被控訴人・上告人)が所有する土地は、昭和23年5月20日建設院告示第215号に基づき、倉吉都市計画の街路用地とされた。昭和39年、鳥取県知事(被告・控訴人・被控訴人)は、土地収用法第33条に基づき、土地細目の公告を行った。倉吉都市計画の施行者である鳥取県知事は、原告所有の土地を取得するために原告2名と協議を行ったが不調に終わったので、当時の都市計画法第20条に基づき、建設大臣の裁定を求めた。同年、建設大臣は、原告2名の土地を収用する時期を損失補償に関する鳥取県収用委員会の裁決があった日から起算して15日後とする裁定を行った。同知事が同収用委員会の裁決を申請し、同委員会は損失補償額の裁決を行ったが、原告は、その裁決額が近隣における同類土地の売買価格よりも低廉であるとして訴訟を提起した。鳥取地倉吉支判昭和42年11月20日民集27巻9号1219頁は原告の請求の一部を認容したが、広島高松江支判昭和45年11月27日民集27巻9号1231頁は相当補償説を採用して原告の請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて控訴審判決を破棄し、広島高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等の被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものである」。従って、「完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもって補償するような場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するという」べきである。

 〔3〕完全な補償の中身

 ここでは、まず、公用収用について、土地収用法を例として取り上げ、解説などを試みる。

 同第69条は個別払いの原則を明示する。その上で、第70条は金銭補償を原則とする。但し、同第82条ないし第86条の規定による収用委員会の裁決があった場合には、現物補償も認められる。

 補償の対象となる権利は、同第71条により、収用の対象となる土地の所有権、またはその土地に関する所有権以外の権利(地上権など)とされる。こうした権利の価格に見合うだけの(つまり、過不足のない)補償が支払われなければならないのである。同第1項は「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額」を補償額とする。

 この規定から、基準時が事業認定の告示時であることは明らかであるが、問題は「相当な価格」である。土地の価格には時価、公示価格、路線価、固定資産税評価額がある。このいずれによることも可能であると思われるが、同項に「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した」とあるので、時価によって行うのが妥当であろう。もっとも、時価の評価にも複数の方法があるが、取引事例比較法が妥当であろう。

 なお、農地法第12条第1項は、同第11条第1項第3号にいう「対価は、政令で定めるところにより算出した額とする」と規定する。

 もう一つの問題は、実測の土地面積と公簿の土地面積との差である。土地区画整理事業における換地予定地指定処分や換地処分において問題となる。最大判昭和32年12月25日民集11巻14号2423頁は、 土地区画整理事業における換地予定地指定処分や換地処分において、実測の土地面積と公簿の土地面積とに差がある場合であっても、その換地処分において実際の土地の価額に相当する換地、清算金が交付されることから、両者の面積の差を無償で収用することにはならず、憲法第29条第3項に違反しないとする。また、換地処分について、最一小判昭和62年2月26日判時1242号41頁が合憲判決を下している。

 収用される権利の対価としての補償には、残地補償(土地収用法第74条)も含まれる。残地補償に収用損失が含まれることは当然であろう。問題は事業損失が含まれるか否かである。公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月閣議決定)第41条但し書きは、事業損失について補償しないとするが、判例の多くは事業損失を残地損失に含めている(最二小判昭和55年4月18日判時1012号60頁などを参照)。

 土地収用法は、収用される権利の対価としての補償のみならず、通損補償を規定している。通損補償は、移転料、調査費、営業上の損失など、収用によって通常受けると考えられる付随的な損失に対する補償である。土地収用法は、同第77条において移転料の補償を(同第78条ないし同第80条も参照)、同第88条において「離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失」の補償を定める。これらについては、土地収用法に算定基準が示されておらず(同第88条の2を参照)、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱により定められている。ちなみに、同第88条による補償は、財産権に対する補償というのみならず、生活(権)に対する補償の一端とも捉えられうる。

 同第75条による工事費用の補償(条文に列挙されている事項から「みぞかき」補償ともいう)は、論者によって見解が分かれるが、残地に関するものであるため、ここでは通損補償に含めない。同第76条による残地収用請求権についても同様である。

 なお、公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日中央用地対策連絡協議会理事会決定)第28条第2項は、建物の移転などに伴って木造の建築物に代わり耐火建築物を建築する場合など、建築基準法などの法令によって必要とされる施設の改善に関する費用を補償しない旨を定める。

 宇賀克也『国家補償法』(1997年、有斐閣)439頁は、「少なくとも、当該費用の支出が早まったことに対する利子相当分は、『通常受ける損失』(収用88条)ないし『通常生ずる損失』(一般補償基準43条)として補償されるべきであろう」と述べている。

 (1)金銭補償とその限界

 損失補償は、金銭によってなされることを原則とする。しかし、前掲最一小判昭和48年10月18日において示唆されているように、必ずしも金銭補償によらなければならない訳ではない。土地収用法第70条も、金銭補償の原則を採りながら、一部について現物補償を認める。

 そればかりか、「被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することを」えない場合が多い。近隣に同等の代替地が存在しない場合、または、存在するが補償金によっては取得できない場合がある。また、営業の廃止に対する補償〔公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱第31条第1項第4号、公共用地の取得に伴う損失補償基準第43条第1項第4号〕や離職者に対する補償〔公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱第46条、公共用地の取得に伴う損失補償基準第62条〕については、前者が2年間の収益(所得)相当額、後者が1年間の賃金相当額とされており、転業や再就職が困難であるような者については問題が生じうる。以上は、財産権に対する補償というより、後に取り上げる生活(権)補償というべきものが多く、離職者に対する補償や少数残存者補償については土地収用法には規定がない。

 代替地の取得については、公有地の拡大の推進に関する法律が存在し、特定公共用地等先行取得資金融資制度が存在する。しかし、これらにも制約がある。また、努力義務規定ではあるが、公共用地の取得に関する特別措置法第46条は、収用の対象者など「特定公共事業の用に必要な土地等を提供する者が現物給付を要求した場合において、その要求が相当であると認められる」場合に、その要求に応ずることを求めている。

 (2)文化財、史跡、名称の保護、景勝地の保存などを目的とする場合

 公用収用に該当する場合、損失補償に関する規定が存在しても、実際に補償が支払われている例がほとんどない。そのため、対象や算定基準については、後に示すような問題がある。「第41回 損失補償法制度その2」において取り上げた最一小判昭和63年1月21日判時1270号67頁(福原輪中堤訴訟)は、輪中堤の文化財的価値は市場価格の形成に影響を与えず、経済的・財産的な損失に該当するものではないと判断している。なお、この判決においては、精神的損失も損失補償の対象にならないものと考えられているのであろう。

 (3)地域・地区を指定し、土地の用途に関して法律上の制限を課す場合

 既に述べたように、このような場合には損失補償が不要とされている。

 ■公用制限の場合は、ほとんど実例がないこともあって、対象や算定基準について定説がない。原田・前掲書276頁は、次の三つの説をあげている。

 第一が、相当因果関係説である。これは、名称の通り、公用制限がなされたことによって生じる損失のうち、相当因果関係内にあるものの全てについて補償をなすべきであるとする考え方である。不法行為に基づく損害賠償請求と同じ考え方である。この説によると、積極的な損害の部分、地価低落分は勿論、逸失利益も補償の対象となりうる。実際のところは、逸失利益のみが対象とされることになる。

 宇賀・前掲書462頁は「逸失利益説と称したほうがよいかもしれない」と述べる。

 しかし、この考え方は実際に採用されていない。相当因果関係の判断などが、結局のところ請求者の主観的な判断に委ねられがちであり、過大な評価となりがちであることが指摘される。そのため、申請権の濫用として請求を認めない判決が多い。

 第二が、財産価値低落説である。これは、公用制限がなされたことによって生じた財産の価値の下落分を中心として、それに通常生じる損失の補償を加えた分を補償すべきであるとする考え方である。東京地判昭和57年5月31日行裁例集33巻5号1138頁がこの説を採用しており、前掲最一小判昭和48年10月18日も同様の考え方を採る。しかし、これについては、価値の下落分を算定することが困難であること、さらには、公用制限がなされたことによる不利益が地価の下落として現れない場合もあることが指摘される。

 第三が、実損補填説である。これは、損失補償の請求者が実際に支出した金額のうち、公用制限が具体化されたことによって無駄となる調査費や準備日などの積極的損失を補償すればよいとする考え方である宇賀・前掲書465頁も参照。東京地判昭和61年3月17日行裁例集37巻3号294頁がこの考え方を採ると言われる。

 なお、占用許可の撤回に際して、最三小判昭和49年2月5日民集28巻1号1頁は、「第41回 損失補償法制度 その1」既に述べたように、財産権の対価としての補償を不要とする考え方を採った。しかし、工作物の収去費、代替地購入の調査費、整地費、営業上の損失などは、財産権の対価と言えないものであるため、それらについての損失補償は認められると解される余地がある(東京高判昭和50年7月14日判時791号81頁を参照)。

 (4)生活補償について

 憲法第29条第3項は、基本的に財産権に対する補償を定めている。しかし、問題は、財産権の補償のみでは従前と同程度の生活を維持しえない者が生じることである。例えば、都市において土地を収用された場合、補償金を得ても近隣に類似の土地を求めること自体が難しいし、収用前と同一の事業を行うことが困難な場合も多い。また、ダム建設により、村落が収用されて水没する場合など、仮に土地や建物に関する補償がなされたとしても、生活の再建が困難であることも多い。このような場合に補償を与える場合を生活(権)補償という。これに関する規定の例として、都市計画法第74条が存在する(同条は、生活再建のための補償というより、斡旋に関する規定であるが)。また、既に述べたように、土地収用法第88条も、生活(権)補償の色彩を帯びた規定である。

 この他、水源地域対策特別措置法が、土地の権利者以外に事実上の影響を受ける者をも対象とした上で、生活補償の範囲を広げている。また、大都市地域における住宅及び住宅の供給の促進に関する特別措置法、国土開発幹線自動車道建設法第9条、琵琶湖総合開発特別措置法第7条がある。しかし、いずれも努力義務規定であり、権利性が否定されている。

 生活(権)補償は、これまで、憲法上の根拠に基づくものではないとされていた。これに対し、最近、学説においては生活(権)補償を憲法に根拠づけられた補償として理解しようとする動きが見られる。その内容はまだ熟していないと思われるが、根拠としては、憲法第29条第3項に求める説、第25条(および第14条)に求める説芝池・前掲書217頁など、第29条と第25条の双方(および第14条)に求める説が考えられる。いずれの説が妥当であるかを判断することは容易でないが、同条の補償が財産権に対する補償であると理解されていることからすると、第29条第3項説は不十分であろう。また、第25条についてプログラム規定説または抽象的権利説が主流であることからすると、第25条説では生活(権)補償の権利性を主張することが難しくなる。結局、第29条・第25条併用説が妥当であろう。

 この点についての唯一の判例である徳山ダム訴訟(岐阜地判昭和55年2月25日行裁例集31巻2号184頁)は、憲法第29条第3項の「正当な補償とは、公共のために特定の私有財産を収用または使用されることによる損失補償であり、それはあらゆる意味で完全な補償を意味するものではなく、当該収用または使用を必要とする目的に照らし、社会的経済的見地から合理的と判断される程度の補償をいう」とした上で、「ダム建設に伴い生活の基礎を失うことになる者についての補償も公共用地の取得に伴う一般の損失補償の場合と異ならず、あくまでも財産権の補償に由来する財産的損失に対する補償」のことをいうとした。そして、水源地域対策特別措置法第8条に定められる生活再建措置規定は、憲法上の要請ではなく、補償とは別個の行政措置であると述べている。この判決によれば、生活再建措置は憲法第29条第3項にいう「正当な補償」には含まれないこととなる。

 

 ▲第7版における履歴:2021年02月27日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第28回 損失補償法」として)。

            2017年11月01日、第29回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第41回 損失補償法制度 その1

2021年02月26日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 0.はじめに

 憲法第29条第2項は、財産権が「公共の福祉」に服することを規定する。このことから、財産権については、内在的な制約を超えた何らかの政策的な理由による制約が許されると理解される。しかし、そのことから、いかなる場合においても私人の財産権に対して何らの補償もなされずに、私人にいかなる犠牲を払わせることをも許容するのでは、第1項の趣旨を没却する。そこで、第3項により、正当な補償の下に、特定の私有財産を「公共のために用ひることができる」とされるのである。

 宇賀克也教授は、「元来、損失補償の制度は、私有財産の侵害が補償を伴うべきであるという思想に裏打ちされて発展してきたものであり、欧米先進諸国の憲法において、私有財産制のコロラリーとして規定されてきた」と述べる宇賀克也『国家補償法』(1997年、有斐閣)392頁。このことからすれば、損失補償制度は、財産権が資本主義経済の中核とされ、神聖不可侵とされていたからこそ認められたのであり、「公共の福祉」による制約が、明文により、いわば積極的に認められるようになった現代社会においても、基本的人権とそれに対する制約の間で、いわば調整役として存在意義を深めた、ということになる。いかに「公共のために」特定の私有財産に関して権利を有する私人に「特別の犠牲」を課すことが認められるとはいえ、無償で、という訳にはいかない。損失補償制度は、第1項の趣旨を補完するために存在する、と考えてよい。

 

 1.損失補償制度と国家賠償制度の違い

 損失補償制度とは、行政主体の適法行為によって、すなわち、行政上の権限(公権力)の行使によって、国民・住民の私有財産の侵害性が法律上認められる場合に生ずる損失を補償する制度である。もっとも、租税や負担金などのように、一定の要件を充足すれば私人一般の財産権を侵害しうる場合は含まれない(これは第29条第2項の問題である)。例えば道路拡張の場合のように、財産権の侵害が私人に「特別の犠牲」をもたらすときに正義公平の見地より国民・住民の負担において調節的な補償措置を講ずることが、損失補償の例である。

 ここで、損失補償と国家賠償との違いについて注意をしておかなければならない。「第38回 国家補償法」において述べたところと重なる部分もあるが、改めて記しておく。

 両者は、まず、憲法上の根拠が異なる。損失補償は憲法第29条第3項を根拠とするのに対し、国家賠償は同第17条を根拠とする。そして、後に述べるように、損失補償については、法律に規定が存在しない場合に、同第29条第3項を直接の根拠として請求をなしうるのに対し、国家賠償については、同第17条を直接の根拠として請求をなしえない。

 但し、現在では国家賠償法が存在するので、この点は、特殊な事例を除いて問題とならない。第38回 国家補償法を参照。

 次に、損失補償、国家賠償の両者とも請求権が関係するが、国家賠償請求権については受益権または国務請求権として扱われ、主に訴訟を通じての請求によることになる。これに対し、損失補償は、経済的自由権への侵害に対する補償の性質を有し、必ずしも訴訟を経なくてよいため、受益権または国務請求権としてではなく、経済的自由権の一環として扱われることになる。

 そして、侵害の性質が異なる。損失補償の場合は、国または地方公共団体による、私人の財産権に対する侵害は適法であることが前提である。また、基本的には経済的自由権にのみ関係する(生命や健康などについては争いがある)。これに対し、国家賠償制度の場合は、公務員が職務をなすに際して違法に私人の権利や利益を侵害した場合、または、公物の設置や管理に瑕疵があったために私人の権利や利益が侵害された場合に、いわば違法な結果をもたらしたことが問題となる。この場合、対象は経済的自由権に限られず、生命、身体、名誉なども含まれる。

  損失補償 国家賠償
憲法上の根拠 第29条第3項 第17条
法律に規定が存在しない場合 第29条第3項を直接の根拠として請求しうる。 第17条を直接の根拠として請求しえない。
請求権の性質 経済的自由権 受益権または国務請求権
侵害の性質 適法(基本的に経済的自由権にのみ関係する) 違法(対象は経済的自由権に限らず、生命、身体、名誉なども含まれる)

   

 2.損失補償制度の憲法上の根拠

 既に述べたように、損失補償制度の憲法上の根拠は第29条第3項である。そして、この規定の趣旨を受けて、多くの法律において損失補償に関する規定が置かれている。また、補償という語が用いられていないが実質的には損失補償が規定されている例、あるいはその逆の例などもある。しかし、法律に損失補償に関する規定が存在しない場合もある。このような規定の許容性については、かつて、判例、学説において見解が分かれていた。

