4.予算の種類、編成
予算書は、日本の公文書の中で最も難解なものとも評されるもので、その全ての内容を理解しうる者は、予算の作成・編成に関わるほんの数人である、と言われるほどである。私も、第201回国会(常会)の会期中である2020(令和2)年1月20日に衆議院へ提出された令和2年度予算を参照したが、次に示すように、頁数は膨大である。
まず、「令和2年度一般会計予算」は、PDFファイルで1117頁分(表紙、目次および索引の部分を含む。以下同じ)である。しかも、その大半を「令和2年度一般会計予算参照書」、とくに「令和2年度一般会計各省各庁予定経費要求書等」が占める。
次に、「令和2年度特別会計予算」は、PDFファイルで509頁分である。
これらに、129頁分の「令和2年度政府関係機関予算」、1208頁分の「財政法第28条等による令和2年度予算参考書類」が加わる。他にも参考資料が存在する。
基本的には、いかなる事項にいくらだけの歳出予算が認められるのかを理解できるようになっているが、項の箇所に省庁が、目の箇所に費目が書かれているだけで、細目はわからない。大枠だけが国会で決定されればよいというように割り切るならば、それも一つの考え方である。しかし、中身に入る前に、その量に圧倒され、読み切ることは難しいかもしれない。
そのようなものであるから、国会において予算案が審議されるとは言え、その程度がどのようなものであるか、疑わしいとも言いうる。国会が有する予算審議権は、行政権に対する統制権限の中で最も重要なものであるが、実際には予算案についての審議が行政権に対する有効な統制になっているのかと問われるならば、積極的に肯定的意見(解答)をなすことは難しい。これは、地方財政についても同様である。場合によっては、地方議会のほうが根深い問題なのかもしれない。
いずれにせよ、予算がいかなる構成により、いかなる内容を盛り込むものであるかを知ることは、様々な意味において必要である。
〔1〕予算の種類
(1)一般会計予算と特別会計予算
既に示したように、内閣によって提出される予算案は、一般会計予算、特別会計予算、政府関係機関予算および「財政法第28条による予算参考書類」から構成される。それぞれは別個の議案であり、特別会計予算については全てが一つにまとめられた上で、国会に議案として提出される。このうち、純粋な政府予算案は一般会計予算と特別会計予算であり、財政法第13条第1項もこの区別を行う。
「第2部:国の財政法制度 第3回:財政法の構造と原理 財政法に示された財政の原則」において述べたように、財政法の諸原則の一つとして会計統一の原則がある。本来であれば、全体的な財政状況を容易に把握するためにも、歳出および歳入が単一の会計の下に置かれ、統一的に管理・経理されることが望ましいのであるが、実際には、一般会計予算と特別会計予算とに区分されている。
財政法第13条第2項は「国が特定の事業を行う場合、特定の資金を保有してその運用を行う場合その他特定の歳入を以て特定の歳出に充て一般の歳入歳出と区分して経理する必要がある場合に限り、法律を以て、特別会計を設置するものとする」と規定する。また、特別会計については、財政法の規定に対する特例を定めることができる(同第45条)。現在、17種類の特別会計が存在し、それぞれについて法律が定められている。これらは、企業的な事業、投資的な事業、資金運用的な事業などからなり、一般予算および決算と同様に現金主義を採用するもの、企業会計と同様に発生主義を採用するものなどが混在している。
●ここで、令和2年度特別会計予算目録による特別会計を概観しておく。番号などは、便宜上、私が付したものである。
A.内閣府、総務省及び財務省所管
1.交付税及び譲与税配付金
B.財務省所管
2.地震再保険(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
3.国債整理基金
4.外国為替資金(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
C.財務省及び国土交通省所管
5.財政投融資(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
D.内閣府、文部科学省、経済産業省及び環境省所管
6.エネルギー対策(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
E.厚生労働省所管
7.労働保険(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
F.内閣府及び厚生労働省所管
8.年金(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
