統合失調症の長男を殺害し、遺体を切断して海に捨てた事件の裁判員裁判は、父親である被告に懲役12年を言い渡して終わった。審理は尽くされたが、裁判員からは「病気についてもう少し知りたかった」「医療用語が難しく(説明を)消化しきれなかった」という声も出た。裁判では精神障害者をめぐる社会の現状を伝えきれなかったのではないか。今後、同様の事件で私たちが裁判に参加する可能性もある。精神科病院を長年取材しているジャーナリストの大熊一夫さんに、改めて今の精神医療が抱える問題を尋ねた。
――日本の精神医療はどこが問題なのでしょうか。
いまだに重い統合失調症の人の多くが病院に収容され、社会から葬り去られている。この「精神病院中心主義」から脱却しなければならない。
欧米ではもはや病院に頼らない治療が主流だ。日本の精神病床数は高止まりのままだが、欧米では年々減っている。特に先進的なイタリアは99年に精神科病院を全廃し、数万人に1カ所の割合で地域精神保健センターを設けた。重症の人でも拘束せず、地域のグループホームで暮らし、在宅で治療を受けられる。日本は、そんな地域のサービス網が根付いていない。
――なぜ地域での支援が進まないのでしょう。
日本では60年代から、民間病院に精神障害者を押しつけ、市場原理主義の病院側は少ない人手で多くの患者を受け入れてきた。「精神病棟=鉄格子」というイメージが定着し、病院外で精神障害者がきちんと生活できる姿を世間が想像できないのだろう。
――今回の裁判で、このような現状が裁判員に伝わったと思いますか。
裁判員が、証人の精神科医に「統合失調症はどんな病気か」と質問したことに表れているように、病気に対する認知度はまだまだ低い。精神科医は「暴力を振るう人も多い。家族間の殺人もある」と答えたが、これでは、重症者は入院させるしかないという話で終わる。病院で治して社会に帰すシステム自体がすでに破綻(はたん)していることを伝えていない。
――証人の精神科医が紹介した群馬県精神科救急情報センターについては、どう評価していますか。
精神科医は「患者が地域で生活していけるように、情報センターでチームを組み、対象者に医療や福祉面で適切な助言をしていく」と証言している。ここは大事なポイント。これからは患者に病院に来させるのではなく、専門家が患者の元へ出向く時代だ。
だが、群馬でさえ「精神病院中心主義」から抜け切れていない。弁護側の証人として呼ぶなら、「浦河べてるの家」(北海道)や「ACT―K」(京都)など地域主体の支援を実践している団体の方が説得力があったと思う。
――精神障害者がかかわる重大事件の裁判を、今後も裁判員が審理することになります。課題は何でしょう。
精神障害について理解するのに4日間程度では厳しい。どうしたら精神障害者を支えられるかという問題提起を裁判で重ねていくうちに、社会がレベルアップしていくのではないか。
=大熊さんのプロフィール=
精神科病院や老人病院を中心に取材するジャーナリスト。元朝日新聞記者。70年、アルコール依存症を装って精神科病院に入院した「ルポ・精神病棟」を朝日新聞に連載。最新の著書は「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」(09年10月、岩波書店)。72歳。
――日本の精神医療はどこが問題なのでしょうか。
いまだに重い統合失調症の人の多くが病院に収容され、社会から葬り去られている。この「精神病院中心主義」から脱却しなければならない。
欧米ではもはや病院に頼らない治療が主流だ。日本の精神病床数は高止まりのままだが、欧米では年々減っている。特に先進的なイタリアは99年に精神科病院を全廃し、数万人に1カ所の割合で地域精神保健センターを設けた。重症の人でも拘束せず、地域のグループホームで暮らし、在宅で治療を受けられる。日本は、そんな地域のサービス網が根付いていない。
――なぜ地域での支援が進まないのでしょう。
日本では60年代から、民間病院に精神障害者を押しつけ、市場原理主義の病院側は少ない人手で多くの患者を受け入れてきた。「精神病棟=鉄格子」というイメージが定着し、病院外で精神障害者がきちんと生活できる姿を世間が想像できないのだろう。
――今回の裁判で、このような現状が裁判員に伝わったと思いますか。
裁判員が、証人の精神科医に「統合失調症はどんな病気か」と質問したことに表れているように、病気に対する認知度はまだまだ低い。精神科医は「暴力を振るう人も多い。家族間の殺人もある」と答えたが、これでは、重症者は入院させるしかないという話で終わる。病院で治して社会に帰すシステム自体がすでに破綻(はたん)していることを伝えていない。
――証人の精神科医が紹介した群馬県精神科救急情報センターについては、どう評価していますか。
精神科医は「患者が地域で生活していけるように、情報センターでチームを組み、対象者に医療や福祉面で適切な助言をしていく」と証言している。ここは大事なポイント。これからは患者に病院に来させるのではなく、専門家が患者の元へ出向く時代だ。
だが、群馬でさえ「精神病院中心主義」から抜け切れていない。弁護側の証人として呼ぶなら、「浦河べてるの家」(北海道)や「ACT―K」(京都)など地域主体の支援を実践している団体の方が説得力があったと思う。
――精神障害者がかかわる重大事件の裁判を、今後も裁判員が審理することになります。課題は何でしょう。
精神障害について理解するのに4日間程度では厳しい。どうしたら精神障害者を支えられるかという問題提起を裁判で重ねていくうちに、社会がレベルアップしていくのではないか。
=大熊さんのプロフィール=
精神科病院や老人病院を中心に取材するジャーナリスト。元朝日新聞記者。70年、アルコール依存症を装って精神科病院に入院した「ルポ・精神病棟」を朝日新聞に連載。最新の著書は「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」(09年10月、岩波書店)。72歳。