受信料の月額最大120円値下げを盛り込んだNHKの来年度から3カ年の経営計画がまとまった。
◇公共放送像、自ら提示を
NHK執行部と最高意思決定機関である経営委員会が8月下旬に策定作業に入り約2カ月。話し合いは、現行計画に盛り込まれた「12年度からの受信料収入の10%還元」を値下げで実現すべきだと主張する数土文夫・経営委員長(JFEホールディングス相談役)らと松本正之会長ら執行部との「数字」の攻防に費やされた。公共放送のあるべきかたちを十分議論し、それに基づく経営方針が示されたと言えるだろうか。
◇原発番組など「らしさ」発揮
新経営計画には、現行の受信料体系になって初の受信料値下げと、東日本大震災を踏まえた大災害時における放送機能の強化などが盛り込まれた。ともかくも実現した値下げの発端は、不祥事頻発に揺れた07年の菅義偉総務相(当時)の発言。受信料支払いの義務化と、それによって生じた余剰分を視聴者に還元するという趣旨だった。だが、公共放送の根幹に関わる義務化の議論は消え、値下げだけが生き残った。
そもそも公共放送として目指すべき姿とは何だろうか。「NHKらしさ」と言うと漠然としているが、この間の取り組みにヒントはある。
ひとつはETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」(5月15日放送)など、福島第1原発事故の影響を独自調査するなど原発問題を扱った一連の番組だ。取材班は震災直後の3月15日に現地入りし、30キロの取材自主規制圏内にも入り放射線量を測定。ホットスポットをいち早く指摘し、国や自治体から情報が届かず孤立する人々の存在を伝えた。内容は原発導入の歴史や困難な除染の実態など具体的かつ多岐にわたった。
4月3日の原発番組第1弾は、汚染実態を不安に思う視聴者の間で話題となり、ツイッターなどでも視聴を勧める声が飛び交った。第2弾となった前述の「汚染地図」は何度も再放送され、JCJ大賞や早稲田ジャーナリズム大賞を受賞した。長年原発問題を追ってきたディレクターの七沢潔さんは「事故の実態が見えないなか、とにかく調べて伝えたかった」と振り返る。
民放ではタブー視されがちな原発・核問題を地道に追い続けた成果と言えるだろう。ときに「国営放送」とも揶揄(やゆ)される一方、こんな番組も存在する。この幅の広さこそがNHKらしさの一端だろう。
もう一つはアーカイブとしての役割だ。NHKが受信料を使って放送してきた番組は文字通り公共の財産なのだ。ラジオ放送開始から80年以上、テレビ放送も間もなく60年。放送の歴史はそのまま現代史といえる。埼玉県内のNHKアーカイブスや各放送局施設内(時間制限あり)では視聴できるが、一般視聴者にもっと開放すべきではないか。
NHKは、08年12月からインターネットなどで過去の放送番組を有料視聴できる「NHKオンデマンド」サービスを始め、最近放送されたドラマや過去の番組約6700本を公開している。受信料契約者には、少なくとも過去の番組ならネットを通じて無料で自由にアクセスできるようにしたらどうだろうか。「受信料収入の10%還元」を巡っても、オンデマンド無料化案が浮上したこともあった。「ネットは一部の人しか使えないので不公平」などの理由で実現しなかったが、環境が整備されれば、むしろネットが年配者や障害者にアクセスしやすい手段になりうる。
アーカイブを公開するとして、単純にオンデマンドを無料化するなら、今回の値下げに充てる予定の1162億円で十分に賄える。受信料値下げよりオンデマンド無料化、と言っているのではない。NHKのあり方の議論なしに値下げの数字の攻防に終始したことが問題なのだ。
◇ネット同時配信、十分な議論なく
若者のテレビ離れ、地上波の完全デジタル化など、テレビを取り巻く環境は激変している。NHK会長の諮問機関「受信料制度等専門調査会」は7月、インターネットによる番組同時配信の必要性を認め、パソコン利用者からも受信料を徴収することが望ましいと答申した。放送とネットの境界があいまいになる中で、公共放送としてネットとどう向き合うかは喫緊の課題だが、十分議論されぬまま新計画では触れられなかった。数土委員長が値下げに固執する一方、執行部側も経営委の顔色をうかがい、積極的な提案ができなかった結果だろう。
視聴者の立場を第一に考えて「NHKらしさ」を追求するなかで、道は開けるはずだ。NHKは受け身の姿勢ではなく、自ら具体的な公共放送像を提示してほしい。議論はそこから始まる。(東京学芸部)