G.農林水産省所管
9.食料安定供給(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
10.国有林野事業債務管理
H.経済産業省所管
11.特許(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
I.国土交通省所管
12.自動車安全(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
J.国会、裁判所、会計検査院、内閣、内閣府、復興庁、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省及び防衛省所管
13.東日本大震災復興(繰越明許費計上)(国庫債務負担行為計上)
また、「財政法第28条による予算参考書類」は、その名の通り、第28条各号に規定される、国会に予算案を提出する際に添付すべき書類である。一般会計予算と特別会計予算は別個に議案として提出されるし、特別会計予算には13種類の特別会計についての案が一括して提出される。一般会計予算と特別会計予算との間、特別会計とされるものの間、そして一特別会計の各勘定間において繰り入れが行われるなど、重複する場合もあるので、それを差し引いての予算純計を出す必要がある。これは、第3号に規定される調書として提出される。この他、歳入予算明細書(第1号)、「各省各庁の予定経費要求書等」(第2号)、などが提出される。
そして、政府関係機関予算は、財政法に規定がないものの、沖縄振興開発金融公庫の予算及び決算に関する法律※第4条第2項、同第7条、株式会社日本政策金融公庫法第30条第2項、同第33条、独立行政法人国際協力機構法第18条第4項、同第21条などの規定により、国会の議決を経る必要があるものをいう※※。これらの場合、企業会計の原則などが採用されているが、政府からの借入金などによって運営されることからすれば、国会の議決を経るとされているのは当然であろう。
※この法律は、平成19年法律第58号による改正までは「公庫の予算及び決算に関する法律」という名称であり、国民生活金融公庫、住宅金融公庫、農林漁業金融公庫、中小企業金融公庫、公営企業金融公庫および沖縄振興開発金融公庫を規律していた。この他、政府関連予算として国会の議決を経る機関として、中小企業総合事業団信用保険部門、日本政策投資銀行および国際協力銀行が存在した。
※※独立行政法人国際協力機構の経理は、独立行政法人国際協力機構法第13条に規定される業務に係る勘定(一般勘定)と有償資金協力業務に係る勘定(有償資金協力勘定)とに経理を区分することとなっている(同第17条)。このうち、有償資金協力勘定について「収入及び支出の予算を作成し、主務大臣を経由して、これを財務大臣に提出しなければならない」とされる(同第18条第1項)。
(2)当初予算(本予算)と補正予算
この区別は、度々耳にするものであろう。財政法に規定されるのは当初予算(本予算)である。これは、言うまでもなく、前年度中に内閣から国会に提出され、国会の議決を経て、当該年度の当初から施行されるものである。一会計年度に生じるはずの全歳入および全歳出を網羅するものであり、これが変更を受けることなく執行されるのが原則であるし、そうであることが望ましい。
しかし、予算作成後に、何らかの事情が変化し、やむをえず、予算の追加または変更をしなければならない場合が生じうる。このようなときに、当初予算を変更せずに執行することが不可能になり、さらに国政が停滞しては困ることになる。
そこで、財政法第29条は、補正予算の作成および提出を内閣に認めている。但し、常に作成および提出をなしうるとするのでは、当初予算(本予算)の意味を失わせてしまうので、第29条は、次の場合にのみ補正予算の作成および提出を認める。
「法律上又は契約上国の義務に属する経費の不足を補うほか、予算作成後に生じた事由に基づき特に緊要となつた経費の支出(当該年度において国庫内の移換えなどにとどまるものを含む。)又は債務の負担を行なうため必要な予算の追加を行なう場合」(第1号):この場合は、義務費の不足、および予算作成後の事情の変化に限られている。なお、ここで「特に緊要となつた」とあるが、その判断は内閣に委ねられている。
「予算作成後に生じた事由に基づいて、予算に追加以外の変更を加える場合」(第2号):当初予算(本予算)を作成した後に生じた事由により、歳出予算の金額を減らすこと、繰越明許費を減額すること、国庫債務負担行為の金額を減らすこと、などの必要がある場合に、補正予算が認められる。
なお、第29条の規定は歳出予算の変更を想定しており、歳入予算の補正については定めていない。しかし、歳入予算が歳入(収入)の見積もりにすぎないとは言え、公債発行額を増額する場合などについては、予算の補正が必要であろう。
