高校生が医療や福祉に関する体験などをつづる「第5回『共に生きる社会』めざして 高校生作文コンテスト」(国際医療福祉大学、毎日新聞社主催、文部科学省など後援)の表彰式が11月22日、栃木県大田原市の同大学キャンパスで開催された。最優秀賞の鈴木美紀(みのり)さん(宮城県仙台二華(にか)高校1年)らに、北島政樹学長から賞状などが贈られた。
鈴木さんは受賞作「心のバリアフリー−−優しさの輪を広げたい−−」を朗読した。鈴木さんの兄は重度の自閉症児で、妹は発達障害児。鈴木さんは2人の存在を疎ましく思った。だが、大学の障害児兄弟支援サークルで、兄や妹、他の障害児らの生き生きした姿を見て、障害者への偏見や差別をなくす「心のバリアフリー」について考えるようになった。「二人が少しでも生きやすい世の中になるよう、社会に働きかけていくこと」を自覚し、障害者と関わっていくとした鈴木さんは「社会に彼らの笑顔をアピールしていくことで、優しさの輪を広げていきたい」と結んだ。会場には大きな拍手が響いた。
式に先立ち、桃井眞里子副学長が「よい脳をつくる〜遺伝か環境か」と題して特別講演を行った。
◆講評
◇北島政樹・国際医療福祉大学学長
今年で5回目を迎えた作文コンテストは、1689作品と昨年に比べて応募数も増え、高校生にその理念が定着したと言っても過言ではありません。この中で1次審査通過の30作品は審査の全基準を満たし、本年も甲乙つけ難い力作ばかりでした。特に最優秀、優秀作品では、自己の実体験から周囲の障害を持つ人々に対し「心のバリア」を排除し、素直にその人々を見つめ直すことにより、従来の拒絶反応ではなく、むしろ親愛と誇りにさえ思うようになったと述べています。感性豊かな高校生が周囲の諸環境にどのように順応していくのか、人間としての成長を垣間見た気がしました。
さらにその他の作品においても、介護を通して、障害を持つ人々と自己の絆を鋭い洞察力により表現したり、病弱な家族との生活の中で自然と相手の気持ちを理解し、コミュニケーション能力の重要性を学んでいたりします。その実体験の中から明確に将来、自分が医療福祉の専門職に就くことを決心しており、改めて感受性の強い高校生時代の諸体験がいかに重要であるかを再認識しました。
また、高校生自身の受傷経験やいじめなどを誠実な気持ちで表現し、生命の重要性を語ってくれた作品もあり、純粋な気持ちと勇気をうかがうことができ、感銘を受けました。
◆特別講演
◇よい脳をつくる 〜遺伝か環境か−−桃井眞里子副学長
脳はどのように作られるのでしょうか。古くから言われる「三つ子の魂百まで」(=幼児期早期までに決まる「脳の基本的反応性」は生涯不変)や、「氏より育ち」(=遺伝子より環境)は本当なのか、最新の脳科学を交えてお話しします。
線虫とヒトでは、遺伝子の数はどちらも約2万個でさほど変わりません。しかし、DNAのサイズは、9700万塩基対と32億塩基対で、山ほど違います。これは遺伝子が働く調節部分の差で、遺伝子は種々の付箋のような修飾がつけられて作動します。遺伝子(ゲノム)に付箋がたくさんついて働く直前の形になったものを「エピゲノム」と呼びます。このエピゲノム形成に重要な役割を果たすのが環境であり、食事、運動、ストレス、環境汚染物質などがさまざまに作用します。
脳では、出生時に神経細胞の数は決まり、生後は、神経細胞をつなぐコンセントの「シナプス」が増加し成熟します。シナプスは使われないと消滅するので、ゲームばかりなどの単一の脳の使い方をすると、成長期にはシナプスの形成に問題が生じるかもしれません。
英国の研究では、生涯の知能の変化については76%が環境の影響と考えられました。遺伝子の影響が強いのは「空間性知能」「論理的推論能力」などで、環境の影響が強いのは「調和性」「新奇性追求」「言語性知能」などであるとの報告もあります。
神経細胞は生後不変なのではなく、生涯新生されることが分かってきました。神経細胞新生には、睡眠▽運動▽脳をよく使うこと−−が重要であり、「不眠不休で受験勉強」などは脳にはよくありません。バランスの良い食事▽運動▽睡眠▽広い場所でたくさん遊ぶ▽多くの交流−−が脳のシナプスや神経細胞発達にプラスに影響することが解明されてきています。
