ゴエモンのつぶやき

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全日本身体障害者野球選手権:7チームで開幕 神戸コスモス、きょう決勝−−日高 /兵庫

2013年11月04日 02時26分37秒 | 障害者の自立
 第15回全日本身体障害者野球選手権大会(日本身体障害者野球連盟など主催)が2日、豊岡市日高町の県立但馬ドームで開幕し、出場7チームによる熱戦が始まった。7連覇を目指す神戸市の神戸コスモス(西近畿代表)は決勝進出を決めた。

 「障害者甲子園」とも呼ばれる全国大会で、予選を勝ち抜いた名古屋ビクトリー(中部・東海代表)、北九州フューチャーズ(九州代表)、京都ビアーフレンズ(東近畿代表)、広島アローズ(中国・四国代表)、岩手北上リリーズ(北海道・東北代表)、東京ブルーサンダース(関東・甲信越代表)と神戸コスモスが出場。

 開会式の選手宣誓では、神戸コスモスの宮上親康(ちかやす)選手(45)が、来年11月に但馬ドームで開催される世界身体障害者野球大会に触れ「先駆けとなるよう全力で闘う」と力強く宣誓した。3日は決勝など5試合の予定。入場無料。

毎日新聞 2013年11月03日 地方版

聴覚障害者用バンダナ寄贈

2013年11月04日 02時22分15秒 | 障害者の自立
 外見ではわかりにくい聴覚障害者が身に着け、存在を周囲に知らせるためなどに使うバンダナ330枚を蒲郡マリンライオンズクラブ(竹内元一会長)が蒲郡市聴覚障害者福祉協会へ寄贈した。

 バンダナは三角に折って肩にかけて使う。片面には「きこえません」と書かれており、外見ではわかりにくい聴覚障害を周囲に知らせ、災害時に手助けを受けやすくする。またもう一方には「手話」と書かれ、手話通訳者が身に着けることで、援助を求める障害者が見つけやすくする。60センチ四方で、けがをしたときには三角巾としても使える。

 同クラブが今年6月、デフリンピックに出場する聴覚障害者の陸上選手に支援金を贈った際、同協会メンバーが持っていた同様のバンダナに触発され、25周年記念事業として制作することを決めた。

 同市福祉課を通じて市内の聴覚障害者に配布する。また同協会が手話サークルのメンバーに配るという。同協会の壁谷佐智子事務局長は「災害時に限らず、いろいろな活用方法を考えたい」と話していた。問い合わせは同課(0533・66・1106)。


バンダナを手にする竹内会長(中央)ら

(2013年11月1日 読売新聞)

兵庫・豊岡市 全日本身体障害者野球選手権

2013年11月04日 02時16分51秒 | 障害者の自立
「障害者たちの甲子園」とも呼ばれるこの大会は、毎年この時期に開催され、全国の予選を勝ち抜いた7チームが日本一を争う。今大会は、来年行われる世界大会の日本代表の選考も兼ねている。3日午後には、決勝戦が行われ日本一が決定する。



[ 11/3 1:13 読売テレビ]

音楽だけはフリーダム!「障害者枠」吹き飛ばせ

2013年11月04日 02時14分34秒 | 障害者の自立
 難病のため目が見えず、手足が不自由なブルースミュージシャン・山下純一さん(38)(京都市北区)が、NPO法人「日本バリアフリー協会」が主催する障害者ミュージシャンの全国大会で、過去9回の優勝者が競うグランドチャンピオンシップ(GC)を制した。

 「僕の音楽で、『障害者枠』という壁を吹っ飛ばしたい」と、メジャーデビュー目指して熱意をたぎらせている。

 10月14日、東京都で行われたGC。車いすでステージに上がった山下さんは、オリジナル曲「やりたい放題 Music!」を熱唱した。ファンク音楽の要素を取り入れた、疾走感あふれるナンバーだ。

 間奏では、ハーモニカを右手の甲に載せて左手で包み込み、吹き鳴らす。2キロしかない握力を補うため、独自に編み出した。

 演奏が終るや、観客席から押し寄せた拍手の波が肌に響いた。「僕の歌は、ちゃんと皆に届いている」。



 2歳の時、体中の関節が炎症を起こし、徐々に動く範囲が狭まる難病と診断された。小学4年で車いす生活となり、高校まで入退院を繰り返した。

 音楽に出会ったのは中学3年。入院中にベッドを孫の手でたたいていると、通りかかった大人に「お、ドラムか。エイトビートやね」と声をかけられ、興味を持った。盲学校の備品のドラムで3年間、腕を磨いた。

 佛教大(北区)でも軽音楽部に入部。ところが、在学中に体調が悪化。合併症で視力を完全に失った。

 「なぜ、自分だけがこんな目に……」と落ち込んだが、音楽が前を向く力をくれた。プロを目指し、低下した体力でも演奏できるよう、ドラムのスティックをハーモニカに持ち替えた。