作成および提出の手続は、当初予算(本予算)に準ずる。勿論、当初予算(本予算)の国会提出時期(前年度の1月中を常例としている)に関する第27条の適用などはない。このこともあり、また、国会法第59条ただし書きの存在もあって、当初予算(本予算)が成立する前であっても補正予算の提出は可能と理解されている〈兵藤広治『財政会計法』(1984年、ぎょうせい)55頁〉。
(3)当初予算(本予算)と暫定予算
上述のように、財政法第27条は、当初予算(本予算)について国会提出時期の常例を前年度の1月中としており、前年度内に国会の議決を経て成立することとなっている。しかし、これまでにも、国会の審議状況により※、例えば、国会が予算を否決した場合に、前年度内に予算が成立しないことが何度かあった。また、衆議院が解散している場合には、当然ながら予算の審議を行いえないので、予算が成立しない。稀に、予算案が前年度内に内閣から国会に提出されないこともありうる。
※直近の例では平成27年度予算があげられるが、ここでは平成24年度予算について触れておく。第180回国会は、本来ならば補正予算を処理する必要があったが召集が遅れた。また、衆議院と参議院とで多数党が異なるという政治状況などが原因となり、平成24年度予算(当初予算)の審議が遅れた(衆議院においては可決されたものの、参議院では予算委員会における審議が終わらずに平成23年度が終了した)。このため、1998(平成10)年度以来14年ぶりに暫定予算が編成されることとなり(朝日新聞2012年3月24日付朝刊9面14版掲載の「復興特会も暫定予算編成 一般会計は3兆円台後半 政権方針」を参照)、平成24年度暫定予算は、3月30日の衆参両院の本会議において可決・成立した(朝日新聞2012年3月31日付朝刊4面14版掲載の「暫定予算 14年ぶりに成立」、日本経済新聞2012年3月31日付朝刊2面14版の「暫定予算が成立」も参照)。
なお、平成24年度予算(当初予算)は、2012年4月5日の午後に成立した。同日に行われた参議院予算委員会においてこの予算案は否決され、同院本会議においても否決された。両院協議会も開かれたが意見がまとまらなかったため、憲法第60条第2項に従うこととなった(朝日新聞2012年4月5日付夕刊2面4版掲載の「今年度予算、午後成立 4月ずれ込み14年ぶり」、朝日新聞2012年4月6日付朝刊7面14版掲載の「96.7兆円 成立 今年度予算」を参照)。
当該年度予算が成立しない場合、大日本帝国憲法第71条に規定されていたように、前年度の予算を執行するということも考えられる。しかし、「第1部:日本国憲法における、財政に関する基本的原則 第1回:財政および財政法」において述べたように、理念的にみれば財政民主主義の否定につながりかねないし、故意に法律の執行を妨害することにもつながるなど、国会の立法権を実質的に否定することにもなりかねない。
但し、私自身は「或る程度」という留保を付すものの、大日本帝国憲法第71条を評価する。三権分立の趣旨からして、行政権から立法権への牽制として、また、国家の円滑な運営を図るためにも、この種の事柄を憲法の規定に盛り込むことは必要であると考えられるのである。
日本国憲法には、予算不成立の場合に関する規定が存在しないが、現実的な問題として、予算が不成立になった場合には、当該年度の国政が完全に運営不能となる。「第1部:日本国憲法における、財政に関する基本的原則 第1回:財政および財政法」において述べたように、日本国憲法の欠陥の一つである、と評価してよい。それはともあれ、当初予算が成立しない場合には、とりあえず、応急措置を行わなければならない。その応急措置が暫定予算であり、財政法第30条に規定されている。
暫定予算は「一会計年度のうちの一定期間に係る」もので「必要に応じて」作成され、提出されるものであり(第1項)、作成および提出は、当初予算(本予算)と同様に内閣の専権事項である。しかし、暫定予算であっても、国会に提出されるということは、国会の議決を経なければ成立しないということである。従って、国会の審議状況によっては暫定予算すら成立しないまま、新会計年度に移行するということもありうる。このような場合に関する規定は財政法などにも存在しないが、これまで何度か生じ、一種の空白状態が生じたことがある。
暫定予算は、既に述べたところから明らかであるように、応急措置としての性格を有する。そのため、内容は必要かつ最小限のものに留められるべきであろう。しかし、場合によっては、当初予算(本予算)に計上すべきである新規施策に係る経費も暫定予算に計上する必要があろう。公債発行も、やむをえない場合には認められざるをえない。
