ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

第42回 損失補償法制度 その2

2021年02月27日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 5.補償の内容

 〔1〕「正当な補償」とは?

 憲法第29条第3項によれば、損失補償の中身は「正当な補償」でなければならないのであるが、その意味については大きく分けると二つの見解が存在する。

 第一は、相当補償説である。この考え方によると、補償は、当時の経済状態において、社会国家の理念に基づき、客観的かつ合理的に算出された相当な額であることが必要であり、かつ、それで足りるということになる。

 第二は、完全補償説である。この考え方によると、私的財産の収用(など)の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくするような補償が必要とされることになる。

 かねてから、判例および憲法学の通説は相当補償説を採ると言われてきた。その代表とされてきたのが最大判昭和28年12月23日民集7巻13号1523頁(Ⅱ−248)である。これは農地改革(自作農創設特別措置法)に関する判決であり、自作農創設特別措置法による田の買収価格(公定)が問題となったものであるが、判決は「憲法29条3項にいうところの財産権を公共の用に供する場合の正当な補償とは、その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基き、合理的に算出された相当な額をいうのであつて、必しも常にかかる価格と完全に一致することを要するものではないと解するを相当とする」と述べている。

 この判決の後、相当補償説を採ることを明示する判決の例として、次のものがある。

 ●最三小判平成14年6月11日民集56巻5号958頁

 事案:関西電力(被告、被控訴人、被上告人)は、和歌山県田辺市に変電所を新設する計画を立て、昭和43年に事業計画の認定を受け、同市内の土地を収用する旨の細目を公告した。しかし、この土地を所有する原告(控訴人、上告人)らと被告との間で行われた協議が不調に終わったため、和歌山県収用委員会は関西電力の申請を受け、昭和44年3月31日に、損失補償金の金額を決定するとともに権利取得の時期および明渡の期限を同年4月11日とする土地収用裁決を行った。これに対し、原告らは、この土地収用裁決が誤った土地調書に基づいて行われており、「適正な損失補償金額」に比して低廉に過ぎるとして、土地収用裁決の変更などを請求する訴訟を提起した。大阪地判昭和62年4月30日民集56巻5号970頁は原告らの請求を一部却下、一部棄却し、大阪高判平成10年2月20日民集56巻5号1000頁も控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、前述のように前掲最大判昭和28年12月23日を参照した上で、次のように述べ、上告を棄却した。

 判旨:①「憲法29条3項にいう『正当な補償』とは、その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって、必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではない」(前掲最大判昭和28年12月23日を参照)。

 ②土地の収用は、最終的に権利取得裁決により決定されるから、「補償金の額は、同裁決の時を基準にして算定されるべきである」。「事業により近傍類地に付加されることとなった価値と同等の価値を収用地の所有者等が当然に享受し得る理由はな」く、「事業の影響により生ずる収用地そのものの価値の変動は、起業者に帰属し、又は起業者が負担すべきものである。また、土地が収用されることが最終的に決定されるのは権利取得裁決によるのであるが、事業認定が告示されることにより、当該土地については、任意買収に応じない限り、起業者の申立てにより権利取得裁決がされて収用されることが確定するのであり、その後は、これが一般の取引の対象となることはない」。「そして、任意買収においては、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格を基準として契約が締結されることが予定されているということができる」。

 ③以上の点などからすれば、土地収用法第71条の補償金額の規定には「十分な合理性があり、これにより、被収用者は、収用の前後を通じて被収用者の有する財産価値を等しくさせるような補償を受けられるものというべきである」。

 ▲しかし、土地収用に関する後掲最一小判昭和48年10月18日は完全補償説を採用しており、相当補償説が判例であるとは断言できない。

 そもそも、両説は完全に対立する関係にない。端的に言うならば、相当補償説は農地改革という特殊な事例について合憲性を理由づけるためのものである、と考えられる。そのため、財産権の侵害による損害への補償という点からすれば、相当補償説であっても完全補償を原則とすることになる。その点からすれば、実質的には完全補償説が妥当であるということになるであろう。 なお、完全補償説であっても、全く例外がないという訳ではないことには、注意が必要である。

 〔2〕完全な補償が必要とされる場合

 上述のように、仮に相当補償説を採ったとしても、原則としては完全補償が求められるのであり、公用収用の場合は、財産権の価値に見合った金額の保障がなされなければならないことになる。むしろ、問題となるのは、完全な補償とはいかなるものであるのかということである。

 ●最一小判昭和48年10月18日民集27巻9号1210頁(Ⅱ―250)

 事案:原告2名(被控訴人・上告人)が所有する土地は、昭和23年5月20日建設院告示第215号に基づき、倉吉都市計画の街路用地とされた。昭和39年、鳥取県知事(被告・控訴人・被控訴人)は、土地収用法第33条に基づき、土地細目の公告を行った。倉吉都市計画の施行者である鳥取県知事は、原告所有の土地を取得するために原告2名と協議を行ったが不調に終わったので、当時の都市計画法第20条に基づき、建設大臣の裁定を求めた。同年、建設大臣は、原告2名の土地を収用する時期を損失補償に関する鳥取県収用委員会の裁決があった日から起算して15日後とする裁定を行った。同知事が同収用委員会の裁決を申請し、同委員会は損失補償額の裁決を行ったが、原告は、その裁決額が近隣における同類土地の売買価格よりも低廉であるとして訴訟を提起した。鳥取地倉吉支判昭和42年11月20日民集27巻9号1219頁は原告の請求の一部を認容したが、広島高松江支判昭和45年11月27日民集27巻9号1231頁は相当補償説を採用して原告の請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて控訴審判決を破棄し、広島高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等の被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものである」。従って、「完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもって補償するような場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するという」べきである。

 〔3〕完全な補償の中身

 ここでは、まず、公用収用について、土地収用法を例として取り上げ、解説などを試みる。

 同第69条は個別払いの原則を明示する。その上で、第70条は金銭補償を原則とする。但し、同第82条ないし第86条の規定による収用委員会の裁決があった場合には、現物補償も認められる。

 補償の対象となる権利は、同第71条により、収用の対象となる土地の所有権、またはその土地に関する所有権以外の権利(地上権など)とされる。こうした権利の価格に見合うだけの(つまり、過不足のない)補償が支払われなければならないのである。同第1項は「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額」を補償額とする。

 この規定から、基準時が事業認定の告示時であることは明らかであるが、問題は「相当な価格」である。土地の価格には時価、公示価格、路線価、固定資産税評価額がある。このいずれによることも可能であると思われるが、同項に「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した」とあるので、時価によって行うのが妥当であろう。もっとも、時価の評価にも複数の方法があるが、取引事例比較法が妥当であろう。

 なお、農地法第12条第1項は、同第11条第1項第3号にいう「対価は、政令で定めるところにより算出した額とする」と規定する。

 もう一つの問題は、実測の土地面積と公簿の土地面積との差である。土地区画整理事業における換地予定地指定処分や換地処分において問題となる。最大判昭和32年12月25日民集11巻14号2423頁は、 土地区画整理事業における換地予定地指定処分や換地処分において、実測の土地面積と公簿の土地面積とに差がある場合であっても、その換地処分において実際の土地の価額に相当する換地、清算金が交付されることから、両者の面積の差を無償で収用することにはならず、憲法第29条第3項に違反しないとする。また、換地処分について、最一小判昭和62年2月26日判時1242号41頁が合憲判決を下している。

 収用される権利の対価としての補償には、残地補償(土地収用法第74条)も含まれる。残地補償に収用損失が含まれることは当然であろう。問題は事業損失が含まれるか否かである。公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月閣議決定)第41条但し書きは、事業損失について補償しないとするが、判例の多くは事業損失を残地損失に含めている(最二小判昭和55年4月18日判時1012号60頁などを参照)。

 土地収用法は、収用される権利の対価としての補償のみならず、通損補償を規定している。通損補償は、移転料、調査費、営業上の損失など、収用によって通常受けると考えられる付随的な損失に対する補償である。土地収用法は、同第77条において移転料の補償を(同第78条ないし同第80条も参照)、同第88条において「離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失」の補償を定める。これらについては、土地収用法に算定基準が示されておらず(同第88条の2を参照)、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱により定められている。ちなみに、同第88条による補償は、財産権に対する補償というのみならず、生活(権)に対する補償の一端とも捉えられうる。

 同第75条による工事費用の補償(条文に列挙されている事項から「みぞかき」補償ともいう)は、論者によって見解が分かれるが、残地に関するものであるため、ここでは通損補償に含めない。同第76条による残地収用請求権についても同様である。

 なお、公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日中央用地対策連絡協議会理事会決定)第28条第2項は、建物の移転などに伴って木造の建築物に代わり耐火建築物を建築する場合など、建築基準法などの法令によって必要とされる施設の改善に関する費用を補償しない旨を定める。

 宇賀克也『国家補償法』(1997年、有斐閣)439頁は、「少なくとも、当該費用の支出が早まったことに対する利子相当分は、『通常受ける損失』(収用88条)ないし『通常生ずる損失』(一般補償基準43条)として補償されるべきであろう」と述べている。

 (1)金銭補償とその限界

 損失補償は、金銭によってなされることを原則とする。しかし、前掲最一小判昭和48年10月18日において示唆されているように、必ずしも金銭補償によらなければならない訳ではない。土地収用法第70条も、金銭補償の原則を採りながら、一部について現物補償を認める。

 そればかりか、「被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することを」えない場合が多い。近隣に同等の代替地が存在しない場合、または、存在するが補償金によっては取得できない場合がある。また、営業の廃止に対する補償〔公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱第31条第1項第4号、公共用地の取得に伴う損失補償基準第43条第1項第4号〕や離職者に対する補償〔公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱第46条、公共用地の取得に伴う損失補償基準第62条〕については、前者が2年間の収益(所得)相当額、後者が1年間の賃金相当額とされており、転業や再就職が困難であるような者については問題が生じうる。以上は、財産権に対する補償というより、後に取り上げる生活(権)補償というべきものが多く、離職者に対する補償や少数残存者補償については土地収用法には規定がない。

 代替地の取得については、公有地の拡大の推進に関する法律が存在し、特定公共用地等先行取得資金融資制度が存在する。しかし、これらにも制約がある。また、努力義務規定ではあるが、公共用地の取得に関する特別措置法第46条は、収用の対象者など「特定公共事業の用に必要な土地等を提供する者が現物給付を要求した場合において、その要求が相当であると認められる」場合に、その要求に応ずることを求めている。

 (2)文化財、史跡、名称の保護、景勝地の保存などを目的とする場合

 公用収用に該当する場合、損失補償に関する規定が存在しても、実際に補償が支払われている例がほとんどない。そのため、対象や算定基準については、後に示すような問題がある。「第41回 損失補償法制度その2」において取り上げた最一小判昭和63年1月21日判時1270号67頁(福原輪中堤訴訟)は、輪中堤の文化財的価値は市場価格の形成に影響を与えず、経済的・財産的な損失に該当するものではないと判断している。なお、この判決においては、精神的損失も損失補償の対象にならないものと考えられているのであろう。

 (3)地域・地区を指定し、土地の用途に関して法律上の制限を課す場合

 既に述べたように、このような場合には損失補償が不要とされている。

 ■公用制限の場合は、ほとんど実例がないこともあって、対象や算定基準について定説がない。原田・前掲書276頁は、次の三つの説をあげている。

 第一が、相当因果関係説である。これは、名称の通り、公用制限がなされたことによって生じる損失のうち、相当因果関係内にあるものの全てについて補償をなすべきであるとする考え方である。不法行為に基づく損害賠償請求と同じ考え方である。この説によると、積極的な損害の部分、地価低落分は勿論、逸失利益も補償の対象となりうる。実際のところは、逸失利益のみが対象とされることになる。

 宇賀・前掲書462頁は「逸失利益説と称したほうがよいかもしれない」と述べる。

 しかし、この考え方は実際に採用されていない。相当因果関係の判断などが、結局のところ請求者の主観的な判断に委ねられがちであり、過大な評価となりがちであることが指摘される。そのため、申請権の濫用として請求を認めない判決が多い。

 第二が、財産価値低落説である。これは、公用制限がなされたことによって生じた財産の価値の下落分を中心として、それに通常生じる損失の補償を加えた分を補償すべきであるとする考え方である。東京地判昭和57年5月31日行裁例集33巻5号1138頁がこの説を採用しており、前掲最一小判昭和48年10月18日も同様の考え方を採る。しかし、これについては、価値の下落分を算定することが困難であること、さらには、公用制限がなされたことによる不利益が地価の下落として現れない場合もあることが指摘される。

 第三が、実損補填説である。これは、損失補償の請求者が実際に支出した金額のうち、公用制限が具体化されたことによって無駄となる調査費や準備日などの積極的損失を補償すればよいとする考え方である宇賀・前掲書465頁も参照。東京地判昭和61年3月17日行裁例集37巻3号294頁がこの考え方を採ると言われる。

 なお、占用許可の撤回に際して、最三小判昭和49年2月5日民集28巻1号1頁は、「第41回 損失補償法制度 その1」既に述べたように、財産権の対価としての補償を不要とする考え方を採った。しかし、工作物の収去費、代替地購入の調査費、整地費、営業上の損失などは、財産権の対価と言えないものであるため、それらについての損失補償は認められると解される余地がある(東京高判昭和50年7月14日判時791号81頁を参照)。

 (4)生活補償について

 憲法第29条第3項は、基本的に財産権に対する補償を定めている。しかし、問題は、財産権の補償のみでは従前と同程度の生活を維持しえない者が生じることである。例えば、都市において土地を収用された場合、補償金を得ても近隣に類似の土地を求めること自体が難しいし、収用前と同一の事業を行うことが困難な場合も多い。また、ダム建設により、村落が収用されて水没する場合など、仮に土地や建物に関する補償がなされたとしても、生活の再建が困難であることも多い。このような場合に補償を与える場合を生活(権)補償という。これに関する規定の例として、都市計画法第74条が存在する(同条は、生活再建のための補償というより、斡旋に関する規定であるが)。また、既に述べたように、土地収用法第88条も、生活(権)補償の色彩を帯びた規定である。

 この他、水源地域対策特別措置法が、土地の権利者以外に事実上の影響を受ける者をも対象とした上で、生活補償の範囲を広げている。また、大都市地域における住宅及び住宅の供給の促進に関する特別措置法、国土開発幹線自動車道建設法第9条、琵琶湖総合開発特別措置法第7条がある。しかし、いずれも努力義務規定であり、権利性が否定されている。

 生活(権)補償は、これまで、憲法上の根拠に基づくものではないとされていた。これに対し、最近、学説においては生活(権)補償を憲法に根拠づけられた補償として理解しようとする動きが見られる。その内容はまだ熟していないと思われるが、根拠としては、憲法第29条第3項に求める説、第25条(および第14条)に求める説芝池・前掲書217頁など、第29条と第25条の双方(および第14条)に求める説が考えられる。いずれの説が妥当であるかを判断することは容易でないが、同条の補償が財産権に対する補償であると理解されていることからすると、第29条第3項説は不十分であろう。また、第25条についてプログラム規定説または抽象的権利説が主流であることからすると、第25条説では生活(権)補償の権利性を主張することが難しくなる。結局、第29条・第25条併用説が妥当であろう。

 この点についての唯一の判例である徳山ダム訴訟(岐阜地判昭和55年2月25日行裁例集31巻2号184頁)は、憲法第29条第3項の「正当な補償とは、公共のために特定の私有財産を収用または使用されることによる損失補償であり、それはあらゆる意味で完全な補償を意味するものではなく、当該収用または使用を必要とする目的に照らし、社会的経済的見地から合理的と判断される程度の補償をいう」とした上で、「ダム建設に伴い生活の基礎を失うことになる者についての補償も公共用地の取得に伴う一般の損失補償の場合と異ならず、あくまでも財産権の補償に由来する財産的損失に対する補償」のことをいうとした。そして、水源地域対策特別措置法第8条に定められる生活再建措置規定は、憲法上の要請ではなく、補償とは別個の行政措置であると述べている。この判決によれば、生活再建措置は憲法第29条第3項にいう「正当な補償」には含まれないこととなる。

 

 ▲第7版における履歴:2021年02月27日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第28回 損失補償法」として)。

            2017年11月01日、第29回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第41回 損失補償法制度 その1

2021年02月26日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 0.はじめに

 憲法第29条第2項は、財産権が「公共の福祉」に服することを規定する。このことから、財産権については、内在的な制約を超えた何らかの政策的な理由による制約が許されると理解される。しかし、そのことから、いかなる場合においても私人の財産権に対して何らの補償もなされずに、私人にいかなる犠牲を払わせることをも許容するのでは、第1項の趣旨を没却する。そこで、第3項により、正当な補償の下に、特定の私有財産を「公共のために用ひることができる」とされるのである。

 宇賀克也教授は、「元来、損失補償の制度は、私有財産の侵害が補償を伴うべきであるという思想に裏打ちされて発展してきたものであり、欧米先進諸国の憲法において、私有財産制のコロラリーとして規定されてきた」と述べる宇賀克也『国家補償法』(1997年、有斐閣)392頁。このことからすれば、損失補償制度は、財産権が資本主義経済の中核とされ、神聖不可侵とされていたからこそ認められたのであり、「公共の福祉」による制約が、明文により、いわば積極的に認められるようになった現代社会においても、基本的人権とそれに対する制約の間で、いわば調整役として存在意義を深めた、ということになる。いかに「公共のために」特定の私有財産に関して権利を有する私人に「特別の犠牲」を課すことが認められるとはいえ、無償で、という訳にはいかない。損失補償制度は、第1項の趣旨を補完するために存在する、と考えてよい。

 

 1.損失補償制度と国家賠償制度の違い

 損失補償制度とは、行政主体の適法行為によって、すなわち、行政上の権限(公権力)の行使によって、国民・住民の私有財産の侵害性が法律上認められる場合に生ずる損失を補償する制度である。もっとも、租税や負担金などのように、一定の要件を充足すれば私人一般の財産権を侵害しうる場合は含まれない(これは第29条第2項の問題である)。例えば道路拡張の場合のように、財産権の侵害が私人に「特別の犠牲」をもたらすときに正義公平の見地より国民・住民の負担において調節的な補償措置を講ずることが、損失補償の例である。

 ここで、損失補償と国家賠償との違いについて注意をしておかなければならない。「第38回 国家補償法」において述べたところと重なる部分もあるが、改めて記しておく。

 両者は、まず、憲法上の根拠が異なる。損失補償は憲法第29条第3項を根拠とするのに対し、国家賠償は同第17条を根拠とする。そして、後に述べるように、損失補償については、法律に規定が存在しない場合に、同第29条第3項を直接の根拠として請求をなしうるのに対し、国家賠償については、同第17条を直接の根拠として請求をなしえない。

 但し、現在では国家賠償法が存在するので、この点は、特殊な事例を除いて問題とならない。第38回 国家補償法を参照。

 次に、損失補償、国家賠償の両者とも請求権が関係するが、国家賠償請求権については受益権または国務請求権として扱われ、主に訴訟を通じての請求によることになる。これに対し、損失補償は、経済的自由権への侵害に対する補償の性質を有し、必ずしも訴訟を経なくてよいため、受益権または国務請求権としてではなく、経済的自由権の一環として扱われることになる。

 そして、侵害の性質が異なる。損失補償の場合は、国または地方公共団体による、私人の財産権に対する侵害は適法であることが前提である。また、基本的には経済的自由権にのみ関係する(生命や健康などについては争いがある)。これに対し、国家賠償制度の場合は、公務員が職務をなすに際して違法に私人の権利や利益を侵害した場合、または、公物の設置や管理に瑕疵があったために私人の権利や利益が侵害された場合に、いわば違法な結果をもたらしたことが問題となる。この場合、対象は経済的自由権に限られず、生命、身体、名誉なども含まれる。

  損失補償 国家賠償
憲法上の根拠 第29条第3項 第17条
法律に規定が存在しない場合 第29条第3項を直接の根拠として請求しうる。 第17条を直接の根拠として請求しえない。
請求権の性質 経済的自由権 受益権または国務請求権
侵害の性質 適法(基本的に経済的自由権にのみ関係する) 違法(対象は経済的自由権に限らず、生命、身体、名誉なども含まれる)

   

 2.損失補償制度の憲法上の根拠

 既に述べたように、損失補償制度の憲法上の根拠は第29条第3項である。そして、この規定の趣旨を受けて、多くの法律において損失補償に関する規定が置かれている。また、補償という語が用いられていないが実質的には損失補償が規定されている例、あるいはその逆の例などもある。しかし、法律に損失補償に関する規定が存在しない場合もある。このような規定の許容性については、かつて、判例、学説において見解が分かれていた。

 第一に、法律に規定が存在しない場合には損失補償請求権が否定される、とする見解があった。若干の下級審判決に見られたが、これは第29条第3項をプログラム規定と捉える考え方であり、妥当性を欠いている。そのため、現在、この立場を採る学説・判例は存在しない。

 第二に、損失補償に関する規定のない場合にはその法律が違憲無効となる、という見解がある。財産権の保障という趣旨を徹底するならば、この見解が妥当である。また、この見解によると、仮に法律自体を違憲無効とした場合に、補償をなした上で規制を継続するか否かを国会の意思に委ねることができる。しかし、この見解によると、過去の損害に対する補償の請求は一切できないという結果になる。また、違憲無効の法律による規制によって財産権の侵害を受けたとして国家賠償の請求がなされる可能性は否定されないが、立法権の行使に対する損害賠償請求は事実上認められないこととなる最一小判昭和60年11月21日民集39巻7号1512頁を参照

 第三に、直接、憲法第29条第3項を根拠として損失補償を請求できるとする見解がある。「第38回 国家補償法」において扱った最大判昭和43年11月27日刑集22巻12号1402頁 (河川付近地制限令違反事件、Ⅱ―252)がこの立場を採り、以後の判例、そして学説の大多数もこの見解を支持する。この説は、仮に補償を定める規定が存在しないとしても、その法律が直ちに憲法違反となる訳ではないとした上で、直接、第29条第3項を根拠にして損失補償を請求しうると述べる。この見解が妥当である。宇賀教授は、立法者が事前に補償の内容を具体的に、かつ詳細に法律に定めることはほとんど不可能であり、補償をなすという趣旨に留まる規定を作らざるをえないこと、通常生じうる損失の範囲などが必ずしも明確ではなく、要否を含めて結局は裁判所の判断を仰がざるをえないことなどを指摘している宇賀・前掲書398頁