 第一に、法律に規定が存在しない場合には損失補償請求権が否定される、とする見解があった。若干の下級審判決に見られたが、これは第29条第3項をプログラム規定と捉える考え方であり、妥当性を欠いている。そのため、現在、この立場を採る学説・判例は存在しない。

 第二に、損失補償に関する規定のない場合にはその法律が違憲無効となる、という見解がある。財産権の保障という趣旨を徹底するならば、この見解が妥当である。また、この見解によると、仮に法律自体を違憲無効とした場合に、補償をなした上で規制を継続するか否かを国会の意思に委ねることができる。しかし、この見解によると、過去の損害に対する補償の請求は一切できないという結果になる。また、違憲無効の法律による規制によって財産権の侵害を受けたとして国家賠償の請求がなされる可能性は否定されないが、立法権の行使に対する損害賠償請求は事実上認められないこととなる最一小判昭和60年11月21日民集39巻7号1512頁を参照

 第三に、直接、憲法第29条第3項を根拠として損失補償を請求できるとする見解がある。「第38回 国家補償法」において扱った最大判昭和43年11月27日刑集22巻12号1402頁 (河川付近地制限令違反事件、Ⅱ―252)がこの立場を採り、以後の判例、そして学説の大多数もこの見解を支持する。この説は、仮に補償を定める規定が存在しないとしても、その法律が直ちに憲法違反となる訳ではないとした上で、直接、第29条第3項を根拠にして損失補償を請求しうると述べる。この見解が妥当である。宇賀教授は、立法者が事前に補償の内容を具体的に、かつ詳細に法律に定めることはほとんど不可能であり、補償をなすという趣旨に留まる規定を作らざるをえないこと、通常生じうる損失の範囲などが必ずしも明確ではなく、要否を含めて結局は裁判所の判断を仰がざるをえないことなどを指摘している宇賀・前掲書398頁

 

 3.損失補償の要因―憲法第29条第3項にいう「公共のために用ひる」の意味

 前述の通り、憲法第29条第3項は、正当な補償の下に、特定の私有財産を「公共のために用ひることができる」と規定する。ここにいう「公共のために用ひる」の意味について、見解が分かれている。

 まず、狭義説がある。この説によると、公共事業、例えば学校、病院、鉄道、道路などの建設のために私有財産を制限ないし剥奪する場合のみを意味することとなる。

 これに対し、現在の通説・判例は広義説をとる食料緊急措置令違反事件について最大判昭和27年1月9日刑集6巻1号4頁を、農地改革について後掲最大判昭和28年12月23日の多数意見を参照。この説によると、広く社会公共のために私有財産を制限ないし剥奪することを意味することとなる。広義説が妥当であろう。以下、広義説を前提とする。

 

 4.補償の要否―「特別の犠牲」の意味

 〔1〕前提および一般論

 損失補償について法律の規定が存在する場合には、その規定に従えばよい。しかし、存在しない場合が問題となる。ここでは、まず、一般的な事柄について考察を進めていく。

 特定の個人が有する財産権に対する適法な侵害について補償を必要とするか否かについては、既に述べたように、「特別の犠牲」の有無に従って判断すべきことになる。そして、その「特別の犠牲」の意味についても、既に述べたとおりである。 そして、補償を要するか否かについて、一般的には次のように考えていくべきであろう。

 ①上述のように、財産権に対する一般的な制約は、憲法第29条第2項の問題である。このため、損失補償は不要である。同項は、そもそも損失補償の根拠にならない。

 ②しかし、道路、ダムなどの公共施設を設置するような場合には、特定の財産権者に対して、一般的な制約とは異質の「特別の犠牲」を求めざるをえない。そこで、憲法第29条第3項の適用を考える。

 ③「公共のために」特定の私有財産に関して権利を有する私人に特別の犠牲を課すことが必要である場合であっても、無償で制限ないし剥奪をなすことは、憲法第29条第1項、さらに第14条第1項の趣旨に反する 。

 但し、異説もある。

 その上で「特別の犠牲」の意味を明らかにしなければならない。これについて、通説は、次のような判断基準を示してきた。

 第一に、形式的基準である。これは、財産権に対する侵害が、広く一般人を対象としているか、それとも特定人または特定の範疇に入る人を対象にしているかを問うものである。前者であれば、財産権の内在的制約に該当するので、損失補償は不要である。これに対し、後者であれば、平等原則との関連で、財産権の侵害を当然の内在的制約としておくことはできない。

 第二に、実質的基準である。公共の用に供するための財産侵害であって、社会通念に照らし、その侵害が財産権に内在する制約として受忍されなければならない程度を超え、財産権の実質ないし本質的内容を侵すほどの強度の規制と認められるか否かを問うものである。

 そして、この二つの基準によって、客観的・総合的に判断する。判例も、それほど明確ではないものの、通説と同じ立場を採るものと思われる(後掲最大判昭和38年6月26日を参照)。

 これに対し、近年の有力説は、形式的基準を不要とし、実質的基準のみによって判断するという考え方をとる。その理由として、形式的要件が相対的なものであり櫻井敬子=橋本博之『行政法』〔第6版〕(2019年、弘文堂)389頁、とくに土地所有権については社会的な規制が強化されており、高度の規制が内在的な制約とされていること、「公共のために用ひる」の意味について広義説が一般的になっており、方法も多様化していることがあげられる。そして、次のように述べる。

 財産権の本来的効用の発揮が妨げられる場合や財産権の剥奪に至る場合には、とくに権利者に受忍を求めるべき合理的理由がない限りにおいて補償を要する。そこまで至らない規制については、財産権の性質に応じて、財産権が社会的な共同生活との調和を保つためのものであれば(建築基準法による建築制限などがあげられる)、補償は不要であり、他の特定の公益を目的とし、財産権本来の社会的効用とは関係のない規制(重要文化財の保全のための制限などがあげられる)であれば補償が必要であるこれについては、野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利『憲法Ⅰ』〔第5版〕(2006年、有斐閣)494頁【高見勝利担当】、辻村みよ子『憲法』〔第5版〕(2016年、日本評論社)261頁を参照。なお、有力説の表現については両者の、とくに後者のそれを利用していることをお断りしておく

 有力説の妥当性が強いように思われるが、実際のところ、通説と有力説との間に強い対立関係はないものと思われる同旨、宇賀・前掲書401頁。例えば、通説によっても、例えば土地所有権については実質的基準によって説明することが可能である。また、通説よりは有力説のほうが、実質的基準に関して多少とも具体性が増しているものの、完全に明確性を得られているという訳ではない。むしろ、有力説は通説をさらに具体化しようとする試みである、と理解することが可能ではなかろうか。

 そこで、具体的事例に即して検討を加える。ここでは、原田尚彦『行政法要論』〔全訂第七版補訂二版〕(2012年、学陽書房)269頁にならい、制約の態様を公用収用と公用制限とに大別しておく櫻井=橋本・前掲書389頁、芝池義一『行政法読本』〔第4版〕(2016年、有斐閣)436頁、439頁も参照

 〔2〕公用収用の場合

 特定の公益事業の用に供するために、私人の特定の財産権(例、土地の所有権)を強制的に取得し、または消滅させる(権限を行政庁に与える)ことを、公用収用という。勿論、私人の財産権を取得する際には、第一に民事上の手段によらなければならないが、これが困難であるような場合、あるいは緊急の必要性が存在する場合に、公用収用が認められるのである。

 公用収用についての一般法(的な存在)として、土地収用法がある。この他の法律にも、公用収用に関する規定が存在する。

 一般的に言うならば、収用の対象となる財産が僅少である場合を除き、補償が必要となる。但し、実際には必要性の有無が問題となることがある。これは、とくに侵害行為の目的の問題でもある。

 まず、よく取り上げられる消防法第29条の例を考える。これは破壊消防に関する規定であり、第1項は「消防吏員又は消防団員は、消化若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消火対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる」と定める。次に第2項は「消防長若しくは消防所長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、火勢、気象の状況その他周囲の事情から合理的に判断して延焼防止のためやむを得ないと認めるときは、延焼の虞がある消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる」と定める。これらの場合には消極的目的による規制と考えられるが、既に社会公共に危害を与える状態にあるし、もはや価値を持たないような状況になっているために、補償が不要とされる。

 これに対し、第3項は「消防長若しくは消防所長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、消化若しくは延焼の防止又は人命の救助のために緊急の必要があるときは、前二項に規定する消防対象物及び土地以外の消防対象物及び土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。この場合においては、そのために損害を受けた者からその損失の補償の要求があるときは、時価により、その損失を補償するものとする」と定める。この場合は、対象となる財産自体には延焼のおそれがないと認められることから、損失補償の対象となるのである。

 〔3〕公用制限の場合

 特定の公益事業の用に供するために、私人の特定の財産権に対して(公法上の)制約を課する(権限を行政庁に与える)ことを、公用制限という。私人が所有する土地などの原状を変更する行為を制限または禁止することが代表的な例である。これはさらに三種に分けられる。

 公物制限は、公の目的のために特定の物に関する利用権に対する(公法上の)制約である。文化財、史跡、名勝の保護などを目的とする。文化財保護法第43条、森林法第34条などの例がある。

 負担制限は、特定の公益事業のために必要ではないものの、その事業に供されない物の利用権に対する(公法上の)制約である。自然公園法第35条などの例がある。

 公用使用は、特定の公益事業のために、私人の財産権に対して(公法上の)使用権を設定することによる制約である。漁業法第45条、鉱業法第47条、特許法第83条などの例がある。

 公用制限の場合は、一応、財産権の制限の目的により、補償の有無が判断されることになる。 財産権の制限が財産権の本来の効用を高めるためのものであれば、補償は不要とされる。例えば、上の警察規制に該当する場合には、財産権に内在的に存在する制約であるとして、補償が不要とされる。

 ●最大判昭和38年6月26日刑集17巻5号521頁(奈良県ため池条例事件判決。Ⅱ―251)

 事案:奈良県内にある溜池は、被告人ら農民の総有となっていたが、昭和29年に奈良県が「ため池の保全に関する条例」を制定したため、溜池の堤塘における耕作が禁止された。しかし、被告人らは耕作を続けたため、条例違反に問われた。葛城簡判昭和35年10月4日刑集17巻5号572頁は被告人らに罰金刑の判決を言い渡した。しかし、大阪高判昭和36年7月13日判時276号33頁は、本件条例が憲法第29条第2項に違反すること、何らの補償もせずに財産権を制約することが同第3項にも違反するとして、被告人らを無罪とした。検察官側が上告し、最高裁判所大法廷は大阪高等裁判所判決を破棄し、同裁判所に差し戻した。

 判旨:まず、本件条例が当時の行政事務条例であり、当時の地方自治法第2条第3項第1号・第2号・第8号に定められる事務に関するものであるとして、憲法第29条第2項に違反しないとされた。その上で、溜池の堤とうを使用する行為は、溜池の破損や決壊の原因となるのであり、憲法においても民法においても「適法な財産権の行使として保障されていない」と述べている。また、本件条例第4条第2号による財産権の制約は「災害を防止し、公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ないものであり、そのような制約は」本件被告人らのような者が「当然受忍しなければならない」ものであるから、損失補償も必要としないという趣旨を述べた。

 この判決に対し、芝池義一『行政救済法講義』〔第3版〕(2006年、有斐閣)207頁は、溜池の堤塘の使用の規制について「『財産上の権利に著しい制限を加えるもの』であることを認めて」いることから「補償が必要ではないかという疑問がある」と述べている。

 また、都市計画法における市街化区域や市街化調整区域の指定による土地利用の規制、用途地域制による規制についても、損失補償が不要とされる。但し、これについては異論がある。また、都市計画法による制限は、かなりの厳しい内容であっても補償を不要とすることになるのであるが、原田・前掲書273頁は「補償の要否に関する実定法の定めが整合性を保っているかは疑問である」と述べる。そして、例として自然公園法上の保護地域に関する制限については補償が必要とされているのに対し、建築基準法による美観地区における制限には補償が不要とされていることをあげる。

 ●最三小判平成17年11月1日裁判所時報1399号1頁(Ⅱ―253)

 事案:XらがY市(盛岡市)内に所有する土地は、昭和13年3月5日付内務省告示第74号に基づいてなされた都市計画決定(旧都市計画法による)により、盛岡広域都市計画道路の路線区域内とされた。この計画道路は昭和37年度から昭和41年度までの間に事業化されるという決定もなされたが、国庫補助事業にならなかったので実現せず、昭和45年から昭和55年までの間に一部が整備されたが、Xらの土地の所在地については具体的な整備計画が存在していなかった。Xらは最初の都市計画決定がなされてから60年以上、都市計画法第53条による建築制限を受け続けたことなどが同第3条に違反するとして、Y市都市計画決定の取消請求および国家賠償法第1条第1項による慰謝料請求を、また憲法第29条第3項による損失補償請求を内容とする訴訟を提起した。盛岡地判平成13年9月28日判例集未登載は計画の取消請求を却下し、慰謝料請求および損失補償請求を棄却した。仙台高判平成14年5月30日判例集未登載も同様の判断を下した。最高裁判所第三小法廷も、Xらの上告を棄却した。

 判旨:「原審の適法に確定した事実関係の下においては」Xらが「受けた上記の損失は、一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲を超えて特別の犠牲を課せられたものということがいまだ困難であ」り、Xらは「直接憲法29条3項を根拠として上記の損失につき補償請求をすることはできないものというべきである」。

 この判決には藤田裁判官による補足意見が付されている。同裁判官は、「公共の利益を理由としてそのような制限が損失補償を伴うことなく認められるのは、あくまでも、その制限が都市計画の実現を担保するために必要不可欠であり、かつ、権利者に無補償での制限を受忍させることに合理的な理由があることを前提とした上でのことというべきであ」るとした上で、「その内容が、その土地における建築一般を禁止するものではなく、木造2階建て以下等の容易に撤去できるものに限って建築を認める、という程度のものであるとしても、これが60年をも超える長きにわたって課せられている場合に、この期間をおよそ考慮することなく、単に建築制限が上記のようなものであるということから損失補償の必要は無いとする考え方には、大いに疑問が残る」と述べている。

 この他、種類の別を問わず、補償が不要とされる例は多い(その多くは公用使用に関係する)。建築基準法や消防法などによる建築規制や、多くの営業規制法による施設規制などについては、補償の規定が存在しない。もっとも、判例の中には、当初は適法に許可を受けていたにもかかわらず、国や地方公共団体が新たな施設を建設したために私人の施設の存在が違法状態になったような場合にも、損失補償の請求を否定したものがあり、疑問が残る。

 ●最二小判昭和57年2月5日民集36巻2号127頁

 事案:X社は埼玉県比企郡Y町(小川町)において鉱山を経営していたが、Y町はX社が採掘権の認可を得ていた地域に中学校を建設する計画を立てていた。X社はY町に陳情などを行ったが、Y町は同地域の土地所有権を得た上で中学校の建設に着手した。その結果、X社は、鉱業法第64条によって同地域において鉱石を掘採することが不可能となった。このため、X社はY町に対して損害賠償請求を行ったが、浦和地熊谷支判昭和昭和53年12月19日民集36巻2号131頁は請求を棄却した。X社は控訴の際に予備的請求としてY町に対して損失補償の支払を求めたが、東京高判昭和55年9月17日民集36巻2号150頁は予備的請求も棄却した。最高裁判所第二小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「公共のためにする財産権の制限が一般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲をこえず、特定人に対し特別の犠牲を課したものでない場合には、憲法二九条三項を根拠として損失補償を請求することができない」(前掲最大判昭和38年6月26日、前掲最大判昭和43年11月27日)。「鉱業法六四条の定める制限は、鉄道、河川、公園、学校、病院、図書館等の公共施設及び建物の管理運営上支障ある事態の発生を未然に防止するため、これらの近傍において鉱物を掘採する場合には管理庁又は管理人の承諾を得ることが必要であることを定めたものにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な最小限度の制限であり、何人もこれをやむを得ないものとして当然受忍しなければならないものであつて、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、同条の規定によつて損失を被つたとしても、憲法29条3項を根拠にして補償請求をすることができないものと解するのが相当である」。

 ●最二小判昭和58年2月18日民集37巻1号59頁(Ⅱ―247)

