認知症の高齢男性が死亡した鉄道事故の遺族に対し、鉄道会社への損害賠償を命じた訴訟をめぐるシンポジウムが東京都内で開かれた。最高裁の判断を前に、認知症の人や介護者が安心して暮らせる社会の在り方を考えようと、NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」(樋口恵子理事長)が主催。認知症の人が事故の加害者になった際の社会的な救済制度をはじめ「認知症総合基本法」といった法の整備で、介護する家族らを支えるべきだとの意見で一致した。
シンポは、法律▽家族・介護施設▽医療・看護▽自治体・地域-と、四つの立場を代表するパネリスト十五人が代わる代わる登壇。
介護保険を担当する厚生労働省老健局長も務めた堤修三・元大阪大教授が、法律の観点から「夫婦の同居・協力・扶助義務や事実上の監督義務など、民法の無理な解釈を適用して介護者に賠償責任を問うべきではない」と、一審名古屋地裁、二審名古屋高裁の判決を批判し論議の口火を切った。
一、二審で遺族側の代理人を務めた田村恵子弁護士も(1)妻が夫の監督義務者となり得るのか(2)仮にそうだとしても常識的な介護をしていて認知症の人の予想外の行動まで責任を負うのか-と疑問を提起。主催団体役員も務める渥美雅子弁護士は、原告のJR東海について、認知症男性の線路への立ち入りを簡単に許してしまうなど、危険防止対策を講じていなかったとして「遺族側が逆に何千万円もの損害賠償請求訴訟を起こしても、おかしくない」と強調した。
これについて、田村弁護士は「それも検討したが、遺族が『(事故で)乗客に迷惑を掛けたのも事実』と謙虚に受け止めていたので見送った」と明かした。
◆「徘徊、完全に防げない」
介護施設の代表からは「認知症介護のプロであっても、徘徊(はいかい)を完全に防ぐことはできない」といった声が続出。社会福祉法人小田原福祉会(神奈川県)の時田純理事長は「全国の踏切数は約三万五千。身近に危険がある」とした上で、認知症の人の鉄道事故に関する「国家賠償責任システム」の構築を訴えた。社会的な救済では、このほか堤氏が「市町村による見舞金支給を介護保険の地域支援事業に追加するなど、いくつかの制度を組み合わせることが必要」と述べた。
「認知症総合基本法」の整備は、全国に医療、福祉施設を展開する湖山(こやま)医療福祉グループの湖山泰成(やすなり)代表が、障害者基本法などをモデルに「家族や事業者が安心して認知症の人を介護できるような(理念を盛り込んだ)基本法を国会で作ったらどうか。超党派(の賛成)でできるはずだ」と提案した。背景には、今回の訴訟の判決がこのまま確定してしまうと、認知症の人を介護する家族や事業者の間には、いつ、どこから高額な賠償を求めて訴えられるか分からなくなるとの危機感がある。
シンポの最後には、各パネリストが「良識示せ、最高裁」などのアピール文を掲げ、樋口理事長が、特に認知症総合基本法の制定を国などに強く働き掛けていく考えを示し、締めくくった。
<事故と訴訟の経過> 2007年12月、愛知県大府市で妻=当時(85)・要介護1=と2人暮らしだった認知症の男性=同(91)・要介護4=が、妻がうたた寝をした数分間に自宅を抜け出した後、JR東海道線共和駅構内の線路に立ち入り、列車にはねられ死亡した。
JR東海は、振り替え輸送代など約720万円の損害賠償を求めて名古屋地裁に提訴。地裁は13年8月、妻に見守りの注意を怠った直接の過失、遠方に住む長男に事実上の監督義務があったとして全額の支払いを命じた。遺族側が控訴し、ことし4月、名古屋高裁は、妻の監督義務のみを認め約360万円の賠償を命じた。JR側の監視責任にも触れた。双方が最高裁に上告している。
2014年12月24日 中日新聞