 

 3.損失補償の要因―憲法第29条第3項にいう「公共のために用ひる」の意味

 前述の通り、憲法第29条第3項は、正当な補償の下に、特定の私有財産を「公共のために用ひることができる」と規定する。ここにいう「公共のために用ひる」の意味について、見解が分かれている。

 まず、狭義説がある。この説によると、公共事業、例えば学校、病院、鉄道、道路などの建設のために私有財産を制限ないし剥奪する場合のみを意味することとなる。

 これに対し、現在の通説・判例は広義説をとる食料緊急措置令違反事件について最大判昭和27年1月9日刑集6巻1号4頁を、農地改革について後掲最大判昭和28年12月23日の多数意見を参照。この説によると、広く社会公共のために私有財産を制限ないし剥奪することを意味することとなる。広義説が妥当であろう。以下、広義説を前提とする。

 

 4.補償の要否―「特別の犠牲」の意味

 〔1〕前提および一般論

 損失補償について法律の規定が存在する場合には、その規定に従えばよい。しかし、存在しない場合が問題となる。ここでは、まず、一般的な事柄について考察を進めていく。

 特定の個人が有する財産権に対する適法な侵害について補償を必要とするか否かについては、既に述べたように、「特別の犠牲」の有無に従って判断すべきことになる。そして、その「特別の犠牲」の意味についても、既に述べたとおりである。 そして、補償を要するか否かについて、一般的には次のように考えていくべきであろう。

 ①上述のように、財産権に対する一般的な制約は、憲法第29条第2項の問題である。このため、損失補償は不要である。同項は、そもそも損失補償の根拠にならない。

 ②しかし、道路、ダムなどの公共施設を設置するような場合には、特定の財産権者に対して、一般的な制約とは異質の「特別の犠牲」を求めざるをえない。そこで、憲法第29条第3項の適用を考える。

 ③「公共のために」特定の私有財産に関して権利を有する私人に特別の犠牲を課すことが必要である場合であっても、無償で制限ないし剥奪をなすことは、憲法第29条第1項、さらに第14条第1項の趣旨に反する 。

 但し、異説もある。

 その上で「特別の犠牲」の意味を明らかにしなければならない。これについて、通説は、次のような判断基準を示してきた。

 第一に、形式的基準である。これは、財産権に対する侵害が、広く一般人を対象としているか、それとも特定人または特定の範疇に入る人を対象にしているかを問うものである。前者であれば、財産権の内在的制約に該当するので、損失補償は不要である。これに対し、後者であれば、平等原則との関連で、財産権の侵害を当然の内在的制約としておくことはできない。

 第二に、実質的基準である。公共の用に供するための財産侵害であって、社会通念に照らし、その侵害が財産権に内在する制約として受忍されなければならない程度を超え、財産権の実質ないし本質的内容を侵すほどの強度の規制と認められるか否かを問うものである。

 そして、この二つの基準によって、客観的・総合的に判断する。判例も、それほど明確ではないものの、通説と同じ立場を採るものと思われる(後掲最大判昭和38年6月26日を参照)。

 これに対し、近年の有力説は、形式的基準を不要とし、実質的基準のみによって判断するという考え方をとる。その理由として、形式的要件が相対的なものであり櫻井敬子=橋本博之『行政法』〔第6版〕(2019年、弘文堂)389頁、とくに土地所有権については社会的な規制が強化されており、高度の規制が内在的な制約とされていること、「公共のために用ひる」の意味について広義説が一般的になっており、方法も多様化していることがあげられる。そして、次のように述べる。

 財産権の本来的効用の発揮が妨げられる場合や財産権の剥奪に至る場合には、とくに権利者に受忍を求めるべき合理的理由がない限りにおいて補償を要する。そこまで至らない規制については、財産権の性質に応じて、財産権が社会的な共同生活との調和を保つためのものであれば(建築基準法による建築制限などがあげられる)、補償は不要であり、他の特定の公益を目的とし、財産権本来の社会的効用とは関係のない規制(重要文化財の保全のための制限などがあげられる)であれば補償が必要であるこれについては、野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利『憲法Ⅰ』〔第5版〕(2006年、有斐閣)494頁【高見勝利担当】、辻村みよ子『憲法』〔第5版〕(2016年、日本評論社)261頁を参照。なお、有力説の表現については両者の、とくに後者のそれを利用していることをお断りしておく

 有力説の妥当性が強いように思われるが、実際のところ、通説と有力説との間に強い対立関係はないものと思われる同旨、宇賀・前掲書401頁。例えば、通説によっても、例えば土地所有権については実質的基準によって説明することが可能である。また、通説よりは有力説のほうが、実質的基準に関して多少とも具体性が増しているものの、完全に明確性を得られているという訳ではない。むしろ、有力説は通説をさらに具体化しようとする試みである、と理解することが可能ではなかろうか。

 そこで、具体的事例に即して検討を加える。ここでは、原田尚彦『行政法要論』〔全訂第七版補訂二版〕(2012年、学陽書房)269頁にならい、制約の態様を公用収用と公用制限とに大別しておく櫻井=橋本・前掲書389頁、芝池義一『行政法読本』〔第4版〕(2016年、有斐閣)436頁、439頁も参照

 〔2〕公用収用の場合

 特定の公益事業の用に供するために、私人の特定の財産権(例、土地の所有権)を強制的に取得し、または消滅させる(権限を行政庁に与える)ことを、公用収用という。勿論、私人の財産権を取得する際には、第一に民事上の手段によらなければならないが、これが困難であるような場合、あるいは緊急の必要性が存在する場合に、公用収用が認められるのである。

 公用収用についての一般法(的な存在)として、土地収用法がある。この他の法律にも、公用収用に関する規定が存在する。

 一般的に言うならば、収用の対象となる財産が僅少である場合を除き、補償が必要となる。但し、実際には必要性の有無が問題となることがある。これは、とくに侵害行為の目的の問題でもある。

 まず、よく取り上げられる消防法第29条の例を考える。これは破壊消防に関する規定であり、第1項は「消防吏員又は消防団員は、消化若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消火対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる」と定める。次に第2項は「消防長若しくは消防所長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、火勢、気象の状況その他周囲の事情から合理的に判断して延焼防止のためやむを得ないと認めるときは、延焼の虞がある消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる」と定める。これらの場合には消極的目的による規制と考えられるが、既に社会公共に危害を与える状態にあるし、もはや価値を持たないような状況になっているために、補償が不要とされる。

 これに対し、第3項は「消防長若しくは消防所長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、消化若しくは延焼の防止又は人命の救助のために緊急の必要があるときは、前二項に規定する消防対象物及び土地以外の消防対象物及び土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。この場合においては、そのために損害を受けた者からその損失の補償の要求があるときは、時価により、その損失を補償するものとする」と定める。この場合は、対象となる財産自体には延焼のおそれがないと認められることから、損失補償の対象となるのである。

 〔3〕公用制限の場合

 特定の公益事業の用に供するために、私人の特定の財産権に対して(公法上の)制約を課する(権限を行政庁に与える)ことを、公用制限という。私人が所有する土地などの原状を変更する行為を制限または禁止することが代表的な例である。これはさらに三種に分けられる。

 公物制限は、公の目的のために特定の物に関する利用権に対する(公法上の)制約である。文化財、史跡、名勝の保護などを目的とする。文化財保護法第43条、森林法第34条などの例がある。

 負担制限は、特定の公益事業のために必要ではないものの、その事業に供されない物の利用権に対する(公法上の)制約である。自然公園法第35条などの例がある。

 公用使用は、特定の公益事業のために、私人の財産権に対して(公法上の)使用権を設定することによる制約である。漁業法第45条、鉱業法第47条、特許法第83条などの例がある。

 公用制限の場合は、一応、財産権の制限の目的により、補償の有無が判断されることになる。 財産権の制限が財産権の本来の効用を高めるためのものであれば、補償は不要とされる。例えば、上の警察規制に該当する場合には、財産権に内在的に存在する制約であるとして、補償が不要とされる。

 ●最大判昭和38年6月26日刑集17巻5号521頁(奈良県ため池条例事件判決。Ⅱ―251)

 事案:奈良県内にある溜池は、被告人ら農民の総有となっていたが、昭和29年に奈良県が「ため池の保全に関する条例」を制定したため、溜池の堤塘における耕作が禁止された。しかし、被告人らは耕作を続けたため、条例違反に問われた。葛城簡判昭和35年10月4日刑集17巻5号572頁は被告人らに罰金刑の判決を言い渡した。しかし、大阪高判昭和36年7月13日判時276号33頁は、本件条例が憲法第29条第2項に違反すること、何らの補償もせずに財産権を制約することが同第3項にも違反するとして、被告人らを無罪とした。検察官側が上告し、最高裁判所大法廷は大阪高等裁判所判決を破棄し、同裁判所に差し戻した。

 判旨:まず、本件条例が当時の行政事務条例であり、当時の地方自治法第2条第3項第1号・第2号・第8号に定められる事務に関するものであるとして、憲法第29条第2項に違反しないとされた。その上で、溜池の堤とうを使用する行為は、溜池の破損や決壊の原因となるのであり、憲法においても民法においても「適法な財産権の行使として保障されていない」と述べている。また、本件条例第4条第2号による財産権の制約は「災害を防止し、公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ないものであり、そのような制約は」本件被告人らのような者が「当然受忍しなければならない」ものであるから、損失補償も必要としないという趣旨を述べた。

 この判決に対し、芝池義一『行政救済法講義』〔第3版〕(2006年、有斐閣)207頁は、溜池の堤塘の使用の規制について「『財産上の権利に著しい制限を加えるもの』であることを認めて」いることから「補償が必要ではないかという疑問がある」と述べている。

 また、都市計画法における市街化区域や市街化調整区域の指定による土地利用の規制、用途地域制による規制についても、損失補償が不要とされる。但し、これについては異論がある。また、都市計画法による制限は、かなりの厳しい内容であっても補償を不要とすることになるのであるが、原田・前掲書273頁は「補償の要否に関する実定法の定めが整合性を保っているかは疑問である」と述べる。そして、例として自然公園法上の保護地域に関する制限については補償が必要とされているのに対し、建築基準法による美観地区における制限には補償が不要とされていることをあげる。

 ●最三小判平成17年11月1日裁判所時報1399号1頁(Ⅱ―253)

 事案:XらがY市(盛岡市)内に所有する土地は、昭和13年3月5日付内務省告示第74号に基づいてなされた都市計画決定(旧都市計画法による)により、盛岡広域都市計画道路の路線区域内とされた。この計画道路は昭和37年度から昭和41年度までの間に事業化されるという決定もなされたが、国庫補助事業にならなかったので実現せず、昭和45年から昭和55年までの間に一部が整備されたが、Xらの土地の所在地については具体的な整備計画が存在していなかった。Xらは最初の都市計画決定がなされてから60年以上、都市計画法第53条による建築制限を受け続けたことなどが同第3条に違反するとして、Y市都市計画決定の取消請求および国家賠償法第1条第1項による慰謝料請求を、また憲法第29条第3項による損失補償請求を内容とする訴訟を提起した。盛岡地判平成13年9月28日判例集未登載は計画の取消請求を却下し、慰謝料請求および損失補償請求を棄却した。仙台高判平成14年5月30日判例集未登載も同様の判断を下した。最高裁判所第三小法廷も、Xらの上告を棄却した。

 判旨:「原審の適法に確定した事実関係の下においては」Xらが「受けた上記の損失は、一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲を超えて特別の犠牲を課せられたものということがいまだ困難であ」り、Xらは「直接憲法29条3項を根拠として上記の損失につき補償請求をすることはできないものというべきである」。

 この判決には藤田裁判官による補足意見が付されている。同裁判官は、「公共の利益を理由としてそのような制限が損失補償を伴うことなく認められるのは、あくまでも、その制限が都市計画の実現を担保するために必要不可欠であり、かつ、権利者に無補償での制限を受忍させることに合理的な理由があることを前提とした上でのことというべきであ」るとした上で、「その内容が、その土地における建築一般を禁止するものではなく、木造2階建て以下等の容易に撤去できるものに限って建築を認める、という程度のものであるとしても、これが60年をも超える長きにわたって課せられている場合に、この期間をおよそ考慮することなく、単に建築制限が上記のようなものであるということから損失補償の必要は無いとする考え方には、大いに疑問が残る」と述べている。

 この他、種類の別を問わず、補償が不要とされる例は多い(その多くは公用使用に関係する)。建築基準法や消防法などによる建築規制や、多くの営業規制法による施設規制などについては、補償の規定が存在しない。もっとも、判例の中には、当初は適法に許可を受けていたにもかかわらず、国や地方公共団体が新たな施設を建設したために私人の施設の存在が違法状態になったような場合にも、損失補償の請求を否定したものがあり、疑問が残る。

 ●最二小判昭和57年2月5日民集36巻2号127頁

 事案:X社は埼玉県比企郡Y町(小川町)において鉱山を経営していたが、Y町はX社が採掘権の認可を得ていた地域に中学校を建設する計画を立てていた。X社はY町に陳情などを行ったが、Y町は同地域の土地所有権を得た上で中学校の建設に着手した。その結果、X社は、鉱業法第64条によって同地域において鉱石を掘採することが不可能となった。このため、X社はY町に対して損害賠償請求を行ったが、浦和地熊谷支判昭和昭和53年12月19日民集36巻2号131頁は請求を棄却した。X社は控訴の際に予備的請求としてY町に対して損失補償の支払を求めたが、東京高判昭和55年9月17日民集36巻2号150頁は予備的請求も棄却した。最高裁判所第二小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「公共のためにする財産権の制限が一般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲をこえず、特定人に対し特別の犠牲を課したものでない場合には、憲法二九条三項を根拠として損失補償を請求することができない」(前掲最大判昭和38年6月26日、前掲最大判昭和43年11月27日)。「鉱業法六四条の定める制限は、鉄道、河川、公園、学校、病院、図書館等の公共施設及び建物の管理運営上支障ある事態の発生を未然に防止するため、これらの近傍において鉱物を掘採する場合には管理庁又は管理人の承諾を得ることが必要であることを定めたものにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な最小限度の制限であり、何人もこれをやむを得ないものとして当然受忍しなければならないものであつて、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、同条の規定によつて損失を被つたとしても、憲法29条3項を根拠にして補償請求をすることができないものと解するのが相当である」。

 ●最二小判昭和58年2月18日民集37巻1号59頁(Ⅱ―247)

 事案:高松市内の国道沿いで給油所を経営するYは、5基の地下埋設ガソリンタンクを、消防法に基づいて適法に設置していた。ところが、X(国)がこの給油所の近くに地下横断歩道を設置したため、Yのタンクは消防法に違反する施設になった。そこでYは移設工事を行い、損失補償の請求を行ったが、道路法第70条に基づく協議が成立しなかったので香川県収用委員会に裁決の申請をした。同委員会は損失補償金をおよそ907万円とする裁決を行ったため、Xが裁決のうちの損失補償額の部分の取消と損失補償金支払債務の不存在の確認を求めて出訴した。高松地判昭和54年2月27日行裁例集30巻2号294頁はXの請求のうちの一部のみを認めて大部分を棄却し、高松高判昭和54年9月19日行裁例集30巻9号1579頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所は、次のように述べてXの上告を認容した(Yが敗訴)。

 判旨:道路法第70条第1項による補償の対象は「道路工事の施行による土地の形状の変更を直接の原因として生じた隣接地の用益又は管理上の障害を除去するためにやむを得ない必要があってした」工作物の「新築、増築、修繕若しくは移転又は切土若しくは盛土の工事に起因する損失に限られる」。そのため「警察法規が一定の危険物の保管場所等につき保安物件との間に一定の離隔距離を保持すべきことなどを内容とする技術上の基準を定めている場合において、道路工事の施行の結果、警察違反の状態を生じ、危険物保有者が右技術上の基準に適合するように工作物の移転等を余儀なくされ、これによって損失を被ったとしても、それは道路工事の施行によって警察規制に基づく損失がたまたま現実化するに至ったにすぎず、このような損失は道路法第70条第1項による補償の対象にならない。

 上掲両判決について、宇賀・前掲書403頁も参照。

 これに対し、財産権の本来の利用目的とは別に、何らかの公益を目的とするための制限である場合には、財産権の本質的な効用を奪うものである限り、損失補償が必要とされる

 もっとも、宇賀・前掲書409頁は、自然公園法第35条第1項の「不許可補償」について「憲法上の補償説」を採るものとした上で、実際に補償がなされた事例が皆無であることを指摘する。また、法律には不許可補償を不要とすることを明文で定めるものがある(古都保存法第9条第1項ただし書き)。この点については、原田・前掲書271頁も参照。

 さらに、公用制限に関しては別の問題がある。道路、公園、庁舎などの行政財産についての占用許可の撤回に際しての、損失補償の必要性である。許可を受けた者の責任に帰すべき事由による撤回の場合には、補償は不要とされる(道路法第72条第1項、河川法第76条第1項などのように、このことを前提とする規定も存在する)。このような場合には問題がないと思われるが、逆に、公益を理由とする撤回の場合には、損失補償を認める規定が存在する場合を除いて問題となる。

 但し、類似の事例について損失補償を認める規定が存在する場合は、その規定を類推適用して損失補償を与えるべきである(後掲最三小判昭和49年2月5日)。

 かつては、公益を理由とする撤回の場合には損失補償が必要であるとする考え方が通説であった。しかし、公物使用権には撤回権の行使が内在的制約として存在するから、財産権の対価としての補償は不要である、という考え方が有力とな った。この考え方を採用したのが、次にあげる判決である。

 ●最三小判昭和49年2月5日民集28巻1号1頁(Ⅰ―90)

 事案:東京都が所有する中央卸売市場内の土地をXが借り受けた。この土地は整地されたが、使用されないうちに一部が占領軍に接収された。その後、残された1044坪のうち、55坪についてXが木造の建物を建築して喫茶店として開業したが、残りは放置された。東京都は、この土地のうちの960坪について卸売市場の用地とするため、使用許可を撤回した上で、Xに対し、木造の建物を残りの84坪の土地に移転することを命じた。Xは損失補償を請求し、東京高判昭和44年3月27日高民集22巻1号181頁は、土地の使用権価格を更地価格の60%として補償請求を認めた。東京都が上告し、最高裁第三小法廷は、次のように述べて破棄差戻判決を出した。

 判旨:当時の国有財産法第24条が損失補償の規定を置き、第19条が行政財産に準用していたことから、東京都の行政財産についても第24条の類推適用を認めるべきである。その上で、「都有行政財産たる土地につき使用許可によって与えられた使用権は、それが期間の定めのない場合であれば当該行政財産本来の用途または目的上の必要を生じたときはその時点において原則として消滅すべきであり、また、権利自体に右のような制約が内在しているものとして付与されているものとみるのが相当である」。なお、これについて例外も認められうるが、それは「使用権者が使用許可を受けるに当たりその対価の支払いをしているが当該行政財産の使用収益により右対価を償却するに足りないと認められる期間内に当該行政財産に右の必要を生じたとか、使用許可に際し別段の定めがされている等により、行政財産についての右の必要に関わらず使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存する場合に限られる」。

 この他に、次のような判決が代表的なものとして存在する。

 ●最一小判昭和63年1月21日判時1270号67頁(福原輪中堤訴訟)

 事案:Xらは愛知県内の福原輪中堤に土地を所有していた。この土地は、Y(国)が起業者となった土地収用法第20条に基づく長良川福原改修事業(昭和39年6月2日事業認定告示、同年9月21日土地細目公告)により、収用の対象となった。愛知県収用委員会はXらの土地について収用裁決および損失補償裁決を行ったが、Xらは損失補償の額が妥当でないとして争った。名古屋地判昭和53年4月28日判タ370号133頁はXらの請求を一部認めた。名古屋高判昭和58年4月27日判例集未登載は、福原輪中堤の堤防が有する文化財的価値について48万円の補償を認めたが、最高裁判所第一小法廷はこれを破棄した(その他の部分については原告の請求を認容している)。

 判旨:①「たしかに、土地の利用という面からみれば本件堤防は右基準地よりその形態等において劣ると考えられるが、本件のように堤体と敷地とが一体となって形成されている堤防そのものの客観的価格を求めるに当たっては、単にその敷地利用の面だけから評価するのは妥当でなく、その治水施設としての機能ないし有用性という面も無視できないのであって、これらの点を考えると、結局、右基準地の取引価格について減額修正をすることなく、右価格をもって本件堤防の所有権相当額(時点修正前)とした原審の認定判断は、正当として是認することができる」。

 ②「土地収用法88条にいう『通常受ける損失』とは、客観的社会的にみて収用に基づき被収用者が当然に受けるであろうと考えられる経済的・財産的な損失をいうと解するのが相当であって、経済的価値でない特殊な価値についてまで補償の対象とする趣旨ではないというべきである。もとより、由緒ある書画、刀剣、工芸品等のように、その美術性・歴史性などのいわゆる文化財的価値なるものが、当該物件の取引価格に反映し、その市場価格を形成する一要素となる場合があることは否定できず、この場合には、かかる文化財的価値を反映した市場価格がその物件の補償されるべき相当な価格となることはいうまでもないが、これに対し、例えば、貝塚、古戦場、関跡などにみられるような、主としてそれによって国の歴史を理解し往時の生活・文化等を知り得るという意味での歴史的・学術的な価値は、特段の事情のない限り、当該土地の不動産としての経済的・財産的価値を何ら高めるものではなく、その市場価格の形成に影響を与えることはないというべきであって、このような意味での文化財的価値なるものは、それ自体経済的評価になじまないものとして、右土地収用法上損失補償の対象とはなり得ないと解するのが相当である」。

 

 ▲第7版における履歴:2021年02月26日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第28回 損失補償法」として)。

            2017年11月01日、第29回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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このビートルを運転してみたかった

