9月初旬の平日の午後2時すぎ。昼の忙しさから一段落した厨房(ちゅうぼう)内で、黙々と皿洗いをする男性がいた。回転ずしの「スシロー」野方店(福岡市西区)。精神障害者保健福祉手帳を持つ20代の男性は今年4月からこの店で働く。
日曜‐木曜の正午から午後5時まで、皿洗いとねたの仕込みを手伝う。自分から話し掛けるのが苦手で、作業の内容や手順が分からないときに固まってしまっていたが、同僚の声掛けで乗り越えてきた。「作業量に追いつかなくて戸惑いましたが、少しずつこなせるようになってきました。もっとテキパキできるよう頑張りたい」と意気込む。
周囲の目も温かい。当時、店長だった川名一寿さん(33)は「障害のあるなしに関係なく、職場のルールを守って仕事をし、休まず勤務してくれれば、受け入れるのが会社の方針。ちゃんとやってくれています。十分な戦力ですよ」と目を細める。
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厚生労働省によると、2012年に全国の民間企業(従業員56人以上)で働く障害者の数は約38万2千人で、雇用率は1・69%。雇用者数、雇用率とも過去最高を更新したが、精神障害者へのハードルは高い。
働く障害者のうち、身体は約76%、知的約20%なのに対し、統合失調症やうつ病などの精神障害はわずか約4%にとどまる。新たに求職した障害者約14万8千人の内訳を見ても、身体約46%、精神約34%、知的は約17%で、就職を望みながら果たせない精神障害者が多いことがうかがえる。
「障害者の特性を知らないことによる不安や偏見は根深い」。障害者の就労支援に取り組む厚労省の外郭団体・福岡障害者職業センターの主幹、川村浩樹さんは精神障害者雇用の“壁”をそう分析する。
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川村さんはあの涙が忘れられない。
数年前、精神障害者の付き添いで職場を訪問したときのことだ。「私は障害者と働きたくない!」。売り場の責任者だったパート女性は言い放った。時間を置いて面談すると、この女性は涙ながらに訴えた。「50年間生きてきて障害者と接したことがない。売り上げが伸びず、ノルマを果たさなければいけないのに…」
不安や偏見がなくなれば障害者雇用は進むと思っていた。しかし、食うか食われるかの最前線では余裕がない。どんな仕事ができ、何が苦手なのか、どんな配慮をした方がよいのか…。「就業後もきめ細かに企業側を支援する必要がある」と川村さんは胸に刻む。
障害への理解も必要だ。障害者就業・生活支援センター野の花(福岡市)でセンター長を務める古川慎太郎さんは「真面目で責任感が強いので、失敗して自信を失いやすい。慣れない環境で周囲に気遣いしすぎてしまう」と精神障害者が就労面で現れやすい特性を指摘。「少し休みましょう」「体調はどうですか」といった小さな配慮で職場に定着できるという。
少子高齢化で労働人口が減少する中、多様な人材を生かして成長を目指すダイバーシティ(多様性)経営は喫緊の課題。精神障害者が働きやすい職場環境を整えることは、その一歩となるはずだ。
スシロー野方店で働く精神障害者の男性。仕事にも慣れてきたという
=2013/09/19付 西日本新聞朝刊=