以上のように、よい脳をつくるには、環境がとても重要なのです。
■最優秀賞 仙台二華高校1年・鈴木美紀さん
◆「心のバリアフリー −−優しさの輪を広げたい−−」
◇テーマ「やさしさと社会、そしてわたし」
私には四歳上の姉と三歳上の兄、それに年子の妹がいます。兄は重度の自閉症児、妹は自閉的傾向のある広汎(こうはん)性発達障害児です。
自閉症という障害は、総じて人との交わりが苦手で多少のこだわりを持っています。兄の場合は好奇心旺盛で活発なのですが、言葉が出ないもどかしさから時には大声でわめきます。妹は思い通りにいかないと地団駄(じだんだ)を踏んで暴れ、時には自傷行為にも及びます。
これまで、私たち家族は肩身の狭い思いをたくさんしてきました。冷たい視線を浴びせられるのは当たり前。二人が幼い頃は、「しつけが悪い」「迷惑だ」とキツイ言葉を投げられたことも多々ありました。当然、地域の中でも当時は理解者が少なかったので、姉は「お前の弟バカじゃん」「お前の弟から病気がうつる」などの悪口を言われていました。気丈な姉はその場では「私のかわいい弟だからよろしく」と言ってのけたそうですが、家ではわんわん泣いていました。母はそんな姉を抱き寄せ、何度も涙を拭っていました。
この光景は、幼い私の心も痛めました。私は、兄と妹の存在を疎ましく思うようになったのです。傷つきたくなくて、二人のことは何が何でも隠したい気持ちでいっぱいでした。
そのような中、私は母の勧めで大学の障害児兄弟支援サークルに入会しました。障害児を兄弟に持つ小中学生・高校生が、学生さんに支えられながら楽しい活動をしていく、という趣旨の会です。兄弟に障害児がいることで我慢を強いられることも多い私たち兄弟、そして家族をサポートする会です。
そのサークルでは、当然ながらいろいろな障害を持つ子とその家族が集まっています。知的障害や情緒障害がある子、車椅子利用の身体に障害がある子。学生さんは障害のあるなしに関係なく、私を含めて相手に応じて上手に接していました。
ふと、兄や妹、そして障害のある友だちの生き生きした姿が目に入ってきました。同時に、私はその笑顔に一つ一つの命の重みを感じていました。みんな違う人生ですが、私と同じ今を生きているのです。私は、自分の尺度で障害者を見ていたことに気づいたのです。
私は、このサークルとの出会いで生まれ変わることができました。それからというもの、私は様々な場面で「心のバリアフリー」について考えるようになりました。心のバリアフリーとは、主に障害者に対する偏見や差別をなくすこと。しかし、「いじめ問題」を考えると、全ての人に当てはまると思うのです。
人は「みんなちがって、みんないい」存在です。思いやりがあり、誰に対しても自然に手を貸せる世の中。そういう温かい心が根付いている社会が、障害者に限らず万人に優しい社会になるのです。ありのままを受け入れ、認め合う社会こそが「共に生きる社会」につながっていくのではないでしょうか。
さて、今現在も私はサークルに在籍中です。兄は、この春より通所施設で生活介護を受けながら働いています。残念ながら発語はありませんが、多動で行方不明になったこともある兄が集中して仕事をしています。妹はやっと二語文が出て、簡単なやりとりが可能になりました。あれだけのかんしゃく持ちが影を潜め、細かい作業を器用にこなしています。
そうです、私にはこんなに素晴らしい能力を持った兄と妹がいるのです。そんな二人に、姉として妹としてやってあげたいこと。それは二人が少しでも生きやすい世の中になるよう、社会に働きかけていくことです。
それには、強い気持ちで今もなお人々の心にあるバリアを壊していかねばなりません。そのために、私は二人の存在を隠さず、兄弟仲良く堂々と生きていきます。その上で、これからも障害のある人と積極的に関わっていくつもりです。社会に彼らの笑顔をアピールしていくことで、優しさの輪を広げていきたいと思っています。
毎日新聞 2014年12月28日 東京朝刊