当初予算(本予算。財政法第30条第2項にいう「当該年度の予算」)が成立すれば、暫定予算は失効する。これは当然のことである。そして、暫定予算に基づいて支出や債務の負担がなされた場合には、当初予算(本予算)からなされたものとみなされる(同項)。これも当然のことである。
なお、暫定予算は、通常であれば歳出超過型の予算となる※。本来、このような予算は財政法第12条によって禁じられるのであるが、暫定予算は、あくまでも当初予算(本予算)が成立するまでの予算であり、当初予算(本予算)が成立すれば失効する、すなわち、実質的には当初予算(本予算)に吸収されるのであるから、当初予算(本予算)に重大な影響を与えるようなものでなければ、歳出超過型であってもとくに問題はない。
※平成24年度一般会計暫定予算も歳出超過型予算となっていた(歳入118億3672万円、歳出3兆6104億9637万8千円)。平成27年度一般会計暫定予算も同様である(歳入262億8907万5千円、歳出5兆7592億9003万5千円)。
〔3〕予算の内容
財政法第16条は、予算を、予算総則、歳入歳出予算(同第24条により、予備費も含めることができる)、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為から構成されるものと定義する。中心となるのは歳入歳出予算である。
(1)予算総則
財政法第22条に定められるものであり、文字通り、当該年度予算の総則としての意義を有する。一般会計予算にも特別会計予算にも、予算総則が設けられる。
予算総則には、歳入歳出予算、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為に関する総則的な規定が置かれ、ここで、総額などが示される。そして、公債または借入金の限度額、公共事業費の範囲、日本銀行の公債の引き受けまたは借入金の借り入れの限度額、財務省証券の発行および一時借入金の借り入れの最高額、国庫債務負担行為の限度額、予算の執行に関し必要な事項、などが規定される。なお、特別予算の場合には弾力条項が置かれ、収入が増加した場合に支出も増加するようになっている。なお、この場合、具体的な支出目的が規定されていないなど、予備費と異なった特徴がみられる〈詳細は、兵藤・前掲書61頁を参照〉。
とくに、予算の執行に関し必要な事項は、予算全体を運用するに際して国会の議決を受けるべき事柄が多く掲載されている(実際に、予算書を参照していただきたい)。
また、特別会計の予算総則には財政投融資計画に関する規定も置かれる。それは、財政投融資の中身が特別会計の予算と関連するからである。
(2)歳入歳出予算
予算書で甲号と称される歳入歳出予算は、予算の中心あるいは本体である。財政法第23条および第31条第2項、そして予算決算及び会計令第14条によると、歳入歳出予算は次のように区分される。
収入(歳入)について
部局等の組織の別(財務省のうち、歳入事務を部分的に管理するもの。主管)
部(性質に応じて。例、租税及び印紙収入)
款(例、租税)
項(例、所得税)
目(財政法に規定がない)
支出(歳出)について
所管官庁および部局等の組織の別(●●省、●●本省というように定められる)
項(目的に応じて)
目(財政法に規定がない)
目の細分(財政法に規定がない)
歳出予算の目の区分と各目の細分については、各省各庁の長と財務大臣との協議によって定められ(予算決算及び会計令第14条第2項)、その他は財務大臣によって定められる(同第1項)。
いずれも、部・款・項については予算に計上されて国会の議決の対象となるが、目および目の細分については、財政法第28条に定められる予算に添付する参考書類に掲げられ、審議の参考となるに留められている。このため、部・款・項を立法科目といい(議定科目と言われることもある)、目および目の細分を行政科目という。
なお、歳入歳出予算には予備費が設けられる。憲法第87条を受け、財政法第24条により、「予見し難い予算の不足に充てるため」に計上されうるものである。この場合は具体的な使途が定められていないのであるが、形式的に歳出予算に入れられ、所管が財務省、項が予備費とされることとなる。
(3)継続費
予算書においては乙号と称される。継続費については「第1部:日本国憲法における、財政に関する基本的原則 第1回:財政および財政法」および「第2部:国の財政法制度 第3回: 財政法の構造と原理 財政法に示された財政の原則」において解説を加えたので、意味などについてはそちらを参照していただきたい。なお、これについても、部局等の区分、項の区分は財務大臣によって定められ(予算決算及び会計令第14条第1項)、目の区分および各目の細分は、各省各庁の長と財務大臣との協議によって定められる(同第2項)。
(4)繰越明許費