 事案:高松市内の国道沿いで給油所を経営するYは、5基の地下埋設ガソリンタンクを、消防法に基づいて適法に設置していた。ところが、X(国)がこの給油所の近くに地下横断歩道を設置したため、Yのタンクは消防法に違反する施設になった。そこでYは移設工事を行い、損失補償の請求を行ったが、道路法第70条に基づく協議が成立しなかったので香川県収用委員会に裁決の申請をした。同委員会は損失補償金をおよそ907万円とする裁決を行ったため、Xが裁決のうちの損失補償額の部分の取消と損失補償金支払債務の不存在の確認を求めて出訴した。高松地判昭和54年2月27日行裁例集30巻2号294頁はXの請求のうちの一部のみを認めて大部分を棄却し、高松高判昭和54年9月19日行裁例集30巻9号1579頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所は、次のように述べてXの上告を認容した(Yが敗訴)。

 判旨:道路法第70条第1項による補償の対象は「道路工事の施行による土地の形状の変更を直接の原因として生じた隣接地の用益又は管理上の障害を除去するためにやむを得ない必要があってした」工作物の「新築、増築、修繕若しくは移転又は切土若しくは盛土の工事に起因する損失に限られる」。そのため「警察法規が一定の危険物の保管場所等につき保安物件との間に一定の離隔距離を保持すべきことなどを内容とする技術上の基準を定めている場合において、道路工事の施行の結果、警察違反の状態を生じ、危険物保有者が右技術上の基準に適合するように工作物の移転等を余儀なくされ、これによって損失を被ったとしても、それは道路工事の施行によって警察規制に基づく損失がたまたま現実化するに至ったにすぎず、このような損失は道路法第70条第1項による補償の対象にならない。

 上掲両判決について、宇賀・前掲書403頁も参照。

 これに対し、財産権の本来の利用目的とは別に、何らかの公益を目的とするための制限である場合には、財産権の本質的な効用を奪うものである限り、損失補償が必要とされる

 もっとも、宇賀・前掲書409頁は、自然公園法第35条第1項の「不許可補償」について「憲法上の補償説」を採るものとした上で、実際に補償がなされた事例が皆無であることを指摘する。また、法律には不許可補償を不要とすることを明文で定めるものがある(古都保存法第9条第1項ただし書き)。この点については、原田・前掲書271頁も参照。

 さらに、公用制限に関しては別の問題がある。道路、公園、庁舎などの行政財産についての占用許可の撤回に際しての、損失補償の必要性である。許可を受けた者の責任に帰すべき事由による撤回の場合には、補償は不要とされる(道路法第72条第1項、河川法第76条第1項などのように、このことを前提とする規定も存在する)。このような場合には問題がないと思われるが、逆に、公益を理由とする撤回の場合には、損失補償を認める規定が存在する場合を除いて問題となる。

 但し、類似の事例について損失補償を認める規定が存在する場合は、その規定を類推適用して損失補償を与えるべきである(後掲最三小判昭和49年2月5日)。

 かつては、公益を理由とする撤回の場合には損失補償が必要であるとする考え方が通説であった。しかし、公物使用権には撤回権の行使が内在的制約として存在するから、財産権の対価としての補償は不要である、という考え方が有力とな った。この考え方を採用したのが、次にあげる判決である。

 ●最三小判昭和49年2月5日民集28巻1号1頁(Ⅰ―90)

 事案:東京都が所有する中央卸売市場内の土地をXが借り受けた。この土地は整地されたが、使用されないうちに一部が占領軍に接収された。その後、残された1044坪のうち、55坪についてXが木造の建物を建築して喫茶店として開業したが、残りは放置された。東京都は、この土地のうちの960坪について卸売市場の用地とするため、使用許可を撤回した上で、Xに対し、木造の建物を残りの84坪の土地に移転することを命じた。Xは損失補償を請求し、東京高判昭和44年3月27日高民集22巻1号181頁は、土地の使用権価格を更地価格の60%として補償請求を認めた。東京都が上告し、最高裁第三小法廷は、次のように述べて破棄差戻判決を出した。

 判旨:当時の国有財産法第24条が損失補償の規定を置き、第19条が行政財産に準用していたことから、東京都の行政財産についても第24条の類推適用を認めるべきである。その上で、「都有行政財産たる土地につき使用許可によって与えられた使用権は、それが期間の定めのない場合であれば当該行政財産本来の用途または目的上の必要を生じたときはその時点において原則として消滅すべきであり、また、権利自体に右のような制約が内在しているものとして付与されているものとみるのが相当である」。なお、これについて例外も認められうるが、それは「使用権者が使用許可を受けるに当たりその対価の支払いをしているが当該行政財産の使用収益により右対価を償却するに足りないと認められる期間内に当該行政財産に右の必要を生じたとか、使用許可に際し別段の定めがされている等により、行政財産についての右の必要に関わらず使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存する場合に限られる」。

 この他に、次のような判決が代表的なものとして存在する。

 ●最一小判昭和63年1月21日判時1270号67頁(福原輪中堤訴訟)

 事案:Xらは愛知県内の福原輪中堤に土地を所有していた。この土地は、Y(国)が起業者となった土地収用法第20条に基づく長良川福原改修事業(昭和39年6月2日事業認定告示、同年9月21日土地細目公告)により、収用の対象となった。愛知県収用委員会はXらの土地について収用裁決および損失補償裁決を行ったが、Xらは損失補償の額が妥当でないとして争った。名古屋地判昭和53年4月28日判タ370号133頁はXらの請求を一部認めた。名古屋高判昭和58年4月27日判例集未登載は、福原輪中堤の堤防が有する文化財的価値について48万円の補償を認めたが、最高裁判所第一小法廷はこれを破棄した(その他の部分については原告の請求を認容している)。

 判旨:①「たしかに、土地の利用という面からみれば本件堤防は右基準地よりその形態等において劣ると考えられるが、本件のように堤体と敷地とが一体となって形成されている堤防そのものの客観的価格を求めるに当たっては、単にその敷地利用の面だけから評価するのは妥当でなく、その治水施設としての機能ないし有用性という面も無視できないのであって、これらの点を考えると、結局、右基準地の取引価格について減額修正をすることなく、右価格をもって本件堤防の所有権相当額(時点修正前)とした原審の認定判断は、正当として是認することができる」。

 ②「土地収用法88条にいう『通常受ける損失』とは、客観的社会的にみて収用に基づき被収用者が当然に受けるであろうと考えられる経済的・財産的な損失をいうと解するのが相当であって、経済的価値でない特殊な価値についてまで補償の対象とする趣旨ではないというべきである。もとより、由緒ある書画、刀剣、工芸品等のように、その美術性・歴史性などのいわゆる文化財的価値なるものが、当該物件の取引価格に反映し、その市場価格を形成する一要素となる場合があることは否定できず、この場合には、かかる文化財的価値を反映した市場価格がその物件の補償されるべき相当な価格となることはいうまでもないが、これに対し、例えば、貝塚、古戦場、関跡などにみられるような、主としてそれによって国の歴史を理解し往時の生活・文化等を知り得るという意味での歴史的・学術的な価値は、特段の事情のない限り、当該土地の不動産としての経済的・財産的価値を何ら高めるものではなく、その市場価格の形成に影響を与えることはないというべきであって、このような意味での文化財的価値なるものは、それ自体経済的評価になじまないものとして、右土地収用法上損失補償の対象とはなり得ないと解するのが相当である」。

 

 ▲第7版における履歴:2021年02月26日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第28回 損失補償法」として)。

            2017年11月01日、第29回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第40回 国家賠償法第2条

2021年02月25日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.国家賠償法第2条の意義

 国家賠償法第2条は、公の営造物(例、道路、河川)の設置または管理に瑕疵があり、これによって損害が他人に生じたときに国あるいは公共団体が損害賠償の責任を負う、と定める。第1条と異なり、公権力の行使とは言えない「公の管理作用に基づく損害」についての国または公共団体の損害賠償責任を規定するのである。

 国家賠償法第2条は、基本的には民法第717条の特別法であるが、次のような違いがある。

 ①国家賠償法第2条の「公の営造物」は、民法第717条の「土地の工作物」より広い概念である。通説・判例によると、「公の営造物」には、不動産だけでなく動産も含まれる(例として、公用自動車、電気かんな、拳銃、警察犬など)。

 ここで注意しておかなければならないのは、「公の営造物」の意味である。この「公の営造物」は、行政法学上の営造物を意味せず、基本的には公物を意味する。従って、行政法学上の営造物のうち、施設的部分である有体物のみを指す。無体財産や人的施設は含まれない(大阪地判昭和61年1月27日判時1208号96頁)。

 行政法学上の営造物とは、行政主体(国や公共団体など)によって公の目的に供用される人的施設および物的施設の総合体である。例として、国公立学校、病院、図書館などがあげられる。これに対し、行政法学上の公物とは、行政主体(国や公共団体など)によって公の目的に供用される有体物である。国家賠償法第2条には、例として、人工公物としての道路、および自然公物としての河川があげられている。

 ②民法第717条には占有者免責条項があるが、国家賠償法第2条にはない。

 ③「公の営造物」の設置・管理は、事実上の状態があればよいとされる。法律上の管理権や、所有権など法律上の権原を必要としない。

 ④国家賠償法では第3条になるが、費用負担についての独自の規定がある。すなわち、国または公共団体が損害賠償責任を負う場合で、「公の営造物」の設置・管理者と費用負担者が異なるときは、費用負担者も損害賠償責任を負う。

 ⑤国家賠償法第2条にいう責任は、一般に無過失責任と言われる(内容は必ずしも明確でない)。

 ⑥国家賠償法第2条第2項により、同第1項にいう損害の原因について他に責任を負うべき者があるならば、その者に対して国または公共団体が求償権を有する。

 ●最一小判昭和59年11月29日民集38巻11号1260頁

 事案:京都府は京都市内の天神川河川改修工事を行った。それに伴い、溝渠が設置されたが、改修工事が進まず、溝渠には水が充満していた。しかし、この溝渠には転落を防止するための設備などが備えられていなかった。某日、Xの子がこの溝渠に転落し、溺死した。Xは、京都市に対して国家賠償を請求する訴訟を提起した。京都地判昭和52年3月18日民集38巻11号1269頁はXの請求を棄却したが、大阪高判昭和昭和54年5月15日判時942号53頁はXの請求を一部認容した。最高裁判所第一小法廷は、京都市の上告を棄却した。

 判旨:「国家賠償法2条にいう公の営造物の管理者は、必ずしも当該営造物について法律上の管理権ないしは所有権、賃借権等の権原を有している者に限られるものではなく、事実上の管理をしているにすぎない国又は公共団体も同条にいう管理者に含まれるものと解するのを相当とする」。京都市は本件溝渠について事実上の管理をすることになったというべきであり、「本件溝渠の管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国家賠償法二条に基づいてその損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。そして、このことは、国又は京都府が本件溝渠について法律上の管理権をもつかどうかによつて左右されるものではない」。

 ▲地方自治法第244条の2第3項にいう指定管理者〈株式会社、NPO、一般法人、公益法人などが指定されうる〉が管理する「公の営造物」が通常有すべき安全性を欠いており、それが原因で利用者に損害が生じた場合に、普通地方公共団体が損害賠償責任を負うのであろうか。この問題については、設置者が普通地方公共団体であることに変わりはないから、指定管理者が管理を行う「公の施設」において利用者に損害が生じた際には、設置者である普通地方公共団体が国家賠償法第2条第1項による損害賠償責任を負うべきであると理解されている。

 この点については、塩野宏『行政法Ⅲ行政組織法』〔第四版〕(2012年、有斐閣)227頁、村上順・白藤博行・人見剛編『新基本法コンメンタール地方自治法』(2011年、日本評論社)366頁[三野靖担当]参照。

 

 2.国家補償法第2条の瑕疵の意味

 設置・管理の瑕疵の解釈については争いがある。まず、学説の状況を概観しておこう。

 〔1〕客観説

 国家賠償法第2条のもつ特殊性を強調するのが、通説でもある「客観説」である。この説は、設置の瑕疵を、設計や構造の過程に不完全な点があること(原始的な瑕疵)と解し、管理の瑕疵を、維持・修繕・保管等に不完全な点があること(後発的な瑕疵)と解する。

 ●最一小判昭和45年8月20日民集24巻9号1268頁(高知落石事件。Ⅱ―235)

 事案:高知県内の国道56号線の或る区間においては落石が頻発しており、某日、崩土と落石が生じてトラックの助手席に座っていた青年が即死した。その両親が原告となって国と高知県に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した。一審判決(高知地判昭和39年12月3日下民集15巻12号2865頁)は請求を認容する判決を下し、控訴審判決(高松高判昭和42年5月12日高民集20巻3号234頁)は国および高知県の控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷も国および高知県の上告を棄却した。

 判旨:「本件道路には従来山側から屡々落石があり、さらに崩土さえも何回かあつたのであるから、いつなんどき落石や崩土が起こるかも知れず、本件道路を通行する人および車はたえずその危険におびやかされていたにもかかわらず、道路管理者においては、『落石注意』等の標識を立て、あるいは竹竿の先に赤の布切をつけて立て、これによつて通行車に対し注意を促す等の処置を講じたにすぎず、本件道路の右のような危険性に対して防護柵または防護覆を設置し、あるいは山側に金網を張るとか、常時山地斜面部分を調査して、落下しそうな岩石があるときは、これを除去し、崩土の起こるおそれのあるときは、事前に通行止めをする等の措置をとつたことはない、というのである。(中略)かかる事実関係のもとにおいては、本件道路は、その通行の安全性の確保において欠け、その管理に瑕疵があつたものというべきである」。また、「本件道路における防護柵を設置するとした場合、その費用の額が相当の多額にのぼり、上告人県としてその予算措置に困却するであろうことは推察できるが、それにより直ちに道路の管理の瑕疵によつて生じた損害に対する賠償責任を免れうるものと考えることはできない」。従って、「本件事故は道路管理に瑕疵があつたため生じたものであり、上告人国は国家賠償法2条1項により、上告人県は管理費用負担者として同法3条1項により損害賠償の責に任ずべきことは明らかである」。

 〔2〕折衷説

 公物の物的欠陥(客観説の内容)に公物管理者の行為責任(安全管理義務)を含めるのが、折衷説である。この説によると、例えば次に示す判決のように、山崩れなどによって通行に危険が生じることを的確に予想せず、通行止めなどの措置をとらなかったために事故が発生したという場合にも、賠償責任が生じることになる。

 ●名古屋高判昭和49年11月20日判時761号18頁(飛騨川バス転落事件)

 事案:昭和43年8月、観光バス2台が岐阜県内の国道41号線に駐車していたところ、付近で発生した土石流に2台とも押し流されて飛騨川に転落・水没した。その結果、104名が死亡した。遺族らが損害賠償請求訴訟を提起し、一審判決(名古屋地判昭和48年3月30日判時700号3頁)は遺族らの請求を一部認容したが、控訴した。名古屋高等裁判所は、原判決を一部変更した上で、遺族らの請求を認容した。なお、当時、通行止めなどの措置はとられていなかった。

 判旨:「国道41号は、その設置(改良)に当たり、防災の見地に立つて、使用開始後の維持管理上の問題点につき、詳細な事前調査がなされたとは認め難く、そのため崩落等の危険が十分に認識せられなかつたため、その後における防災対策や道路管理上重要な影響を及ぼし、防護対策および避難対策の双方を併用する立場からの適切妥当な道路管理の方法が取られていなかつたもので、国道41号の管理には、交通の安全を確保するに欠けるところがあり、道路管理に瑕疵があつたものといわなければならない。そして、本件事故は右管理の瑕疵があつたために生じたものであるから、被控訴人は国家賠償法2条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある」。

 〔3〕主観説(義務違反説)

 民法第715条との密接な関係を重視して不法行為責任と解する「義務違反説」は、設置・管理の瑕疵を公物管理者の安全確保義務違反と考える。この見方によると、公物に物的欠陥があったとしても、公物管理者の安全確保義務違反が存在しなければ賠償責任を問えないことになる。

