すでに、多くの人々や多くの媒体で推薦されている。私がお勧めするまでもないだろう。私もぜひ読みたいと思っていた。本書は千葉県で「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」が成立するまでの経過を書いたものである。
■ 自治体の時代における条例づくりの重要性
これは千葉県という自治体が制定した条例についての本である。中央政府が関わって国会で制定する法律に対して、自治体が主体的に、住民同士のあり方やルールを定める条例である。ここで「中央政府が関わって」と限定した言い方をしているのは、法律は国会議員が創ることが一般的だという見方がある。それに対して、日本では、中央政府が法律を作成し、国会で成立するという経過が、ほとんどの法律で見られる。
同様に、条例の場合も、府県や市町村の行政側が原案を作り、首長が代表して議会に提案することが多い。原案作りに行政が指名した委員による会議が開かれ、そこでなんらかの発言もできる。とはいえ、これは条例作りの会議ではないが、かつて宮城県が設けた「宮城の福祉を考える百人委員会」では、「発言はたった3分しかできなかった」という声もあった程だ(浅野史郎著「誰のための福祉か』(岩波書店、1996年)。多分実態だろう。
議会の多数派にも条例制定に賛成してもらう必要がある。これが地域の条例作りの難しいところだ。障害者など関係者も行政とのやり取りというか交渉には、馴染んでいる。しかし、条例という以上は、その自治体に居住している全ての住民に効果は及ぶ。全ての住民が納得する必要がある。これが難しい。立ち止まる場合もあるし、譲歩する場合もある。あるいは後退としか見えない場合もある。それを長期にわたって見届けるのだから、中心人物の心中はさぞ悔しいだろう。本書の筆者の野沢さんは研究会の座長でもあった。
■ すべての人の取り決めを実現するために
千葉県では、広く障害者や関係者に「差別」と思われる出来事を報告してもらっている。また、委員会のメンバーにも、行政が立ち止まらざるを得ないような発言をする障害者なども入っている。それ以外にも、どちらかというと障害者差別をする側と見られがちな企業などの代表も入っている。こうした多彩なメンバーが参加した研究会が主導をした点でも、すべての人にとっての千葉県の条例作りの意義がある。
この条例は一般に「障害者差別禁止条例」と呼ばれる。マスコミもそれに類した呼び方をしている。しかし、条例は一般にその自治体にかかわるすべての人たちを対象としているはずだ。とすると、条例についても障害者に特化した呼び方よりも、より広い意味合いを持っている。
野沢さんもこうした視点を大切にしている。野沢さんは「条例が成立するためには、企業を含む一般県民からも支持されなければならない」と。もちろん、あからさまに差別されたり無視されたりしてきた経験が障害者や家族にはたくさんある。また、奇異の目で見られた障害者の悔しい思いを大切にした上での判断だ。
野沢さんは「私たちがつくろうとしている条例は、障害者のための条例ではあるけれども、決して障害者のためだけのものではない。すべての人間にとって、とくに子どもたちに、それぞれの人間の違い、それぞれの悲しみや辛さをわかり合い、理解し合うきっかけをつくることができる」と、条例の意味をあらためて発見している。
■ 今の社会での多数という固定的な立場から解き放たれることは面白い
野沢さんも「どういう特性を持った人が多数で、どういう特性を持った人が少数なのか、そして多数の人は少数の人のことをわかっているのか、いないのか。障害者差別の本質は、そういうことに尽きるのではないだろう」と、記述している。もし車イス利用者の方が多数になったら、車イス用トイレのためにお金を使うのはもったいないといえるだろうか。野沢さんの素敵なところは、こうした考え方を障害者本人の発言で気付いている点だろう。
さらに野沢さんは「理不尽な理由で辛く悲しい思いをしている人は、障害者だけではない。<少数者=障害者>ではなく、『障害者』を、たとえば、別の言葉に置き換えてはどうだろうか」とも。障害者の問題に限定するのではない。もっと広げて考えてみたら、今の社会のあり方を変えるために、もっと大きな可能性があるはずだ。より視点を広げたいという野沢さんに代表される条例に関わった人たちの意識が伝わってくる。
罰則がない条例では差別を禁止する効果が薄いという意見もある。しかし、差別行為に対して罰則や裁判が唯一の手段ではないだろう。この条例は「互いの理解を深めるため」に、重要な提案をしている。つまり「世の中の仕組みが複雑になる一方で人間関係が希薄になってきている現代の社会においては、それほどの強制力や権限はなくても個々のケースに対応できる。きめ細かい問題解決システムが必要なのだ」と。この指摘は重要だ。裁判に訴える以外に方法はあるはずだ。たとえ、甘いといわれても、市民としては、そちらを探したい。市民自治の可能性を見つけたい人々に、この本をぜひお勧めしたい。著者の野沢さんの前著『わかりやすさの本質』もぜひ読んでほしい。
野沢 和弘 著『条例のある街――障害のある人もない人も暮らしやすい時代に――』ぶどう社、2007年、
ISBN―13: 978―489240―187―9 、A5版、条例原案と成立した条例付き。
