旨そうな 雨後のキノコが 土に生え
中村 梅士 Baishi
雨の中、月曜日の朝に大汗をかきながら登城した。
雨が降ったからと言って傘は差さない。
それではロンドンのジェントルマンにも劣るだろう。
ちょっとでも雨が降ったら傘を差す日本人はバカだと思う。
しかし、次第に三密の雨になったので仕方なく傘を差した。
三蜜とは意味不明の流行語であるが、雨が密集してきたと
いう程度の意味である。
緑の狸の獣毛の生え具合を言った言葉なのだろう。
今日は4カ月ぶりくらいに眼科に行った。
予約なしで予約を入れることができた。
客が減っているのだろうか。
緑内障治療薬の目薬が切れそうだったので慌てて登頂した
のだった。
9Fまで階段を上ると、さすがに息が荒くなる。
夕方、公園を通ると、雨後の茸がたくさん生えていた。
これまでも梅雨はあったが、茸がこれほど目につくことは
あまりなかったと思う。
ふっくらとして旨そうである。
しかし、一本みそ汁にして食べたら心臓が止まるのではな
いか。
テングダケの種類が多いからだ。
食糧難になったら実験してみたい。
それにしても、今朝から腰が痛かった。
生霊か、悪霊が取り付いたのだろう。
除霊したが、多少、痛みが残った。
人間とは、摩訶不思議であることよ。
すなわち、霊の性質である。
三峡ダムがまだ決壊しない。
決壊なんて、突然に起こるものだ。
炭鉱の落盤事故もそんな風だったという。
そろそろ切れてほしい。
泰山ニャンニャンという死神が親戚も連れて待機している
という。
着物姿の化け猫風から、一見美人猫までお出ましになって
いるという。
まずは、三峡ダムの決壊が予定されているはずである。
さらに、疫病や食糧危機で10億人は死神に唾をつけられて
いるはずなのだ。
習近平もその中にいるかもしれない。
三峡ダムが決壊したら、梅雨明けである。
上海が海下になる。
ナンチャイナが壊滅し、ナンダコリアが道連れになった後
が問題である。
つまり、大恐慌の始末をどうつけるかである。
一次産業から建て直さなければなるまい。
「ぬくもりの経済学」が説かれているという。
おそらく風俗商売ではなく、額に汗して働く経済だろう。
積小為大の経済である。
信仰が問われることになる。
エル・カンターレ信仰が分からないでは、生き残る意味が
ない。
勤勉、勤労の精神は信仰心からくるのだ。
人生これ修行の人生観である。
スポーツからも信仰が失われている。
特に、日本のスポーツには信仰が見えない。
信仰告白なくしてスポーツをするなと言いたい。
信仰なき武道などあり得ない。
信仰なき柔道のみじめなことよと思う。
神仏を信じないのも自由、その結果地獄に堕ちるのも自由
である。
それを自業自得というのだ。
同情しないし、救いたいとは思わない。
望んでいることに口出しすることもないからだ。
しかし、子どもや青年には信仰なくして人間の尊厳なしと
いうことを教える責任があると思う。
神なくして正義の観念が成り立つわけがないではないか。
信仰以前の、簡単な論理である。
ご生誕祭の講演は知らないが、エル・カンターレ信仰こそ
は人類の希望であることは明白である。
奇跡の時代だということが分からないのはただのバカだ。
知的好奇心さえないのだろう。
日本にもニャンニャン様に来ていただいて、お掃除しても
らうことだ。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party