 ●最一小判昭和50年6月26日民集29巻6号851頁

 事案:奈良県桜井市内で県道の掘穿(くっせん)工事が行われており、その現場には工事標識板、バリケードおよび赤色灯標柱が設置されていたが、それらは先行する車によって倒され、赤色点滅灯も消えていた。その直後、車で通りかかったAが気づいてハンドルを切ったが間に合わず、道路付近の田に転落し、同乗していたBが死亡するという事故が発生した。Bの遺族であるXらは、県道の管理者である奈良県に県道の管理の瑕疵があったとして損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(奈良地判昭和45年3月16日交通事故民事裁判例集3巻2号398頁)はXらの請求を棄却し、控訴審判決(大阪高判昭和46年5月31日交通事故民事裁判例集8巻3号599頁)はXらの控訴を棄却した。最高裁場所第一小法廷もXらの上告を棄却した。

 判旨:本件事実関係に照らせば「本件事故発生当時、被上告人において設置した工事標識板、バリケード及び赤色灯標柱が道路上に倒れたまま放置されていたのであるから、道路の安全性に欠如があつたといわざるをえないが、それは夜間、しかも事故発生の直前に先行した他車によつて惹起されたものであり、時間的に被上告人において遅滞なくこれを原状に復し道路を安全良好な状態に保つことは不可能であつたというべく、このような状況のもとにおいては、被上告人の道路管理に瑕疵がなかつたと認めるのが相当である」。

 ●最三小判平成22年3月2日判時2076号44頁

 事案:平成13年10月8日、北海道縦貫自動車道函館名寄線を自動車で走行していたAは、中央分離帯付近から飛び出してきた狐との衝突を避けようとしてハンドルを切った。その結果、Aの乗用車は中央分離帯に衝突して車道上で停止した。そこにBが運転する自動車が追突し、Aが死亡した。Aの遺族であるXらは、Bに対して損害賠償を、道路管理者であるY(日本道路公団。平成17年10月1日に東日本高速道路株式会社が承継)に対して国家賠償を請求する訴訟を提起した。一審判決(札幌地判平成19年7月13日判例集未登載)はYに対する請求を棄却したが、控訴審判決(札幌高判平成20年4月18日裁判所ウェブサイト)はYに対する請求の一部を認容した。Yが上告し、最高裁判所第三小法廷はXらの請求を全て棄却した。

 判旨:①「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該営造物の使用に関連して事故が発生し、被害が生じた場合において、当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは、その事故当時における当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきである」(前掲最一小判昭和45年8月20日、後掲最三小判昭和53年7月4日を参照)。

 ②「本件道路には有刺鉄線の柵と金網の柵が設置されているものの、有刺鉄線の柵には鉄線相互間に20cmの間隔があり、金網の柵と地面との間には約10cmの透き間があったため、このような柵を通り抜けることができるキツネ等の小動物が本件道路に侵入することを防止することはできなかったものということができる。しかし、キツネ等の小動物が本件道路に侵入したとしても、走行中の自動車がキツネ等の小動物と接触すること自体により自動車の運転者等が死傷するような事故が発生する危険性は高いものではなく、通常は、自動車の運転者が適切な運転操作を行うことにより死傷事故を回避することを期待することができるものというべきである。このことは、本件事故以前に、本件区間においては、道路に侵入したキツネが走行中の自動車に接触して死ぬ事故が年間数十件も発生していながら、その事故に起因して自動車の運転者等が死傷するような事故が発生していたことはうかがわれず、北海道縦貫自動車道函館名寄線の全体を通じても、道路に侵入したキツネとの衝突を避けようとしたことに起因する死亡事故は平成6年に1件あったにとどまることからも明らかである」。

 ③「これに対し、本件資料(−日本道路公団が平成元年に発行した「高速道路と野生動物」。引用者注)に示されていたような対策が全国や北海道内の高速道路において広く採られていたという事情はうかがわれないし、そのような対策を講ずるためには多額の費用を要することは明らかであり、加えて、前記事実関係によれば、本件道路には、動物注意の標識が設置されていたというのであって、自動車の運転者に対しては、道路に侵入した動物についての適切な注意喚起がされていたということができる」。

 〔4〕学説の状況を踏まえての一般論

 このような状況であるが、判例は、事案などによって見解を異にするようであり、決定的な見解はない。また、どの説が妥当であるかということよりも、事案の妥当な解決に向けた解釈を採用すべきであろう。

 とりあえず、一般論として、次のことを指摘しうる。

 a.国家賠償法第2条に定められた責任は単なる結果責任ではない。

 b.従って、条文上は、瑕疵を判断する際に、公物の客観的状態以外の要素も考慮しうる。

 c.公物の状況や性質により、瑕疵の有無や性質は異なりうる。

  c−1.公物の本来の用法に従えば損害は生じない場合、すなわち、本来の用法に従わなかったために損害が生じた場合であれば、設置または管理に瑕疵はないことになりうる〔後掲最三小判昭和53年7月4日、後掲最三小判平成5年3月30日〕。

  c−2.公物の本来の用法に従えば、利用者にとっての損害は生じないが、第三者(例えば近隣住民)に被害が発生した場合には、設置または管理に瑕疵はあるということになりうる。

 d.その上で、次のように定式化されている。

 ①「営造物」(公物)が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性がある状態にあれば、瑕疵が存在すると言いうる〔後に取り上げる大阪空港訴訟最高裁判決において述べられていることで、後掲最一小判昭和59年1月26日においても述べられている〕。

 ②このような瑕疵の存否は「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき」である(これは後掲最三小判昭和53年7月4日において述べられていることで、後掲最一小判昭和59年1月26日および後掲最三小判平成5年3月30日においても述べられている)。

 

 3.道路の設置・管理の瑕疵

 道路については、通常有すべき安全性の他、無過失責任および予算抗弁の排斥が原則とされる。その旨を示すものとして、既に取り上げたものの他に次のような判決がある。

 ●最三小判昭和50年7月25日民集29巻6号1136頁(Ⅱ―236)

 事案:和歌山県内の国道170号に故障車がおよそ87時間にわたって放置された(このことを警察署は知っていたが、土木事務所は知らなかった)。この故障車に時速60キロメートルで走行していた原動機付自転車が衝突し、運転していたAが死亡した。Xら(両親)は、故障車を運転していたY1、この故障車の持ち主Y2、および国道を管理するY3(和歌山県)に対して損害賠償を請求した。一審判決(和歌山地妙寺支判昭和45年6月27日交通事故民事裁判例集3巻3号954頁)は、Y1およびY2に対する請求の一部を認めた(確定)がY3に対する請求を棄却した(控訴)。控訴審判決(大阪高判昭和47年3月28日判時675号58頁)はY3に対する請求の一部を認めた。Y3は上告したが、最高裁判所第三小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努める義務を負うところ(道路法42条)、前記事実関係に照らすと、同国道の本件事故現場付近は、幅員7.5メートルの道路中央線付近に故障した大型貨物自動車が87時間にわたつて放置され、道路の安全性を著しく欠如する状態であつたにもかかわらず、当時その管理事務を担当する橋本土木出張所は、道路を常時巡視して応急の事態に対処しうる監視体制をとつていなかつたために、本件事故が発生するまで右故障車が道路上に長時間放置されていることすら知らず、まして故障車のあることを知らせるためバリケードを設けるとか、道路の片側部分を一時通行止めにするなど、道路の安全性を保持するために必要とされる措置を全く講じていなかつたことは明らかであるから、このような状況のもとにおいては、本件事故発生当時、同出張所の道路管理に瑕疵があつたというのほかなく、してみると、本件道路の管理費用を負担すべき上告人は、国家賠償法2条及び3条の規定に基づき、本件事故によつて被上告人らの被つた損害を賠償する責に任ずべきであり、上告人は、道路交通法上、警察官が道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、道路の交通に起因する障害の防止に資するために、違法駐車に対して駐車の方法の変更・場所の移動などの規制を行うべきものとされていること(道路交通法1条、51条)を理由に、前記損害賠償責任を免れることはできないものと解するのが、相当である」。

 この他、前掲最一小判昭和50年6月26日、前掲名古屋高判昭和49年11月20日、東京高判平成5年6月24日判時1462号46頁・73頁(日本坂トンネル事故訴訟)を参照。

 

 4.河川管理の瑕疵

 道路は人工公物であるが、河川は自然公物であると、一応は分けることができる。国家賠償法第2条には河川が例示されているが、水害については設置・管理の瑕疵を認めることは可能であろうか。そして、河川は自然公物であることから、人工公物である道路などとは性質が違うということになるのであろうか。

 ●最一小判昭和59年1月26日民集38巻2号53頁(大東水害訴訟最高裁判決。Ⅱ―237)

 事案:昭和47年7月、大阪府大東市にある未改修河川が集中豪雨のために氾濫したため(溢水型水害)、床上浸水などの被害を受けた住民が、河川管理者である国、河川管理の費用負担者である大阪府、および排水路の管理者で大東市に対して、国家賠償法第2条および第3条により損害賠償を請求した。一審判決(大阪地判昭和51年2月19日判時805号18頁)および控訴審判決(大阪高判昭和52年12月20日判時876号16頁)は三者の管理責任を肯定したが、最高裁判所第一小法廷は破棄差戻判決を下した。

 判旨:まず、次のように一般的前提が述べられる(いわゆる大東基準)。

 ①「国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい」(後掲最大判昭和56年12月16日を参照)、「かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである」(後掲最三小判昭和53年7月4日を参照)。

 ②「河川の管理については、(中略)道路その他の営造物の管理とは異なる特質及びそれに基づく諸制約が存するのであつて、河川管理の瑕疵の存否の判断にあたつては、右の点を考慮すべきものといわなければならない。すなわち、河川は、本来自然発生的な公共用物であつて、管理者による公用開始のための特別の行為を要することなく自然の状態において公共の用に供される物であるから、通常は当初から人工的に安全性を備えた物として設置され管理者の公用開始行為によつて公共の用に供される道路その他の営造物とは性質を異にし、もともと洪水等の自然的原因による災害をもたらす危険性を内包しているものである。したがつて、河川の管理は、道路の管理等とは異なり、本来的にかかる災害発生の危険性をはらむ河川を対象として開始されるのが通常であつて、河川の通常備えるべき安全性の確保は、管理開始後において、予想される洪水等による災害に対処すべく、堤防の安全性を高め、河道を拡幅・掘削し、流路を整え、又は放水路、ダム、遊水池を設置するなどの治水事業を行うことによつて達成されていくことが当初から予定されているものということができるのである。この治水事業は、もとより一朝一夕にして成るものではなく、しかも全国に多数存在する未改修河川及び改修の不十分な河川についてこれを実施するには莫大な費用を必要とするものであるから、結局、原則として、議会が国民生活上の他の諸要求との調整を図りつつその配分を決定する予算のもとで、各河川につき過去に発生した水害の規模、頻度、発生原因、被害の性質等のほか、降雨状況、流域の自然的条件及び開発その他土地利用の状況、各河川の安全度の均衡等の諸事情を総合勘案し、それぞれの河川についての改修等の必要性・緊急性を比較しつつ、その程度の高いものから逐次これを実施していくほかはない。(中略)河川の管理には、以上のような諸制約が内在するため、すべての河川について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水害を未然に防止するに足りる治水施設を完備するには、相応の期間を必要とし、未改修河川又は改修の不十分な河川の安全性としては、右諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性をもつて足りるものとせざるをえないのであつて、当初から通常予測される災害に対応する安全性を備えたものとして設置され公用開始される道路その他の営造物の管理の場合とは、その管理の瑕疵の有無についての判断の基準もおのずから異なつたものとならざるをえない」。前掲最一小判昭和45年8月20日は、「河川管理の瑕疵については当然には妥当しない」。

 ▲上記に引用したところを要約すると、次のようになる。

 a.「営造物の設置又は管理」の瑕疵は、「営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態」である。

 b.瑕疵の存否は「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである」。

 c.河川が「通常予測し、かつ、回避しうる水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるに至っていないとしても、直ちに河川管理に瑕疵があるとすることはでき」ない。従って、「河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する安全性をもって足りる」。

 d.河川の管理についての瑕疵の有無は、「諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理に置ける財政的、技術的および社会的諸制約の下での同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきである」。

 以上のことから、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、その計画が上記の基準に照らして格別不合理なものと認められないときには、特段の事由が生じない限りは、その部分について改修が未だ行われていないとの一事を以て河川管理に瑕疵があるとすることはできない、ということになるであろう。

 大東基準は「改修の不十分な河川」の溢水水害に関するものである。それでは、この基準が、改修済み河川、あるいは改修完了部分において発生した破堤水害にも適用されるのであろうか。

 ●多摩川水害訴訟(最一小判平成2年12月13日民集44巻9号1186頁。Ⅱ―238)

 事案:テレビドラマの題材にもなった有名な事件である。昭和49年8月30日から9月1日にかけての豪雨によって多摩川が増水し、同水系の工事実施基本計画により改修や整備が必要とされていなかった箇所の堤防が計画高水流量の規模の洪水により破壊され、家屋の流出などに至った(破堤型水害)。東京地判昭和54年1月25日判時913号3頁は原告らの請求を認めたが、東京高判昭和62年8月31日判時1247号3頁は大東基準をストレートに適用して原告らの請求を棄却した。そのため、原告らが上告し、最高裁判所第一小法廷は本件を東京高等裁判所に差戻した。

 判旨:①「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、このような瑕疵の存在については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである。ところで、河川は、当初から通常有すべき安全性を有するものとして管理が開始されるものではなく、治水事業を経て、逐次その安全性を高めてゆくことが予定されているものであるから、河川が通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるに至っていないとしても、直ちに河川管理に瑕疵があるとすることはできず、河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する安全性をもって足りるものとせざるを得ない。そして、河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理における財政的、技術的及び社会的諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である」〔前掲最一小判昭和59年1月26日、最一小判昭和60年3月28日民集39巻2号333頁(加茂川水害訴訟)〕。

 ②「本件河川部分については、基本計画が策定された後において、これに定める事項に照らして新規の改修、整備の必要がないものとされていたというのであるから、本件災害発生当時において想定された洪水の規模は、基本計画に定められた計画高水流量規模の洪水であるというべきことになる。また、本件における問題は、本件堰及びその取付部護岸の欠陥から本件河川部分において破堤が生じたことについて、本件堰を含む全体としての本件河川部分に河川管理の瑕疵があったかどうかにある。したがって、本件における河川管理の瑕疵の有無を検討するに当たっては、まず、本件災害時において、基本計画に定める計画高水流量規模の流水の通常の作用により本件堰及びその取付部護岸の欠陥から本件河川部分において破堤が生ずることの危険を予測することができたかどうかを検討し、これが肯定された場合には、右予測をすることが可能となった時点を確定した上で、右の時点から本件災害時までに前記判断基準に示された諸制約を考慮しても、なお、本件堰に関する監督処分権の行使又は本件堰に接続する河川管理施設の改修、整備等の各措置を適切に講じなかったことによって、本件河川部分が同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を欠いていたことになるかどうかを、本件事案に即して具体的に判断すべきものである」。

 ▲上記に引用したところを要約すると、次のようになる。 この判決は、一般論として大東基準を承認するが、ストレートに適用していない。

 a.工事基本計画が策定され、その計画に準拠して改修・整備がなされ、またはその計画に準拠して新規の改修・整備の必要がないものとされた河川の改修・整備の段階に対応する安全性とは、「同計画に定める規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性をいう」。

 b.「許可工作物の存在する河川部分における河川管理の瑕疵の有無は、当該河川部分の全体について、前記判断基準の示す安全性を備えていると認められるかどうかによって判断すべきであ」る。

 c.「本件における河川管理の瑕疵の有無を検討するに当たっては、まず、本件災害時において、基本計画に定める計画高水流量規模の流水の通常の作用により本件堰及びその取り付け部護岸の欠陥から本件河川部分において破提が生ずることの危険を予測することができたかどうかを検討し、これが肯定された場合には、右予測をすることが可能となった時点を確定した上で、右の時点から本件災害時までに前記判断基準に示された諸制約を考慮しても、なお、本件堰に関する監督処分権の行使又は本件堰に接続する河川管理施設の改修、整備等の各措置を適切に講じなかったことによって、本件河川部分が同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を欠いていたことになるかどうかを、本件事案に即して具体的に判断すべきである」と述べた。

 d.「基本計画の下で改修が完了した河川部分」を「改修の不十分な河川」と同一視しえない。

 e.管理の対象が許可工作物であるか河川管理施設であるかによって河川管理の特質、および、これに伴う諸制約の程度に著しい差異があるとはいえない。

 このことから、大東基準は破堤水害には適用されない部分がある、ということになる。

 