2021年02月25日 01時30分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

いつであったか、よく覚えていないのですが、二子玉川ライズで見て、即座に買いました。

 御覧になればおわかりでしょう。トミカです。ビートルなので買いました。実車は2012年に登場し、2019年に販売終了となりました。

 収集している訳ではないのですが、時々、ミニカーを買います。大学生時代からは、渋谷の東急プラザ5階にあったレオ、東急ハンズ渋谷店、渋谷三丁目にあるエンワなどでドイツのWikingのミニカーを買ったりしていました。VW、 BMW、メルセデス・ベンツなどです。これまた不思議なことに、購入場所は渋谷に限られます(銀座の伊東屋、目黒の権之助坂にあった模型店のワールドなどでも見ているのですが)。とくにレオにはよく足を運んでいました。本当はMerklinのHOかZを買いたかったのですが、鉄道模型では高額な上にスペースなども必要としますので、ミニカーを買っていたのです。

私が愛用しているCyber-shotのDSC-WX500で何故かピントが合わず、ぼけた写真になってしまいました。

 私がポロを買ってしばらくしてから、VW世田谷で実車を見ています。スタイルが気に入ったので買おうかと思ったのですが、車幅が大きいのが気になりました。店で尋ねたら、1.8メートルです。ゴルフと変わりません。それで、買うのをやめました。ゴルフやポロのほうが使い易いからです。

 スタイルとしてはビートルが好きですが、実車を購入したことも借りたこともありません。2005年には実車の5代目ゴルフGLiを購入する際に、当時のニュービートルもVW世田谷で見て、実際に運転席に入ってみました。しかし、ニュービートルは運転席からフロントガラスまでの距離が長く、運転しづらそうな車です。結局、5代目ゴルフGLiを選び、7年11か月ほど所持していました。燃費の良さ、ブレーキの利きの良さなどのために、今でも気に入っている車です。手放すまで故障もなかったので、大当たりの車であったのかもしれません。

 2013年にポロを購入し、現在も運転していますが、ビートルは運転してみてもよかったかな、と思っています。腕時計と同じで、スタイルで選ぶという面もあるでしょうから。

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第40回 国家賠償法第2条

2021年02月25日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.国家賠償法第2条の意義

 国家賠償法第2条は、公の営造物(例、道路、河川)の設置または管理に瑕疵があり、これによって損害が他人に生じたときに国あるいは公共団体が損害賠償の責任を負う、と定める。第1条と異なり、公権力の行使とは言えない「公の管理作用に基づく損害」についての国または公共団体の損害賠償責任を規定するのである。

 国家賠償法第2条は、基本的には民法第717条の特別法であるが、次のような違いがある。

 ①国家賠償法第2条の「公の営造物」は、民法第717条の「土地の工作物」より広い概念である。通説・判例によると、「公の営造物」には、不動産だけでなく動産も含まれる(例として、公用自動車、電気かんな、拳銃、警察犬など)。

 ここで注意しておかなければならないのは、「公の営造物」の意味である。この「公の営造物」は、行政法学上の営造物を意味せず、基本的には公物を意味する。従って、行政法学上の営造物のうち、施設的部分である有体物のみを指す。無体財産や人的施設は含まれない(大阪地判昭和61年1月27日判時1208号96頁)。

 行政法学上の営造物とは、行政主体(国や公共団体など)によって公の目的に供用される人的施設および物的施設の総合体である。例として、国公立学校、病院、図書館などがあげられる。これに対し、行政法学上の公物とは、行政主体(国や公共団体など)によって公の目的に供用される有体物である。国家賠償法第2条には、例として、人工公物としての道路、および自然公物としての河川があげられている。

 ②民法第717条には占有者免責条項があるが、国家賠償法第2条にはない。

 ③「公の営造物」の設置・管理は、事実上の状態があればよいとされる。法律上の管理権や、所有権など法律上の権原を必要としない。

 ④国家賠償法では第3条になるが、費用負担についての独自の規定がある。すなわち、国または公共団体が損害賠償責任を負う場合で、「公の営造物」の設置・管理者と費用負担者が異なるときは、費用負担者も損害賠償責任を負う。

 ⑤国家賠償法第2条にいう責任は、一般に無過失責任と言われる(内容は必ずしも明確でない)。

 ⑥国家賠償法第2条第2項により、同第1項にいう損害の原因について他に責任を負うべき者があるならば、その者に対して国または公共団体が求償権を有する。

 ●最一小判昭和59年11月29日民集38巻11号1260頁

 事案:京都府は京都市内の天神川河川改修工事を行った。それに伴い、溝渠が設置されたが、改修工事が進まず、溝渠には水が充満していた。しかし、この溝渠には転落を防止するための設備などが備えられていなかった。某日、Xの子がこの溝渠に転落し、溺死した。Xは、京都市に対して国家賠償を請求する訴訟を提起した。京都地判昭和52年3月18日民集38巻11号1269頁はXの請求を棄却したが、大阪高判昭和昭和54年5月15日判時942号53頁はXの請求を一部認容した。最高裁判所第一小法廷は、京都市の上告を棄却した。

 判旨:「国家賠償法2条にいう公の営造物の管理者は、必ずしも当該営造物について法律上の管理権ないしは所有権、賃借権等の権原を有している者に限られるものではなく、事実上の管理をしているにすぎない国又は公共団体も同条にいう管理者に含まれるものと解するのを相当とする」。京都市は本件溝渠について事実上の管理をすることになったというべきであり、「本件溝渠の管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国家賠償法二条に基づいてその損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。そして、このことは、国又は京都府が本件溝渠について法律上の管理権をもつかどうかによつて左右されるものではない」。

 ▲地方自治法第244条の2第3項にいう指定管理者〈株式会社、NPO、一般法人、公益法人などが指定されうる〉が管理する「公の営造物」が通常有すべき安全性を欠いており、それが原因で利用者に損害が生じた場合に、普通地方公共団体が損害賠償責任を負うのであろうか。この問題については、設置者が普通地方公共団体であることに変わりはないから、指定管理者が管理を行う「公の施設」において利用者に損害が生じた際には、設置者である普通地方公共団体が国家賠償法第2条第1項による損害賠償責任を負うべきであると理解されている。

 この点については、塩野宏『行政法Ⅲ行政組織法』〔第四版〕(2012年、有斐閣)227頁、村上順・白藤博行・人見剛編『新基本法コンメンタール地方自治法』(2011年、日本評論社)366頁[三野靖担当]参照。

 

 2.国家補償法第2条の瑕疵の意味

 設置・管理の瑕疵の解釈については争いがある。まず、学説の状況を概観しておこう。

 〔1〕客観説

 国家賠償法第2条のもつ特殊性を強調するのが、通説でもある「客観説」である。この説は、設置の瑕疵を、設計や構造の過程に不完全な点があること(原始的な瑕疵)と解し、管理の瑕疵を、維持・修繕・保管等に不完全な点があること(後発的な瑕疵)と解する。

 ●最一小判昭和45年8月20日民集24巻9号1268頁(高知落石事件。Ⅱ―235)

 事案:高知県内の国道56号線の或る区間においては落石が頻発しており、某日、崩土と落石が生じてトラックの助手席に座っていた青年が即死した。その両親が原告となって国と高知県に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した。一審判決(高知地判昭和39年12月3日下民集15巻12号2865頁)は請求を認容する判決を下し、控訴審判決(高松高判昭和42年5月12日高民集20巻3号234頁)は国および高知県の控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷も国および高知県の上告を棄却した。

 判旨:「本件道路には従来山側から屡々落石があり、さらに崩土さえも何回かあつたのであるから、いつなんどき落石や崩土が起こるかも知れず、本件道路を通行する人および車はたえずその危険におびやかされていたにもかかわらず、道路管理者においては、『落石注意』等の標識を立て、あるいは竹竿の先に赤の布切をつけて立て、これによつて通行車に対し注意を促す等の処置を講じたにすぎず、本件道路の右のような危険性に対して防護柵または防護覆を設置し、あるいは山側に金網を張るとか、常時山地斜面部分を調査して、落下しそうな岩石があるときは、これを除去し、崩土の起こるおそれのあるときは、事前に通行止めをする等の措置をとつたことはない、というのである。(中略)かかる事実関係のもとにおいては、本件道路は、その通行の安全性の確保において欠け、その管理に瑕疵があつたものというべきである」。また、「本件道路における防護柵を設置するとした場合、その費用の額が相当の多額にのぼり、上告人県としてその予算措置に困却するであろうことは推察できるが、それにより直ちに道路の管理の瑕疵によつて生じた損害に対する賠償責任を免れうるものと考えることはできない」。従って、「本件事故は道路管理に瑕疵があつたため生じたものであり、上告人国は国家賠償法2条1項により、上告人県は管理費用負担者として同法3条1項により損害賠償の責に任ずべきことは明らかである」。

 〔2〕折衷説

 公物の物的欠陥(客観説の内容)に公物管理者の行為責任(安全管理義務)を含めるのが、折衷説である。この説によると、例えば次に示す判決のように、山崩れなどによって通行に危険が生じることを的確に予想せず、通行止めなどの措置をとらなかったために事故が発生したという場合にも、賠償責任が生じることになる。

 ●名古屋高判昭和49年11月20日判時761号18頁(飛騨川バス転落事件)

 事案:昭和43年8月、観光バス2台が岐阜県内の国道41号線に駐車していたところ、付近で発生した土石流に2台とも押し流されて飛騨川に転落・水没した。その結果、104名が死亡した。遺族らが損害賠償請求訴訟を提起し、一審判決(名古屋地判昭和48年3月30日判時700号3頁)は遺族らの請求を一部認容したが、控訴した。名古屋高等裁判所は、原判決を一部変更した上で、遺族らの請求を認容した。なお、当時、通行止めなどの措置はとられていなかった。

 判旨:「国道41号は、その設置(改良)に当たり、防災の見地に立つて、使用開始後の維持管理上の問題点につき、詳細な事前調査がなされたとは認め難く、そのため崩落等の危険が十分に認識せられなかつたため、その後における防災対策や道路管理上重要な影響を及ぼし、防護対策および避難対策の双方を併用する立場からの適切妥当な道路管理の方法が取られていなかつたもので、国道41号の管理には、交通の安全を確保するに欠けるところがあり、道路管理に瑕疵があつたものといわなければならない。そして、本件事故は右管理の瑕疵があつたために生じたものであるから、被控訴人は国家賠償法2条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある」。

 〔3〕主観説(義務違反説)

 民法第715条との密接な関係を重視して不法行為責任と解する「義務違反説」は、設置・管理の瑕疵を公物管理者の安全確保義務違反と考える。この見方によると、公物に物的欠陥があったとしても、公物管理者の安全確保義務違反が存在しなければ賠償責任を問えないことになる。

 ●最一小判昭和50年6月26日民集29巻6号851頁

 事案:奈良県桜井市内で県道の掘穿(くっせん)工事が行われており、その現場には工事標識板、バリケードおよび赤色灯標柱が設置されていたが、それらは先行する車によって倒され、赤色点滅灯も消えていた。その直後、車で通りかかったAが気づいてハンドルを切ったが間に合わず、道路付近の田に転落し、同乗していたBが死亡するという事故が発生した。Bの遺族であるXらは、県道の管理者である奈良県に県道の管理の瑕疵があったとして損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(奈良地判昭和45年3月16日交通事故民事裁判例集3巻2号398頁)はXらの請求を棄却し、控訴審判決(大阪高判昭和46年5月31日交通事故民事裁判例集8巻3号599頁)はXらの控訴を棄却した。最高裁場所第一小法廷もXらの上告を棄却した。

 判旨:本件事実関係に照らせば「本件事故発生当時、被上告人において設置した工事標識板、バリケード及び赤色灯標柱が道路上に倒れたまま放置されていたのであるから、道路の安全性に欠如があつたといわざるをえないが、それは夜間、しかも事故発生の直前に先行した他車によつて惹起されたものであり、時間的に被上告人において遅滞なくこれを原状に復し道路を安全良好な状態に保つことは不可能であつたというべく、このような状況のもとにおいては、被上告人の道路管理に瑕疵がなかつたと認めるのが相当である」。

 ●最三小判平成22年3月2日判時2076号44頁

 事案:平成13年10月8日、北海道縦貫自動車道函館名寄線を自動車で走行していたAは、中央分離帯付近から飛び出してきた狐との衝突を避けようとしてハンドルを切った。その結果、Aの乗用車は中央分離帯に衝突して車道上で停止した。そこにBが運転する自動車が追突し、Aが死亡した。Aの遺族であるXらは、Bに対して損害賠償を、道路管理者であるY(日本道路公団。平成17年10月1日に東日本高速道路株式会社が承継)に対して国家賠償を請求する訴訟を提起した。一審判決(札幌地判平成19年7月13日判例集未登載)はYに対する請求を棄却したが、控訴審判決(札幌高判平成20年4月18日裁判所ウェブサイト)はYに対する請求の一部を認容した。Yが上告し、最高裁判所第三小法廷はXらの請求を全て棄却した。

 判旨:①「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該営造物の使用に関連して事故が発生し、被害が生じた場合において、当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは、その事故当時における当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきである」(前掲最一小判昭和45年8月20日、後掲最三小判昭和53年7月4日を参照)。

 ②「本件道路には有刺鉄線の柵と金網の柵が設置されているものの、有刺鉄線の柵には鉄線相互間に20cmの間隔があり、金網の柵と地面との間には約10cmの透き間があったため、このような柵を通り抜けることができるキツネ等の小動物が本件道路に侵入することを防止することはできなかったものということができる。しかし、キツネ等の小動物が本件道路に侵入したとしても、走行中の自動車がキツネ等の小動物と接触すること自体により自動車の運転者等が死傷するような事故が発生する危険性は高いものではなく、通常は、自動車の運転者が適切な運転操作を行うことにより死傷事故を回避することを期待することができるものというべきである。このことは、本件事故以前に、本件区間においては、道路に侵入したキツネが走行中の自動車に接触して死ぬ事故が年間数十件も発生していながら、その事故に起因して自動車の運転者等が死傷するような事故が発生していたことはうかがわれず、北海道縦貫自動車道函館名寄線の全体を通じても、道路に侵入したキツネとの衝突を避けようとしたことに起因する死亡事故は平成6年に1件あったにとどまることからも明らかである」。

 ③「これに対し、本件資料(−日本道路公団が平成元年に発行した「高速道路と野生動物」。引用者注)に示されていたような対策が全国や北海道内の高速道路において広く採られていたという事情はうかがわれないし、そのような対策を講ずるためには多額の費用を要することは明らかであり、加えて、前記事実関係によれば、本件道路には、動物注意の標識が設置されていたというのであって、自動車の運転者に対しては、道路に侵入した動物についての適切な注意喚起がされていたということができる」。

 〔4〕学説の状況を踏まえての一般論

 このような状況であるが、判例は、事案などによって見解を異にするようであり、決定的な見解はない。また、どの説が妥当であるかということよりも、事案の妥当な解決に向けた解釈を採用すべきであろう。

 とりあえず、一般論として、次のことを指摘しうる。

 a.国家賠償法第2条に定められた責任は単なる結果責任ではない。

 b.従って、条文上は、瑕疵を判断する際に、公物の客観的状態以外の要素も考慮しうる。

 c.公物の状況や性質により、瑕疵の有無や性質は異なりうる。

  c−1.公物の本来の用法に従えば損害は生じない場合、すなわち、本来の用法に従わなかったために損害が生じた場合であれば、設置または管理に瑕疵はないことになりうる〔後掲最三小判昭和53年7月4日、後掲最三小判平成5年3月30日〕。

  c−2.公物の本来の用法に従えば、利用者にとっての損害は生じないが、第三者(例えば近隣住民)に被害が発生した場合には、設置または管理に瑕疵はあるということになりうる。

 d.その上で、次のように定式化されている。

 ①「営造物」(公物)が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性がある状態にあれば、瑕疵が存在すると言いうる〔後に取り上げる大阪空港訴訟最高裁判決において述べられていることで、後掲最一小判昭和59年1月26日においても述べられている〕。

 ②このような瑕疵の存否は「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき」である(これは後掲最三小判昭和53年7月4日において述べられていることで、後掲最一小判昭和59年1月26日および後掲最三小判平成5年3月30日においても述べられている)。

 

 3.道路の設置・管理の瑕疵

 道路については、通常有すべき安全性の他、無過失責任および予算抗弁の排斥が原則とされる。その旨を示すものとして、既に取り上げたものの他に次のような判決がある。

 ●最三小判昭和50年7月25日民集29巻6号1136頁(Ⅱ―236)

 事案:和歌山県内の国道170号に故障車がおよそ87時間にわたって放置された(このことを警察署は知っていたが、土木事務所は知らなかった)。この故障車に時速60キロメートルで走行していた原動機付自転車が衝突し、運転していたAが死亡した。Xら(両親)は、故障車を運転していたY1、この故障車の持ち主Y2、および国道を管理するY3(和歌山県)に対して損害賠償を請求した。一審判決(和歌山地妙寺支判昭和45年6月27日交通事故民事裁判例集3巻3号954頁)は、Y1およびY2に対する請求の一部を認めた(確定)がY3に対する請求を棄却した(控訴)。控訴審判決(大阪高判昭和47年3月28日判時675号58頁)はY3に対する請求の一部を認めた。Y3は上告したが、最高裁判所第三小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努める義務を負うところ(道路法42条)、前記事実関係に照らすと、同国道の本件事故現場付近は、幅員7.5メートルの道路中央線付近に故障した大型貨物自動車が87時間にわたつて放置され、道路の安全性を著しく欠如する状態であつたにもかかわらず、当時その管理事務を担当する橋本土木出張所は、道路を常時巡視して応急の事態に対処しうる監視体制をとつていなかつたために、本件事故が発生するまで右故障車が道路上に長時間放置されていることすら知らず、まして故障車のあることを知らせるためバリケードを設けるとか、道路の片側部分を一時通行止めにするなど、道路の安全性を保持するために必要とされる措置を全く講じていなかつたことは明らかであるから、このような状況のもとにおいては、本件事故発生当時、同出張所の道路管理に瑕疵があつたというのほかなく、してみると、本件道路の管理費用を負担すべき上告人は、国家賠償法2条及び3条の規定に基づき、本件事故によつて被上告人らの被つた損害を賠償する責に任ずべきであり、上告人は、道路交通法上、警察官が道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、道路の交通に起因する障害の防止に資するために、違法駐車に対して駐車の方法の変更・場所の移動などの規制を行うべきものとされていること(道路交通法1条、51条)を理由に、前記損害賠償責任を免れることはできないものと解するのが、相当である」。

 この他、前掲最一小判昭和50年6月26日、前掲名古屋高判昭和49年11月20日、東京高判平成5年6月24日判時1462号46頁・73頁(日本坂トンネル事故訴訟)を参照。

 

 4.河川管理の瑕疵

 道路は人工公物であるが、河川は自然公物であると、一応は分けることができる。国家賠償法第2条には河川が例示されているが、水害については設置・管理の瑕疵を認めることは可能であろうか。そして、河川は自然公物であることから、人工公物である道路などとは性質が違うということになるのであろうか。

 ●最一小判昭和59年1月26日民集38巻2号53頁(大東水害訴訟最高裁判決。Ⅱ―237)

 事案:昭和47年7月、大阪府大東市にある未改修河川が集中豪雨のために氾濫したため(溢水型水害)、床上浸水などの被害を受けた住民が、河川管理者である国、河川管理の費用負担者である大阪府、および排水路の管理者で大東市に対して、国家賠償法第2条および第3条により損害賠償を請求した。一審判決(大阪地判昭和51年2月19日判時805号18頁)および控訴審判決(大阪高判昭和52年12月20日判時876号16頁)は三者の管理責任を肯定したが、最高裁判所第一小法廷は破棄差戻判決を下した。

 判旨:まず、次のように一般的前提が述べられる(いわゆる大東基準)。

 ①「国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい」(後掲最大判昭和56年12月16日を参照)、「かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである」(後掲最三小判昭和53年7月4日を参照)。

 ②「河川の管理については、(中略)道路その他の営造物の管理とは異なる特質及びそれに基づく諸制約が存するのであつて、河川管理の瑕疵の存否の判断にあたつては、右の点を考慮すべきものといわなければならない。すなわち、河川は、本来自然発生的な公共用物であつて、管理者による公用開始のための特別の行為を要することなく自然の状態において公共の用に供される物であるから、通常は当初から人工的に安全性を備えた物として設置され管理者の公用開始行為によつて公共の用に供される道路その他の営造物とは性質を異にし、もともと洪水等の自然的原因による災害をもたらす危険性を内包しているものである。したがつて、河川の管理は、道路の管理等とは異なり、本来的にかかる災害発生の危険性をはらむ河川を対象として開始されるのが通常であつて、河川の通常備えるべき安全性の確保は、管理開始後において、予想される洪水等による災害に対処すべく、堤防の安全性を高め、河道を拡幅・掘削し、流路を整え、又は放水路、ダム、遊水池を設置するなどの治水事業を行うことによつて達成されていくことが当初から予定されているものということができるのである。この治水事業は、もとより一朝一夕にして成るものではなく、しかも全国に多数存在する未改修河川及び改修の不十分な河川についてこれを実施するには莫大な費用を必要とするものであるから、結局、原則として、議会が国民生活上の他の諸要求との調整を図りつつその配分を決定する予算のもとで、各河川につき過去に発生した水害の規模、頻度、発生原因、被害の性質等のほか、降雨状況、流域の自然的条件及び開発その他土地利用の状況、各河川の安全度の均衡等の諸事情を総合勘案し、それぞれの河川についての改修等の必要性・緊急性を比較しつつ、その程度の高いものから逐次これを実施していくほかはない。(中略)河川の管理には、以上のような諸制約が内在するため、すべての河川について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水害を未然に防止するに足りる治水施設を完備するには、相応の期間を必要とし、未改修河川又は改修の不十分な河川の安全性としては、右諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性をもつて足りるものとせざるをえないのであつて、当初から通常予測される災害に対応する安全性を備えたものとして設置され公用開始される道路その他の営造物の管理の場合とは、その管理の瑕疵の有無についての判断の基準もおのずから異なつたものとならざるをえない」。前掲最一小判昭和45年8月20日は、「河川管理の瑕疵については当然には妥当しない」。