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■ 自治体の時代における条例づくりの重要性
これは千葉県という自治体が制定した条例についての本である。中央政府が関わって国会で制定する法律に対して、自治体が主体的に、住民同士のあり方やルールを定める条例である。ここで「中央政府が関わって」と限定した言い方をしているのは、法律は国会議員が創ることが一般的だという見方がある。それに対して、日本では、中央政府が法律を作成し、国会で成立するという経過が、ほとんどの法律で見られる。
同様に、条例の場合も、府県や市町村の行政側が原案を作り、首長が代表して議会に提案することが多い。原案作りに行政が指名した委員による会議が開かれ、そこでなんらかの発言もできる。とはいえ、これは条例作りの会議ではないが、かつて宮城県が設けた「宮城の福祉を考える百人委員会」では、「発言はたった3分しかできなかった」という声もあった程だ(浅野史郎著「誰のための福祉か』(岩波書店、1996年)。多分実態だろう。
議会の多数派にも条例制定に賛成してもらう必要がある。これが地域の条例作りの難しいところだ。障害者など関係者も行政とのやり取りというか交渉には、馴染んでいる。しかし、条例という以上は、その自治体に居住している全ての住民に効果は及ぶ。全ての住民が納得する必要がある。これが難しい。立ち止まる場合もあるし、譲歩する場合もある。あるいは後退としか見えない場合もある。それを長期にわたって見届けるのだから、中心人物の心中はさぞ悔しいだろう。本書の筆者の野沢さんは研究会の座長でもあった。
■ すべての人の取り決めを実現するために
千葉県では、広く障害者や関係者に「差別」と思われる出来事を報告してもらっている。また、委員会のメンバーにも、行政が立ち止まらざるを得ないような発言をする障害者なども入っている。それ以外にも、どちらかというと障害者差別をする側と見られがちな企業などの代表も入っている。こうした多彩なメンバーが参加した研究会が主導をした点でも、すべての人にとっての千葉県の条例作りの意義がある。
この条例は一般に「障害者差別禁止条例」と呼ばれる。マスコミもそれに類した呼び方をしている。しかし、条例は一般にその自治体にかかわるすべての人たちを対象としているはずだ。とすると、条例についても障害者に特化した呼び方よりも、より広い意味合いを持っている。
野沢さんもこうした視点を大切にしている。野沢さんは「条例が成立するためには、企業を含む一般県民からも支持されなければならない」と。もちろん、あからさまに差別されたり無視されたりしてきた経験が障害者や家族にはたくさんある。また、奇異の目で見られた障害者の悔しい思いを大切にした上での判断だ。
野沢さんは「私たちがつくろうとしている条例は、障害者のための条例ではあるけれども、決して障害者のためだけのものではない。すべての人間にとって、とくに子どもたちに、それぞれの人間の違い、それぞれの悲しみや辛さをわかり合い、理解し合うきっかけをつくることができる」と、条例の意味をあらためて発見している。
■ 今の社会での多数という固定的な立場から解き放たれることは面白い
野沢さんも「どういう特性を持った人が多数で、どういう特性を持った人が少数なのか、そして多数の人は少数の人のことをわかっているのか、いないのか。障害者差別の本質は、そういうことに尽きるのではないだろう」と、記述している。もし車イス利用者の方が多数になったら、車イス用トイレのためにお金を使うのはもったいないといえるだろうか。野沢さんの素敵なところは、こうした考え方を障害者本人の発言で気付いている点だろう。
さらに野沢さんは「理不尽な理由で辛く悲しい思いをしている人は、障害者だけではない。<少数者=障害者>ではなく、『障害者』を、たとえば、別の言葉に置き換えてはどうだろうか」とも。障害者の問題に限定するのではない。もっと広げて考えてみたら、今の社会のあり方を変えるために、もっと大きな可能性があるはずだ。より視点を広げたいという野沢さんに代表される条例に関わった人たちの意識が伝わってくる。
罰則がない条例では差別を禁止する効果が薄いという意見もある。しかし、差別行為に対して罰則や裁判が唯一の手段ではないだろう。この条例は「互いの理解を深めるため」に、重要な提案をしている。つまり「世の中の仕組みが複雑になる一方で人間関係が希薄になってきている現代の社会においては、それほどの強制力や権限はなくても個々のケースに対応できる。きめ細かい問題解決システムが必要なのだ」と。この指摘は重要だ。裁判に訴える以外に方法はあるはずだ。たとえ、甘いといわれても、市民としては、そちらを探したい。市民自治の可能性を見つけたい人々に、この本をぜひお勧めしたい。著者の野沢さんの前著『わかりやすさの本質』もぜひ読んでほしい。
野沢 和弘 著『条例のある街――障害のある人もない人も暮らしやすい時代に――』ぶどう社、2007年、
ISBN―13: 978―489240―187―9 、A5版、条例原案と成立した条例付き。
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