 5.供物関連瑕疵

 ●最大判昭和56年12月16日民集35巻10号1369頁(大阪空港訴訟最高裁判決。Ⅱ―149・241)

 事案:大阪空港の近隣住民が、大阪空港の夜間(21時から翌日の7時まで)の使用差止め、および過去および将来に係る損害賠償の支払いを求めた民事訴訟である。一審判決(大阪地判昭和49年2月27日判時729号3頁)および控訴審判決(大阪高判昭和50年11月27日判時797号36頁)は近隣住民の請求を認めたために、国が上告した。

 判旨:最高裁判所大法廷は、差止請求につき、国営空港の運営に、運輸大臣(当時)に与えられた「航空行政権」という公権力の行使を本質的内容とする権限があり、民事訴訟による請求は認められないと述べて、国の上告を認容し、近隣住民の請求を却下した。一方、損害賠償請求については国の上告を棄却し、近隣住民の請求を、過去の分についての損害賠償に関してのみ認容した。国家賠償法第2条第1項にいう瑕疵については「営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいう」とした上で、次のように述べる。 「そこにいう安全性の欠如、すなわち、他人に危害を及ぼす危険性のある状態とは、ひとり当該営造物を構成する物理的、外形的な欠陥ないし不備に」より危害を生じさせる危険性がある場合のみでなく、「その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含み、また、その危害は、営造物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれをも含むべきである。すなわち、当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくとも、これを超える利用によって危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて右営造物の設置、管理には瑕疵があるというを妨げず」、国家賠償法第2条の責任が免れられうる訳ではない。

 「航空行政権」を理由として近隣住民の請求を却下した点については、4人の裁判官による反対意見がある。なお、この判決のためであろうか、新潟空港訴訟(最二小判平成元年2月17日民集43巻2号57頁。Ⅱ―192)では、行政事件訴訟法に定められる取消訴訟が用いられた。

 ▲この判決によると、営造物利用の態様および程度が一定の限度に留まる限りにおいては危害が生ずるおそれがなくとも、その限度を超える利用によって危害が生ずるおそれがある状況が存在する場合も、営造物の設置・管理に瑕疵があるといえる。そして、公共性の高い事業が地域住民にもたらした公害について国の損害賠償責任を認めたが、将来の損害賠償請求については否定している。また、騒音被害が著しくなってから転入した者の慰謝料請求も否定している。

 ●最二小判平成7年7月7日民集49巻7号1870頁・2599頁

 事案:兵庫県内の国道43号および阪神高速道路を走行する自動車による騒音、振動、大気汚染によって被害を受けたとして、近隣住民が騒音や二酸化窒素の侵入差止めや損害賠償を請求した事件である。一審判決(神戸地判昭和61年7月17日判時1203号1頁)は、差止請求を不適法として却下したが、損害賠償請求については認容した。控訴審判決(大阪高判平成4年2月20日判時1415号3頁)は、差止請求を棄却し、損害賠償請求については認容した(一部変更があった)。最高裁判所第二小法廷は、差止請求を棄却する一方、過去に関する損害賠償について被告の国および阪神高速道路公団の上告を棄却した。

 判旨:①「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態、すなわち他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいうのであるが、これには営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連においてその利用者以外の第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含むものであり、営造物の設置・管理者において、このような危険性のある営造物を利用に供し、その結果周辺住民に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じた場合には、原則として同項の規定に基づく責任を免れることができないものと解すべきである」(前掲最大判昭和56年12月16日)。「そして、道路の周辺住民から道路の設置・管理者に対して同項の規定に基づき損害賠償の請求がされた場合において、右道路からの騒音、排気ガス等が右住民に対して現実に社会生活上受忍すべき限度を超える被害をもたらしたことが認定判断されたときは、当然に右住民との関係において右道路が他人に危害を及ぼす危険性のある状態にあったことが認定判断されたことになるから、右危険性を生じさせる騒音レベル、排気ガス濃度等の最低基準を確定した上でなければ右道路の設置又は管理に瑕疵があったという結論に到達し得ないものではない」。

 ②「国家賠償法2条1項は、危険責任の法理に基づき被害者の救済を図ることを目的として、国又は公共団体の責任発生の要件につき、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときと規定しているところ、所論の回避可能性があったことが本件道路の設置又は管理に瑕疵を認めるための積極的要件になるものではないと解すべきである」。

 ③「営造物の供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となり、営造物の設置・管理者において賠償義務を負うかどうかを判断するに当たっては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものである」。

 

 6.予測できない行動による事故

 ●最三小判昭和53年7月4日民集32巻5号809頁

 事案:Xは、満6歳であった某日に神戸市内の道路で遊んでいた。その道路に防護柵が設けられていて、Xは道路の防護柵に設けられた手摺に後ろ向きに座ったところ、体のバランスを失い、道路の下にある県立高校の校庭に転落し、頭蓋骨陥没骨折などの傷害を負った。Xは神戸市に対する損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(神戸地判昭和48年8月9日判時763号79頁)はXの請求を一部認容したが、控訴審判決(大阪高判昭和52年10月14日判時882号59頁)はXの請求を棄却した。最高裁判所第三小法廷も、Xの上告を棄却した。

 判旨:「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理に瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものであるところ、(中略)本件防護柵は、本件道路を通行する人や車が誤つて転落するのを防止するために被上告人によつて設置されたものであり、その材質、高さその他その構造に徴し、通行時における転落防止の目的からみればその安全性に欠けるところがないものというべく、上告人の転落事故は、同人が当時危険性の判断能力に乏しい六歳の幼児であつたとしても、本件道路及び防護柵の設置管理者である被上告人において通常予測することのできない行動に起因するものであつたということができる。したがつて、右営造物につき本来それが具有すべき安全性に欠けるところがあつたとはいえず、上告人のしたような通常の用法に即しない行動の結果生じた事故につき、被上告人はその設置管理者としての責任を負うべき理由はないものというべきである」。

 ●最三小判平成5年3月30日民集47巻4号3226頁(Ⅱ―240)

 事案:Xは、その子Aなどとともに某中学校へ行き、校庭でテニスをしていた。Aは校庭で遊んでいたが、テニスコートにある審判台に昇り、背当ての鉄パイプを両手で握って後部から降りようとしたため、審判台が転倒し、Aは下敷きとなって脳挫傷のために死亡した。XはY町に対して損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(仙台地判昭和59年9月18日判タ542号249頁)はXの請求を一部認容した。Y町は控訴したが、控訴審判決(仙台高判昭和60年11月20日民集47巻4号3253頁)は控訴を棄却した。Y町が上告し、最高裁判所第三小法廷は上告を認容し、Xの請求を棄却した。

 判旨:「国家賠償法2条1項にいう『公の営造物の設置又は管理に瑕疵』があるとは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである」(前掲最一小判昭和45年8月20日、前掲最三小判昭和53年7月4日を参照)。「テニスの審判台は、審判者がコート面より高い位置から競技を見守るための設備であり、座席への昇り降りには、そのために設けられた階段によるべきことはいうまでもなく、審判台の通常有すべき安全性の有無は、この本来の用法に従った使用を前提とした上で、何らかの危険発生の可能性があるか否かによって決せられるべきものといわなければならない」。また、「公立学校の校庭が開放されて一般の利用に供されている場合、幼児を含む一般市民の校庭内における安全につき、校庭内の設備等の設置管理者に全面的に責任があるとするのは当を得ないことであり、幼児がいかなる行動に出ても不測の結果が生じないにようにせよというのは、設置管理者に不能を強いるものといわなければなら」ない。また、「公の営造物の設置管理者は、(中略)審判台が本来の用法に従って安全であるべきことについて責任を負うのは当然として、その責任は原則としてこれをもって限度とすべく、本来の用法に従えば安全である営造物について、これを設置管理者の通常予測し得ない異常な方法で使用しないという注意義務は、利用者である一般市民の側が負うのが当然であり、幼児について、異常な行動に出ることがないようにさせる注意義務は、もとより、第一次的にその保護者にあるといわなければならない」。

 

 7.技術の進歩、改修・修繕など

 ●最三小判昭和61年3月25日民集40巻2号472頁(Ⅱ―239)

 事案:昭和48年某日、大阪環状線福島駅のホームから視力障害者の原告が転落し、電車に轢かれて重傷を負った。原告は、この駅に点字ブロックが設置されていなかったことが事故につながったなどとして、国鉄に対して損害賠償を請求した。大阪地判昭和55年12月2日判タ437号89頁は原告の請求を一部認め、大阪高判昭和58年6月29日判時1094号37頁は全面的に認めたが、最高裁判所第三小法廷は破棄差戻判決を下した。

 判旨:「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいい、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである」(前掲最大判昭和56年12月16日、前掲最三小判昭和53年7月4日、最一小判昭和59年1月26日を参照)。「点字ブロツク等のように、新たに開発された視力障害者用の安全設備を駅のホームに設置しなかつたことをもつて当該駅のホームが通常有すべき安全性を欠くか否かを判断するに当たつては、その安全設備が、視力障害者の事故防止に有効なものとして、その素材、形状及び敷設方法等において相当程度標準化されて全国的ないし当該地域における道路及び駅のホーム等に普及しているかどうか、当該駅のホームにおける構造又は視力障害者の利用度との関係から予測される視力障害者の事故の発生の危険性の程度、右事故を未然に防止するため右安全設備を設置する必要性の程度及び右安全設備の設置の困難性の有無等の諸般の事情を総合考慮することを要するものと解するのが相当である」。 

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 国家賠償法第2条」として2020年12月23日07時00分00秒付で掲載し、修正の上、2021年02月24日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月26日掲載(「第27回 国家賠償法第2条」として)。

            2017年11月01日、第28回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第39回 国家賠償法の構造/国家賠償法第1条

2021年02月24日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.国家賠償法の位置づけ

 大日本帝国憲法第61条は「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ掛テ受理スルノ限ニ在ラス」と定めていたが、国家賠償に関する扱いについては不明確であった。第60条に従い、行政裁判所法が制定されたが、同法は、行政裁判所への国家賠償請求を規定しておらず、このためもあって憲法上不可能とされた。そして、国家無答責の法理(主権無答責の法理)が支配的であり、権力的行為についてはこの法理が貫徹され、民法による不法行為責任も認められなかった。他方、徳島市遊動円棒事件に関する大判大正5年6月1日民録22輯1088頁以来、権力的活動でない行為については民法による不法行為責任が認められた。

 日本国憲法は、国家無答責の法理を否定し、第17条によって国家賠償請求権を規定した。もっとも、前述のように同条自体はプログラム規定であると理解されたのであるが、国家賠償法が制定され、特殊な場合を除いて法的に解決をみた。

 

 2.国家賠償法の構造

 〔1〕国家賠償法第1条

 同条は、国家の公権力の行使に携わる公務員が違法な行為を行ったことが原因で私人に損害が生じた場合の規定である。また、同条は民法第709条および第715条に対応するが、これらの規定に対する特別法であるか否かについては議論がある。いずれにせよ、国家賠償法第1条第1項が適用される場合には民法第709条または第715条の適用がない。

 ●最一小判平成19年1月25日民集61巻1号1頁(Ⅱ-232)

 事案:Xは、平成4年1月10日、Y1(愛知県)が行った児童福祉法第27条1項3号に基づく措置(3号措置)により、Y2(社会福祉法人)が運営する児童養護施設に入所した。平成10年1月11日、Xは同施設に入所していた他の児童から、後遺症が残るほどの暴行を受けた。そこで、Xは、この施設の施設長および職員が保護監督義務を懈怠したとして、Y1に対して国家賠償を、Y2に対して民法第715条に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起した。一審判決(名古屋地判平成16年11月12日民集61巻1号41頁)は、Y1に対する請求の一部を認め、Y2に対する請求は棄却した。控訴審判決(名古屋高判平成17年9月29日民集61巻1号67頁)は、Y1に対する請求については一審判決の判断を支持したが、Y2に対する請求については一部を認容した。最高裁判所第一小法廷は、Y1の上告を棄却し、Y2の上告を認容した。

 判旨:①国家賠償法第1条第1項の適用に関して;児童福祉法の規定および趣旨に照らすと、「3号措置に基づき児童養護施設に入所した児童に対する関係では、入所後の施設における養育監護は本来都道府県が行うべき事務であり、このような児童の養育監護に当たる児童養護施設の長は、3号措置に伴い、本来都道府県が有する公的な権限を委譲されてこれを都道府県のために行使するものと解される」から、「都道府県による3号措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員等による養育監護行為は、都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である」。

 ②民法第715条の適用に関して;「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される」〔最三小判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁(Ⅱ−242)および最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁(Ⅱ−235)を参照〕。従って、「国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合であっても、当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して同項に基づく損害賠償責任を負う場合には、被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず、使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である」。

 〔2〕国家賠償法第2条

 同条は、公の施設(法文では「営造物」)の設置または管理に瑕疵があった場合の規定であり、民法第717条に対する特別法である。

 〔3〕国家賠償法第3条

 同条第1項は、事業の管理主体と費用負担者が異なる場合に、その両者に対して国家賠償請求をなしうるとする規定である(道路法や河川法などを参照)。

 また、同条第2項は求償権に関する規定である。

 ●最三小判昭和50年11月28日民集29巻10号1754頁(Ⅱ―242)

 事案:Xは、某県にある某国立公園特別地域内にある周回路を歩いていたが、その周回路の途中にあった橋から足を踏み外して転落し、複数の後遺症が残る重傷を負った。Xは、周回路の設置・管理に瑕疵があったために転落事故の被害を受けたとして、Y1(国)、Y2(三重県)およびY3(熊野市)に損害賠償を請求した。大阪地判昭和46年12月7日下民集22巻11・12号1175頁はXの請求を認めた。大阪高判昭和46年5月30日判時717号56頁はY1、Y2およびY3の控訴を棄却したが、Y1については国家賠償法第3条第1項による責任を認めたため、Y1が上告した。最高裁判所第三小法廷は、Y1の上告を棄却した。なお、事実認定によると、周回路自体はY2の設置・管理に属していたが、Y1が補助金として負担した費用は二分の一ほどの割合であった。

 判旨:国家賠償法第3条第1項にいう「設置若しくは管理の費用を負担する者」には、「当該営造物の設置費用につき法律上負担義務を負う者のほか、この者と同等もしくはこれに近い設置費用を負担し、実質的にはこの者と当該営造物による事業を共同して執行していると認められる者であつて、当該営造物の瑕疵による危険を効果的に防止しうる者も含まれると解すべきであ」る。従って、「公の営造物の設置者に対してその費用を単に贈与したに過ぎない者は同項所定の設置費用の負担者に含まれるものではないが、法律の規定上当該営造物の設置をなしうることが認められている国が、自らこれを設置するにかえて、特定の地方公共団体に対しその設置を認めたうえ、右営造物の設置費用につき当該地方公共団体の負担額と同等もしくはこれに近い経済的な補助を供与する反面、右地方公共団体に対し法律上当該営造物につき危険防止の措置を請求しうる立場にあるときには、国は、同項所定の設置費用の負担者に含まれるものというべきであり、右の補助が地方財政法一六条所定の補助金の交付に該当するものであることは、直ちに右の理を左右するものではないと解すべきである」。

 〔4〕国家賠償法第4条

 同条は、民法の適用に関する規定である。また、他の法律を適用する場合について、国家賠償法第5条の規定がある。

 〔5〕国家賠償法第6条

 同条は相互保証に関する規定である。ここで相互保証とは、日本国内で外国人が被害者である場合、その被害者の国籍国に日本と同様の賠償制度が存在する場合に限って日本の国家賠償法を適用することをいう。

 

 2.国家賠償法第1条に規定される責任の本質

 国家賠償法第1条は、国や公共団体の公務員が公権力の行使にあたる際に、すなわち、職務を執行する際に、故意または過失によって違法な行為を行い、私人に損害を与えた場合に、国あるいは公共団体が損害賠償の責任を負うとする規定である。