 ▲上記に引用したところを要約すると、次のようになる。

 a.「営造物の設置又は管理」の瑕疵は、「営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態」である。

 b.瑕疵の存否は「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである」。

 c.河川が「通常予測し、かつ、回避しうる水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるに至っていないとしても、直ちに河川管理に瑕疵があるとすることはでき」ない。従って、「河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する安全性をもって足りる」。

 d.河川の管理についての瑕疵の有無は、「諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理に置ける財政的、技術的および社会的諸制約の下での同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきである」。

 以上のことから、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、その計画が上記の基準に照らして格別不合理なものと認められないときには、特段の事由が生じない限りは、その部分について改修が未だ行われていないとの一事を以て河川管理に瑕疵があるとすることはできない、ということになるであろう。

 大東基準は「改修の不十分な河川」の溢水水害に関するものである。それでは、この基準が、改修済み河川、あるいは改修完了部分において発生した破堤水害にも適用されるのであろうか。

 ●多摩川水害訴訟(最一小判平成2年12月13日民集44巻9号1186頁。Ⅱ―238)

 事案:テレビドラマの題材にもなった有名な事件である。昭和49年8月30日から9月1日にかけての豪雨によって多摩川が増水し、同水系の工事実施基本計画により改修や整備が必要とされていなかった箇所の堤防が計画高水流量の規模の洪水により破壊され、家屋の流出などに至った(破堤型水害)。東京地判昭和54年1月25日判時913号3頁は原告らの請求を認めたが、東京高判昭和62年8月31日判時1247号3頁は大東基準をストレートに適用して原告らの請求を棄却した。そのため、原告らが上告し、最高裁判所第一小法廷は本件を東京高等裁判所に差戻した。

 判旨:①「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、このような瑕疵の存在については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである。ところで、河川は、当初から通常有すべき安全性を有するものとして管理が開始されるものではなく、治水事業を経て、逐次その安全性を高めてゆくことが予定されているものであるから、河川が通常予測し、かつ、回避し得る水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるに至っていないとしても、直ちに河川管理に瑕疵があるとすることはできず、河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する安全性をもって足りるものとせざるを得ない。そして、河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理における財政的、技術的及び社会的諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である」〔前掲最一小判昭和59年1月26日、最一小判昭和60年3月28日民集39巻2号333頁(加茂川水害訴訟)〕。

 ②「本件河川部分については、基本計画が策定された後において、これに定める事項に照らして新規の改修、整備の必要がないものとされていたというのであるから、本件災害発生当時において想定された洪水の規模は、基本計画に定められた計画高水流量規模の洪水であるというべきことになる。また、本件における問題は、本件堰及びその取付部護岸の欠陥から本件河川部分において破堤が生じたことについて、本件堰を含む全体としての本件河川部分に河川管理の瑕疵があったかどうかにある。したがって、本件における河川管理の瑕疵の有無を検討するに当たっては、まず、本件災害時において、基本計画に定める計画高水流量規模の流水の通常の作用により本件堰及びその取付部護岸の欠陥から本件河川部分において破堤が生ずることの危険を予測することができたかどうかを検討し、これが肯定された場合には、右予測をすることが可能となった時点を確定した上で、右の時点から本件災害時までに前記判断基準に示された諸制約を考慮しても、なお、本件堰に関する監督処分権の行使又は本件堰に接続する河川管理施設の改修、整備等の各措置を適切に講じなかったことによって、本件河川部分が同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を欠いていたことになるかどうかを、本件事案に即して具体的に判断すべきものである」。

 ▲上記に引用したところを要約すると、次のようになる。 この判決は、一般論として大東基準を承認するが、ストレートに適用していない。

 a.工事基本計画が策定され、その計画に準拠して改修・整備がなされ、またはその計画に準拠して新規の改修・整備の必要がないものとされた河川の改修・整備の段階に対応する安全性とは、「同計画に定める規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性をいう」。

 b.「許可工作物の存在する河川部分における河川管理の瑕疵の有無は、当該河川部分の全体について、前記判断基準の示す安全性を備えていると認められるかどうかによって判断すべきであ」る。

 c.「本件における河川管理の瑕疵の有無を検討するに当たっては、まず、本件災害時において、基本計画に定める計画高水流量規模の流水の通常の作用により本件堰及びその取り付け部護岸の欠陥から本件河川部分において破提が生ずることの危険を予測することができたかどうかを検討し、これが肯定された場合には、右予測をすることが可能となった時点を確定した上で、右の時点から本件災害時までに前記判断基準に示された諸制約を考慮しても、なお、本件堰に関する監督処分権の行使又は本件堰に接続する河川管理施設の改修、整備等の各措置を適切に講じなかったことによって、本件河川部分が同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を欠いていたことになるかどうかを、本件事案に即して具体的に判断すべきである」と述べた。

 d.「基本計画の下で改修が完了した河川部分」を「改修の不十分な河川」と同一視しえない。

 e.管理の対象が許可工作物であるか河川管理施設であるかによって河川管理の特質、および、これに伴う諸制約の程度に著しい差異があるとはいえない。

 このことから、大東基準は破堤水害には適用されない部分がある、ということになる。

 

 5.供物関連瑕疵

 ●最大判昭和56年12月16日民集35巻10号1369頁(大阪空港訴訟最高裁判決。Ⅱ―149・241)

 事案:大阪空港の近隣住民が、大阪空港の夜間(21時から翌日の7時まで)の使用差止め、および過去および将来に係る損害賠償の支払いを求めた民事訴訟である。一審判決(大阪地判昭和49年2月27日判時729号3頁)および控訴審判決(大阪高判昭和50年11月27日判時797号36頁)は近隣住民の請求を認めたために、国が上告した。

 判旨:最高裁判所大法廷は、差止請求につき、国営空港の運営に、運輸大臣(当時)に与えられた「航空行政権」という公権力の行使を本質的内容とする権限があり、民事訴訟による請求は認められないと述べて、国の上告を認容し、近隣住民の請求を却下した。一方、損害賠償請求については国の上告を棄却し、近隣住民の請求を、過去の分についての損害賠償に関してのみ認容した。国家賠償法第2条第1項にいう瑕疵については「営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいう」とした上で、次のように述べる。 「そこにいう安全性の欠如、すなわち、他人に危害を及ぼす危険性のある状態とは、ひとり当該営造物を構成する物理的、外形的な欠陥ないし不備に」より危害を生じさせる危険性がある場合のみでなく、「その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含み、また、その危害は、営造物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれをも含むべきである。すなわち、当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくとも、これを超える利用によって危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて右営造物の設置、管理には瑕疵があるというを妨げず」、国家賠償法第2条の責任が免れられうる訳ではない。

 「航空行政権」を理由として近隣住民の請求を却下した点については、4人の裁判官による反対意見がある。なお、この判決のためであろうか、新潟空港訴訟(最二小判平成元年2月17日民集43巻2号57頁。Ⅱ―192)では、行政事件訴訟法に定められる取消訴訟が用いられた。

 ▲この判決によると、営造物利用の態様および程度が一定の限度に留まる限りにおいては危害が生ずるおそれがなくとも、その限度を超える利用によって危害が生ずるおそれがある状況が存在する場合も、営造物の設置・管理に瑕疵があるといえる。そして、公共性の高い事業が地域住民にもたらした公害について国の損害賠償責任を認めたが、将来の損害賠償請求については否定している。また、騒音被害が著しくなってから転入した者の慰謝料請求も否定している。

 ●最二小判平成7年7月7日民集49巻7号1870頁・2599頁

 事案:兵庫県内の国道43号および阪神高速道路を走行する自動車による騒音、振動、大気汚染によって被害を受けたとして、近隣住民が騒音や二酸化窒素の侵入差止めや損害賠償を請求した事件である。一審判決(神戸地判昭和61年7月17日判時1203号1頁)は、差止請求を不適法として却下したが、損害賠償請求については認容した。控訴審判決(大阪高判平成4年2月20日判時1415号3頁)は、差止請求を棄却し、損害賠償請求については認容した(一部変更があった)。最高裁判所第二小法廷は、差止請求を棄却する一方、過去に関する損害賠償について被告の国および阪神高速道路公団の上告を棄却した。

 判旨:①「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態、すなわち他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいうのであるが、これには営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連においてその利用者以外の第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含むものであり、営造物の設置・管理者において、このような危険性のある営造物を利用に供し、その結果周辺住民に社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じた場合には、原則として同項の規定に基づく責任を免れることができないものと解すべきである」(前掲最大判昭和56年12月16日)。「そして、道路の周辺住民から道路の設置・管理者に対して同項の規定に基づき損害賠償の請求がされた場合において、右道路からの騒音、排気ガス等が右住民に対して現実に社会生活上受忍すべき限度を超える被害をもたらしたことが認定判断されたときは、当然に右住民との関係において右道路が他人に危害を及ぼす危険性のある状態にあったことが認定判断されたことになるから、右危険性を生じさせる騒音レベル、排気ガス濃度等の最低基準を確定した上でなければ右道路の設置又は管理に瑕疵があったという結論に到達し得ないものではない」。

 ②「国家賠償法2条1項は、危険責任の法理に基づき被害者の救済を図ることを目的として、国又は公共団体の責任発生の要件につき、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときと規定しているところ、所論の回避可能性があったことが本件道路の設置又は管理に瑕疵を認めるための積極的要件になるものではないと解すべきである」。

 ③「営造物の供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となり、営造物の設置・管理者において賠償義務を負うかどうかを判断するに当たっては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものである」。

 

 6.予測できない行動による事故

 ●最三小判昭和53年7月4日民集32巻5号809頁

 事案:Xは、満6歳であった某日に神戸市内の道路で遊んでいた。その道路に防護柵が設けられていて、Xは道路の防護柵に設けられた手摺に後ろ向きに座ったところ、体のバランスを失い、道路の下にある県立高校の校庭に転落し、頭蓋骨陥没骨折などの傷害を負った。Xは神戸市に対する損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(神戸地判昭和48年8月9日判時763号79頁)はXの請求を一部認容したが、控訴審判決(大阪高判昭和52年10月14日判時882号59頁)はXの請求を棄却した。最高裁判所第三小法廷も、Xの上告を棄却した。

 判旨:「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理に瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものであるところ、(中略)本件防護柵は、本件道路を通行する人や車が誤つて転落するのを防止するために被上告人によつて設置されたものであり、その材質、高さその他その構造に徴し、通行時における転落防止の目的からみればその安全性に欠けるところがないものというべく、上告人の転落事故は、同人が当時危険性の判断能力に乏しい六歳の幼児であつたとしても、本件道路及び防護柵の設置管理者である被上告人において通常予測することのできない行動に起因するものであつたということができる。したがつて、右営造物につき本来それが具有すべき安全性に欠けるところがあつたとはいえず、上告人のしたような通常の用法に即しない行動の結果生じた事故につき、被上告人はその設置管理者としての責任を負うべき理由はないものというべきである」。

 ●最三小判平成5年3月30日民集47巻4号3226頁(Ⅱ―240)

 事案:Xは、その子Aなどとともに某中学校へ行き、校庭でテニスをしていた。Aは校庭で遊んでいたが、テニスコートにある審判台に昇り、背当ての鉄パイプを両手で握って後部から降りようとしたため、審判台が転倒し、Aは下敷きとなって脳挫傷のために死亡した。XはY町に対して損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(仙台地判昭和59年9月18日判タ542号249頁)はXの請求を一部認容した。Y町は控訴したが、控訴審判決(仙台高判昭和60年11月20日民集47巻4号3253頁)は控訴を棄却した。Y町が上告し、最高裁判所第三小法廷は上告を認容し、Xの請求を棄却した。

 判旨:「国家賠償法2条1項にいう『公の営造物の設置又は管理に瑕疵』があるとは、公の営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右の安全性を欠くか否かの判断は、当該営造物の構造、本来の用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである」(前掲最一小判昭和45年8月20日、前掲最三小判昭和53年7月4日を参照)。「テニスの審判台は、審判者がコート面より高い位置から競技を見守るための設備であり、座席への昇り降りには、そのために設けられた階段によるべきことはいうまでもなく、審判台の通常有すべき安全性の有無は、この本来の用法に従った使用を前提とした上で、何らかの危険発生の可能性があるか否かによって決せられるべきものといわなければならない」。また、「公立学校の校庭が開放されて一般の利用に供されている場合、幼児を含む一般市民の校庭内における安全につき、校庭内の設備等の設置管理者に全面的に責任があるとするのは当を得ないことであり、幼児がいかなる行動に出ても不測の結果が生じないにようにせよというのは、設置管理者に不能を強いるものといわなければなら」ない。また、「公の営造物の設置管理者は、(中略)審判台が本来の用法に従って安全であるべきことについて責任を負うのは当然として、その責任は原則としてこれをもって限度とすべく、本来の用法に従えば安全である営造物について、これを設置管理者の通常予測し得ない異常な方法で使用しないという注意義務は、利用者である一般市民の側が負うのが当然であり、幼児について、異常な行動に出ることがないようにさせる注意義務は、もとより、第一次的にその保護者にあるといわなければならない」。

 

 7.技術の進歩、改修・修繕など

 ●最三小判昭和61年3月25日民集40巻2号472頁(Ⅱ―239)

 事案:昭和48年某日、大阪環状線福島駅のホームから視力障害者の原告が転落し、電車に轢かれて重傷を負った。原告は、この駅に点字ブロックが設置されていなかったことが事故につながったなどとして、国鉄に対して損害賠償を請求した。大阪地判昭和55年12月2日判タ437号89頁は原告の請求を一部認め、大阪高判昭和58年6月29日判時1094号37頁は全面的に認めたが、最高裁判所第三小法廷は破棄差戻判決を下した。

 判旨:「国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいい、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである」(前掲最大判昭和56年12月16日、前掲最三小判昭和53年7月4日、最一小判昭和59年1月26日を参照)。「点字ブロツク等のように、新たに開発された視力障害者用の安全設備を駅のホームに設置しなかつたことをもつて当該駅のホームが通常有すべき安全性を欠くか否かを判断するに当たつては、その安全設備が、視力障害者の事故防止に有効なものとして、その素材、形状及び敷設方法等において相当程度標準化されて全国的ないし当該地域における道路及び駅のホーム等に普及しているかどうか、当該駅のホームにおける構造又は視力障害者の利用度との関係から予測される視力障害者の事故の発生の危険性の程度、右事故を未然に防止するため右安全設備を設置する必要性の程度及び右安全設備の設置の困難性の有無等の諸般の事情を総合考慮することを要するものと解するのが相当である」。 

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 国家賠償法第2条」として2020年12月23日07時00分00秒付で掲載し、修正の上、2021年02月24日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月26日掲載(「第27回 国家賠償法第2条」として)。

            2017年11月01日、第28回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第39回 国家賠償法の構造/国家賠償法第1条

2021年02月24日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.国家賠償法の位置づけ

 大日本帝国憲法第61条は「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ掛テ受理スルノ限ニ在ラス」と定めていたが、国家賠償に関する扱いについては不明確であった。第60条に従い、行政裁判所法が制定されたが、同法は、行政裁判所への国家賠償請求を規定しておらず、このためもあって憲法上不可能とされた。そして、国家無答責の法理(主権無答責の法理)が支配的であり、権力的行為についてはこの法理が貫徹され、民法による不法行為責任も認められなかった。他方、徳島市遊動円棒事件に関する大判大正5年6月1日民録22輯1088頁以来、権力的活動でない行為については民法による不法行為責任が認められた。

 日本国憲法は、国家無答責の法理を否定し、第17条によって国家賠償請求権を規定した。もっとも、前述のように同条自体はプログラム規定であると理解されたのであるが、国家賠償法が制定され、特殊な場合を除いて法的に解決をみた。

 

 2.国家賠償法の構造

 〔1〕国家賠償法第1条

 同条は、国家の公権力の行使に携わる公務員が違法な行為を行ったことが原因で私人に損害が生じた場合の規定である。また、同条は民法第709条および第715条に対応するが、これらの規定に対する特別法であるか否かについては議論がある。いずれにせよ、国家賠償法第1条第1項が適用される場合には民法第709条または第715条の適用がない。

 ●最一小判平成19年1月25日民集61巻1号1頁(Ⅱ-232)

 事案:Xは、平成4年1月10日、Y1(愛知県)が行った児童福祉法第27条1項3号に基づく措置(3号措置)により、Y2(社会福祉法人)が運営する児童養護施設に入所した。平成10年1月11日、Xは同施設に入所していた他の児童から、後遺症が残るほどの暴行を受けた。そこで、Xは、この施設の施設長および職員が保護監督義務を懈怠したとして、Y1に対して国家賠償を、Y2に対して民法第715条に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起した。一審判決(名古屋地判平成16年11月12日民集61巻1号41頁)は、Y1に対する請求の一部を認め、Y2に対する請求は棄却した。控訴審判決(名古屋高判平成17年9月29日民集61巻1号67頁)は、Y1に対する請求については一審判決の判断を支持したが、Y2に対する請求については一部を認容した。最高裁判所第一小法廷は、Y1の上告を棄却し、Y2の上告を認容した。

 判旨:①国家賠償法第1条第1項の適用に関して;児童福祉法の規定および趣旨に照らすと、「3号措置に基づき児童養護施設に入所した児童に対する関係では、入所後の施設における養育監護は本来都道府県が行うべき事務であり、このような児童の養育監護に当たる児童養護施設の長は、3号措置に伴い、本来都道府県が有する公的な権限を委譲されてこれを都道府県のために行使するものと解される」から、「都道府県による3号措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員等による養育監護行為は、都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である」。

 ②民法第715条の適用に関して;「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される」〔最三小判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁(Ⅱ−242)および最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁(Ⅱ−235)を参照〕。従って、「国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合であっても、当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して同項に基づく損害賠償責任を負う場合には、被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず、使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である」。

 〔2〕国家賠償法第2条

 同条は、公の施設(法文では「営造物」)の設置または管理に瑕疵があった場合の規定であり、民法第717条に対する特別法である。

 〔3〕国家賠償法第3条

 同条第1項は、事業の管理主体と費用負担者が異なる場合に、その両者に対して国家賠償請求をなしうるとする規定である(道路法や河川法などを参照)。

 また、同条第2項は求償権に関する規定である。

 ●最三小判昭和50年11月28日民集29巻10号1754頁(Ⅱ―242)

 事案:Xは、某県にある某国立公園特別地域内にある周回路を歩いていたが、その周回路の途中にあった橋から足を踏み外して転落し、複数の後遺症が残る重傷を負った。Xは、周回路の設置・管理に瑕疵があったために転落事故の被害を受けたとして、Y1(国)、Y2(三重県)およびY3(熊野市)に損害賠償を請求した。大阪地判昭和46年12月7日下民集22巻11・12号1175頁はXの請求を認めた。大阪高判昭和46年5月30日判時717号56頁はY1、Y2およびY3の控訴を棄却したが、Y1については国家賠償法第3条第1項による責任を認めたため、Y1が上告した。最高裁判所第三小法廷は、Y1の上告を棄却した。なお、事実認定によると、周回路自体はY2の設置・管理に属していたが、Y1が補助金として負担した費用は二分の一ほどの割合であった。

 判旨:国家賠償法第3条第1項にいう「設置若しくは管理の費用を負担する者」には、「当該営造物の設置費用につき法律上負担義務を負う者のほか、この者と同等もしくはこれに近い設置費用を負担し、実質的にはこの者と当該営造物による事業を共同して執行していると認められる者であつて、当該営造物の瑕疵による危険を効果的に防止しうる者も含まれると解すべきであ」る。従って、「公の営造物の設置者に対してその費用を単に贈与したに過ぎない者は同項所定の設置費用の負担者に含まれるものではないが、法律の規定上当該営造物の設置をなしうることが認められている国が、自らこれを設置するにかえて、特定の地方公共団体に対しその設置を認めたうえ、右営造物の設置費用につき当該地方公共団体の負担額と同等もしくはこれに近い経済的な補助を供与する反面、右地方公共団体に対し法律上当該営造物につき危険防止の措置を請求しうる立場にあるときには、国は、同項所定の設置費用の負担者に含まれるものというべきであり、右の補助が地方財政法一六条所定の補助金の交付に該当するものであることは、直ちに右の理を左右するものではないと解すべきである」。

 〔4〕国家賠償法第4条

 同条は、民法の適用に関する規定である。また、他の法律を適用する場合について、国家賠償法第5条の規定がある。

 〔5〕国家賠償法第6条

 同条は相互保証に関する規定である。ここで相互保証とは、日本国内で外国人が被害者である場合、その被害者の国籍国に日本と同様の賠償制度が存在する場合に限って日本の国家賠償法を適用することをいう。

 

 2.国家賠償法第1条に規定される責任の本質

 国家賠償法第1条は、国や公共団体の公務員が公権力の行使にあたる際に、すなわち、職務を執行する際に、故意または過失によって違法な行為を行い、私人に損害を与えた場合に、国あるいは公共団体が損害賠償の責任を負うとする規定である。

 ここで、違法性の判断は事実関係、経験則、社会通念を総合することによって行われる。また、公務員による公権力の行使としての行為による損害と私人の損害との間には、因果関係(相当因果関係と解される)がなければならない。

 同条について注意していただきたいのは、公務員が職務を執行する際に、故意または過失によって違法な行為を行い、私人に損害を与えた場合には、その公務員個人ではなく、国または公共団体が損害賠償の責任を負うと定められていることである。そのため、国または公共団体が負う責任の性質について議論がある。

 通説は代位責任説を採る。これは、元々は公務員個人が負う責任を国が代位したとする考え方であり、同第1項において公務員個人の主観的な責任要件(故意または過失)の充足が規定されていること、同第2項において求償権が規定されていることに着目する。代位責任説は、救済を重視した考え方でもあり、公務員の萎縮を防ぐ考え方でもあるが、 この説を厳格に理解するならば、違法な職務行使を行った公務員の故意または過失を請求者の側が立証しなければならないということになる。そのため、請求者が加害行為を行った公務員および加害行為を特定しなければ国または公共団体の賠償責任が認められなくなるという結果につながりかねない。