予算書においては丙号と称される。繰越明許費については「第2部:国の財政法制度 第3回: 財政法の構造と原理 財政法に示された財政の原則」において解説を加えた。
(5)国庫債務負担行為
国の債務負担行為については、いかなるものであっても国会の議決が必要である。国庫債務負担行為は、財政法第15条第1項・第2項において定義されるものである(同第5項)。
このうち、第1項の国庫債務負担行為は、法律に基づく債務負担、歳出予算の金額、もしくは継続費の総額の範囲における債務負担以外のものとされている。これは少々わかりにくい規定であるが、法律に基づく場合など、上記に列挙されるものであれば、当初から債務を負担する権限が与えられていることになるのである。しかし、そうでない場合は、国会に、その権限を付与するように議決を求めなければならないのである。当該年度中に債務負担行為が行われるが実際における経費の支出が翌年度に行われる場合などに、この方法が採用される。
これに対し、第2項の国庫債務負担行為は、災害復旧など緊急の必要がある場合のものとされている。これについては、毎会計年度、国会が議決した金額の範囲内で認められる。
以上、解説を加えたが、前述のように、実際に予算書を読んでみていただきたい。
〔3〕予算の編成
既に述べたように、予算案の作成権および提案権は内閣に専属する(憲法第73条第5号、第86条。内閣法第5条も参照)。予算書には、国会、裁判所そして会計検査院の予算案も示されているが、これらについても、最終的な作成権および提案権は内閣に専属する(財政法第17条第1項も参照)。しかし、予算の作成の全過程を内閣が行う訳ではない。実際には、予算案が作成される過程において各国家機関が関与する。この、予算案が作成され、国会に提出されるまでの過程を予算の編成という。
当該年度の予算案は、前年度に編成されることとなる。財政法には規定されていないが、毎年、夏頃に翌年度予算案への概算要求について、閣議での了解がなされる。ここで、概算要求枠と言われる限度枠(いわゆるシーリング)などが定められている。
これを受け、財政法第17条に規定されるように、各国家機関の長は、歳入、歳出、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為の見積もりに関する書類を作製する。そして、国会(衆議院および参議院)、最高裁判所長官そして会計検査院長は、この書類を8月31日までに内閣に送付する。その後、財務大臣に「回付」される(予算決算及び会計令第8条)。内閣総理大臣および各省大臣は、やはり8月31日までにこの書類を財務大臣に送付する(同条)。
そして、財務大臣は、送付を受けた見積もりを検討した上で調整をなし、概算の原案を作製する。この原案が閣議に提出され、その決定を受けることとなる(財政法第18条)。ここでなされる概算の原案作成は、実際のところはかなり大きな影響をもつものである。法的には、見積もりの検討、調整、そして概算の原案は、特段の効力を有する訳ではない。しかし、財務省主計局(実際に担当する部署)は、各省各庁から示された概算要求書(見積もりのこと)について説明を求めたり、査定を行ったりする。その査定の結果が概算の原案につながる。そして、12月に閣議が行われ、予算編成方針の決定、そして財務省原案の内示が行われる。その後に、年末恒例の復活折衝が行われる。最終的には大臣折衝になるが、実質的には次官級折衝の段階が重要であると言われる。
なお、財務大臣による調整などについては、とくに第18条第2項および第19条の規定が存在する。国会、裁判所および会計検査院については、第18条第1項の決定をするに際し、歳出の概算について衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官および会計検査院長の意見を聞かなければならず(同第2項)、歳出の見積もりを減額する場合には、詳細を歳入歳出予算に付記し、国会が増額修正をしようとする場合に必要な財源を明記しなければならない(第19条)。これは、三権分立主義(会計検査院については憲法上の独立性)を保障するためのものである。
概算が決定されると、財務大臣は歳入予算明細書を作製し(第20条第1項)、衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官、会計検査院、内閣総理大臣、そして各省大臣に概算を通知する(予算決算及び会計令第9条第1項)。これを受けて、これらの機関の長や大臣は、その概算の範囲内において予定経費要求書、継続費要求書、繰越明許要求書および国庫債務負担行為要求書を作製し、財務大臣に送付しなければならない(同第2項)。財務大臣は、これらを基にして予算を作成し、閣議の決定を経る(第21条)。これで、予算案が作成されたということになるのである。
