雪が静かに降ってくる。道は足跡一つ無い白い雪で化粧されている。僕以外に誰もそこにはいないし、空気が冷たく硬い。そこは音もない空間でした。
40年以上も前の1月、丁度今頃のことです。同志社大学の受験が間近に迫り、下見と称して行った京都はとても寒かった。もう今では死語になりつつある、後の無い二浪受験。大学の下見は精神的にも結構疲れていたあの時の、言い訳の出来る息抜き。
大学を後にして烏丸駅まで歩いていると、気が付けば京都御所の中。周りに人影もなく、雪がただ降っていました。振り向いたら、僕の足跡があるだけ。すごく純粋な気分になりました。心の中の踏みつけられた雪のように汚れたものが、空から降りて来る白い雪で覆い隠されて行きます。不安やマイナス志向といった灰色のびしょびしょしたものが、ふわりとした雪のように変わりました。
どこをどう歩いたのか、気が付けば方向の違う河原町。ちょっと年配の方が多い本格派の雰囲気のいいジャズ喫茶に入り、そこで飲んだコーヒーはとても温かいものでしたが、外の雪のぬくもりには負けていたと思います。雪の中、白い息をはきながら歩いていると、踏みしめる雪の音だけではなく、聞こえるはずの無い雪の降る音が優しく語り掛けて来ます。その音が温かい。
あの時の、この美しい風景と雪の音は、今でも真冬日の硬い空気に触れると鮮明に脳裏をよぎります。僕が京都で見た、人生で最も汚れの無い美しい風景。
寒いときに飲むコーヒーは、今はいつも温かいものですが、あの日のそれよりも温かい雪の景色と、綺麗に残された自分の足跡を忘れることはありません。コーヒーと京都にまつわる懐かしい思い出。