奥山に もみじ葉を置き 石地蔵
中村 梅士 Baishi
地蔵とはいえ、秋には秋の心境が感じられるものであ
る。
今日は11月の晦日になった。
明日からは師走である。
一年の計と来年の計を胸算用する。
終わりそうで終わらないのが仕事であるが、回転して
いる証拠だろう。
さて、今朝の気温は9℃、銀杏が真っ黄色に染まって
きた。
秋の色は紅葉だが、それもまもなく冬木立になる。
日曜日は最後のチャンス、紅葉狩りに出かけたい。
昨日は授業で第二期スポーツ基本計画について批判的
に概説した。
スポーツ基本法も基本計画も、官僚特有のリップサー
ビスと数字や責任主体のごまかしが見て取れる。
スポーツリーダーはもっと教養と批判精神を磨かなけ
ればならない。
世界中で、日本ほど国旗をみかけない国はないだろう。
日本ほど危機的愛国心のない国民も珍しかろう。
主権国民の義務として兵役を制定するなどとでも言っ
たら、マスコミの狂気が噴煙をあげるだろう。
暴力革命を起こすなら、NHKや朝日・中日などのマス
ゴミを襲撃することだ。
しかし、マスコミさえもが、裏切りの枝葉に過ぎない。
日本人の国家意識ないし国民意識は狂っている。
なにしろ、自衛隊の国際支援活動でさえも、危険にさ
らすななどということを恥ずかしげもなく公言する勢力
があるのだからあきれてしまう。
日本ほど、求心力のない国はないだろう。
希薄になった絆をスポーツで強めようなどというのも、
筋違いであろう。
絆が切れたのは、天皇の人間宣言に由来する。
民間人まで玉砕を覚悟した国民に対する裏切りである。
しかも、靖国参拝さえしない天皇を尊敬する国民は、
思考停止した高齢者の一部に過ぎないだろう。
その上、天皇万歳と言って突撃していった英霊に対し
て、約束の靖国にも参拝しないなど、裏切りにもほどが
ある。
国民の心の傷は戦後73年たっても癒されない。
天皇が国民の敬愛を受けなくなれば、象徴天皇制も成
り立たない。
皇室は身分制廃止の理念に従って、私人に戻すべきで
ある。
姓を与えて、市井に戻すべきである。
もはや無用である。
国民の絆を繋ぐためには、目に見える国民的危機が必
要である。
そこから、非常事態を助け合う絆と、新しいカリスマ
が登場するだろう。
絆なき増税国家は一度叩き潰す必要がある。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party