〔4〕予算の審議、執行
(1)予算案の提出
財政法第21条に定められた閣議において予算案が決定された場合、直ちに国会に提出されることとなる。財政法第27条によると「内閣は、毎会計年度の予算を、前年度の一月中に、国会に提出するのを常例とする」。この規定は、通常国会(憲法や法律では「常会」)が毎年1月中に召集されることを常例とする国会法第2条の規定に対応するものである。
財政法第27条は、おそらくは平成3年度に改正されたと思われるが、改正前は「前年度の十二月中」とされていた。しかし、実際には、12月中に提出されたことはほとんどない。また、その時も「常例」とされていたにすぎない。
法律案と異なり、予算案については、先に衆議院に提出されなければならない(憲法第60条第1項)。これに伴い、予算関連法案も先に衆議院に提出されることが多い。なお、国会法第58条は「内閣は、一の議院に議案を提出したときは、予備審査のため、提出の日から五日以内に他の議院に同一の案を送付しなければならない」と規定するため、予算案については参議院にも予備審査のために送られることとなる。
(2)予算案の審議
予算案の審議は、基本的に国会法の規定に基づくものである。そこで、国会法の諸規定に基づきつつ、予算の審議過程を概観する。
国会法などには規定がないが、内閣総理大臣の施政方針演説に続き、財務大臣による財政演説が行われる。ここで予算の概要が示される。これは、衆議院、参議院に共通する。
衆議院議長は、国会法第56条第2項に従い、衆議院予算委員会(第41条第2項第14号)に付託する。よく指摘されるように、予算などについての実質的な審議は、本会議においてではなく、予算委員会において行われる。予算案についても「真に利害関係を有する者又は学識経験者から意見を聴く」ために公聴会が行われる。第51条第2項により、公聴会の開催は必須とされる。そして、予算委員会の議決(第47条によれば「審査」)を経た後、本会議に予算案が送られ、審議される。衆議院本会議で可決されれば、参議院に送られ(国会法第83条を参照)、ほぼ同様の手続を経ることとなる(参議院予算委員会は第41条第3項第13号)。参議院本会議で可決されれば、予算が成立する。しかし、衆議院本会議で可決されていれば、参議院本会議での否決は必ずしも予算の不成立を意味しない(なお、国会法第83条の2第3項を参照)。憲法第60条第2項に定められるように、国会法第85条に規定される両院協議会を開催しても意見が一致しない場合、または、衆議院が可決した予算案を参議院が受け取ってから30日以内(休会中を除く)に議決がなされない場合には、衆議院の議決により、予算が成立することとなる。
予算案の審議について、以前から問題とされているのが、修正権の範囲である。具体的には、減額修正の可否および程度、増額修正の可否および程度である。これについては、既に予算の法的性格との関連にて述べたが、ここで補足をしておく。
予算案の修正というが、問題となるのは歳出予算、継続費、および国庫債務負担行為の修正である。とくに、歳出予算についてはどこまで増額修正が可能なのかという問題が生じうる。この点について、予算法律説は、予算を法律と考えるために無制約の修正が可能であると考え、予算法形式説(予算法規範説)よりも修正権を広く認めることになると主張する。しかし、前述のように、これは傾向的なものであって論理必然的なものではない。
日本国憲法の下においては、減額修正、増額修正のいずれも、それ自体としては認める。実定法上も、国会法第57条の2が予算修正の動議を、第57条の3が予算増額修正の動議を規定するのであるから、(両規定の関係はあまり明確なものと言えないのであるが)国会に減額修正権および増額修正権が認められているのは明らかである。問題はその範囲であるが、結局のところ、内閣の予算作成権および提出権との関係を重視し、均整のとれた解釈をせざるをえないであろう。
宍戸常寿「法秩序における憲法」安西文雄他『憲法学の現代的論点』〔第2版〕(2009年、有斐閣)43頁は「権力分立の観点からは国会の予算修正権の論点も重要であるが、『統治プログラム』としての重要性からすれば、予算作成権が内閣にあるからといって修正権を否定・限定すべきでないことはもちろん(中略)予算案作成過程への国会の一定の関与を制度化することも、許されると解すべきであろう」と述べる。
減額修正については、一定の制約があるという説もあるが、無制約と解するのが妥当であろう〈杉村・前掲書116頁〉。その理由として、日本国憲法が財政民主主義を採ること、憲法第60条の解釈から国会に予算の否決権があることは明らかであること、そして、大日本帝国憲法第67条に相当する規定が日本国憲法に存在しないことをあげることができる。