 これに対して、自己責任説も有力である。これは、国自身の責任を認めたものとする考え方であり、代位責任を明示する文言が同第1項にないことなどに着目する。自己責任説は、公務員が偶然に違法な職務行使を行ったに過ぎず、公務員がいわば機関として国または公共団体の職務を行ったに過ぎないと捉える。また、この考え方によると、違法な職務行使を行った公務員の故意または過失を、請求者の側が(少なくとも厳密に)立証する必要はなくなる。

 判例は代位責任説を採るが、加害行為を行った公務員および加害行為が特定されないとしても国家賠償責任が認められると解する。

 ●最一小判昭和57年4月1日民集36巻4号519頁(Ⅱ−230)

 事案:税務署職員のXが某年の定期健康診断を受けたところ、レントゲン写真に初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があった。しかし、税務署長はXに対して何ら指示をせず、事後措置も行わなかった。このため、Xは従来通りの勤務を続け、翌年の健康診断で結核罹患の事実が判明するまでに病状が悪化し、長期療養を要する状態にまで至った。Xは、国に対して損害賠償を請求した。一審判決(岡山地津山支判昭和48年4月24日判時757号100頁)はXの請求を一部認容した。控訴審判決(広島高岡山支判昭和51年9月13日訟務月報22巻9号2198頁)もほぼ同旨の判断を示したが、最高裁判所第一小法廷は本件を広島高等裁判所岡山支部に差し戻す旨の判決を下した。 

 判旨:「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもつて国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当であ」る。「しかしながら、この法理が肯定されるのは、それらの一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為にあたる場合に限られ、一部にこれに該当しない行為が含まれている場合には、もとより右の法理は妥当しない」。本件の場合は、「レントゲン写真による検診及びその結果の報告を除くその余の行為が」税務署長などの職員の行為であって「それらがいずれも上告人国の公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為であることについては特段の問題はな」いが、「右のレントゲン写真による検診及びその結果の報告は、医師が専らその専門的技術及び知識経験を用いて行う行為であつて、医師の一般的診断行為と異なるところはないから、特段の事由のない限り、それ自体としては公権力の行使たる性質を有するものではな」く、本件の場合も「健康診断の過程においてされたものとはいえ、右健康診断におけるその余の行為と切り離してその性質を考察、決定することができるものであるから、前記特段の事由のある場合にあたるものということはできず、したがつて、右検診等の行為を公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為と解することは相当でない」。

 

 3.公共団体の意味

 地方公共団体以外に、特殊法人や指定法人などであっても、加害行為が公権力の行使にあたるような場合には、公共団体として扱われる。

 

 4.公務員の意味

 国家賠償法第1条にいう公務員は、身分上の公務員ではなく、公権力の行使を委ねられた者のことである。従って、身分上の公務員であっても公権力の行使としての行為をなさなければ、同条の適用はない。逆に、弁護士会の懲戒委員会委員のように、身分上は公務員でなくとも公権力の行使を委ねられている場合には、同条にいう公務員に該当する。

 ●前掲最一小判平成19年1月25日

 「判旨」の「国家賠償法第1条第1項の適用に関して」の部分を参照すること。

 ●最二小決平成17年6月24日判時1904号69頁(Ⅱ―7)

 事案:A社(他3名。以下、A社のみ記す)は、横浜市内にマンションの建設を計画し、指定確認検査機関(建築基準法第6条の2、同第77条の18以下)のB社に建築確認を申請した。B社は、平成14年5月1日付でA社に対して建築確認処分を行い、同年7月8日付で計画変更確認処分を行った。近隣住民であるXらは、同年12月6日付で、B社を被告として建築確認処分および計画変更確認処分の取消を求める訴訟を提起した。しかし、訴訟係属中に建築物完了検査が終了し、訴えの利益が消滅してしまった。そのため、Xらは、上記建築確認処分および計画変更確認処分の帰属先である横浜市を被告として、請求の基礎を同じくする損害賠償請求訴訟への変更を行った(行政事件訴訟法第21条第1項を参照)。一審決定(横浜地決平成16年6月23日判例集未登載)は変更を許可したため、横浜市が抗告したが、抗告審決定(東京高決平成16年10月5日判例集未登載)は抗告を棄却した。横浜市は最高裁判所に抗告したが、最高裁判所第二小法廷は抗告を棄却した。

 決定要旨 ①「建築基準法6条1項の規定は、建築主が同項1号から3号までに掲げる建築物を建築しようとする場合においてはその計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて建築主事の確認を受けなければならない旨定めているところ、この規定は、建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることを確保することが、住民の生命、健康及び財産の保護等住民の福祉の増進を図る役割を広く担う地方公共団体の責務であることに由来するものであって、同項の規定に基づく建築主事による確認に関する事務は、地方公共団体の事務であり(同法4条、地方自治法2条8項)、同事務の帰属する行政主体は、当該建築主事が置かれた地方公共団体である」。

 ②建築基準法は「建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについての確認に関する事務を地方公共団体の事務とする前提に立った上で、指定確認検査機関をして、上記の確認に関する事務を特定行政庁の監督下において行わせることとしたということができる。そうすると、指定確認検査機関による確認に関する事務は、建築主事による確認に関する事務の場合と同様に、地方公共団体の事務であり、その事務の帰属する行政主体は、当該確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体であると解するのが相当である」。

 ③「したがって、指定確認検査機関の確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体は、指定確認検査機関の当該確認につき行政事件訴訟法21条1項所定の『当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体』に当たるというべきであって、抗告人は、本件確認に係る事務の帰属する公共団体に当たるということができる。」

 

 5.公権力の行使

 国家賠償法第1条にいう「公権力の行使」については様々な問題がある。判例を概観しつつ、若干の検討を行う。

 〔1〕公権力の行使の範囲

 まず、いかなる活動を公権力の行使と言いうるかという問題がある。換言すれば、公権力の行使の範囲の問題である。

 これについては、最広義説、広義説、狭義説がある。最広義説は、国、公共団体の全ての活動を指すとする説であるが、これによると私法上の活動などにも妥当することになり、広きに失する。他方、狭義説は、統治権に基づく優越的な意思の発動としての活動のみを指すとする説であり、文言には忠実かもしれないが、事実上の権力的活動などを除外してしまうことになり、学校の教育活動や行政指導が含まれなくなることで問題が生じる。通説、判例は広義説をとり、国の私経済作用、国家賠償法第2条の対象となるものを除いた全ての活動を指すとする。広義説が妥当である。この説によれば、学校の教育活動や行政指導も含まれるからである〔最三小判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁(Ⅰ-124)および最一小判平成5年2月18日民集47巻2号574頁(Ⅰ−98)を参照〕。公権力の行使を行政行為の場合と同義に解する必要性もない。

 ●最二小判昭和62年2月6日判時1233号100頁(Ⅱ−215)

 事案:横浜市立某中学校で体育の授業としてプールでの飛び込みの練習が行われていた。Xは、教諭の指導に従って飛び込みを行ったが、体のバランスを崩してプールの水底に頭部を激突させた。そのため、Xは重傷を負い、下半身不随などの状態が続くようになった。そこで、Xおよびその一家は、横浜市を被告として損害賠償を請求する訴訟を提起した。横浜地判昭和57年7月16日判時1233号100頁はXらの請求をほぼ認めた。横浜市が控訴したが、東京高判昭和59年5月30日判時1119号83頁は控訴を棄却した。横浜市が上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「国家賠償法1条1項にいう『公権力の行使』には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当であ」る。

 〔2〕不作為(権限の不行使)

 公権力の行使と言えば、通常は作為を想起することになるであろうが、権限の不行使、すなわち不作為も、当然ながら私人の権利・利益を侵害しうるものである。そのため、不作為を公権力の行使から除外すべき理由は見当たらない。以下、若干の判例を紹介する。

 ●最三小判昭和57年1月19日民集36巻1号19頁

 スナックで酒に酔い、所持していたナイフを客に見せつけるなどの行為をした男が警察署に連れて行かれたが、警察官がナイフを持たせたまま帰宅させたため、男が再びスナックに入って傷害事件を起こした。最高裁判所第三小法廷は、この警察官が男にナイフを提出させて一時保管の措置をとるべきであり、それを怠ったことは職務上の義務に違背し違法であると述べた。

 ●最三小判昭和59年3月23日民集38巻5号475頁

 投棄された砲弾類が海浜に打ち上げられていて島民が絶えず爆発による人身事故の危険にさらされていた場合に、それを通常の手段で除去することができず、放置すれば生命や身体の安全が確保されないことが相当の蓋然性をもって予測されるような状況の下、警察官がこれを容易に知りうる状況にあったときには、警察官がこうした人身事故の発生を未然に防止する措置を取らなかったことは職務上の義務に違背し違法である。

 ●最二小判平成元年11月24日民集43巻10号1169頁(宅建業法事件。Ⅱ―222)

 某不動産会社によって損害を受けた原告が、この会社に免許を付与した京都府が業務停止処分や取消処分などの規制権限を行使しなかったとして争ったものである。判決は、宅建業法が宅建業者の人格や資質などを一般的に保証し、個々の取引関係者が受ける具体的な損害を防止して救済を図ることを目的とするものとは解しがたいとした上で、免許の更新自体が直ちに国家賠償法第1条第1項にいう違法な行為にあたらないとした。また、個々の取引関係者が具体的な損害を受けた場合であっても、権限の不行使が著しく不合理であると認められない限り、この権限の不行使は国家賠償法第1条第1項の適用において違法という評価を受けるものではない、と述べている。

 ●最二小判平成7年6月23日民集49巻6号1600頁(クロロキン第一次訴訟。Ⅱ―223)

 クロロキン製剤の副作用によって深刻な病気に罹った患者およびその家族が提起した損害賠償訴訟である。判決は、厚生大臣(当時)が薬事法によって医薬品を日本薬局方から削除し、または製造の承認を取り消す権限を有すると述べた上で、医薬品の副作用による被害が発生した場合であっても、厚生大臣が被害の発生を防止するために前記の各権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法という評価を受けるものではなく、権限の不行使が許容限度を逸脱して著しく不合理であると認められる場合には違法という評価を受ける、と述べた(結局は請求を棄却)。

 ●最三小判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟)

 当時の通商産業大臣が、石炭鉱山保安規則によるけい酸質区域指定制度を、じん肺法の制定以後も26年間にわたって存続させ、通商産業大臣がじん肺法制定以後も規制権限を行使しなかったことが争われたものである。上記の二判決と同じ趣旨の一般論が述べられた上で、国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価した。

 ▲なお、下級審では、危険の切迫性、予見可能性、回避可能性、補充性、国民の期待などを要件としているようである。

 〔3〕立法行為および裁判作用

 国家賠償法第1条は「国又は公共団体の公権力の行使」と定めており、行政活動に限定していない。そのため、立法行為や裁判作用も同条の適用の対象となる。このこと自体は認められているが、実際に国家賠償請求が認められた事例はほとんどない。

 ●最一小判昭和60年11月21日民集39巻7号1512頁

 事案:かつて、公職選挙法は在宅投票制度を規定していたが、悪用されたために廃止された。身体に障害を持ち、車椅子による移動も困難となった原告は、在宅投票制度の廃止によって選挙権の行使の機会を奪われたとして、在宅投票制度を復活させる法律を制定しなかったことが国会議員による違法な公権力の行使であるとして損害賠償請求訴訟を提起した。札幌地小樽支判昭和49年12月9日判時762号8頁は原告の請求を一部認めたが、札幌高判昭和53年5月24日判時888号26頁は原告の請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は原告の上告を棄却した。

 判旨:立法行為が国家賠償法第1条第1項の適用において違法となるか否かは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したか否かの問題であり、立法の違憲性とは別であり、立法の内容が憲法に違反するとしても直ちに違法の評価を受けない。そして、「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない」。

 この他、立法不作為の違法性を認定したものとして、熊本地判平成13年5月11日判時1748号30頁を参照。

 ●最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁(在外投票制限違憲訴訟。Ⅱ―208・226)

 事案:平成10年改正前の公職選挙法は、海外在住の日本国民に対し、衆議院議員総選挙の小選挙区と参議院議員選挙の選挙区について在外投票を認めていなかった。日本国外に居住するXらは、これを違憲であると主張し、国家賠償請求などの訴訟を提起した。東京地判平成11年10月28日判時1705号50頁はXらの請求を却下・棄却し、東京高判平成12年11月8日判タ1088号133頁も控訴棄却や却下の判断を示した。最高裁判所大法廷は、一部請求を却下したが、国家賠償請求の一部を認容した。なお、この判決には1名の裁判官による補足意見、2名の裁判官による反対意見、1名の裁判官による反対意見(前記反対意見とは別)が付されている。

 判旨:「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。したがって、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである」。Xらも「国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり、この権利行使の機会を確保するためには、在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず、前記事実関係によれば、昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの、同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのであるから、このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり、このような場合においては、過失の存在を否定することはできない」。

 ●最二小判昭和57年3月12日民集36巻3号329頁(Ⅱ―227)

 債務不履行による損害賠償事件(民事訴訟)に対する判決の違法性が主張された国家賠償請求訴訟である。最高裁判所第二小法廷は、裁判に瑕疵が存在していたとしても直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたというような、明らかに趣旨に背く権限の行使をしたと認められるような特別の事情が必要とされる、と述べる。

 ●最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁(Ⅱ―228)

 火薬類取締法違反などに問われたXが、刑事訴訟の控訴審で無罪判決(確定)を受けたことを受け、捜査や公訴提起に故意または重過失があったとして国や検察官などを被告として損害賠償請求を行ったものである。判決は、刑事事件において無罪の判決が確定したという事実によって直ちに逮捕、勾留、公訴提起などが違法となる訳ではなく、むしろその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められる限りにおいて適法であるとした。

 

 6.主観的要件としての故意または過失、客観的要件としての違法性

 客観的に違法性が存在しているとしても、故意または過失が認められなければ、国家賠償法第1条第1項によって違法と評価され、損害賠償責任が生じるという訳ではない。しかし、民法でも複雑な状況にあり、国家賠償法第1条の場合はさらに複雑である。

 〔1〕違法性と故意・過失の二段階の審査をする場合

 行政行為(行政処分)によって生じた損害について違法性の判断を行い、次に故意・過失の認定をなす場合がある。この場合には、行政行為(行政処分)に対する取消請求は認められても、国家賠償請求は認められないことがある。また、権力的な実力行使についても、違法性と故意・過失は別個に判断される。

 ●最一小判昭和61年2月27日民集40巻1号124頁(Ⅱ―216)

 速度違反としてパトカーに追跡された自動車が信号無視を繰り返した上に現場交差点に進入したことにより、多重衝突事件が発生して死傷者が出た。負傷したXは、パトカーによる追跡方法などに問題があったとしてY県に国家賠償を請求した。判決は、パトカーの追跡行為が違法であるというためには「右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、または逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである」と述べた。

 ●最一小判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁(Ⅱ―219)

 所得税の更正処分および加算税賦課処分の一部が判決によって取り消され、確定したことによって提起された損害賠償請求訴訟である。判決は、税務署長が行う所得税の更正が所得金額を過大に認定したとしても、直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、「税務署長が資料を収集してこれに基づいて課税要件事実を認定し判断する過程において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り」違法の評価を受ける、と述べている。

 〔2〕違法性と故意・過失を一体的に審査する場合

 国公立学校における事故(とくにクラブ活動や課外活動における)についての国家賠償訴訟や、公権力の行使の不作為についての国家賠償訴訟が該当する。

 ●最二小判昭和58年2月18日民集37巻1号101頁

 事案:Y町立学校に在学していたXが、体育館の倉庫からトランポリンを無断で持ち出して遊んでいた。クラブ活動中のAが、活動の邪魔になるとして注意したがXが反発したため、AはXを体育館の倉庫につれて殴打した。これが原因でXは失明した。Xは、この事故がクラブ顧問教諭の監視指導義務の懈怠という過失により発生したとして、Y町に対して損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(那覇地名護支判昭和54年3月13日判時1074号52頁)はXの請求を棄却したが、控訴審判決(福岡高那覇支判昭和56年3月27日民集37巻1号117頁)はXの請求の一部を認容した。最高裁判所第二小法廷は、本件を福岡高等裁判所那覇支部へ差し戻した。

 判旨:「課外のクラブ活動であつても、それが学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施について、顧問の教諭を始め学校側に、生徒を指導監督し事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務のあることを否定することはできない」が、「課外のクラブ活動が本来生徒の自主性を尊重すべきものであることに鑑みれば、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合は格別、そうでない限り、顧問の教諭としては、個々の活動に常時立会い、監視指導すべき義務までを負うものではないと解するのが相当である」。

 〔3〕過失の客観化などが認められる事例

 ●最二小判平成3年4月19日民集45巻4号367頁(Ⅱ―217)

 事案:Xは生後六か月の時に種痘の予防接種を受けたが、当日は感冒の治療のために解熱剤等を服用していた。予防接種の10日ほど後に、Xは脊髄炎を発症し、重度な後遺障害が残ることとなった。Xおよびその両親は、Xが予防接種禁忌者に該当するにもかかわらず、保健所職員Y1が視診を行ったのみで問診や触診を行わなかったことが原因であると主張し、Y1、Y2(国)、Y3(小樽市)などを相手取って損害賠償請求訴訟を提起した。札幌地判昭和57年10月26日判時1060号22頁はY2およびY3の損害賠償責任を認める判断を示したが、札幌高判昭和61年7月31日判時1208号49頁はXの請求を棄却した。最高裁判所第二小法廷は本件を札幌高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である」。

 

 7.国家賠償法第1条第1項にいう職務

 ここにいう職務は、公務員として携わる公務に限定されず、その公務と密接に関連する付随行為をも含む。また、判例は外形(標準)説を採用し、職務遂行の外形を備えていればよいと理解する。但し、根拠や射程距離は不明である。

 ●最二小判昭和31年11月30日民集10巻11号1502頁(Ⅱ―229)

 警視庁に勤務する警察官が、非番の日に制服と制帽を着用し、拳銃を携帯して隣県の某駅に赴き、職務質問を装って金品を奪おうとしたが、騒がれたため、被害者を射殺した。被害者の遺族は東京都に対して損害賠償請求を行った。最高裁判所第二小法廷は、公務員の主観的意図はともあれ客観的に職務遂行の外形を備えた行為によって他人に損害を与えた場合には、国または公共団体が損害賠償責任を負うのが相当であると判断した。

 

 8.公務員の個人責任は認められるか?

 改めて国家賠償法第1条第1項を読んでいただきたい。果たして、国家賠償とは別に、公務員個人の損害賠償責任は認められうるのであろうか(念のために記しておくが、国家賠償請求が可能な場合である)。

 有力説である自己責任説の立場から、国の責任と公務員の責任とは別の問題であるから公務員の個人責任は認められうる、とする考え方が主張される。下級審判決にも、故意または重過失を要件とするものがある。しかし、自己責任説であれば公務員の個人責任を問わないとする結論のほうが自然である。

 最高裁判所の判例は、国家賠償法第1条第1項が適用される場合に、公務員個人は被害者に対して直接責任を負わない、とする。その代表例が、次に示す判決である。

 ●最三小判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁(Ⅱ―234)

 事案:熊本県の某町農地委員会において委員同士が対立し、事務が停滞した上に複数の委員が辞職するに至った。そのため、県知事は町農地委員会に対して解散命令を発した。これに対し、町農地委員会委員長および複数の委員が解散処分の無効確認を求め、さらに県知事および県農地部長に対して慰謝料の支払を求めて出訴した。一審判決(熊本地判昭和27年6月16日行集3巻5号1047頁)は請求を棄却し、控訴審判決(福岡高判昭和28年4月15日民集9巻5号554頁)も控訴を棄却し、最高裁判所第一小法廷も上告を棄却した(無効確認請求については訴えの利益がないと判断している)。

 判旨:上告人らの請求は「被上告人等の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すべきであるから、国または公共団体が賠償の責に任ずるのであつて、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない。従つて県知事を相手方とする訴は不適法であり、また県知事個人、農地部長個人を相手方とする請求は理由がないことに帰する。のみならず、原審の認定するような事情の下においてとつた被上告人等の行為が、上告人等の名誉を毀損したと認めることはできない」。

 ▲通説も最高裁判例と同じ立場である。国家賠償法第1条第2項に求償権に関する規定が存在することからしても、最高裁判例が妥当であろう。なお、求償権の要件は、公務員の故意または重過失である。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 国家賠償法の構造/国家賠償法第1条」として2020年12月30日00時00分00秒付で掲載し、修正の上、2021年02月24日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月26日掲載(「第26回 国家補償法制度、国家賠償法第1条」として)。

            2017年11月01日、第27回に繰り下げ。

                                    2017年12月20日修正。

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第38回 国家補償法

2021年02月23日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.国家補償法(制度)=損失補償法(制度)+国家賠償法(制度)

 国家(および公共団体。以下、原則としてまとめて国家と表現する)の活動により、私人の権利や利益が侵害されることがある。このことによる被害を補塡し、私人を救済するための制度を国家補償法(制度)という。

 私人の被害には、大別すれば二つの場合がある。

 第一に国家の適法な活動による損失である。この損失を補塡するための法(制度)を損失補償法(制度)という。

 第二に国家の違法な活動による損害である。この損害を賠償するための法(制度)を国家賠償法(制度)という。

 いずれの場合についても、私人を救済しなければならない、すなわち、私人の財産権に対して何らかの補塡を行わなければならないという点においては共通する。そのため、最近は、損失補償法(制度)と国家賠償法(制度)とを合わせて国家補償法(制度)と称することが一般化しつつある。

 もとより、損失補償制度と国家賠償制度は、性質を異にし、憲法上の根拠や理論の発展という点においても異なる。

 

 2.国の活動が適法な場合

 国は、土地収用法に基づく土地収用など、適法に私人の財産権を制約ないし剥奪する活動を行うことがある〈財産権以外の人権については問題がある〉。この場合、適法な活動に基づく適法な人権制約ではあるが、放置すれば公平負担の理念に反するため、私人の損失を補填する必要がある。そこで損失補償制度が存在する。