 ここで、違法性の判断は事実関係、経験則、社会通念を総合することによって行われる。また、公務員による公権力の行使としての行為による損害と私人の損害との間には、因果関係(相当因果関係と解される)がなければならない。

 同条について注意していただきたいのは、公務員が職務を執行する際に、故意または過失によって違法な行為を行い、私人に損害を与えた場合には、その公務員個人ではなく、国または公共団体が損害賠償の責任を負うと定められていることである。そのため、国または公共団体が負う責任の性質について議論がある。

 通説は代位責任説を採る。これは、元々は公務員個人が負う責任を国が代位したとする考え方であり、同第1項において公務員個人の主観的な責任要件(故意または過失)の充足が規定されていること、同第2項において求償権が規定されていることに着目する。代位責任説は、救済を重視した考え方でもあり、公務員の萎縮を防ぐ考え方でもあるが、 この説を厳格に理解するならば、違法な職務行使を行った公務員の故意または過失を請求者の側が立証しなければならないということになる。そのため、請求者が加害行為を行った公務員および加害行為を特定しなければ国または公共団体の賠償責任が認められなくなるという結果につながりかねない。

 これに対して、自己責任説も有力である。これは、国自身の責任を認めたものとする考え方であり、代位責任を明示する文言が同第1項にないことなどに着目する。自己責任説は、公務員が偶然に違法な職務行使を行ったに過ぎず、公務員がいわば機関として国または公共団体の職務を行ったに過ぎないと捉える。また、この考え方によると、違法な職務行使を行った公務員の故意または過失を、請求者の側が(少なくとも厳密に)立証する必要はなくなる。

 判例は代位責任説を採るが、加害行為を行った公務員および加害行為が特定されないとしても国家賠償責任が認められると解する。

 ●最一小判昭和57年4月1日民集36巻4号519頁(Ⅱ−230)

 事案:税務署職員のXが某年の定期健康診断を受けたところ、レントゲン写真に初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があった。しかし、税務署長はXに対して何ら指示をせず、事後措置も行わなかった。このため、Xは従来通りの勤務を続け、翌年の健康診断で結核罹患の事実が判明するまでに病状が悪化し、長期療養を要する状態にまで至った。Xは、国に対して損害賠償を請求した。一審判決(岡山地津山支判昭和48年4月24日判時757号100頁)はXの請求を一部認容した。控訴審判決(広島高岡山支判昭和51年9月13日訟務月報22巻9号2198頁)もほぼ同旨の判断を示したが、最高裁判所第一小法廷は本件を広島高等裁判所岡山支部に差し戻す旨の判決を下した。 

 判旨:「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもつて国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当であ」る。「しかしながら、この法理が肯定されるのは、それらの一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為にあたる場合に限られ、一部にこれに該当しない行為が含まれている場合には、もとより右の法理は妥当しない」。本件の場合は、「レントゲン写真による検診及びその結果の報告を除くその余の行為が」税務署長などの職員の行為であって「それらがいずれも上告人国の公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為であることについては特段の問題はな」いが、「右のレントゲン写真による検診及びその結果の報告は、医師が専らその専門的技術及び知識経験を用いて行う行為であつて、医師の一般的診断行為と異なるところはないから、特段の事由のない限り、それ自体としては公権力の行使たる性質を有するものではな」く、本件の場合も「健康診断の過程においてされたものとはいえ、右健康診断におけるその余の行為と切り離してその性質を考察、決定することができるものであるから、前記特段の事由のある場合にあたるものということはできず、したがつて、右検診等の行為を公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為と解することは相当でない」。

 

 3.公共団体の意味

 地方公共団体以外に、特殊法人や指定法人などであっても、加害行為が公権力の行使にあたるような場合には、公共団体として扱われる。

 

 4.公務員の意味

 国家賠償法第1条にいう公務員は、身分上の公務員ではなく、公権力の行使を委ねられた者のことである。従って、身分上の公務員であっても公権力の行使としての行為をなさなければ、同条の適用はない。逆に、弁護士会の懲戒委員会委員のように、身分上は公務員でなくとも公権力の行使を委ねられている場合には、同条にいう公務員に該当する。

 ●前掲最一小判平成19年1月25日

 「判旨」の「国家賠償法第1条第1項の適用に関して」の部分を参照すること。

 ●最二小決平成17年6月24日判時1904号69頁(Ⅱ―7)

 事案:A社(他3名。以下、A社のみ記す)は、横浜市内にマンションの建設を計画し、指定確認検査機関(建築基準法第6条の2、同第77条の18以下)のB社に建築確認を申請した。B社は、平成14年5月1日付でA社に対して建築確認処分を行い、同年7月8日付で計画変更確認処分を行った。近隣住民であるXらは、同年12月6日付で、B社を被告として建築確認処分および計画変更確認処分の取消を求める訴訟を提起した。しかし、訴訟係属中に建築物完了検査が終了し、訴えの利益が消滅してしまった。そのため、Xらは、上記建築確認処分および計画変更確認処分の帰属先である横浜市を被告として、請求の基礎を同じくする損害賠償請求訴訟への変更を行った(行政事件訴訟法第21条第1項を参照)。一審決定(横浜地決平成16年6月23日判例集未登載)は変更を許可したため、横浜市が抗告したが、抗告審決定(東京高決平成16年10月5日判例集未登載)は抗告を棄却した。横浜市は最高裁判所に抗告したが、最高裁判所第二小法廷は抗告を棄却した。

 決定要旨 ①「建築基準法6条1項の規定は、建築主が同項1号から3号までに掲げる建築物を建築しようとする場合においてはその計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて建築主事の確認を受けなければならない旨定めているところ、この規定は、建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることを確保することが、住民の生命、健康及び財産の保護等住民の福祉の増進を図る役割を広く担う地方公共団体の責務であることに由来するものであって、同項の規定に基づく建築主事による確認に関する事務は、地方公共団体の事務であり(同法4条、地方自治法2条8項)、同事務の帰属する行政主体は、当該建築主事が置かれた地方公共団体である」。

 ②建築基準法は「建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについての確認に関する事務を地方公共団体の事務とする前提に立った上で、指定確認検査機関をして、上記の確認に関する事務を特定行政庁の監督下において行わせることとしたということができる。そうすると、指定確認検査機関による確認に関する事務は、建築主事による確認に関する事務の場合と同様に、地方公共団体の事務であり、その事務の帰属する行政主体は、当該確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体であると解するのが相当である」。

 ③「したがって、指定確認検査機関の確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体は、指定確認検査機関の当該確認につき行政事件訴訟法21条1項所定の『当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体』に当たるというべきであって、抗告人は、本件確認に係る事務の帰属する公共団体に当たるということができる。」

 

 5.公権力の行使

 国家賠償法第1条にいう「公権力の行使」については様々な問題がある。判例を概観しつつ、若干の検討を行う。

 〔1〕公権力の行使の範囲

 まず、いかなる活動を公権力の行使と言いうるかという問題がある。換言すれば、公権力の行使の範囲の問題である。

 これについては、最広義説、広義説、狭義説がある。最広義説は、国、公共団体の全ての活動を指すとする説であるが、これによると私法上の活動などにも妥当することになり、広きに失する。他方、狭義説は、統治権に基づく優越的な意思の発動としての活動のみを指すとする説であり、文言には忠実かもしれないが、事実上の権力的活動などを除外してしまうことになり、学校の教育活動や行政指導が含まれなくなることで問題が生じる。通説、判例は広義説をとり、国の私経済作用、国家賠償法第2条の対象となるものを除いた全ての活動を指すとする。広義説が妥当である。この説によれば、学校の教育活動や行政指導も含まれるからである〔最三小判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁(Ⅰ-124)および最一小判平成5年2月18日民集47巻2号574頁(Ⅰ−98)を参照〕。公権力の行使を行政行為の場合と同義に解する必要性もない。

 ●最二小判昭和62年2月6日判時1233号100頁(Ⅱ−215)

 事案:横浜市立某中学校で体育の授業としてプールでの飛び込みの練習が行われていた。Xは、教諭の指導に従って飛び込みを行ったが、体のバランスを崩してプールの水底に頭部を激突させた。そのため、Xは重傷を負い、下半身不随などの状態が続くようになった。そこで、Xおよびその一家は、横浜市を被告として損害賠償を請求する訴訟を提起した。横浜地判昭和57年7月16日判時1233号100頁はXらの請求をほぼ認めた。横浜市が控訴したが、東京高判昭和59年5月30日判時1119号83頁は控訴を棄却した。横浜市が上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「国家賠償法1条1項にいう『公権力の行使』には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当であ」る。

 〔2〕不作為(権限の不行使)

 公権力の行使と言えば、通常は作為を想起することになるであろうが、権限の不行使、すなわち不作為も、当然ながら私人の権利・利益を侵害しうるものである。そのため、不作為を公権力の行使から除外すべき理由は見当たらない。以下、若干の判例を紹介する。

 ●最三小判昭和57年1月19日民集36巻1号19頁

 スナックで酒に酔い、所持していたナイフを客に見せつけるなどの行為をした男が警察署に連れて行かれたが、警察官がナイフを持たせたまま帰宅させたため、男が再びスナックに入って傷害事件を起こした。最高裁判所第三小法廷は、この警察官が男にナイフを提出させて一時保管の措置をとるべきであり、それを怠ったことは職務上の義務に違背し違法であると述べた。

 ●最三小判昭和59年3月23日民集38巻5号475頁

 投棄された砲弾類が海浜に打ち上げられていて島民が絶えず爆発による人身事故の危険にさらされていた場合に、それを通常の手段で除去することができず、放置すれば生命や身体の安全が確保されないことが相当の蓋然性をもって予測されるような状況の下、警察官がこれを容易に知りうる状況にあったときには、警察官がこうした人身事故の発生を未然に防止する措置を取らなかったことは職務上の義務に違背し違法である。

 ●最二小判平成元年11月24日民集43巻10号1169頁(宅建業法事件。Ⅱ―222)

 某不動産会社によって損害を受けた原告が、この会社に免許を付与した京都府が業務停止処分や取消処分などの規制権限を行使しなかったとして争ったものである。判決は、宅建業法が宅建業者の人格や資質などを一般的に保証し、個々の取引関係者が受ける具体的な損害を防止して救済を図ることを目的とするものとは解しがたいとした上で、免許の更新自体が直ちに国家賠償法第1条第1項にいう違法な行為にあたらないとした。また、個々の取引関係者が具体的な損害を受けた場合であっても、権限の不行使が著しく不合理であると認められない限り、この権限の不行使は国家賠償法第1条第1項の適用において違法という評価を受けるものではない、と述べている。

 ●最二小判平成7年6月23日民集49巻6号1600頁(クロロキン第一次訴訟。Ⅱ―223)

 クロロキン製剤の副作用によって深刻な病気に罹った患者およびその家族が提起した損害賠償訴訟である。判決は、厚生大臣(当時)が薬事法によって医薬品を日本薬局方から削除し、または製造の承認を取り消す権限を有すると述べた上で、医薬品の副作用による被害が発生した場合であっても、厚生大臣が被害の発生を防止するために前記の各権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法という評価を受けるものではなく、権限の不行使が許容限度を逸脱して著しく不合理であると認められる場合には違法という評価を受ける、と述べた(結局は請求を棄却)。

 ●最三小判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟)

 当時の通商産業大臣が、石炭鉱山保安規則によるけい酸質区域指定制度を、じん肺法の制定以後も26年間にわたって存続させ、通商産業大臣がじん肺法制定以後も規制権限を行使しなかったことが争われたものである。上記の二判決と同じ趣旨の一般論が述べられた上で、国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価した。

 ▲なお、下級審では、危険の切迫性、予見可能性、回避可能性、補充性、国民の期待などを要件としているようである。

 〔3〕立法行為および裁判作用

 国家賠償法第1条は「国又は公共団体の公権力の行使」と定めており、行政活動に限定していない。そのため、立法行為や裁判作用も同条の適用の対象となる。このこと自体は認められているが、実際に国家賠償請求が認められた事例はほとんどない。

 ●最一小判昭和60年11月21日民集39巻7号1512頁

 事案:かつて、公職選挙法は在宅投票制度を規定していたが、悪用されたために廃止された。身体に障害を持ち、車椅子による移動も困難となった原告は、在宅投票制度の廃止によって選挙権の行使の機会を奪われたとして、在宅投票制度を復活させる法律を制定しなかったことが国会議員による違法な公権力の行使であるとして損害賠償請求訴訟を提起した。札幌地小樽支判昭和49年12月9日判時762号8頁は原告の請求を一部認めたが、札幌高判昭和53年5月24日判時888号26頁は原告の請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は原告の上告を棄却した。

 判旨:立法行為が国家賠償法第1条第1項の適用において違法となるか否かは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したか否かの問題であり、立法の違憲性とは別であり、立法の内容が憲法に違反するとしても直ちに違法の評価を受けない。そして、「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない」。

 この他、立法不作為の違法性を認定したものとして、熊本地判平成13年5月11日判時1748号30頁を参照。

 ●最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁(在外投票制限違憲訴訟。Ⅱ―208・226)

 事案:平成10年改正前の公職選挙法は、海外在住の日本国民に対し、衆議院議員総選挙の小選挙区と参議院議員選挙の選挙区について在外投票を認めていなかった。日本国外に居住するXらは、これを違憲であると主張し、国家賠償請求などの訴訟を提起した。東京地判平成11年10月28日判時1705号50頁はXらの請求を却下・棄却し、東京高判平成12年11月8日判タ1088号133頁も控訴棄却や却下の判断を示した。最高裁判所大法廷は、一部請求を却下したが、国家賠償請求の一部を認容した。なお、この判決には1名の裁判官による補足意見、2名の裁判官による反対意見、1名の裁判官による反対意見(前記反対意見とは別)が付されている。

 判旨:「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。したがって、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである」。Xらも「国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり、この権利行使の機会を確保するためには、在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず、前記事実関係によれば、昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの、同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのであるから、このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり、このような場合においては、過失の存在を否定することはできない」。

 ●最二小判昭和57年3月12日民集36巻3号329頁(Ⅱ―227)

 債務不履行による損害賠償事件(民事訴訟)に対する判決の違法性が主張された国家賠償請求訴訟である。最高裁判所第二小法廷は、裁判に瑕疵が存在していたとしても直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたというような、明らかに趣旨に背く権限の行使をしたと認められるような特別の事情が必要とされる、と述べる。

 ●最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁(Ⅱ―228)

 火薬類取締法違反などに問われたXが、刑事訴訟の控訴審で無罪判決(確定)を受けたことを受け、捜査や公訴提起に故意または重過失があったとして国や検察官などを被告として損害賠償請求を行ったものである。判決は、刑事事件において無罪の判決が確定したという事実によって直ちに逮捕、勾留、公訴提起などが違法となる訳ではなく、むしろその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められる限りにおいて適法であるとした。

 

 6.主観的要件としての故意または過失、客観的要件としての違法性

 客観的に違法性が存在しているとしても、故意または過失が認められなければ、国家賠償法第1条第1項によって違法と評価され、損害賠償責任が生じるという訳ではない。しかし、民法でも複雑な状況にあり、国家賠償法第1条の場合はさらに複雑である。

 〔1〕違法性と故意・過失の二段階の審査をする場合

 行政行為(行政処分)によって生じた損害について違法性の判断を行い、次に故意・過失の認定をなす場合がある。この場合には、行政行為(行政処分)に対する取消請求は認められても、国家賠償請求は認められないことがある。また、権力的な実力行使についても、違法性と故意・過失は別個に判断される。

 ●最一小判昭和61年2月27日民集40巻1号124頁(Ⅱ―216)

 速度違反としてパトカーに追跡された自動車が信号無視を繰り返した上に現場交差点に進入したことにより、多重衝突事件が発生して死傷者が出た。負傷したXは、パトカーによる追跡方法などに問題があったとしてY県に国家賠償を請求した。判決は、パトカーの追跡行為が違法であるというためには「右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、または逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである」と述べた。

 ●最一小判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁(Ⅱ―219)

 所得税の更正処分および加算税賦課処分の一部が判決によって取り消され、確定したことによって提起された損害賠償請求訴訟である。判決は、税務署長が行う所得税の更正が所得金額を過大に認定したとしても、直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、「税務署長が資料を収集してこれに基づいて課税要件事実を認定し判断する過程において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り」違法の評価を受ける、と述べている。