これに対し、増額修正の範囲については議論が分かれており、学説上は今も決着をみていない。
無制約説を採る見解の例として、長尾一紘『日本国憲法』〔第3版〕(1997年、世界思想社)509頁を参照。なお、同書第4版(2011年、世界思想社)においては両説が簡潔に紹介されているのみである。
既に述べたように、私は、予算案の作成権限および提出権限が内閣にあることからして、国会の予算修正権が内閣の権限を害する程度までに行使されることは許されない、と解する。1977(昭和52)年に出された政府統一見解も同じ説である。減額修正は、単に或る項目の削減を目的とするが、増額修正の場合は性格が異なる。場合によっては新たな費目(項目)を作り出すのであり、それに応じた法律案の提出なども必要とされる。場合によっては大幅な法律の改廃などが行われることになるが、この点をどのように考えるのか。また、いかに国会の議決があるとは言え、国民の負担をいたずらに増やす結果につながりかねないような予算の増額を無制約に認めることは、国政運営を困難に陥れることにもなりかねない。
国会法第57条の2が、予算の修正の動議に衆議院議員であれば50人以上、参議院議員であれば20人以上の賛成を求めていること、および、第57条の3が予算増額修正の動議について内閣が意見を述べる機会を規定しているのは、内閣の予算作成権および提出権を尊重するための規定であろう。なお、地方自治法第97条第2項は、地方議会に予算の増額修正権を認めているが、ただし書きにおいて「普通地方公共団体の長の予算の提出の権限を侵すことはできない」と定めている。
(3)予算の執行
予算が成立したからと言って、直ちに予算に定められた支出を行いうる訳ではない。そこで、歳入歳出予算、継続費および国庫債務負担行為について予算の配賦が行われる。これは、財政法第31条第1項によって内閣の権限とされている。この際、国会において議決された予算の項は目に区分されることになる。配賦が行われた場合には、財務大臣が会計検査院長に通知しなければならない。
配賦の後に予算が執行されることになるが、その際には、支出負担行為が行われ、それから支払いが行われることになる。それらについて、公共事業費など、財務大臣が指定するもの(毎年度の告示による)について、財務大臣が実施計画を承認することにより、支出負担行為が認められることになる(財政法第34条の2、予算決算及び会計令第18条の4、会計法第12条を参照)。
なお、支出負担行為は、財政法第34条の2によって「国の支出の原因となる契約その他の行為」と定義されるものである。
支払いについては、支払い計画の承認という手続が求められる。これは同第34条に規定されるもので、各省各庁の長が、配賦予算に基づいて支出担当事務職員ごとに支出の所要額を定め、支払いの計画に関する書類を作成し、財務大臣に送付した上でその承認を経なければならないこととなる。財務大臣が「国庫金、歳入及び金融の状況並びに経費の支出状況等を勘案して、適時に、支払の計画の承認に関する方針を出し、閣議の決定を経なければならない」とされている(同第2項)。
予算を執行する際には、第33条第1項により、原則として、移用(部局間における融通または部局内での項間における融通)、流用(各目間での融通)は禁じられる。しかし、全く認められないというのでは、かえって執行に不都合を生じる場合があるため、予算決算及び会計令第17条、および財政法第33条第1項ただし書き・第2項に規定される手続を経て、移用や流用などが可能となる。このうち、移用については、予め国会の議決を経た上で財務大臣の承認を得る必要がある。これに対し、流用については財務大臣の承認のみでよい。
なお、財政法には規定されていないが、移替えという制度が存在する。これは部局間の間で行われるもので、或る部局に計上されている金額を別の部局に移した上で執行させるというものである。予算総則において示されている。
繰越については、既に述べた。
予備費については、第35条第1項により、財務大臣が管理することとされている。各省各庁の長が予備費の使用を必要と認める場合には、その理由、金額および積算の基礎を明示した調書を作製した上で財務大臣に送付しなければならず(第2項)、財務大臣は、調整をした上で予備費使用書を作製し、原則として閣議の決定を求めることとされている(第3項)。そして、実際に支弁された予備費については、各省各庁の長が調書を作製し、財務大臣に送付しなければならず(第36条第1項)、財務大臣は総調書を作製し、内閣が総調書などを国会に提出して承諾を求めることとされている(第2項および第3項)。
▲第6版における履歴:2020年2月24日掲載。
▲第5版における履歴:「04 国家予算」として、2014年4月1日掲載。
2014年5月17日修正。
2016年6月28日修正。