毎日新聞 2011年11月15日 0時41分
◇公共放送像、自ら提示を
NHK執行部と最高意思決定機関である経営委員会が8月下旬に策定作業に入り約2カ月。話し合いは、現行計画に盛り込まれた「12年度からの受信料収入の10%還元」を値下げで実現すべきだと主張する数土文夫・経営委員長(JFEホールディングス相談役)らと松本正之会長ら執行部との「数字」の攻防に費やされた。公共放送のあるべきかたちを十分議論し、それに基づく経営方針が示されたと言えるだろうか。
◇原発番組など「らしさ」発揮
新経営計画には、現行の受信料体系になって初の受信料値下げと、東日本大震災を踏まえた大災害時における放送機能の強化などが盛り込まれた。ともかくも実現した値下げの発端は、不祥事頻発に揺れた07年の菅義偉総務相(当時)の発言。受信料支払いの義務化と、それによって生じた余剰分を視聴者に還元するという趣旨だった。だが、公共放送の根幹に関わる義務化の議論は消え、値下げだけが生き残った。
そもそも公共放送として目指すべき姿とは何だろうか。「NHKらしさ」と言うと漠然としているが、この間の取り組みにヒントはある。
ひとつはETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」(5月15日放送)など、福島第1原発事故の影響を独自調査するなど原発問題を扱った一連の番組だ。取材班は震災直後の3月15日に現地入りし、30キロの取材自主規制圏内にも入り放射線量を測定。ホットスポットをいち早く指摘し、国や自治体から情報が届かず孤立する人々の存在を伝えた。内容は原発導入の歴史や困難な除染の実態など具体的かつ多岐にわたった。
4月3日の原発番組第1弾は、汚染実態を不安に思う視聴者の間で話題となり、ツイッターなどでも視聴を勧める声が飛び交った。第2弾となった前述の「汚染地図」は何度も再放送され、JCJ大賞や早稲田ジャーナリズム大賞を受賞した。長年原発問題を追ってきたディレクターの七沢潔さんは「事故の実態が見えないなか、とにかく調べて伝えたかった」と振り返る。
民放ではタブー視されがちな原発・核問題を地道に追い続けた成果と言えるだろう。ときに「国営放送」とも揶揄(やゆ)される一方、こんな番組も存在する。この幅の広さこそがNHKらしさの一端だろう。
もう一つはアーカイブとしての役割だ。NHKが受信料を使って放送してきた番組は文字通り公共の財産なのだ。ラジオ放送開始から80年以上、テレビ放送も間もなく60年。放送の歴史はそのまま現代史といえる。埼玉県内のNHKアーカイブスや各放送局施設内(時間制限あり)では視聴できるが、一般視聴者にもっと開放すべきではないか。
NHKは、08年12月からインターネットなどで過去の放送番組を有料視聴できる「NHKオンデマンド」サービスを始め、最近放送されたドラマや過去の番組約6700本を公開している。受信料契約者には、少なくとも過去の番組ならネットを通じて無料で自由にアクセスできるようにしたらどうだろうか。「受信料収入の10%還元」を巡っても、オンデマンド無料化案が浮上したこともあった。「ネットは一部の人しか使えないので不公平」などの理由で実現しなかったが、環境が整備されれば、むしろネットが年配者や障害者にアクセスしやすい手段になりうる。
アーカイブを公開するとして、単純にオンデマンドを無料化するなら、今回の値下げに充てる予定の1162億円で十分に賄える。受信料値下げよりオンデマンド無料化、と言っているのではない。NHKのあり方の議論なしに値下げの数字の攻防に終始したことが問題なのだ。
◇ネット同時配信、十分な議論なく
若者のテレビ離れ、地上波の完全デジタル化など、テレビを取り巻く環境は激変している。NHK会長の諮問機関「受信料制度等専門調査会」は7月、インターネットによる番組同時配信の必要性を認め、パソコン利用者からも受信料を徴収することが望ましいと答申した。放送とネットの境界があいまいになる中で、公共放送としてネットとどう向き合うかは喫緊の課題だが、十分議論されぬまま新計画では触れられなかった。数土委員長が値下げに固執する一方、執行部側も経営委の顔色をうかがい、積極的な提案ができなかった結果だろう。
視聴者の立場を第一に考えて「NHKらしさ」を追求するなかで、道は開けるはずだ。NHKは受け身の姿勢ではなく、自ら具体的な公共放送像を提示してほしい。議論はそこから始まる。(東京学芸部)
毎日新聞 2011年11月15日 0時41分