 〔2〕違法性と故意・過失を一体的に審査する場合

 国公立学校における事故(とくにクラブ活動や課外活動における)についての国家賠償訴訟や、公権力の行使の不作為についての国家賠償訴訟が該当する。

 ●最二小判昭和58年2月18日民集37巻1号101頁

 事案:Y町立学校に在学していたXが、体育館の倉庫からトランポリンを無断で持ち出して遊んでいた。クラブ活動中のAが、活動の邪魔になるとして注意したがXが反発したため、AはXを体育館の倉庫につれて殴打した。これが原因でXは失明した。Xは、この事故がクラブ顧問教諭の監視指導義務の懈怠という過失により発生したとして、Y町に対して損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(那覇地名護支判昭和54年3月13日判時1074号52頁)はXの請求を棄却したが、控訴審判決(福岡高那覇支判昭和56年3月27日民集37巻1号117頁)はXの請求の一部を認容した。最高裁判所第二小法廷は、本件を福岡高等裁判所那覇支部へ差し戻した。

 判旨:「課外のクラブ活動であつても、それが学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施について、顧問の教諭を始め学校側に、生徒を指導監督し事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務のあることを否定することはできない」が、「課外のクラブ活動が本来生徒の自主性を尊重すべきものであることに鑑みれば、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合は格別、そうでない限り、顧問の教諭としては、個々の活動に常時立会い、監視指導すべき義務までを負うものではないと解するのが相当である」。

 〔3〕過失の客観化などが認められる事例

 ●最二小判平成3年4月19日民集45巻4号367頁(Ⅱ―217)

 事案:Xは生後六か月の時に種痘の予防接種を受けたが、当日は感冒の治療のために解熱剤等を服用していた。予防接種の10日ほど後に、Xは脊髄炎を発症し、重度な後遺障害が残ることとなった。Xおよびその両親は、Xが予防接種禁忌者に該当するにもかかわらず、保健所職員Y1が視診を行ったのみで問診や触診を行わなかったことが原因であると主張し、Y1、Y2(国)、Y3(小樽市)などを相手取って損害賠償請求訴訟を提起した。札幌地判昭和57年10月26日判時1060号22頁はY2およびY3の損害賠償責任を認める判断を示したが、札幌高判昭和61年7月31日判時1208号49頁はXの請求を棄却した。最高裁判所第二小法廷は本件を札幌高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である」。

 

 7.国家賠償法第1条第1項にいう職務

 ここにいう職務は、公務員として携わる公務に限定されず、その公務と密接に関連する付随行為をも含む。また、判例は外形(標準)説を採用し、職務遂行の外形を備えていればよいと理解する。但し、根拠や射程距離は不明である。

 ●最二小判昭和31年11月30日民集10巻11号1502頁(Ⅱ―229)

 警視庁に勤務する警察官が、非番の日に制服と制帽を着用し、拳銃を携帯して隣県の某駅に赴き、職務質問を装って金品を奪おうとしたが、騒がれたため、被害者を射殺した。被害者の遺族は東京都に対して損害賠償請求を行った。最高裁判所第二小法廷は、公務員の主観的意図はともあれ客観的に職務遂行の外形を備えた行為によって他人に損害を与えた場合には、国または公共団体が損害賠償責任を負うのが相当であると判断した。

 

 8.公務員の個人責任は認められるか?

 改めて国家賠償法第1条第1項を読んでいただきたい。果たして、国家賠償とは別に、公務員個人の損害賠償責任は認められうるのであろうか(念のために記しておくが、国家賠償請求が可能な場合である)。

 有力説である自己責任説の立場から、国の責任と公務員の責任とは別の問題であるから公務員の個人責任は認められうる、とする考え方が主張される。下級審判決にも、故意または重過失を要件とするものがある。しかし、自己責任説であれば公務員の個人責任を問わないとする結論のほうが自然である。

 最高裁判所の判例は、国家賠償法第1条第1項が適用される場合に、公務員個人は被害者に対して直接責任を負わない、とする。その代表例が、次に示す判決である。

 ●最三小判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁(Ⅱ―234)

 事案:熊本県の某町農地委員会において委員同士が対立し、事務が停滞した上に複数の委員が辞職するに至った。そのため、県知事は町農地委員会に対して解散命令を発した。これに対し、町農地委員会委員長および複数の委員が解散処分の無効確認を求め、さらに県知事および県農地部長に対して慰謝料の支払を求めて出訴した。一審判決(熊本地判昭和27年6月16日行集3巻5号1047頁)は請求を棄却し、控訴審判決(福岡高判昭和28年4月15日民集9巻5号554頁)も控訴を棄却し、最高裁判所第一小法廷も上告を棄却した(無効確認請求については訴えの利益がないと判断している)。

 判旨:上告人らの請求は「被上告人等の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すべきであるから、国または公共団体が賠償の責に任ずるのであつて、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない。従つて県知事を相手方とする訴は不適法であり、また県知事個人、農地部長個人を相手方とする請求は理由がないことに帰する。のみならず、原審の認定するような事情の下においてとつた被上告人等の行為が、上告人等の名誉を毀損したと認めることはできない」。

 ▲通説も最高裁判例と同じ立場である。国家賠償法第1条第2項に求償権に関する規定が存在することからしても、最高裁判例が妥当であろう。なお、求償権の要件は、公務員の故意または重過失である。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 国家賠償法の構造/国家賠償法第1条」として2020年12月30日00時00分00秒付で掲載し、修正の上、2021年02月24日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月26日掲載(「第26回 国家補償法制度、国家賠償法第1条」として)。

            2017年11月01日、第27回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第38回 国家補償法

2021年02月23日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.国家補償法(制度)=損失補償法(制度)+国家賠償法(制度)

 国家(および公共団体。以下、原則としてまとめて国家と表現する)の活動により、私人の権利や利益が侵害されることがある。このことによる被害を補塡し、私人を救済するための制度を国家補償法(制度)という。

 私人の被害には、大別すれば二つの場合がある。

 第一に国家の適法な活動による損失である。この損失を補塡するための法(制度)を損失補償法(制度)という。

 第二に国家の違法な活動による損害である。この損害を賠償するための法(制度)を国家賠償法(制度)という。

 いずれの場合についても、私人を救済しなければならない、すなわち、私人の財産権に対して何らかの補塡を行わなければならないという点においては共通する。そのため、最近は、損失補償法(制度)と国家賠償法(制度)とを合わせて国家補償法(制度)と称することが一般化しつつある。

 もとより、損失補償制度と国家賠償制度は、性質を異にし、憲法上の根拠や理論の発展という点においても異なる。

 

 2.国の活動が適法な場合

 国は、土地収用法に基づく土地収用など、適法に私人の財産権を制約ないし剥奪する活動を行うことがある〈財産権以外の人権については問題がある〉。この場合、適法な活動に基づく適法な人権制約ではあるが、放置すれば公平負担の理念に反するため、私人の損失を補填する必要がある。そこで損失補償制度が存在する。

 損失補償制度の憲法上の根拠は第29条第3項である。これは一般的な根拠であり、第40条は刑事補償の根拠である。行政法学においては憲法第29条第3項を念頭に置いて考察する。最近では、土地収用法をはじめ、少なからぬ法律において損失補償に関する規定が用意されているが、仮にそのような規定が法律にない場合には、直接、同項を根拠として損失補償を請求することができる。

 ●最大判昭和43年11月27日刑集22巻12号1402頁(河川付近地制限令違反事件、Ⅱ―252)

 事案:被告人であるY1(株式会社)の代表取締役であるY2は、宮城県知事の許可を受けずに名取川河川付近で砂利を採取し、河川付近地を掘削した。別の被告人であるY3も名取川河川付近で砂利を採取し、河川付近地を掘削した。これらの事実が河川付近地制限令第4条第2項などに違反するとして、被告人らは起訴された。一審判決(仙台簡裁昭和37年8月31日刑集22巻12号1411頁)は被告人らを罰金刑とし、控訴審判決(仙台高判昭和37年11月30日刑集22巻12号1416頁)も被告人らの控訴を棄却した。最高裁判所大法廷も上告を棄却した。

 判旨:①「河川附近地制限令4条2号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものである。このように、同令4条2号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するには損失補償を要件とするものではなく、したがつて、補償に関する規定のない同令4条2号の規定が所論のように憲法29条3項に違反し無効であるとはいえない」。

 ②「同令4条2号による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといつて、同条があらゆる場合について一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解されず、本件被告人も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当然に受忍すべきものとされる制限を定めた同令4条2号およびこの制限違反について罪則を定めた同令10条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない」。

 ▲この判決のポイントは、次の点にある。

 ①河川附近地管理令第4条第2項に定められる財産権の制限は、公共の福祉のための一般的な制限であり、特定の人に特別な財産上の犠牲を強いるものではないから、損失補償を要件とするものではない。

 ②法律に損失補償に関する規定が存在しないからといって、直ちに違憲無効となる訳ではない。

 ③法律に損失補償に関する規定が存在しない場合には、実際に受けた損失を主張立証した上で、憲法第29条第3項を直接の根拠として損失補償を請求しうる。

 そして、損失補償は、経済的自由権への侵害に対する補償の性質を有し、必ずしも訴訟を経なくてよいため、受益権または国務請求権としてではなく、経済的自由権の一環として扱われることになる。

 

 3.国家の活動が違法な場合

 法律による行政の原理に従う限り、国家が違法な活動を行うことは許されない。しかし、現実には違法な活動がなされ、そのために私人の側に損害が生ずる こともある。そうであれば、私人に対する賠償の必要性が生じる。ここに、国家賠償法(制度)の存在理由が存在する。

 国家賠償法(制度)の憲法上の根拠規定は第17条である。

 現在では国家賠償法が存在するのでとくに問題とならない。しかし、日本国憲法制定後で国家賠償法が施行される前の事件については問題となった。法律がない場合には憲法第17条を直接の根拠として国家賠償請求をなしえない、とするのが通説であった。すなわち、同条はプログラム規定であるということになる。最三小判昭和25年4月11日集民3号225頁も、同条についてプログラム規定説を採っている。

 そして、国家賠償請求権は受益権または国務請求権として扱われ、主に訴訟を通じての請求による。また、損失補償と異なり、経済的自由権に限られず、生命、身体、名誉なども対象に含まれる。

 

 4.国家補償の谷間

 例えば、予防接種による死亡事故のように、国(および地方公共団体)の活動自体は適法であるが、違法な結果が生じた場合など、上記〔2〕にも〔3〕にも該当しない場合がある。例えば、文化財の修理自体は適法であるが損失が生じた場合などである。文化財保護法などのように、立法的に解決している例もあるが、規定が存在しない場合などにどのように理解すべきなのか。 すなわち、このような場合に求められるのは損失補償か国家賠償か、という問題が存在する。

 かつて、故今村成和教授は〔4〕を結果責任に基づく国家補償と呼び、〔2〕を適法行為に基づく財産権侵害に対する損失補償、〔3〕は違法行為に基づく権利侵害に基づく国家補償と呼んだ。これは現在も通用しており、この講義でも今村説に基づいているが、〔4〕を必ずしも結果責任の問題としてまとめきることはできないのである。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 国家補償法」として2020年12月22日00時03分00秒付で掲載し、修正の上、2021年2月17日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月26日掲載(「第26回 国家補償法制度、国家賠償法第1条」として)。

            2017年11月01日、第27回に繰り下げ。

            2017年12月20日修正。

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第37回 取消訴訟以外の抗告訴訟、当事者訴訟

2021年02月22日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.無効等確認訴訟(行政事件訴訟法第3条第4項、同第36条)

 無効等確認訴訟は、行政事件訴訟法第3条第4項において「処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟」と定義されるものである。中心は「処分」の無効確認訴訟であるが、他に「処分」の不存在確認訴訟または存在確認訴訟、「処分」の有効確認訴訟、「処分」の失効確認訴訟がある。

 〔1〕「定期のバスに乗り遅れた取消訴訟」〈塩野宏『行政法Ⅱ行政救済法』〔第六版〕(2019年、有斐閣)214頁による表現である。〉

 無効等確認訴訟は、取消訴訟と異なり、出訴期間や不服申立前置の制約から外れる。そのため、取消訴訟の出訴期間を徒過してから提起されることが少なくない。その意味において、形式的にも実質的にも、無効等確認訴訟は取消訴訟の補充的制度という位置づけを与えられている。このため、無効等確認訴訟については、取消訴訟よりも厳しい原告適格の制限がなされている。

 〔2〕無効等確認訴訟の原告適格

 行政事件訴訟法第36条は「無効等確認の訴えは、当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる」と定める。この規定は難解であり、どのような者に原告適格が認められるかが争われている。

 (1)二元説

 原告適格は次のいずれかの者に認められるとする説で、立法関係者が採っていた。

 ・「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」

 ・「その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」

 二元説を採ると「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」であれば、予防訴訟(差止訴訟)としての無効確認訴訟が認められる。

 (2)一元説

 同条の文理に忠実な解釈を採る。この説によると、原告適格は「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」であり、かつ「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」に認められる。

 (3)「処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」の意味

 ①形式的解釈説=申請却下処分や営業許可の取消処分の無効のように、「現在の法律関係に関する訴え」を提起できない場合にのみ、無効確認訴訟の提起が許される。所有権確認訴訟や身分確認訴訟というような「現在の法律関係に関する訴え」が可能であれば、無効確認訴訟の提起は許されない。

 ②実質的解釈説=「現在の法律関係に関する訴え」を、実質的意味における当事者訴訟(後述)または民事訴訟と解する。そのため、土地収用法に基づく収用裁決の無効については所有権確認訴訟のみが許されるが、公務員の免職処分については身分確認訴訟と無効確認訴訟の両方が許される。

 ③判例

 ●最三小判昭和51年4月27日民集30巻3号384頁

 課税処分を受けてまだ租税を納付していない者は、滞納処分を受けるおそれがあるため、無効確認訴訟の原告適格を有すると判断された。

 ●最三小判昭和60年12月17日判時1179号56頁

 土地区画整理組合の設立認可処分の無効確認を求める原告について、土地区画整理事業施行区域内の宅地の所有権者や借地権者が法律上当然に組合員としての地位を取得させられるということから、原告適格を認めている。

 ●最二小判昭和62年4月17日民集41巻3号286頁(Ⅱ-180)

 事案:Xは土地改良区Yから、土地改良法に基づいて換地処分を受けたが、それによって農道に接する部分が極端に狭くなり、農作業の遂行が困難になったとして、本件換地処分が「照応の原則」に違反するとしてその無効確認を求める訴訟と訴外Aに対する関連換地処分の無効確認を求める訴えを提起した。一審判決(千葉地判昭和53年6月16日行集33巻3号558頁)はXの請求を棄却し、控訴審判決(東京高判昭和57年3月24日行集33巻3号548頁)は一審判決を破棄してXの請求を却下したが、最高裁判所第二小法廷は控訴審判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:土地所有者など多くの権利者に対する換地処分は「通常相互に連鎖し関連し合っているとみられるのであるから、このような換地処分の効力をめぐる紛争を私人間の法律関係に関する個別の訴えによって解決しなければならないとするのは」換地処分の性質に照らして適当と言い難い。また、本件の場合は「換地処分がされる前の従前の土地に関する所有権等の権利の保全確保を目的とするものではな」く、「当該換地処分の無効を前提とする従前の土地の所有権確認訴訟等の現在の法律関係に関する訴え」が本件のような紛争を「解決するための争訟形態として適切なものとはいえ」ない。

 ●最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁・1090頁(「もんじゅ」訴訟。Ⅱ-162・181)

 事案:「第33回 取消訴訟の原告適格(1)」において取り上げた判決である。なお、本件については、旧動燃を被告として「もんじゅ」の建設および運転の差止めを求める民事訴訟も併合提起されている。

 判旨:「第33回 取消訴訟の原告適格(1)」において紹介した部分に加えて、前掲最二小判昭和62年4月17日が引用されており、第36条にいう「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」は、「当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えのほうがより直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味する」と述べられている。

