◇家族の絆つないだ絵−−甲府の女性画家
甲府市で昨年11月、障害のある人やその家族らのアート作品を集めた展覧会が開かれた。出展者の一人で甲府市の女性画家(37)には、統合失調症を患う妹(32)がいる。一時は幻聴や幻覚などの症状に苦しんだ妹。家族の絆をつないだのが絵だった。【片平知宏】
「小さな声で『私』を伝える」と題したこの展覧会。企画した美術家の高橋辰雄さん(61)=甲府市=に誘われ、女性は参加した。描いたのは、庭に咲いた小さなアサガオ、そして時期が過ぎても一つだけ残ったたくましいヘチマなど。心に苦しみを抱えた人たちが、自分の部屋の窓を少し開けた瞬間に見える風景をイメージした。繊細でか細いかもしれないが、その人が確かに生きているということを伝えたかった。
妹は大学時代に心の病気にかかり、1年の休学を経て卒業。女性や両親と甲府の実家で同居を始めた。その後、統合失調症と診断された。
症状は次第に悪くなり、幻聴や幻覚に悩まされ、リストカットを図った。眠れず夜中も泣き続け、食欲不振のため体もやせ細った。ビニール袋がすれる音も気になるため、家族は物音を立てないように暮らした。心配と心労で家族は不安定になった。
そんな時、女性が思いついたのが自分が描いた絵を見せ、感想を聞くことだった。「苦しみにどっぷりつかっている妹。絵という外の世界に目を向け、気が紛れればと思った」。感想を聞けない時もあったが、調子が良いと話が弾んだ。
大学時代から約20年間、絵を描いてきた女性。障害とアートのつながりに関心を持ったのは数年前。知人の作家から誘われ、芸術教室に参加している知的障害のある生徒たちと共に、甲府市で開かれた展覧会に参加した。「作品には描く、作る、生きる喜びがあふれていた。芸術理論や手法ではない。作品を作るという原点に立ち戻らせてくれた。子どもの頃に戻ったように明るく、気持ちを楽にしてくれた」
以前は日常生活で妹をよく注意した。「こうあるべきだ。ああしなきゃダメ。物事を善い悪いで考えていた」と振り返る。
しかし、妹と一つ屋根の下で10年余りの年月を重ねる中で、そして障害のある人々との交流の中で、妹との関係性も変化していったように思う。「『病気だから治さなければ』ではなく、障害も個性の一つだと思えるようになった」。女性や両親が「個性」との付き合い方を学んだことも良い影響を与えたのだろうか、3年ほど前から妹の病状も安定し始めたという。
今でも妹に絵を見せる。「どう?」。「この色が好き。前より良いね」。穏やかな表情を浮かべ、時折笑顔も見せる妹。「絵はコミュニケーションツール」と改めて思う。
女性は主に抽象画を描く。多彩な色の間には隙間(すきま)があり、その隙間が複雑に重なってキャンバスに奥行きを生み出す。「人ってそんなに単純じゃない」。女性は自分の絵を見返し、妹の障害、そして人という存在に対する捉え方が反映しているように感じる。
「『健常者』と『障害者』と分ける考え方はしません。芸術ならそんな垣根や立場を超えられるのではないでしょうか」
毎日新聞 2013年01月24日 地方版
甲府市で昨年11月、障害のある人やその家族らのアート作品を集めた展覧会が開かれた。出展者の一人で甲府市の女性画家(37)には、統合失調症を患う妹(32)がいる。一時は幻聴や幻覚などの症状に苦しんだ妹。家族の絆をつないだのが絵だった。【片平知宏】
「小さな声で『私』を伝える」と題したこの展覧会。企画した美術家の高橋辰雄さん(61)=甲府市=に誘われ、女性は参加した。描いたのは、庭に咲いた小さなアサガオ、そして時期が過ぎても一つだけ残ったたくましいヘチマなど。心に苦しみを抱えた人たちが、自分の部屋の窓を少し開けた瞬間に見える風景をイメージした。繊細でか細いかもしれないが、その人が確かに生きているということを伝えたかった。
妹は大学時代に心の病気にかかり、1年の休学を経て卒業。女性や両親と甲府の実家で同居を始めた。その後、統合失調症と診断された。
症状は次第に悪くなり、幻聴や幻覚に悩まされ、リストカットを図った。眠れず夜中も泣き続け、食欲不振のため体もやせ細った。ビニール袋がすれる音も気になるため、家族は物音を立てないように暮らした。心配と心労で家族は不安定になった。
そんな時、女性が思いついたのが自分が描いた絵を見せ、感想を聞くことだった。「苦しみにどっぷりつかっている妹。絵という外の世界に目を向け、気が紛れればと思った」。感想を聞けない時もあったが、調子が良いと話が弾んだ。
大学時代から約20年間、絵を描いてきた女性。障害とアートのつながりに関心を持ったのは数年前。知人の作家から誘われ、芸術教室に参加している知的障害のある生徒たちと共に、甲府市で開かれた展覧会に参加した。「作品には描く、作る、生きる喜びがあふれていた。芸術理論や手法ではない。作品を作るという原点に立ち戻らせてくれた。子どもの頃に戻ったように明るく、気持ちを楽にしてくれた」
以前は日常生活で妹をよく注意した。「こうあるべきだ。ああしなきゃダメ。物事を善い悪いで考えていた」と振り返る。
しかし、妹と一つ屋根の下で10年余りの年月を重ねる中で、そして障害のある人々との交流の中で、妹との関係性も変化していったように思う。「『病気だから治さなければ』ではなく、障害も個性の一つだと思えるようになった」。女性や両親が「個性」との付き合い方を学んだことも良い影響を与えたのだろうか、3年ほど前から妹の病状も安定し始めたという。
今でも妹に絵を見せる。「どう?」。「この色が好き。前より良いね」。穏やかな表情を浮かべ、時折笑顔も見せる妹。「絵はコミュニケーションツール」と改めて思う。
女性は主に抽象画を描く。多彩な色の間には隙間(すきま)があり、その隙間が複雑に重なってキャンバスに奥行きを生み出す。「人ってそんなに単純じゃない」。女性は自分の絵を見返し、妹の障害、そして人という存在に対する捉え方が反映しているように感じる。
「『健常者』と『障害者』と分ける考え方はしません。芸術ならそんな垣根や立場を超えられるのではないでしょうか」
毎日新聞 2013年01月24日 地方版