◇高橋辰雄さん(61)
「小さな声で『私』を伝える」。甲府市で昨年11月、こんなタイトルの展覧会が開かれた。会場に展示されたのは、精神や身体に障害のある人、その家族ら7人の制作したアート作品。展覧会に込めたもの、障害とアートとの関わり−−。出展した当事者らの思いを聞いた。
展覧会は昨年11月21〜27日に甲府市丸の内2のギャラリー「エアリー」であり、油絵やアクリル画など絵画作品を中心に約30点を展示した。企画したのは美術家の高橋辰雄さん(61)=甲府市。今回は新聞やチラシ、段ボールを貼り合わせた鮮やかなコラージュ作品を出品した。
高橋さんは神経から筋肉に命令が十分に伝わらず、全身の筋力低下などが起きる難病「重症筋無力症」にかかっている。
30代からデザイン会社を経営。バブル時代には宝石会社の展示会をプロデュースするなど猛烈に働いてきた。しかし、50代になって、眼球の動きの異常のため物が二重に見える症状が表れ、重症筋無力症と診断された。「そのうち良くなる」と楽観していたが、症状は悪化。口や手足がうまく動かせなくなり、下着をはけず、茶わんも持ち上げられず、よだれも出てしまう。「昨日までできたことが今日できない。屈辱だった」
高橋さんが目を向けたのが、20代の頃から親しんできた現代アートの制作だった。十数年前、山梨市にあった障害者アートを扱うギャラリーを手伝っていたこともあり、精神や身体に障害のある仲間に呼び掛けた。
当初は「『障害』という視点で芸術を」と肩に力が入っていた。だが、仲間との交流でさまざまな気づきがあった。
ある統合失調症の男性が「こんなのができちゃいました」と高橋さんに作品を持ってきた。高橋さんは構図や技法など頭で入念に考えて描くが、彼は直感で素晴らしい作品を制作してしまう。「障害も含めた全てがアート。芸術を通して、病んだものを癒やす。その営み自体が芸術ではないか」と思うようになった。
自分の障害の捉え方も変わってきた気がする。昨年1月に薬の副作用などで腸が損傷し、人工肛門を付けた。人工肛門の臭いを消す薬剤もあるが、臭いがするのが「本当の人間」とも思う。「幸いか不幸か分からないが、考える軸が増えた」と高橋さん。
「高齢化などで、皆が体のどこかに障害を抱えながらも生きていく時代になる。だからこそ包容力を少しずつ持てるような社会にしたい」。今回の作品展はそんな思いから企画した。「小さな声」というタイトルには「小さな声に耳を傾ける心を持ってほしい」というメッセージを込めた。
展覧会は昨年11月に続き、今年と来年に1回ずつ、計3回の開催を予定している。第2回のタイトルは「小さな声であなたの事を」、第3回は「小さな声で世界が語れたら」と決めている。
「『私』から『あなた』そして『世界』へ。ゆっくりと社会とつながっていけたら」。高橋さんは期待する。
毎日新聞 2013年01月23日 地方版
「小さな声で『私』を伝える」。甲府市で昨年11月、こんなタイトルの展覧会が開かれた。会場に展示されたのは、精神や身体に障害のある人、その家族ら7人の制作したアート作品。展覧会に込めたもの、障害とアートとの関わり−−。出展した当事者らの思いを聞いた。
展覧会は昨年11月21〜27日に甲府市丸の内2のギャラリー「エアリー」であり、油絵やアクリル画など絵画作品を中心に約30点を展示した。企画したのは美術家の高橋辰雄さん(61)=甲府市。今回は新聞やチラシ、段ボールを貼り合わせた鮮やかなコラージュ作品を出品した。
高橋さんは神経から筋肉に命令が十分に伝わらず、全身の筋力低下などが起きる難病「重症筋無力症」にかかっている。
30代からデザイン会社を経営。バブル時代には宝石会社の展示会をプロデュースするなど猛烈に働いてきた。しかし、50代になって、眼球の動きの異常のため物が二重に見える症状が表れ、重症筋無力症と診断された。「そのうち良くなる」と楽観していたが、症状は悪化。口や手足がうまく動かせなくなり、下着をはけず、茶わんも持ち上げられず、よだれも出てしまう。「昨日までできたことが今日できない。屈辱だった」
高橋さんが目を向けたのが、20代の頃から親しんできた現代アートの制作だった。十数年前、山梨市にあった障害者アートを扱うギャラリーを手伝っていたこともあり、精神や身体に障害のある仲間に呼び掛けた。
当初は「『障害』という視点で芸術を」と肩に力が入っていた。だが、仲間との交流でさまざまな気づきがあった。
ある統合失調症の男性が「こんなのができちゃいました」と高橋さんに作品を持ってきた。高橋さんは構図や技法など頭で入念に考えて描くが、彼は直感で素晴らしい作品を制作してしまう。「障害も含めた全てがアート。芸術を通して、病んだものを癒やす。その営み自体が芸術ではないか」と思うようになった。
自分の障害の捉え方も変わってきた気がする。昨年1月に薬の副作用などで腸が損傷し、人工肛門を付けた。人工肛門の臭いを消す薬剤もあるが、臭いがするのが「本当の人間」とも思う。「幸いか不幸か分からないが、考える軸が増えた」と高橋さん。
「高齢化などで、皆が体のどこかに障害を抱えながらも生きていく時代になる。だからこそ包容力を少しずつ持てるような社会にしたい」。今回の作品展はそんな思いから企画した。「小さな声」というタイトルには「小さな声に耳を傾ける心を持ってほしい」というメッセージを込めた。
展覧会は昨年11月に続き、今年と来年に1回ずつ、計3回の開催を予定している。第2回のタイトルは「小さな声であなたの事を」、第3回は「小さな声で世界が語れたら」と決めている。
「『私』から『あなた』そして『世界』へ。ゆっくりと社会とつながっていけたら」。高橋さんは期待する。
毎日新聞 2013年01月23日 地方版