 損失補償制度の憲法上の根拠は第29条第3項である。これは一般的な根拠であり、第40条は刑事補償の根拠である。行政法学においては憲法第29条第3項を念頭に置いて考察する。最近では、土地収用法をはじめ、少なからぬ法律において損失補償に関する規定が用意されているが、仮にそのような規定が法律にない場合には、直接、同項を根拠として損失補償を請求することができる。

 ●最大判昭和43年11月27日刑集22巻12号1402頁(河川付近地制限令違反事件、Ⅱ―252)

 事案:被告人であるY1(株式会社)の代表取締役であるY2は、宮城県知事の許可を受けずに名取川河川付近で砂利を採取し、河川付近地を掘削した。別の被告人であるY3も名取川河川付近で砂利を採取し、河川付近地を掘削した。これらの事実が河川付近地制限令第4条第2項などに違反するとして、被告人らは起訴された。一審判決(仙台簡裁昭和37年8月31日刑集22巻12号1411頁)は被告人らを罰金刑とし、控訴審判決(仙台高判昭和37年11月30日刑集22巻12号1416頁)も被告人らの控訴を棄却した。最高裁判所大法廷も上告を棄却した。

 判旨:①「河川附近地制限令4条2号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものである。このように、同令4条2号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するには損失補償を要件とするものではなく、したがつて、補償に関する規定のない同令4条2号の規定が所論のように憲法29条3項に違反し無効であるとはいえない」。

 ②「同令4条2号による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといつて、同条があらゆる場合について一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解されず、本件被告人も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当然に受忍すべきものとされる制限を定めた同令4条2号およびこの制限違反について罪則を定めた同令10条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない」。

 ▲この判決のポイントは、次の点にある。

 ①河川附近地管理令第4条第2項に定められる財産権の制限は、公共の福祉のための一般的な制限であり、特定の人に特別な財産上の犠牲を強いるものではないから、損失補償を要件とするものではない。

 ②法律に損失補償に関する規定が存在しないからといって、直ちに違憲無効となる訳ではない。

 ③法律に損失補償に関する規定が存在しない場合には、実際に受けた損失を主張立証した上で、憲法第29条第3項を直接の根拠として損失補償を請求しうる。

 そして、損失補償は、経済的自由権への侵害に対する補償の性質を有し、必ずしも訴訟を経なくてよいため、受益権または国務請求権としてではなく、経済的自由権の一環として扱われることになる。

 

 3.国家の活動が違法な場合

 法律による行政の原理に従う限り、国家が違法な活動を行うことは許されない。しかし、現実には違法な活動がなされ、そのために私人の側に損害が生ずる こともある。そうであれば、私人に対する賠償の必要性が生じる。ここに、国家賠償法(制度)の存在理由が存在する。

 国家賠償法(制度)の憲法上の根拠規定は第17条である。

 現在では国家賠償法が存在するのでとくに問題とならない。しかし、日本国憲法制定後で国家賠償法が施行される前の事件については問題となった。法律がない場合には憲法第17条を直接の根拠として国家賠償請求をなしえない、とするのが通説であった。すなわち、同条はプログラム規定であるということになる。最三小判昭和25年4月11日集民3号225頁も、同条についてプログラム規定説を採っている。

 そして、国家賠償請求権は受益権または国務請求権として扱われ、主に訴訟を通じての請求による。また、損失補償と異なり、経済的自由権に限られず、生命、身体、名誉なども対象に含まれる。

 

 4.国家補償の谷間

 例えば、予防接種による死亡事故のように、国(および地方公共団体)の活動自体は適法であるが、違法な結果が生じた場合など、上記〔2〕にも〔3〕にも該当しない場合がある。例えば、文化財の修理自体は適法であるが損失が生じた場合などである。文化財保護法などのように、立法的に解決している例もあるが、規定が存在しない場合などにどのように理解すべきなのか。 すなわち、このような場合に求められるのは損失補償か国家賠償か、という問題が存在する。

 かつて、故今村成和教授は〔4〕を結果責任に基づく国家補償と呼び、〔2〕を適法行為に基づく財産権侵害に対する損失補償、〔3〕は違法行為に基づく権利侵害に基づく国家補償と呼んだ。これは現在も通用しており、この講義でも今村説に基づいているが、〔4〕を必ずしも結果責任の問題としてまとめきることはできないのである。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 国家補償法」として2020年12月22日00時03分00秒付で掲載し、修正の上、2021年2月17日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月26日掲載(「第26回 国家補償法制度、国家賠償法第1条」として)。

            2017年11月01日、第27回に繰り下げ。

            2017年12月20日修正。

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第37回 取消訴訟以外の抗告訴訟、当事者訴訟

2021年02月22日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.無効等確認訴訟(行政事件訴訟法第3条第4項、同第36条)

 無効等確認訴訟は、行政事件訴訟法第3条第4項において「処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟」と定義されるものである。中心は「処分」の無効確認訴訟であるが、他に「処分」の不存在確認訴訟または存在確認訴訟、「処分」の有効確認訴訟、「処分」の失効確認訴訟がある。

 〔1〕「定期のバスに乗り遅れた取消訴訟」〈塩野宏『行政法Ⅱ行政救済法』〔第六版〕(2019年、有斐閣)214頁による表現である。〉

 無効等確認訴訟は、取消訴訟と異なり、出訴期間や不服申立前置の制約から外れる。そのため、取消訴訟の出訴期間を徒過してから提起されることが少なくない。その意味において、形式的にも実質的にも、無効等確認訴訟は取消訴訟の補充的制度という位置づけを与えられている。このため、無効等確認訴訟については、取消訴訟よりも厳しい原告適格の制限がなされている。

 〔2〕無効等確認訴訟の原告適格

 行政事件訴訟法第36条は「無効等確認の訴えは、当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる」と定める。この規定は難解であり、どのような者に原告適格が認められるかが争われている。

 (1)二元説

 原告適格は次のいずれかの者に認められるとする説で、立法関係者が採っていた。

 ・「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」

 ・「その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」

 二元説を採ると「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者」であれば、予防訴訟(差止訴訟)としての無効確認訴訟が認められる。

 (2)一元説

 同条の文理に忠実な解釈を採る。この説によると、原告適格は「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」であり、かつ「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」に認められる。

 (3)「処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」の意味

 ①形式的解釈説=申請却下処分や営業許可の取消処分の無効のように、「現在の法律関係に関する訴え」を提起できない場合にのみ、無効確認訴訟の提起が許される。所有権確認訴訟や身分確認訴訟というような「現在の法律関係に関する訴え」が可能であれば、無効確認訴訟の提起は許されない。

 ②実質的解釈説=「現在の法律関係に関する訴え」を、実質的意味における当事者訴訟(後述)または民事訴訟と解する。そのため、土地収用法に基づく収用裁決の無効については所有権確認訴訟のみが許されるが、公務員の免職処分については身分確認訴訟と無効確認訴訟の両方が許される。

 ③判例

 ●最三小判昭和51年4月27日民集30巻3号384頁

 課税処分を受けてまだ租税を納付していない者は、滞納処分を受けるおそれがあるため、無効確認訴訟の原告適格を有すると判断された。

 ●最三小判昭和60年12月17日判時1179号56頁

 土地区画整理組合の設立認可処分の無効確認を求める原告について、土地区画整理事業施行区域内の宅地の所有権者や借地権者が法律上当然に組合員としての地位を取得させられるということから、原告適格を認めている。

 ●最二小判昭和62年4月17日民集41巻3号286頁(Ⅱ-180)

 事案:Xは土地改良区Yから、土地改良法に基づいて換地処分を受けたが、それによって農道に接する部分が極端に狭くなり、農作業の遂行が困難になったとして、本件換地処分が「照応の原則」に違反するとしてその無効確認を求める訴訟と訴外Aに対する関連換地処分の無効確認を求める訴えを提起した。一審判決(千葉地判昭和53年6月16日行集33巻3号558頁)はXの請求を棄却し、控訴審判決(東京高判昭和57年3月24日行集33巻3号548頁)は一審判決を破棄してXの請求を却下したが、最高裁判所第二小法廷は控訴審判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:土地所有者など多くの権利者に対する換地処分は「通常相互に連鎖し関連し合っているとみられるのであるから、このような換地処分の効力をめぐる紛争を私人間の法律関係に関する個別の訴えによって解決しなければならないとするのは」換地処分の性質に照らして適当と言い難い。また、本件の場合は「換地処分がされる前の従前の土地に関する所有権等の権利の保全確保を目的とするものではな」く、「当該換地処分の無効を前提とする従前の土地の所有権確認訴訟等の現在の法律関係に関する訴え」が本件のような紛争を「解決するための争訟形態として適切なものとはいえ」ない。

 ●最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁・1090頁(「もんじゅ」訴訟。Ⅱ-162・181)

 事案:「第33回 取消訴訟の原告適格(1)」において取り上げた判決である。なお、本件については、旧動燃を被告として「もんじゅ」の建設および運転の差止めを求める民事訴訟も併合提起されている。

 判旨:「第33回 取消訴訟の原告適格(1)」において紹介した部分に加えて、前掲最二小判昭和62年4月17日が引用されており、第36条にいう「現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」は、「当該処分に起因する紛争を解決するための争訟形態として、当該処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟との比較において、当該処分の無効確認を求める訴えのほうがより直截的で適切な争訟形態であるとみるべき場合をも意味する」と述べられている。

 (4)取消訴訟の規定の準用の有無

 ①行政事件訴訟法第38条第1項により準用されるもの

 被告適格等(同第11条)、管轄(同第12条)、関連請求(同第13条)、請求の客観的併合(同第16条)、共同訴訟(同第17条)、第三者による請求の追加的併合(同第18条)、原告による請求の追加的併合(同第19条)、国または公共団体に対する請求への訴えの変更(同第21条)、第三者の訴訟参加(同第22条)、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の拘束力(同第33条)、訴訟費用の裁判の効力(同第35条)。

 ②同第38条第2項により準用されるもの

 取消しの理由の制限のうち、裁決の取消しの訴えに関するもの(同第10条第2項)、原告による請求の追加的併合のうち、処分の取消しの訴えを裁決の取消しの訴えに併合して提起する場合(同第20条)。

 ③第38条第3項により準用されるもの

 釈明処分の特則(同第23条の2)、執行停止(同第25条)、事情変更による執行停止の取消し(同第26条)、内閣総理大臣の異議(同第27条)、執行停止等の管轄裁判所(同第28条)、執行停止に関する規定の準用(同第29条)、執行停止の決定等への第32条第1項の準用(同第32条第2項)。

 ④準用されないもの

 主なものとして、出訴期間(同第14条)、事情判決(同第31条)および取消判決の第三者効(同第32条第1項)がある。但し、最三小判昭和42年3月14日民集21巻2号312頁(Ⅱ-205)は、無効確認判決に第三者効があると述べている。

 (5)主張および立証責任

 「処分」の無効(裁量権の逸脱濫用→処分の違法性が重大かつ明白であること)についての主張および立証責任は、原告が負う〔最二小判昭和42年4月7日民集21巻3号572頁(Ⅱ-197)〕。

 

 2,不作為違法確認訴訟(行政事件訴訟法第3条第5項、同第37条)

 〔1〕不作為違法確認判決の意味

 不作為違法確認判決は、何らかの応答義務を行政庁に課すものである(行政事件訴訟法第38条第1項により、同第33条が準用される)。但し、行政庁が申請通りの許可などを出さなければならないという訳ではなく、申請を拒否する処分も行政庁の応答義務を果たしたことを意味する。

 〔2〕不作為違法確認訴訟の原告適格

 処分または裁決についての申請をした者に限定される。この申請が適法であるか不適法であるかは問題にならない。不適法であれば申請を却下すればよいのであり、その点においても行政庁は応答義務を負うこととなるからである。

 行政事件訴訟法第3条第5項にいう「法令に基づく申請」は、法令に明文の規定がある場合は勿論、明文に規定が存在しなくとも、解釈によって原告の申請権が認められればよい、と解される。また、「法令」に内規や要綱などを含める考え方もある。さらに、同項にいう「相当の期間」の意味が問題となるが、行政手続法第6条に定められる標準処理期間が参考となるものと考えられる。

 〔3〕取消訴訟の規定の準用の有無

 (1)同第38条第1項により準用されるもの

 被告適格等(同第11条)、管轄(同第12条)、関連請求(同第13条)、請求の客観的併合(同第16条)、共同訴訟(同第17条)、第三者による請求の追加的併合(同第18条)、原告による請求の追加的併合(同第19条)、国または公共団体に対する請求への訴えの変更(同第21条)、第三者の訴訟参加(同第22条)、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の拘束力(同第33条)、訴訟費用の裁判の効力(同第35条)。

 ②同第38条第4項により準用されるもの

 処分の取消しの訴えと審査請求との関係(第8条)、取消しの理由の制限のうち、裁決の取消しの訴えに関するもの(同第10条第2項)。

 ③注意

 第一に、同第9条は準用されないが、「法律上の利益」は必要と解される。従って、不作為違法確認訴訟の提起後、行政庁が処分または裁決をした場合には、不作為状態が解消されるため、「法律上の利益」は失われ、訴訟は却下される。

 第二に、訴訟の性質上、同第14条は準用されない。従って、不作為の状態が継続している限り、不作為違法確認訴訟を提起できる。

 〔3〕義務付け訴訟(行政事件訴訟法第3条第6項、同第37条の2以下)

 (1)義務付け訴訟の種類

 義務付け訴訟は、訴訟要件および本案勝訴要件の違いにより、非申請型義務付け訴訟(直接型義務付け訴訟。同第3条第6項第1号)と申請型義務付け訴訟(申請満足型義務付け訴訟。同第2号)に区別される。

 非申請型義務付け訴訟は、法令に基づく申請を前提としない義務付け訴訟である。申請権を有しない原告が、行政庁に一定の処分をなすことを請求し、裁判所が判決でその処分をなすことを義務付ける、というものである。

 これに対し、申請型義務付け訴訟は、法令に基づく申請を前提とする義務付け訴訟である。申請権を有する原告が、行政庁に対し、申請を満足させる応答をなすことを求め、裁判所が判決でその応答をなすことを義務付ける、というものである。

 (2)処分の特定性

 「一定の処分(又は裁決)」を求める以上、裁判所における判断が可能である程度にまで特定される必要性がある

 (3)非申請型義務付け訴訟

 ①訴訟要件

 行政事件訴訟法第37条の2第1項は「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあ」ること、および「その損害を避けるため他に適当な方法がない」ことを求める。補充性の要件である。ここで補充性は、義務付け訴訟に代わりうる救済手続がとくに法律で定められている場合(例、国税通則法第23条に定められる更正の請求)を指すものと理解される〈塩野・前掲書251頁、櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第6版〕(2019年、弘文堂)330頁〉。なお、「重大な損害」に関する解釈の指針は行政事件訴訟法第37条の2第2項に示されている。

 同第3項は、非申請型義務付け訴訟の原告適格が「行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者」に認められる旨を定める。なお、「法律上の利益」の有無の判断については同第9条第2項を準用する(同第37条の2第4項)。

 ②本案勝訴要件(第同37条の2第5項)

 非申請型義務づけ訴訟における原告勝訴の判決は、行政庁にその処分(または裁決)をすることを義務付けることになる。そのためには、次のいずれかが必要である。

 ・「行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること。

 ・「行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと。

 ③仮の義務付け(同第37条の5第1項)

 裁判所が、原告の申立てにより「仮に行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずること」である。その要件として、次の点があげられている(同第3項)。

 ・「その義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある」こと:執行停止より厳格である。なお、「償うことのできない損害」には、金銭賠償が不可能な損害はもとより、社会通念上、金銭賠償のみで救済することが不相当と認められる場合も含まれる〈櫻井・橋本・前掲書343頁〉

 ・「本案について理由があるとみえる」こと=本案について原告が勝訴する見込みがあること。

 ・「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが」ないこと(同第3項)

 仮の義務付けについては同第33条第1項、同第25条第5項ないし第8項が準用される。また、仮の義務付けに基づいて行われる処分の性質については、仮の処分説と本来の処分説との対立がある。

 (4)申請型義務付け訴訟

 ①訴訟要件

  行政事件訴訟法第37条の3第1項は、次のいずれかがあることを前提とする。

 第一に、「当該法令に基づく申請又は審査請求に対し相当の期間内に何らの処分又は裁決がされないこと」、すなわち不作為である(同第1号)。

 第二に、「当該法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合において、当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在であること」、すなわち申請拒否処分または審査請求却下・棄却裁決である(同第2号)。

 その上で、同第2項は、第1項各号に規定する「当該法令に基づく申請又は審査請求をした者」に原告適格が認められる旨を定める。

 また、同第7項は、同第1項に定められる義務付け訴訟のうち「行政庁が一定の裁決をすべき旨を命ずることを求めるものは、処分についての審査請求がされた場合において、当該処分に係る処分の取消しの訴え又は無効等確認の訴えを提起することができないときに限り、提起することができる」と定める。そのため、他の場合には処分について取消訴訟などを提起することとなる。

 ②申請型義務付け訴訟と他の抗告訴訟との併合提起

 同第3項により、申請型義務付け訴訟を単独で提起することはできず、必ず、他の抗告訴訟と併合して提起しなければならない。これは、他の抗告訴訟との役割・機能の分担の観点に立つものである。

 同第1項第1号に該当する場合には「処分又は裁決に係る不作為の違法確認の訴え」と併合して提起することとなる。

 一方、同第1項第2号に該当する場合には「処分又は裁決に係る取消訴訟又は無効等確認の訴え」と併合して提起することとなる。

 従って、「処分又は裁決に係る」不作為違法確認訴訟、取消訴訟、無効等確認訴訟のいずれかを適法に提起できる必要がある(同第4項も参照)。

 ③本案勝訴要件(行政事件訴訟法第37条の3第5項)

 次のいずれかが必要である。

 ・「各号に定める訴えに係る請求に理由があると認められ、かつ、その義務付けの訴えに係る処分又は裁決につき、行政庁がその処分若しくは裁決をすべきであることがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること

 ・「各号に定める訴えに係る請求に理由があると認められ、かつ」、「行政庁がその処分若しくは裁決をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと。

 ④仮の義務付け

 要件は非申請型義務付け訴訟についてと同じである。

 〔4〕差止訴訟(行政事件訴訟法第3条第7項、同第37条の4以下)

 (1)処分の特定性

 差止訴訟は、行政庁が何らかの処分または裁決を行おうとする場合に、行政庁に対して当該処分または裁決をしてはならない旨を裁判所が命ずることを求める訴訟である。そのため、「一定の処分又は裁決」は、裁判所における判断が可能である程度にまで特定される必要がある。

 (2)訴訟要件

 第一に、「行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている」こと、すなわち処分または裁決がなされる蓋然性がなければならない(同第3条第7項)。

 第二に、「一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあ」り(第37条の4第1項本文)、かつ「その損害を避けるため他に適当な方法が」ないことが求められる(同項ただし書き)。処分が行われた後の取消訴訟が優先するという趣旨であり、取消訴訟ないし執行停止では救済が困難なほどの「重大な損害」と解される。その「重大な損害」の解釈指針は同第2項に示される。

 第三に、差止訴訟の原告適格は「行政庁が一定の処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り」認められる(同第3項)。なお、「法律上の利益」の解釈について同第9条第2項が準用される(同第37条の4第4項)。

 ●最一小判平成24年2月9日民集66巻2号183頁(Ⅱ−207)

 事案:東京都教育委員の教育長は、平成15年10月23日付で、都立学校の各校長宛に「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」を発し、各校長に対し、学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること、学式、卒業式等の実施に当たっては、式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し、教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し、その斉唱はピアノ伴奏等により行うなど、所定の実施指針のとおり行うものとすること、教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われることを教職員に周知すること、などを求めた。これに対し、東京都立の高等学校や特別支援学校に教職員として勤務するXら(原告、被控訴人、上告人)が、東京都(行政事件訴訟法改正前は東京都教育委員会)に対し、①「各所属校の卒業式や入学式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱する義務のないこと及びピアノ伴奏をする義務のないことの確認」、および②「上記国歌斉唱の際に国旗に向かって起立しないこと若しくは斉唱しないこと又はピアノ伴奏をしないことを理由とする懲戒処分の差止め」を求め、さらに国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償請求を行った。東京地判平成18年9月21日判時1952号44頁はXらの請求を認容したが、東京高判平成23年1月28日判時2113号30頁①)は東京地方裁判所判決を取り消したため、Xらが上告した。最高裁判所第一小法廷はXらの上告を棄却した。

 判旨:差止訴訟についての部分のみを示す。

 ・「法定抗告訴訟たる差止めの訴えの訴訟要件については、まず、一定の処分がされようとしていること(行訴法3条7項)、すなわち、行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることが、救済の必要性を基礎付ける前提として必要となる」。

 ・「免職処分以外の懲戒処分(停職、減給又は戒告の各処分)の」差止訴訟の要件については「当該処分がされることにより『重大な損害を生ずるおそれ』があることが必要であり(行訴法37条の4第1項)、その有無の判断に当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされて」おり(同条第2項)、「行政庁が処分をする前に裁判所が事前にその適法性を判断して差止めを命ずるのは、国民の権利利益の実効的な救済及び司法と行政の権能の適切な均衡の双方の観点から、そのような判断と措置を事前に行わなければならないだけの救済の必要性がある場合であることを要するものと解される」から「差止めの訴えの訴訟要件としての上記『重大な損害を生ずるおそれ』があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当であ」り、(中略)「本件通達を踏まえた本件職務命令の違反を理由として一連の累次の懲戒処分がされることにより生ずる損害は、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものであるとはいえず、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであるということができ、その回復の困難の程度等に鑑み、本件差止めの訴えについては上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる」。

 ・「差止めの訴えの訴訟要件については、『その損害を避けるため他に適当な方法があるとき』ではないこと、すなわち補充性の要件を満たすことが必要であるとされている(行訴法37条の4第1項ただし書)。(中略)本件通達及び本件職務命令は(中略)行政処分に当たらないから、取消訴訟等及び執行停止の対象とはならないものであり、また、(中略)本件では懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではないと解される。以上のほか、懲戒処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として他に適当な方法があるとは解されないから、本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは、補充性の要件を満たすものということができる」。

