10月中旬、横浜市立永野小学校(港南区)で開かれた運動会。6年生の児童に交じり、ベビーカーに乗った佐藤瑠依さん(12)が80メートル走に登場した。「同級生」たちに押されてゴールまで快走すると、ひときわ大きな拍手が湧いた。
知的障害や身体障害が重複し、うまく話したり歩いたりできない子どもが集まる中村特別支援学校(南区)に、瑠依さんは通う。その一方、自分の学区の小中学校の子どもたちと交流をもつ「副学籍制度」で、永野小の授業や行事に年5回ほど参加している。
「1年生の当初は緊張した」という母親の恵さん(42)。だが、子どもたちは「歩けないの?」「ご飯食べられる?」と素直な疑問を寄せるうち、自然に接するように。あるとき、「普段はどこに行ったら会えるの?」と聞かれ、障害者との接点の少なさを痛感した。「もっと学校に来て、瑠依を通じて障害者自体についても知ってもらいたいと思った」と話す。
障害者を特別視せず、共に生きる社会を目指す「ノーマライゼーション」の理念のもと、横浜市が副学籍制度を全校で採り入れたのは2007年。以前にも交流はあったが、設備の不備や人手不足から実現しないケースも多かった。制度が変わり、保護者が希望すれば原則実施する仕組みに。中村特別支援学校小学部の場合、年間数人だった交流が、今は全校児童28人の半分以上に広がった。
市教育委員会によると、市全体では12年度、特別支援学校の児童・生徒約750人のうち、252人が交流を希望したという。
参加が多いのは、運動会や学習発表会、音楽や図工の授業など。支援学校の子どもたちにとって刺激になるだけでなく、受け入れる側の子どもたちの成長もみられる。小中学校の教諭からは、児童生徒の反応について、「声や歌に反応してくれたとうれしそうだった」「自然に車いすを押せるようになった」などの感想が寄せられた。町で子どもたちが声をかけたり、卒業写真を一緒に撮ろうと誘ったりと、「地域の友達だ」という意識の芽生えにもつながっているという。
他方で、まだまだ交流には壁もある。
どんな授業や行事に参加できるかは、受け入れ態勢や支援学校の教諭が付き添えるかどうかによる部分が大きい。「エレベーターがない」「安全が確保できない」などの理由で、回数が制限されることや行事に参加できないことも。遠足や社会科見学など校外に出かける行事では、一層十分なケアが必要なのに、支援学校の教諭の交通費が予算として見積もられていない。
「障害児は学校の中でしか活動できないと思われているようで残念。保護者もついていくのだから、どこまでなら参加できるか現場で判断できるよう、サポート態勢を整えて選択肢を増やしてほしい」と保護者の一人は望む。
迷った末に交流しないと決める保護者もいるという。「同じ年の子どもたちを見たら、『本当ならここに……』と思ってしまいそう」「無邪気であっても、子どもたちの言葉に傷つかないだろうか」
「交流は大変なこともマイナスもあるが、プラスも大きい」と、中村特別支援学校でコーディネーター役を務める田中ひろみさん。「先入観のない幼いうちから触れ合うことで、成長後も違和感なく接することができる」。今後もできる限り、交流を実現させていきたいと話す。
様々な困難を抱える子どもたちを、支える人たちがいる。県内の教育現場から、いまの形を紹介する。
2014年12月17日 朝日新聞