 (4)取消訴訟の規定の準用の有無

 ①行政事件訴訟法第38条第1項により準用されるもの

 被告適格等(同第11条)、管轄(同第12条)、関連請求(同第13条)、請求の客観的併合(同第16条)、共同訴訟(同第17条)、第三者による請求の追加的併合(同第18条)、原告による請求の追加的併合(同第19条)、国または公共団体に対する請求への訴えの変更(同第21条)、第三者の訴訟参加(同第22条)、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の拘束力(同第33条)、訴訟費用の裁判の効力(同第35条)。

 ②同第38条第2項により準用されるもの

 取消しの理由の制限のうち、裁決の取消しの訴えに関するもの(同第10条第2項)、原告による請求の追加的併合のうち、処分の取消しの訴えを裁決の取消しの訴えに併合して提起する場合(同第20条)。

 ③第38条第3項により準用されるもの

 釈明処分の特則(同第23条の2)、執行停止(同第25条)、事情変更による執行停止の取消し(同第26条)、内閣総理大臣の異議(同第27条)、執行停止等の管轄裁判所(同第28条)、執行停止に関する規定の準用(同第29条)、執行停止の決定等への第32条第1項の準用(同第32条第2項)。

 ④準用されないもの

 主なものとして、出訴期間(同第14条)、事情判決(同第31条)および取消判決の第三者効(同第32条第1項)がある。但し、最三小判昭和42年3月14日民集21巻2号312頁(Ⅱ-205)は、無効確認判決に第三者効があると述べている。

 (5)主張および立証責任

 「処分」の無効(裁量権の逸脱濫用→処分の違法性が重大かつ明白であること)についての主張および立証責任は、原告が負う〔最二小判昭和42年4月7日民集21巻3号572頁(Ⅱ-197)〕。

 

 2,不作為違法確認訴訟(行政事件訴訟法第3条第5項、同第37条)

 〔1〕不作為違法確認判決の意味

 不作為違法確認判決は、何らかの応答義務を行政庁に課すものである(行政事件訴訟法第38条第1項により、同第33条が準用される)。但し、行政庁が申請通りの許可などを出さなければならないという訳ではなく、申請を拒否する処分も行政庁の応答義務を果たしたことを意味する。

 〔2〕不作為違法確認訴訟の原告適格

 処分または裁決についての申請をした者に限定される。この申請が適法であるか不適法であるかは問題にならない。不適法であれば申請を却下すればよいのであり、その点においても行政庁は応答義務を負うこととなるからである。

 行政事件訴訟法第3条第5項にいう「法令に基づく申請」は、法令に明文の規定がある場合は勿論、明文に規定が存在しなくとも、解釈によって原告の申請権が認められればよい、と解される。また、「法令」に内規や要綱などを含める考え方もある。さらに、同項にいう「相当の期間」の意味が問題となるが、行政手続法第6条に定められる標準処理期間が参考となるものと考えられる。

 〔3〕取消訴訟の規定の準用の有無

 (1)同第38条第1項により準用されるもの

 被告適格等(同第11条)、管轄(同第12条)、関連請求(同第13条)、請求の客観的併合(同第16条)、共同訴訟(同第17条)、第三者による請求の追加的併合(同第18条)、原告による請求の追加的併合(同第19条)、国または公共団体に対する請求への訴えの変更(同第21条)、第三者の訴訟参加(同第22条)、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の拘束力(同第33条)、訴訟費用の裁判の効力(同第35条)。

 ②同第38条第4項により準用されるもの

 処分の取消しの訴えと審査請求との関係(第8条)、取消しの理由の制限のうち、裁決の取消しの訴えに関するもの(同第10条第2項)。

 ③注意

 第一に、同第9条は準用されないが、「法律上の利益」は必要と解される。従って、不作為違法確認訴訟の提起後、行政庁が処分または裁決をした場合には、不作為状態が解消されるため、「法律上の利益」は失われ、訴訟は却下される。

 第二に、訴訟の性質上、同第14条は準用されない。従って、不作為の状態が継続している限り、不作為違法確認訴訟を提起できる。

 〔3〕義務付け訴訟(行政事件訴訟法第3条第6項、同第37条の2以下)

 (1)義務付け訴訟の種類

 義務付け訴訟は、訴訟要件および本案勝訴要件の違いにより、非申請型義務付け訴訟(直接型義務付け訴訟。同第3条第6項第1号)と申請型義務付け訴訟(申請満足型義務付け訴訟。同第2号)に区別される。

 非申請型義務付け訴訟は、法令に基づく申請を前提としない義務付け訴訟である。申請権を有しない原告が、行政庁に一定の処分をなすことを請求し、裁判所が判決でその処分をなすことを義務付ける、というものである。

 これに対し、申請型義務付け訴訟は、法令に基づく申請を前提とする義務付け訴訟である。申請権を有する原告が、行政庁に対し、申請を満足させる応答をなすことを求め、裁判所が判決でその応答をなすことを義務付ける、というものである。

 (2)処分の特定性

 「一定の処分(又は裁決)」を求める以上、裁判所における判断が可能である程度にまで特定される必要性がある

 (3)非申請型義務付け訴訟

 ①訴訟要件

 行政事件訴訟法第37条の2第1項は「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあ」ること、および「その損害を避けるため他に適当な方法がない」ことを求める。補充性の要件である。ここで補充性は、義務付け訴訟に代わりうる救済手続がとくに法律で定められている場合(例、国税通則法第23条に定められる更正の請求)を指すものと理解される〈塩野・前掲書251頁、櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第6版〕(2019年、弘文堂)330頁〉。なお、「重大な損害」に関する解釈の指針は行政事件訴訟法第37条の2第2項に示されている。

 同第3項は、非申請型義務付け訴訟の原告適格が「行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者」に認められる旨を定める。なお、「法律上の利益」の有無の判断については同第9条第2項を準用する(同第37条の2第4項)。

 ②本案勝訴要件(第同37条の2第5項)

 非申請型義務づけ訴訟における原告勝訴の判決は、行政庁にその処分(または裁決)をすることを義務付けることになる。そのためには、次のいずれかが必要である。

 ・「行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること。

 ・「行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと。

 ③仮の義務付け(同第37条の5第1項)

 裁判所が、原告の申立てにより「仮に行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずること」である。その要件として、次の点があげられている(同第3項)。

 ・「その義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある」こと:執行停止より厳格である。なお、「償うことのできない損害」には、金銭賠償が不可能な損害はもとより、社会通念上、金銭賠償のみで救済することが不相当と認められる場合も含まれる〈櫻井・橋本・前掲書343頁〉

 ・「本案について理由があるとみえる」こと=本案について原告が勝訴する見込みがあること。

 ・「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが」ないこと(同第3項)

 仮の義務付けについては同第33条第1項、同第25条第5項ないし第8項が準用される。また、仮の義務付けに基づいて行われる処分の性質については、仮の処分説と本来の処分説との対立がある。

 (4)申請型義務付け訴訟

 ①訴訟要件

  行政事件訴訟法第37条の3第1項は、次のいずれかがあることを前提とする。

 第一に、「当該法令に基づく申請又は審査請求に対し相当の期間内に何らの処分又は裁決がされないこと」、すなわち不作為である(同第1号)。

 第二に、「当該法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合において、当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在であること」、すなわち申請拒否処分または審査請求却下・棄却裁決である(同第2号)。

 その上で、同第2項は、第1項各号に規定する「当該法令に基づく申請又は審査請求をした者」に原告適格が認められる旨を定める。

 また、同第7項は、同第1項に定められる義務付け訴訟のうち「行政庁が一定の裁決をすべき旨を命ずることを求めるものは、処分についての審査請求がされた場合において、当該処分に係る処分の取消しの訴え又は無効等確認の訴えを提起することができないときに限り、提起することができる」と定める。そのため、他の場合には処分について取消訴訟などを提起することとなる。

 ②申請型義務付け訴訟と他の抗告訴訟との併合提起

 同第3項により、申請型義務付け訴訟を単独で提起することはできず、必ず、他の抗告訴訟と併合して提起しなければならない。これは、他の抗告訴訟との役割・機能の分担の観点に立つものである。

 同第1項第1号に該当する場合には「処分又は裁決に係る不作為の違法確認の訴え」と併合して提起することとなる。

 一方、同第1項第2号に該当する場合には「処分又は裁決に係る取消訴訟又は無効等確認の訴え」と併合して提起することとなる。

 従って、「処分又は裁決に係る」不作為違法確認訴訟、取消訴訟、無効等確認訴訟のいずれかを適法に提起できる必要がある(同第4項も参照)。

 ③本案勝訴要件(行政事件訴訟法第37条の3第5項)

 次のいずれかが必要である。

 ・「各号に定める訴えに係る請求に理由があると認められ、かつ、その義務付けの訴えに係る処分又は裁決につき、行政庁がその処分若しくは裁決をすべきであることがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること

 ・「各号に定める訴えに係る請求に理由があると認められ、かつ」、「行政庁がその処分若しくは裁決をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと。

 ④仮の義務付け

 要件は非申請型義務付け訴訟についてと同じである。

 〔4〕差止訴訟(行政事件訴訟法第3条第7項、同第37条の4以下)

 (1)処分の特定性

 差止訴訟は、行政庁が何らかの処分または裁決を行おうとする場合に、行政庁に対して当該処分または裁決をしてはならない旨を裁判所が命ずることを求める訴訟である。そのため、「一定の処分又は裁決」は、裁判所における判断が可能である程度にまで特定される必要がある。

 (2)訴訟要件

 第一に、「行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている」こと、すなわち処分または裁決がなされる蓋然性がなければならない(同第3条第7項)。

 第二に、「一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあ」り(第37条の4第1項本文)、かつ「その損害を避けるため他に適当な方法が」ないことが求められる(同項ただし書き)。処分が行われた後の取消訴訟が優先するという趣旨であり、取消訴訟ないし執行停止では救済が困難なほどの「重大な損害」と解される。その「重大な損害」の解釈指針は同第2項に示される。

 第三に、差止訴訟の原告適格は「行政庁が一定の処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り」認められる(同第3項)。なお、「法律上の利益」の解釈について同第9条第2項が準用される(同第37条の4第4項)。

 ●最一小判平成24年2月9日民集66巻2号183頁(Ⅱ−207)

 事案:東京都教育委員の教育長は、平成15年10月23日付で、都立学校の各校長宛に「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」を発し、各校長に対し、学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること、学式、卒業式等の実施に当たっては、式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し、教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し、その斉唱はピアノ伴奏等により行うなど、所定の実施指針のとおり行うものとすること、教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われることを教職員に周知すること、などを求めた。これに対し、東京都立の高等学校や特別支援学校に教職員として勤務するXら(原告、被控訴人、上告人)が、東京都(行政事件訴訟法改正前は東京都教育委員会)に対し、①「各所属校の卒業式や入学式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱する義務のないこと及びピアノ伴奏をする義務のないことの確認」、および②「上記国歌斉唱の際に国旗に向かって起立しないこと若しくは斉唱しないこと又はピアノ伴奏をしないことを理由とする懲戒処分の差止め」を求め、さらに国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償請求を行った。東京地判平成18年9月21日判時1952号44頁はXらの請求を認容したが、東京高判平成23年1月28日判時2113号30頁①)は東京地方裁判所判決を取り消したため、Xらが上告した。最高裁判所第一小法廷はXらの上告を棄却した。

 判旨:差止訴訟についての部分のみを示す。

 ・「法定抗告訴訟たる差止めの訴えの訴訟要件については、まず、一定の処分がされようとしていること(行訴法3条7項)、すなわち、行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることが、救済の必要性を基礎付ける前提として必要となる」。

 ・「免職処分以外の懲戒処分(停職、減給又は戒告の各処分)の」差止訴訟の要件については「当該処分がされることにより『重大な損害を生ずるおそれ』があることが必要であり(行訴法37条の4第1項)、その有無の判断に当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされて」おり(同条第2項)、「行政庁が処分をする前に裁判所が事前にその適法性を判断して差止めを命ずるのは、国民の権利利益の実効的な救済及び司法と行政の権能の適切な均衡の双方の観点から、そのような判断と措置を事前に行わなければならないだけの救済の必要性がある場合であることを要するものと解される」から「差止めの訴えの訴訟要件としての上記『重大な損害を生ずるおそれ』があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当であ」り、(中略)「本件通達を踏まえた本件職務命令の違反を理由として一連の累次の懲戒処分がされることにより生ずる損害は、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものであるとはいえず、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであるということができ、その回復の困難の程度等に鑑み、本件差止めの訴えについては上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる」。

 ・「差止めの訴えの訴訟要件については、『その損害を避けるため他に適当な方法があるとき』ではないこと、すなわち補充性の要件を満たすことが必要であるとされている(行訴法37条の4第1項ただし書)。(中略)本件通達及び本件職務命令は(中略)行政処分に当たらないから、取消訴訟等及び執行停止の対象とはならないものであり、また、(中略)本件では懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではないと解される。以上のほか、懲戒処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として他に適当な方法があるとは解されないから、本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは、補充性の要件を満たすものということができる」。

 ・差止訴訟の本案について「行政庁がその処分をすべきでないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項)」、当該差止請求においては、本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の可否の前提として、本件職務命令に基づく公的義務の存否が問題となる。この点に関しては、(中略)本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから、当該差止請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない」。また、「差止めの訴えの本案要件について、裁量処分に関しては、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項)、これは、個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で、当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることをいうものと解される。」

 (3)本案勝訴要件(同第37条の4第5項)

 次のいずれかが必要である。

 ・「行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること。

 ・「行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと。

 (4)仮の差止め(同第37条の5第2項)

 仮の差止めとは、裁判所が、原告の申立てにより「仮に行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずること」をいう。義務付け訴訟における仮の義務付けを不作為命令に変更しただけであり、要件は仮の義務付けとほぼ同じである。

 

 6.公法上の当事者訴訟

 (1)形式的当事者訴訟

 形式的当事者訴訟とは当事者間の法律関係を確認し、または形成する処分または裁決に関する訴訟のうち、法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とする訴訟である(同第4条前段)。

 例として、土地収用法第133条第2項に基づいて損失補償を請求する訴訟があげられる。本来は収用委員会の裁決に関する訴えであるが、形式的に「起業者」と「土地所有者又は関係人」と間の訴えとする(同第3項)。収用委員会の裁決のうち、土地の収用に関しては収用委員会の裁決について国土交通大臣に対する審査請求を行うことができる(同第129条)。しかし、損失補償に関する事項については審査請求を行うことができない(同第132条第2項)。この他、著作権法第72条、農地法第85条の3、自衛隊法第105条第9項・第10項などがある。

 なお、形式的当事者訴訟については、行政事件訴訟法第41条第1項により、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の効力(同第33条第1項)、第35条(訴訟費用の裁判の効力)、釈明処分の特則(同第23条の2)が準用される(他のものについては同第41条第2項を参照)。

 (2)実質的当事者訴訟

 実質的当事者訴訟とは、公法上の法律関係に関する確認の訴えなど、公法上の法律関係に関する訴訟である(同第4条後段)。公法上の当事者訴訟ともいう。なお、公法上の法律関係に関する確認の訴えは、平成16年改正法によって明示されるに至った以前は存在しなかったという訳ではなく、存在することが確認されたという意味である

 この訴訟が置かれている意味であるが、公法と私法との区別が絶対的なものでなく、民事訴訟との区別が付きにくいことから、疑問視されている。実際に、裁判実務では民事訴訟として扱っている。

 なお、実質的当事者訴訟についても、形式的当事者訴訟と同様に取消訴訟の規定の準用があるが、実務上の意味は乏しいといわれている。とくに、同第33条第1項の準用については、その具体的な意味について議論がある。

 実質的当事者訴訟によるとされる例としては、国家公務員法に基づく免職処分が無効であることを前提とする公務員の身分確認訴訟、国立学校における学生退学処分の無効を前提とする在学関係確認訴訟がある。

 (3)参考:争点訴訟

 行政行為の有効・無効が先決問題となっている事件で、私法上の法律関係に関する訴訟を、争点訴訟という。行政事件訴訟ではなく、民事訴訟であるが、行政事件訴訟法第45条に特別の規定がある。

 争点訴訟の例として、農地買収処分の無効について旧地主と新地主との間で争われる訴訟、土地収用裁決が無効であるとして地権者と起業者との間で土地所有権をめぐって争われる訴訟がある。 

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