 ・差止訴訟の本案について「行政庁がその処分をすべきでないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項)」、当該差止請求においては、本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の可否の前提として、本件職務命令に基づく公的義務の存否が問題となる。この点に関しては、(中略)本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから、当該差止請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない」。また、「差止めの訴えの本案要件について、裁量処分に関しては、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項)、これは、個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で、当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることをいうものと解される。」

 (3)本案勝訴要件(同第37条の4第5項)

 次のいずれかが必要である。

 ・「行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること。

 ・「行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こと。

 (4)仮の差止め(同第37条の5第2項)

 仮の差止めとは、裁判所が、原告の申立てにより「仮に行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずること」をいう。義務付け訴訟における仮の義務付けを不作為命令に変更しただけであり、要件は仮の義務付けとほぼ同じである。

 

 6.公法上の当事者訴訟

 (1)形式的当事者訴訟

 形式的当事者訴訟とは当事者間の法律関係を確認し、または形成する処分または裁決に関する訴訟のうち、法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とする訴訟である(同第4条前段)。

 例として、土地収用法第133条第2項に基づいて損失補償を請求する訴訟があげられる。本来は収用委員会の裁決に関する訴えであるが、形式的に「起業者」と「土地所有者又は関係人」と間の訴えとする(同第3項)。収用委員会の裁決のうち、土地の収用に関しては収用委員会の裁決について国土交通大臣に対する審査請求を行うことができる(同第129条)。しかし、損失補償に関する事項については審査請求を行うことができない(同第132条第2項)。この他、著作権法第72条、農地法第85条の3、自衛隊法第105条第9項・第10項などがある。

 なお、形式的当事者訴訟については、行政事件訴訟法第41条第1項により、行政庁の訴訟参加(同第23条)、職権証拠調べ(同第24条)、判決の効力(同第33条第1項)、第35条(訴訟費用の裁判の効力)、釈明処分の特則(同第23条の2)が準用される(他のものについては同第41条第2項を参照)。

 (2)実質的当事者訴訟

 実質的当事者訴訟とは、公法上の法律関係に関する確認の訴えなど、公法上の法律関係に関する訴訟である(同第4条後段)。公法上の当事者訴訟ともいう。なお、公法上の法律関係に関する確認の訴えは、平成16年改正法によって明示されるに至った以前は存在しなかったという訳ではなく、存在することが確認されたという意味である

 この訴訟が置かれている意味であるが、公法と私法との区別が絶対的なものでなく、民事訴訟との区別が付きにくいことから、疑問視されている。実際に、裁判実務では民事訴訟として扱っている。

 なお、実質的当事者訴訟についても、形式的当事者訴訟と同様に取消訴訟の規定の準用があるが、実務上の意味は乏しいといわれている。とくに、同第33条第1項の準用については、その具体的な意味について議論がある。

 実質的当事者訴訟によるとされる例としては、国家公務員法に基づく免職処分が無効であることを前提とする公務員の身分確認訴訟、国立学校における学生退学処分の無効を前提とする在学関係確認訴訟がある。

 (3)参考:争点訴訟

 行政行為の有効・無効が先決問題となっている事件で、私法上の法律関係に関する訴訟を、争点訴訟という。行政事件訴訟ではなく、民事訴訟であるが、行政事件訴訟法第45条に特別の規定がある。

 争点訴訟の例として、農地買収処分の無効について旧地主と新地主との間で争われる訴訟、土地収用裁決が無効であるとして地権者と起業者との間で土地所有権をめぐって争われる訴訟がある。 

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第36回 取消訴訟の本案審理、執行停止制度、取消訴訟の判決

2021年02月21日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.取消訴訟の本案審理

 〔1〕主張制限

 行政事件訴訟法第10条第1項は「取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない」と定める。これは、取消訴訟が主観訴訟であるためである。従って、公益や他人の利益にかかる違法を主張することはできない。

 また、同第2項は「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない」と定める。

 〔2〕違法判断の基準時

 取消訴訟の訴訟物である「処分」の違法性をどの時点で判断すべきなのか、という問題がある。このような問題が生ずるのは、処分時と判決時(厳密には口頭弁論終結時)との間に事実関係の変更や法律の改正・廃止がありうるからである。

 通説および判例〔最二小判昭和27年1月25日民集6巻1号22頁(Ⅱ―193)〕は処分時説をとるが、判決時説(口頭弁論終結時の違法性を判断するという説)も有力である。なお、いずれの説に立つとしても例外を認めざるをえないことには注意が必要である。

 〔3〕職権証拠調べ(行政事件訴訟法第24条)

 取消訴訟においても原則として弁論主義が妥当するが、当事者間に争いのある事実を証拠により認定する際に、当事者が適切な立証活動をしない場合がありうる。その場合には、当事者の申し出た証拠以外に、裁判所が職権で他の証拠を取り調べることができる。規定にあるように、裁判所の権限であり、義務ではない〔最一小判昭和28年12月24日民集7巻13号1604頁(Ⅱ-194)を参照〕。

 弁論主義は、民事訴訟において、訴訟の開始、審理の対象、および訴訟の終了について、当事者に自由な処分権限を認める原則をいう。

 〔4〕理由の差し替え

 取消訴訟の被告は、訴訟において当初の「処分」理由を別の理由に差し替え、または別の理由により追完することが可能か、という問題がある。

 一般論としては、理由の差し替えまたは追完が全面的に禁止されていない。しかし、当初の「処分」理由の付記について、理由の差し替えを認めるか否かについて議論がある

 「処分」理由が争点を決める場合については、当初の「処分」理由と同一性を有する範囲において、追完を認める。例として、或る公務員について、争議行為に参加したという理由で懲戒処分を行ったが、実はこの公務員が別の政治集会に参加していたという場合があげられる。

 さらに、「処分」理由が個別行為ではなく全体的な事情の評価による場合には、被告行政庁は、「処分」を維持するためにあらゆる理由を主張しうるとする判決が存在する。

 ●最三小判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(Ⅱ−188)

 事案:X社は、青色申告の際に本件物件の譲渡価額を7000万円、取得価額を7600万9600円、譲渡損を600万円弱とした。これに対し、Y(所轄税務署長)は、取得価額を6000万円であるとして1000万円の譲渡益を認定する旨の増額更正処分を行った。X社は異議申立ておよび審査請求を経て出訴したが、一審の段階でYは、仮に本件物件の取得価額がX社の主張通りに7600万9600円であるとしても、譲渡価額は9450万円であり、X社の申告遺脱分である2450万円は所得に計上されるべきであり、結果として増額更正処分には何らの違法も存在しないと主張した。京都地判昭和49年3月15日行集25巻3号142頁はX社の請求を一部認容したが、大阪高判昭和52年1月27日行集28巻1・2号22頁はYの控訴を認容してX社の請求を全て棄却した。最高裁判所第三小法廷は、次のように述べてX社の上告を棄却した。

 判旨:本件において「Yに本件追加主張の提出を許しても、右更正処分を争うにつき被処分者たるXに格別の不利益を与えるものではないから、一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく、Yが本件追加主張を提出することは妨げないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる」。

 ●最二小判平成11年11月19日民集53巻8号1852頁(Ⅱ−189)

 事案:逗子市民のXは、Y(同市監査委員)に対し、同市情報公開条例に基づいて住民監査請求に係る文書の公開を請求した。Yは公開拒否処分を行ったが、その理由は、本件文書が「市又は国の機関が行う争訟に関する情報であり、公開することにより、当該事務事業及び将来の同種の事務事業の目的を喪失し、また円滑な執行を著しく妨げるもの」であり、同条例第5条(2)ウの定められる非公開事由があるというものであった。Xは公開拒否処分の取消を求めて出訴した。Yは、一審の段階で請求の対象となった文書が同条例第5条(2)アの非公開事由に該当するという主張を追加した。横浜地判平成6年8月8日判例地方自治138号23頁はXの請求を認容した。Yは控訴したが、東京高判平成8年7月17日民集53巻8号1894頁は控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、Yの上告を認容し、原判決を破棄して事件を東京高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「本件条例9条4項前段が、前記のように非公開決定の通知に併せてその理由を通知すべきものとしているのは、本件条例2条が、逗子市の保有する情報は公開することを原則とし、非公開とすることができる情報は必要最小限にとどめられること、市民にとって分かりやすく利用しやすい情報公開制度となるよう努めること、情報の公開が拒否されたときは公正かつ迅速な救済が保障されることなどを解釈、運用の基本原則とする旨規定していること等にかんがみ、非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。そして、そのような目的は非公開の理由を具体的に記載して通知させること(実際には、非公開決定の通知書にその理由を付記する形で行われる。)自体をもってひとまず実現されるところ、本件条例の規定をみても、右の理由通知の定めが、右の趣旨を超えて、一たび通知書に理由を付記した以上、実施機関が当該理由以外の理由を非公開決定処分の取消訴訟において主張することを許さないものとする趣旨をも含むと解すべき根拠はないとみるのが相当である。したがって、Yが本件処分の通知書に付記しなかった非公開事由を本件訴訟において主張することは許されず、本件各文書が本件条例5条(2)アに該当するとのYの主張はそれ自体失当であるとした原審の判断は、本件条例の解釈適用を誤るものであるといわざるを得ない」。

 

 2.執行停止制度

 執行停止制度は、行政事件訴訟法(および行政不服審査法)に定められる仮の救済制度の一つである。この制度を理解するための前提として、行政事件訴訟法第44条により、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為に仮処分の制度が適用されないこと、および、同第25条第1項が執行不停止の原則を定めており、原告が取消訴訟を提起しても、行政行為(など)の効果が停止される訳ではないことを理解しておいていただきたい。

 〔1〕行政事件訴訟制度における仮の権利救済制度としての執行停止制度

 裁判所は、原告側からの申立を受けて、行政行為(など)の効果を一時的に停止させる、すなわち執行を停止させる決定を出すことができる(同第2項)。

 〔2〕執行停止の要件(同第2項〜第4項)

 (1)本案訴訟が適法に係属していること。

 (2)「処分、処分の執行又は手続の執行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある」こと(第2項):原状回復が困難である場合、金銭賠償が不可能な場合は勿論、これらが可能であってもそれらだけでは損害の填補がなされないと認められるような場合も含む(東京高決昭和41年5月6日行裁例集17巻5号463頁を参照)。

 ・裁判所は「損害の回復の困難の程度を考慮」し、「損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質を勘案」しなければならない(同第3項)。

 実際に認められたものとして、集団示威行進申請拒否処分がある。これに対し、可否の評価が分かれたものとして、出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制令書による強制送還がある。

 ●最三小決昭和53年3月10日判時853号53頁

 事案:外国籍のXが訴訟の遂行を目的として日本への上陸許可を得た。Xは3回の在留期間更新許可を得たが、4回目の許可は受けられず、神戸入国管理事務所から退去強制令書を発付された。Xはこの令書発布の取消しを求めて神戸地方裁判所に訴えを提起し、執行停止の申立ても行った。神戸地方裁判所は送還部分のみ本案判決言渡時まで停止するという決定をなし、大阪高等裁判所もこの決定を相当と判断した。Xは、送還部分のみの停止では、X敗訴という本案判決が出された場合に直ちに令書が執行されることになるとして、最高裁判所に特別抗告を申し立てた。

 決定要旨:たしかに、Xが本国に強制送還されれば、Xが自ら訴訟を追行することは困難になるが、訴訟代理人による訴訟の追行は可能であり、Xが法廷に直接出頭しなければならない場合に、改めて日本に上陸することが認められないという訳ではない。従って、令書が執行されてXが強制送還されたとしても、Xの「裁判を受ける権利が否定されることにはならない」。

 (3)「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが」ないこと(同第4項)

 (4)「本案について理由がないとみえ」ないこと(同第4項)

 〔3〕執行停止の内容

 「処分」自体の効力の停止、執行の停止、および手続の続行の停止がある。

 〔4〕執行停止の効果

 ①明文の規定はないが、効果は将来に向かってのみ発生する〔農地買収計画について、最三小判昭和29年6月22日民集8巻6号1162頁(Ⅱ-200)を参照〕。

 ②第三者効(同第32条第2項←同第1項の準用)

 ③拘束力(同第33条第4項←同第1項の準用)

 〔5〕執行停止制度の限界

 執行停止の決定は原状回復の機能を有するが、回復すべき原状がない場合に執行停止の利益は存在しない(同第33条第4項の規定に注意!)。例えば、免許申請拒否処分の場合、仮に執行停止決定をしても、行政庁には申請に関する審査義務が発生する訳ではないので、執行停止決定の利益はない(免許取消処分と異なる)。

 〔6〕執行停止の決定に対する即時抗告(同第25条第7項。同第8項に注意すること!)

 〔7〕内閣総理大臣の異議(同第27条)

 内閣総理大臣は、執行停止の申立てがあった場合、または執行停止の決定がなされた場合に、異議を申し立てることができる(異議には理由を付さなければならない)。この異議がなされたときには、裁判所は、執行停止をすることができない。また、執行停止の決定がなされたときには、裁判所はこの決定を取り消さなければならない。

 

 3.取消訴訟の判決

 〔1〕訴訟の終了方法

 (1)訴えの取り下げ

 取消訴訟についても認められる。

 (2)和解

 通説は、取消訴訟について否定説を採る。

 (3)判決(終局判決)

 原則的には「民事訴訟の例による」(同第7条)のであるが、特例がある。

 〔2〕判決の種類

 (1)却下判決

 訴訟要件が揃っていない場合の判決である。民事訴訟にいう訴訟判決と同じと考えてよい。

 (2)棄却判決

 訴訟要件が揃った上で、原告の請求に従って「処分」を取り消すだけの違法事由がない場合の判決である。民事訴訟にいう本案判決の一種であると考えてよい。

 (3)認容判決

 原告の請求に従って「処分」を取り消すだけの違法事由がある、すなわち、取り消すべき瑕疵があると認める判決である。これも民事訴訟にいう本案判決の一種と考えてよい。処分を取り消すことになる。なお、行政事件訴訟法第30条を再読すること。

 (4)事情判決

 本来であれば原告の請求に従って処分または裁決を取り消すべきであるが、取り消すと公の利益に著しい障害を生ずる場合に、請求を棄却しつつも処分又は裁決の違法を宣言する判決をいう(同第31条)。形式的には棄却判決である。

 〔3〕認容判決=取消判決の効力

 原告の請求が認容される旨の判決が確定すると、次のような効力が生ずる。

 (1)形成力

 取消判決により、「処分」の効力は、それがなされた時点に遡って消滅する。

 (2)第三者効

 行政事件訴訟法第32条に定められており、原告と対立関係にある第三者については取消判決の効力が及ぶ。これを第三者効という。原告と利益を共通にするが訴訟には参加していない者に第三者効が及ぶか否かについてはついては、議論がある。なお、行政事件訴訟法第22条が第三者の訴訟参加を定め、同第24条が第三者再審の訴えを定めている点にも注意を要する。

 (3)既判力(民事訴訟法第114条)

 取消判決が確定すると、当該事案について再び裁判所が判断することはない。すなわち、取消判決は裁判所を拘束する。これを既判力という。その主観的範囲は訴訟当事者およびその承継人に及び、客観的範囲は訴訟物に及ぶ。

 (4)拘束力(行政事件訴訟法第33条)

「処分」を取り消す判決が出されるならば、行政庁は、判決の趣旨に従って行動するという実体法上の義務を負うことになる(同第1項)。これを拘束力という。すなわち、拘束力は、行政庁に対する効力であり、また、その他の関係行政庁に対する効力でもある(同第2項も参照)。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 行政不服審査法(2)」として2020年12月20日10時15分00秒付で掲載し、修正の上、2021年02月21日に掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年11月01日掲載(「第25回 取消訴訟の本案審理、判決」として)。

            2017年12月20日修正。

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財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律の一部を改正する法律案の審議が始まった

2021年02月20日 19時00分00秒 | 国際・政治

 今日(2021年2月21日)付の朝日新聞朝刊7面14版に「財政 借金頼み拍車 特例公債法改正案 審議入り」という記事が掲載されています。

 「特例公債法改正案」とは、このブログでも2021年1月29日0時20分30秒付の「令和2年度第3次補正予算が成立した/財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律の一部を改正する法律案」のことです。その内容も紹介済みです。この法律案の審議が2月19日に始まったという内容の記事が、前掲朝日新聞朝刊記事です。

 状況が状況なので、財政支出の拡大にはやむをえない面もあります。しかし、際限なく拡げる訳にもいきません。このままではいつか、と不確定なまま記さなければなりませんが、破綻し、増税などということになるからです。

 現在、「財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律」により、「当該各年度の予算をもって国会の議決を経た金額の範囲内で」という条件(同第3条第1項)は付きますが5年度分にわたって公債を発行することができるようになっています。最近では2016年に改正されており、この時には4年度分から5年度分への延長などについて野党の反対があったものの、時の安倍内閣が財政健全化の取り組みを進める旨を説明しています。ところが、事実は御存知の通りでして、国債の発行残高は上昇する一方であり、記事では「政府の財政健全化の目標の達成時期は先送りが続いている」と書かれていますが実質的には目標が放棄されたのと同じです。

 そして2020年度のCOVID-19です。財務省が発表している「令和2年度一般会計補正後予算 歳出・歳入の構成」によると、公債金による歳入は58兆2,476億円ほどであり、歳入全体の45.4%を占めます。このうち、建設公債が9兆4,390億円ほどで歳入全体の7.4%、特例公債すなわち赤字国債が48兆8,086億円ほどで歳入全体の38.0%ということになります。また、普通国債残高(特例公債、建設公債および復興債)は2020年度末で932兆円になるであろうと見込まれています。

 ドイツがCOVID-19の感染拡大の下で売上税(日本の消費税に相当)の税率を引き下げるなど思い切った財政対策を行えたのは、それまでに財政健全化に取り組んでいたからです。まさに有事への備えとも言えます。日本は有事への備えが不十分にすぎたとも言えます。勿論、これは日本国憲法のせいではありません。日本国憲法に責任を転嫁する人々のせいです。

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第35回 取消訴訟における狭義の訴えの利益

2021年02月20日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.狭義の訴えの利益の意味

 狭義の訴えの利益は、客観的訴えの利益、または単に訴えの利益ともいい、原告が請求について本案判決を求める必要性、その実効性を意味する。

 これに対し、「広義の訴えの利益」の意味は論者によって異なり、原告適格のみを指す場合と、処分性も含める場合とがある。

 「処分」が取り消されたとき、現実に法律上の利益を回復することができなければ、訴訟を提起する意味はない。また、取消判決によって現実的な救済を与えることができなければ、取消判決の意味がない。そのため、狭義の訴えの利益の有無は、原告が、具体的に訴訟において「処分」の法律上の効果を法律の規定に基づいて現実に受け、取消判決が下された場合に原告の具体的な権利や利益が回復するか否か、という問題となる。

 行政事件訴訟法第9条第1項は「(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)」という形で狭義の訴えの利益についても定める。引用から明らかであるように、狭義の訴えの利益についても「法律上の利益」の有無が問題となる。

 

 2.原告(控訴人または上告人を含む)が死亡した場合

 訴訟の原告が死亡した場合に、相続人等が訴訟を承継することが多い。しかし、事件の性質によっては承継が許されず、狭義の訴えの利益が失われたとして訴訟が終了(または却下)されることもある。原告の利益が相続可能なものであるか否かが一つの判断要素でもある。

 ●最大判昭和42年5月24日民集21巻5号1043頁(朝日訴訟。Ⅰ-16)

 事案:Xは肺結核のために国立岡山療養所に入所し、生活保護法に基づく医療補助および生活扶助を受けていた。昭和31年、A(津山市社会福祉事務所長)はXの実兄に対し、毎月1500円をXに仕送りするように命じた。これによってXは仕送りを受けることとなったが、Aは昭和31年7月18日付で同年8月1日以降にXの生活扶助を廃止する上、仕送りの1500円から日用品費としての600円を控除した残額900円をXの医療費の自己負担額とし、その残りについて医療扶助を行う旨の保護変更決定を行った。Xは、この保護変更決定を不服としてB(岡山県知事)に対して不服申立てを行ったが、Bが同年11月10日に却下の旨の決定を行った。Xは同年12月3日にY(厚生大臣)に対して不服申立てをしたが、Yは昭和32年2月15日付で却下裁決を行った。そこでXは出訴した。一審判決(東京地判昭和35年10月19日行集11巻10号2921頁)はXの請求を認めてYの裁決を取り消したが、控訴審判決(東京高判昭和38年11月4日行集14巻11号1963頁)は一審判決を取り消してXの請求を棄却したので、Xが上告した。なお、Xは昭和39年2月14日に死亡しており、Xの相続人が訴訟を承継していた。

 判旨:最高裁判所大法廷は、本件訴訟がXの死亡により終了したことを主文において宣言した上で、次のように述べている。

 「生活保護法の規定に基づき要保護者または被保護者が国から生活保護を受けるのは、単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく、法的権利であつて、保護受給権とも称すべきものと解すべきである。しかし、この権利は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であつて、他にこれを譲渡し得ないし(59条参照)、相続の対象ともなり得ないというべきである。また、被保護者の生存中の扶助ですでに遅滞にあるものの給付を求める権利についても、医療扶助の場合はもちろんのこと、金銭給付を内容とする生活扶助の場合でも、それは当該被保護者の最低限度の生活の需要を満たすことを目的とするものであつて、法の予定する目的以外に流用することを許さないものであるから、当該被保護者の死亡によつて当然消滅し、相続の対象となり得ない、と解するのが相当である。また、所論不当利得返還請求権は、保護受給権を前提としてはじめて成立するものであり、その保護受給権が右に述べたように一身専属の権利である以上、相続の対象となり得ないと解するのが相当である。」

 ●最三小判昭和49年12月10日民集28巻10号1868頁(旭丘中学校事件、Ⅰ-115)

