検察官が取り調べを録音・録画したDVDを法廷で再生している間、被告席に座っていた男は、何かをぼそぼそとつぶやいていた。明瞭(めいりょう)な言葉になったのは、録音された自分の声がこのくだりに差しかかったときだ。「刑務所に行くなら、死んだ方がましや」
刑務所嫌がり…「自殺する」
9月26日、自動車盗の常習累犯窃盗罪に問われた京都市内の男(37)の公判が、京都地裁で行われていた。「死んだ方がましや」。男は自らの供述をなぞるかのように、法廷でそう吐き捨てたのだ。
男は重度の知的障害があり、平成24年9月に犯した前回の自動車盗の後、精神年齢が「4歳7カ月」と鑑定されている。
25年8月、1審京都地裁で「無罪」とされ、塀の外に出た男は、半年後に再び車を盗んだとして逮捕された。検察側は、取り調べをすべて録音・録画して起訴し、公判にDVDを証拠として提出した。
傍聴席には音声しか流れてこない。それでも、男が犯行状況を筋道立てて説明できず、女性の取調官が調書を作るのに苦慮する様子はうかがえた。男は刑務所を嫌がって「自殺する」と言いだし、取調官は「悲しむ人がいっぱいいるよ。自殺なんてしなくていいよ」と諭していた。
そして、取り調べの最後に、男は唐突なひと言を口走った。「出所したらエロ本買いたい」と。
2審で逆転有罪
今回の事件でも無罪を主張している弁護人の西田祐馬弁護士(京都弁護士会)は「彼が取り調べの場をどのように理解しているかは疑問だ」と指摘する。
DVDの再生から1カ月後の10月24日、今度は男を精神鑑定した男性医師の証人尋問があった。
医師は「被告が真に反省している可能性は高い」としつつも「悪いことは悪いという経験を重ねることが必要ではないか」と、刑罰を受ける必要性を指摘した。
すでに前回の「無罪」は覆っている。今年8月、2審大阪高裁が懲役2年の逆転有罪を言い渡した。精神鑑定の結果から、男が善悪の判断や行動の制御ができない「心神喪失者」だったという結論を導いた1審判決を「誤解だった」と破棄したのだ。
弁護人は上告したが、男はこれからどこまで自らの罪と罰を理解できるのか。男のような再犯を重ねる知的障害者、いわゆる「累犯障害者」を生み出さないために、刑務所にできることはあるのだろうか。
官民協力し処遇
民間企業が運営に加わるPFI刑務所、播磨社会復帰促進センター(兵庫県加古川市)。JR加古川駅から車で約30分の山あいにあり、知的障害や精神疾患のある受刑者を収容する「特化ユニット」を備える。
7月末時点で、収容者の1割強に当たる85人が特化ユニットで服役していた。3つの工場に分かれて部品の仕上げやキッチン用品の包装といった簡単な刑務作業を行い、社会復帰に向けた教育プログラムや職業訓練も受けている。
処遇には国家公務員である刑務官と、大林組の関連会社や綜合警備保障などの民間企業のスタッフが協力して携わる。中でも、教育プログラムを企画立案し、実行に移しているのは民間スタッフだという。
国職員の大西洋調査官(53)は明かす。
「官と民がそれぞれの得意分野を生かしている。そして民間ならではといえる視点の一つが、福祉的支援だった」
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刑務所に収容された累犯障害者はどのように更生への道を歩むのか。刑罰の実情に迫る。
【用語解説】PFI
プライベート・ファイナンス・イニシアチブの略。民間の資金やノウハウを活用して公共施設の建設や運営を行う手法を指す。発祥は英国で、日本では平成11年から活用され始めた。PFI刑務所は全国に4カ所あり、官民協働で施設を運営することで、経費削減と地域雇用の創出を実現。13~14年に受刑者3人を死傷させた名古屋刑務所事件の反省から、民間の視点を取り入れた処遇の向上にも力を入れている。
2014.12.27 産経ニュース