 2010年、バンド「珍獣王国」を結成し、CD5枚を発売。09年には障害者ミュージシャンの全国大会で優勝した。

 しかし、翌年にソロとなってからはライブの機会が減り、自宅で作曲する日々が続いた。焦りを募らせていた今年4月、再起をかけて「やりたい放題~」を作った。徐々に体の自由を奪われながらも、音楽で心が解き放たれる喜びを、「音楽だけはfreedom」という歌詞に込めた。



 優勝後、盲学校時代の恩師や会場で聴いた人らから、祝福のメールや電話が数多く届いた。「多くの助けを必要とする分、恩返しできて余計にうれしい」。

 ただ、スティービー・ワンダーや故レイ・チャールズなど、盲目のアーティストが活躍する米国などと比べ、日本では障害者の音楽は「別枠」と感じる。

 「ステージ上では皆、同じ表現者。『壁を取っ払って、もっと音楽で遊ぼうや』と伝えたい」。GC優勝を自信に、ライブやCDの制作などの活動をさらに加速させるつもりだ。(南暁子)

 ◇「やりたい放題 Music!」(一部抜粋)

 Somebody help me

 何かすると絶対に入る横槍

 すんなりとは行かせてくれない

 またまたきました逆境Time

 どうしようもないことでため息なんかもつくけど

 ハーモニカがGroovyなサウンドに替えてくれる

 やりたい放題Music

 音楽だけはfreedom

 やりたい放題Music

 リミッター外して

 Let’s get funky!

(2013年11月1日 読売新聞)

筋ジス 失った声 自力で取り戻す 障害者 弱者じゃない 福岡市の高口さん “口撃”プロレスで体現

2013年11月04日 02時12分52秒 | 障害者の自立
 この秋、福岡市であった障害者プロレス。気管を切開して一時は声を失った筋ジストロフィー患者の高口和樹さん(24)=福岡市東区=がリングに復帰した。実況アナウンサー、解説者、そしてマイクパフォーマンスを披露する選手として。「障害者は弱者じゃない。心も体も強い障害者がいる」。高口さんは障害者プロレスが掲げる理念を、自らの体で表現した。

 九州唯一の障害者プロレス団体「FORCE」(福岡市)が、市内の県立スポーツ科学情報センターで開いた第31回大会。高口さんの機械的で甲高い早口が響いた。リングで得意の“口撃”を繰り出し、実況席で仲間の戦いを盛り上げる。4年前まで声が出なかったとは思えない。

 次第に筋力が衰える難病の筋ジストロフィーを患い、小学1年生から車椅子を使う。19歳でせきが止まらずに搬送され、気管を切開して人工呼吸器を着けた。

 20歳で、食道と気管の分離手術を希望した。たんの吸引で夜中に親を起こすのが苦痛だったし、食べ物の誤嚥(ごえん)を気にせず、楽しく飲み食いしたかった。「分離手術は最後の手段。声を失うのはまだ早い」と止める主治医を押し切った。

 手術後、声は全く出なくなった。「しゃーないな」と割り切り、筆談、目や眉の動きで意思を伝えた。次第に「しゃべりたい」思いは募り、仲間が話すのを見るのもつらくなった。

 ☆ ☆ 

 21歳の誕生日、友人に誘われたカラオケで出ない声を張り上げた。翌日、炭酸飲料を飲んでたまたま出たゲップの要領で声を出してみたら、音が出た。主治医には「世界でも珍しい」と驚かれた。

 最初、長く話すのはきつかった。話せるのがうれしくてしゃべり続けたら、本来の「おしゃべり」に戻っていた。

 声を取り戻して約3年。障害者プロレス団体の創設者、永野明代表(38)から「リングに立たないか」と声が掛かった。17歳から実況や解説で大会に参加し、声を失ってもチラシ作りなどの裏方で加わっていた。

 自らも手こぎ自転車でリオデジャネイロのパラリンピックを目指す永野さんは「あっさり声が出たと言うが、血のにじむ努力をしていたはず。不可能を覆す精神力、生命力はすごい」と高口さんを見守る。

 団体で筋ジストロフィーの選手は初めて。“口撃”のみという特別ルールがつくられた。実は1年前、心臓の拍動が弱まって死のふちをさまよった。心臓にペースメーカーを入れる緊急手術で持ちこたえたのを、相手に「ロボット」と攻撃されたが、笑って反撃。初試合で見事勝利した。

 来年2月、福岡市で再びリングに立つ。高口さんの「人生に『絶対不可能』はない」という言葉は重い。


=2013/10/31付 西日本新聞朝刊=