 事案:Xらは京都市立中学校の教員であったが、昭和29年4月1日に同市立の別の中学校への転補処分を受けた。しかし、Xらはこれに従わなかったため、いずれも懲戒免職処分を受けた。Xらはこの処分の取消を求めて出訴した。一審判決(京都地判昭和30年3月5日行集6巻3号728頁)はXらの請求を認容し、控訴審判決(大阪高判昭和34年5月29日行集10巻5号1046頁)も一審判決を支持したが、最一小判昭和36年4月27日民集15巻4号928頁は控訴審判決を破棄し、事件を大阪高等裁判所に差し戻した。同裁判所係属中の昭和40年10月23日にX1が死亡し、差戻控訴審判決(大阪高判昭和43年11月19日行集19巻11号1792頁)は、X1について訴訟の終了を宣言して妻X4の受継申立を棄却し、X2およびX3については請求を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、X2およびX3については上告を棄却したが、X4については原判決を破棄し、大阪高等裁判所に差し戻した。

 判旨:X1は本訴継続中に死亡したから「もはや将来にわたつて公務員としての地位を回復するに由ないこととなつたことは明らかであるが、本件免職処分後死亡に至るまでの間に公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利を主張することができなかつたという法律状態は依然として存続しており、その排除、是正のためには遡つて右処分の取消しを必要とするのであるから、将来における公務員の地位の回復が不可能になつたというだけでは、右処分の取消しを求める法律上の利益ないし適格が失われるものではない」(行政事件訴訟法9条および前掲最大判昭和40年4月28日を参照)。「右の場合、原告である当該公務員が訴訟係属中に死亡したとしても、免職処分の取消しによつて回復される右給料請求権等が一身専属的な権利ではなく、相続の対象となりうる性質のものである以上、その訴訟は、原告の死亡により訴訟追行の必要が絶対的に消滅したものとして当然終了するものではなく、相続人において引き続きこれを追行することができるものと解すべきである。けだし、免職処分を取り消す判決によつて給料請求権等を回復しうる関係は、右取消しに付随する単なる法律要件的効果ないし反射的効果ではなく、取消訴訟の実質的目的をなすものであつて、その訴訟の原告適格を基礎づける法律上の利益とみるべき」であり、「右利益が相続によつて承継されるものであるときは、これに伴い原告適格も相続人に継承されると解するのを相当とするからである」。

 この判決において言及される給料請求権等は、行政事件訴訟法第9条第1項括弧書きにいう「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益」の典型例である。

 ●最三小判平成9年1月28日民集51巻1号250頁

 「第34回 取消訴訟の原告適格(2)において扱った判決であり、訴訟の最中に死亡した一部原告の遺族による訴訟承継を否定している。本件開発許可の取消しを求める法律上の利益は一身専属的であり、相続の対象にならない、という理由による。

 

 3.不許可処分を争っている間に行事(集会等)の開催予定日が過ぎてしまった場合

 ●最一小判昭和28年12月23日民集7巻13号1561頁(Ⅰ—65)

 事案:X(日本労働組合総評議会)は、昭和27年5月1日にメーデーのための集会を皇居外苑で行うため、昭和26年11月10日付でY(厚生大臣)に対し皇居外苑使用許可の申請を行ったが、Yは昭和27年3月13日付で不許可処分を行った。そのため、Xが不許可処分の取消などを求めて出訴した。一審判決(東京地判昭和27年4月28日行集3巻3号634頁)はXの請求を一部認容したが、控訴審判決(東京高判昭和27年11月15日行集3巻11号2366頁)は一審判決中Xの勝訴部分を取り消して請求を棄却した。最高裁判所大法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:「実体法が訴訟上行使しなければならないものとして認めた形成権に基くいわゆる狭義の形成訴訟の場合にあつては、法律がかかる形成権を認めるに際して当然訴訟上保護の利益あるようその内容を規定しているのであるから、抽象的には所論のごとくその権利発生の法定要件を充たす限り一応その訴は保護の利益あるものといい得るであろう。しかし、狭義の形成訴訟の場合においても、形成権発生後の事情の変動により具体的に保護の利益なきに至ることあるべきは多言を要しないところである。(例えば離婚の訴提起後協議離婚の成立した場合の如きである。)また、被上告人は同年5月1日における皇居外苑の使用を許可しなかつただけで、上告人に対して将来に亘り使用を禁じたものでないことも明白である。されば、上告人の本訴請求は、同日の経過により判決を求める法律上の利益を喪失したものといわなければならない」。

 

 4.「処分」の効果が消滅した場合

 (1)狭義の訴えの利益が否定された事例

 「処分」の効果は、何らかの行為が完了することにより、または期間の経過により、消滅する。そのため、狭義の訴えの利益も消滅することが多い。

 ●最三小判昭和48年3月6日集民108号387頁

 判旨:「建築基準法9条1項の規定により除却命令を受けた違反建築物について代執行による除却工事が完了した以上、右除却命令および代執行令書発付処分の取消しを求める訴は、その利益を有しないものと解すべきであ」る。

 ●最二小判昭和59年10月26日民集38巻10号1169頁(Ⅱ—174)

 事案:仙台市に居住するA、B、CおよびDは、それぞれ、昭和54年5月24日付で仙台市建築主事から建築確認処分を受けた。Xは、これらの建築確認処分が宮城県建築条例第8条に違反するなどとして、昭和54年7月24日、仙台市建築審査会に対して審査請求を行ったが、同審査会は昭和55年2月8日に棄却裁決を行った。そこでXが出訴したが、これらの建築確認処分に係る建物は既に完成していた。一審判決(仙台地判昭和57年4月19日民集38巻10号1181頁)はXの訴えを却下し、控訴審判決(仙台高判昭和58年1月18日民集38巻10号1190頁)もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「建築確認は、建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事が着手される前に、当該建築物の計画が建築関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であつて、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果が付与されており、建築関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。しかしながら、右工事が完了した後における建築主事等の検査は、当該建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを基準とし、同じく特定行政庁の違反是正命令は、当該建築物及びその敷地が建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しているかどうかを基準とし、いずれも当該建築物及びその敷地が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準とするものでない上、違反是正命令を発するかどうかは、特定行政庁の裁量にゆだねられているから、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ建築確認が違法であるとして判決で取り消されたとしても、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものではない。したがつて、建築確認は、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから、当該工事が完了した場合においては、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるものといわざるを得ない」。本件の場合は「本件各建築確認に係る各建築物は、その工事が既に完了しているというのであるから、上告人において本件各建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われたものといわなければならない」。

 ●最三小判平成11年10月26日集民194号907頁

 事案:Y2は、昭和63年10月19日にY1(福岡市長)に対して福岡市西区Aについて開発行為許可申請を行い、Y1は同月25日に許可処分を行った。平成3年4月3日、Y2はY1に対して工事完了届出書を提出した。同年6月12日、Y1は都市計画法第29条に規定する開発許可のないように適合しているとして、Y2に対して開発行為に関する工事の検査済証を発行した。Xらは、この許可処分が違法であるとして取消などを求める訴訟を提起した。一審判決(福岡地判平成5年12月14日判タ942号118頁)はXらの請求の一部を却下、一部を棄却した。控訴審判決(福岡高判平成8年10月1日判タ942号113頁)もXらの控訴を棄却したため、Xらは上告したが、最高裁判所第三小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「本件許可に係る開発区域内において予定された建築物について、いまだ建築基準法6条に基づく確認がされていないとしても、本件許可の取消しを求める訴えの利益は失われたというべきである」(最二小判平成5年9月10日民集47巻7号4955頁を参照)。

 (2)狭義の訴えの利益が肯定された事例

 「処分」や裁決の効果が期間の経過などの理由によって消滅した後には、当然に狭義の訴えの利益も消滅する、とも考えられる。実際に、行政事件訴訟法制定以前にはこのような考え方も存在した。

 しかし、これは単純に過ぎる。前掲最三小判昭和49年12月10日が示すように、本体たる「処分」の主な効果が消滅しても付随的な効果が残る場合が存在するからである。

 例えば、或る地方議会の議員が除名処分を受けたとする。この議員が除名処分の取消を求めて出訴したが、係争中に任期が満了したという場合には、除名処分を取り消しても、既に任期が満了しているために議員たる身分を回復することはできない。しかし、「処分」に付随する効果として、任期満了までの歳費請求権が残っている。 これは立派な法的効果であり、除名処分が取り消されるならば、除名処分時から任期満了時までの歳費請求が可能であり、地方公共団体には歳費を支払う義務が再び発生することとなる。

 かつて、行政事件訴訟特例法にはこのような場合に関する規定が存在しなかった。そのため、上の地方議会の議員のような事例について、最大判昭和35年3月9日民集14巻3号355頁は訴えの利益を否定した。しかし、行政事件訴訟法が制定され、第9条第1項(制定当時は第1項しかなかった)の括弧書きにより、このような問題については狭義の訴えの利益を認めることとした。

 ●最大判昭和40年4月28日民集19巻3号721頁

 事案:Xは名古屋郵政局管内の某郵便局に勤務する郵政省の職員であったが、昭和24年8月、名古屋郵政局長によって罷免された。その後、Xは免職処分の取消を求めて出訴したが、昭和26年4月にXは三重県内の某市議会議員に立候補し、当選した。一審判決(名古屋地判昭和35年5月30日民集19巻3号729頁)はXの請求を棄却し、控訴審判決(原判決。名古屋高判昭和37年1月31日行集13巻1号84頁)はXの控訴を棄却した。最高裁判所大法廷は控訴審判決を破棄し、事件を名古屋地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「原判決(その引用する第一審判決)の認定にかかる前示事実に照らせば、本件免職処分が取り消されたとしても、上告人は市議会議員に立候補したことにより郵政省の職員たる地位を回復するに由ないこと、まさに、原判決(および第一審判決)説示のとおりである。しかし、公務職免職の行政処分は、それが取り消されない限り、免職処分の効力を保有し、当該公務員は、違法な免職処分さえなければ公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利、利益につき裁判所に救済を求めることができなくなるのであるから、本件免職処分の効力を排除する判決を求めることは、右の権利、利益を回復するための必要な手段であると認められる」から、Xが「上告人が郵政省の職員たる地位を回復するに由なくなつた現在においても、特段の事情の認められない本件において、上告人の叙上のごとき権利、利益が害されたままになつているという不利益状態の存在する余地がある以上、上告人は、なおかつ、本件訴訟を追行する利益を有するものと認めるのが相当である」。

 ●最二小判平成21年2月27日民集63巻2号299頁

 事案:Xは、平成16年4月に普通乗用自動車を運転していたところ、道路交通法に違反する行為を行ったとして神奈川県警から交通反則告知書・免許証保管証の交付を受けた。その後、同年10月にXは運転免許証更新処分を受けたが、前記の違反行為の故に道路交通法第92条の2第1項にいう一般運転者に該当するとして、有効期間は5年であるが優良運転者である旨の記載(同第93条第1項)がない運転免許証の交付を受けた。Xは神奈川県公安委員会に対して異議申立てをしたが棄却決定を出されたため、この棄却決定の取消を求め、神奈川県を被告として出訴した。一審判決(横浜地判平成17年12月21日民集63巻2号326頁)はXの訴えを却下したが、控訴審判決(東京高判平成18年6月28日民集63巻2号351頁)は一審判決を取消し、事件を横浜地方裁判所に差し戻す判決を下した。神奈川県が上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「免許証の更新処分は、免許証を有する者の申請に応じて、免許証の有効期間を更新することにより、免許の効力を時間的に延長し、適法に自動車等の運転をすることのできる地位をその名あて人に継続して保有させる効果を生じさせるものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」が、「免許証の更新を受けようとする者が優良運転者であるか一般運転者であるかによって、他の公安委員会を経由した更新申請書の提出の可否並びに更新時講習の講習事項等及び手数料の額が異なるものとされているが、それらは、いずれも、免許証の更新処分がされるまでの手続上の要件のみにかかわる事項であって、同更新処分がその名あて人にもたらした法律上の地位に対する不利益な影響とは解し得ないから、これ自体が同更新処分の取消しを求める利益の根拠となるものではない」。しかし、「道路交通法は、優良運転者の実績を賞揚し、優良な運転へと免許証保有者を誘導して交通事故の防止を図る目的で、優良運転者であることを免許証に記載して公に明らかにすることとするとともに、優良運転者に対し更新手続上の優遇措置を講じているのである。このことに、優良運転者の制度の上記沿革等を併せて考慮すれば、同法は、客観的に優良運転者の要件を満たす者に対しては優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して更新処分を行うということを、単なる事実上の措置にとどめず、その者の法律上の地位として保障するとの立法政策を、交通事故の防止を図るという制度の目的を全うするため、特に採用したものと解するのが相当である」。従って、「客観的に優良運転者の要件を満たす者であれば優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行う更新処分を受ける法律上の地位を有することが肯定される以上、一般運転者として扱われ上記記載のない免許証を交付されて免許証の更新処分を受けた者は、上記の法律上の地位を否定されたことを理由として、これを回復するため、同更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するというべきものである」。

 

 5.取消判決を出したとしても原状回復が困難である場合

 「処分」を取り消す判決を出したとしても原状回復が困難である場合には、狭義の訴えの利益が否定されやすい。但し、常に否定されるとは限らず、狭義の訴えの利益が認められる場合もある。

 ●名古屋地判昭和53年10月23日行集29巻10号1871頁

 事案:愛知県知事は、昭和48年9月29日に蒲郡市に対して同市の公有水面の埋立免許処分を行った。魚類養殖業を営むXは、この埋立免許処分が公有水面埋立法第4条第3項第1号に違背するとして取消を求めて出訴したが、名古屋地方裁判所はXの請求を却下した。

 判旨:「処分の取消しの訴えは処分によつて生じた違法状態を排除して原状に復し、これによつて人民の権利利益の保護救済を図ることを目的とする訴訟であるから、原状回復が法律上不可能とみるべき事態が生じた場合には、もはや当該処分を取消してみても、違法状態を排除できず、人民の権利利益の保護救済に資するところがないのであつて、当該処分を取消すべき実益がなくなつたものとしてその訴えの利益は存在しないものというべきである」。本件の「埋立地を原状の海面に回復することは、その規模、構造、現在の所有関係、利用状況、原状回復によつて予測される社会的、経済的損失及び周辺海域の汚染度などからみて、社会通念に照らし法律上原状回復が不可能であるといわなければならない」。

 ●最二小判平成4年1月24日民集46巻1号54頁

 事案:Y(兵庫県知事)は、八鹿町営土地改良事業の施行認可処分を行った。八鹿町はこの認可の後に工事に着手して完了させ、半年後に換地計画を定めた上でYに換地計画の認可を申請した。Yは約3か月後に換地計画を認可し、八鹿町が換地処分を行った上で登記を完了した。これに対し、Xは、この事業が国道バイパス建設のためのもので土地改良法第2条第2項の事業に該当しないことなどを理由として土地改良事業施行認可処分の取消しを求めた。一審判決(神戸地判昭和58年8月29日行集34巻8号1465頁)はXの訴えを却下し、控訴審判決(大阪高判昭和59年8月30日行集34巻8号1465頁)もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は本件を神戸地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「本件認可処分は、本件事業の施行者である八鹿町に対し、本件事業施行地域内の土地につき土地改良事業を施行することを認可するもの、すなわち、土地改良事業施行権を付与するものであり、本件事業において、本件認可処分後に行われる換地処分等の一連の手続及び処分は、本件認可処分が有効に存在することを前提とするものであるから、本件訴訟において本件認可処分が取り消されるとすれば、これにより右換地処分等の法的効力が影響を受けることは明らかである。そして、本件訴訟において、本件認可処分が取り消された場合に、本件事業施行地域を本件事業施行以前の原状に回復することが、本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、右のような事情は、行政事件訴訟法31条の適用に関して考慮されるべき事柄であって、本件認可処分の取消しを求める上告人の法律上の利益を消滅させるものではないと解するのが相当である。」

 

 6.代替施設が完成した場合

 ●最一小判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁(長沼ナイキ訴訟。Ⅱ-177)

 事案:当時の防衛庁は、第三次防衛力整備計画の執行のため、北海道夕張郡長沼町にある水源涵養保安林(本件保安林)の部分を航空自衛隊の第三高射群の配置地点に決定した。そのため、札幌防衛施設局長はY(農林大臣)に対し、保安林指定の解除の申請を行った。Yは、森林法第26条第2項にいう「公益上の理由により必要が生じたとき」に該当するとして、昭和44年7月7日、告示をもって本件保安林の指定解除処分(本件処分)を行った。これに対し、近隣住民のXらは、本件処分が憲法第9条および森林法第26条第2項に違反するとして、本件処分の取消を求めて出訴した。一審判決(札幌地判昭和48年9月7日行集27巻8号1385頁)は、自衛隊が憲法第9条に違反するなどとしてXらの請求を認容したが、控訴審判決(札幌高判昭和51年8月5日行集27巻8号1175頁)は一審判決を取り消してXらの訴えを却下した。最高裁判所第一小法廷は、Xらの上告を棄却した。

 判旨:①「一般に法律が対立する利益の調整として一方の利益のために他方の利益に制約を課する場合において、それが個々の利益主体間の利害の調整を図るというよりもむしろ、一方の利益が現在及び将来における不特定多数者の顕在的又は潜在的な利益の全体を包含するものであることに鑑み、これを個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益としてとらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する他方の利益に制限を課したものとみられるときには、通常、当該公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益は、直接的には右法律の保護する個別的利益としての地位を有せず、いわば右の一般的公益の保護を通じて附随的、反射的に保護される利益たる地位を有するにすぎないとされているものと解されるから、そうである限りは、かかる公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分が法律の規定に違反し、法の保護する公益を違法に侵害するものであつても、そこに包含される不特定多数者の個別的利益の侵害は単なる法の反射的利益の侵害にとどまり、かかる侵害を受けたにすぎない者は、右処分の取消しを求めるについて行政事件訴訟法九条に定める法律上の利益を有する者には該当しないものと解すべきである。しかしながら、他方、法律が、これらの利益を専ら右のような一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとすることももとより可能であつて、特定の法律の規定がこのような趣旨を含むものと解されるときは、右法律の規定に違反してされた行政庁の処分に対し、これらの利益を害されたとする個々人においてその処分の取消しを訴求する原告適格を有するものと解することに、なんら妨げはない」。

 ②森林「法は、森林の存続によつて不特定多数者の受ける生活利益のうち一定範囲のものを公益と並んで保護すべき個人の個別的利益としてとらえ、かかる利益の帰属者に対し保安林の指定につき『直接の利害関係を有する者』としてその利益主張をすることができる地位を法律上付与しているものと解するのが相当である。そうすると、かかる『直接の利害関係を有する者』は、保安林の指定が違法に解除され、それによつて自己の利益を害された場合には、右解除処分に対する取消しの訴えを提起する原告適格を有する者ということができるけれども、その反面、それ以外の者は、たといこれによつてなんらかの事実上の利益を害されることがあつても、右のような取消訴訟の原告適格を有するものとすることはできないというべきである」。

 ③Xらのうち原告適格を有するとされた者についても、本件処分の「後の事情の変化により、右原告適格の基礎とされている右処分による個別的・具体的な個人的利益の侵害状態が解消するに至つた場合には、もはや右被侵害利益の回復を目的とする訴えの利益は失われるに至つたものとせざるをえない。換言すれば、(中略)原告適格の基礎は、本件保安林指定解除処分に基づく立木竹の伐採に伴う理水機能の低下の影響を直接受ける点において右保安林の存在による洪水や渇水の防止上の利益を侵害されているところにあるのであるから、本件におけるいわゆる代替施設の設置によつて右の洪水や渇水の危険が解消され、その防止上からは本件保安林の存続の必要性がなくなつたと認められるに至つたときは、もはや乙と表示のある上告人らにおいて右指定解除処分の取消しを求める訴えの利益は失われるに至つたものといわざるをえないのである」。

 

 7.「処分」の効果が消滅した後に残る利益が事実上の利益にすぎない場合

 ●最三小判昭和55年11月25日民集34巻6号781頁(Ⅱ-176)

 事案:Y1(福井県警察本部長)は、昭和48年12月17日、Xの自動車運転免許の効力を30日間停止する旨の処分を行った(但し、同日に効力停止期間を29日短縮した)。Xは、昭和49年2月15日にY2(福井県公安委員会)に対して審査請求をしたが、Y2は同年4月12日に審査請求を棄却する旨の裁決を行った。そこで、XはY1による処分およびY2による裁決の取消を求めて出訴した。一審判決(福井地判昭和51年1月23日訟務月報22巻3号688頁)はXの請求を棄却したが、控訴審判決(名古屋高金沢支判昭和52年12月14日訟務月報22巻13号2277頁)は一審判決を一部破棄してY2の裁決処分を取り消した。X、Y2の双方が上告し、最高裁判所第三小法廷はXの上告を棄却、Y2の上告を認容し、いずれについても控訴審判決を取り消してXの訴えを却下した〈なお、Y2の上告を認容した判決は最三小判昭和55年11月25日訟務月報27巻2号352頁である〉

 判旨:Xは、Y1による「処分の日から満一年間、無違反・無処分で経過し」ており、「一年を経過した日の翌日以降、Xが」Y1による処分を「理由に道路交通法上不利益を受ける虞がなくなつたことはもとより、他に」Y1による処分を「理由にXを不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はないから、行政事件訴訟法9条の規定の適用上、Xは、本件原処分及び本件裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益を有しないというべきである。この点に関して」控訴審判決は「Xには、本件原処分の記載のある免許証を所持することにより警察官に」Y1による処分の「存した事実を覚知され、名誉、感情、信用等を損なう可能性が常時継続して存在するとし、その排除は法の保護に値する被上告人の利益であると解して本件裁決取消の訴を適法とした。しかしながら、このような可能性の存在が認められるとしても、それは(中略)事実上の効果にすぎないものであり、これをもつてXが本件裁決取消の訴によつて回復すべき法律上の利益を有することの根拠とするのは相当でない」。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 取消訴訟における狭義の訴えの利益」として2020年11月14日23時19分00秒付で掲載し、修正の上で2021年02月20日に再掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第24回 取消訴訟の訴訟要件その2―原告適格および狭義の訴えの利益を中心に―」として)。

              2017年12月20日修正。

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