「虐待はあってはならない行為。職員たちの職業倫理が不徹底だったと痛感している」
2月26日、長崎市内で記者会見した社会福祉法人「南高愛隣会」(長崎県雲仙市)の田島光浩理事長(40)は、深々と頭を下げた。これが、計23件の虐待があったとして県から行政処分を受けたことへの反省の弁だった。
再犯を重ねる「累犯障害者」を受け入れ始めた平成18(2006)年から、職員たちは虐待に手を染めていた。グループホームで、興奮状態になった知的障害者の男性を押さえつけ、肋骨(ろっこつ)を折るけがをさせた事案が最初とみられている。
県はこの施設を含む4施設に対して1年~3カ月間、新規利用者の受け入れを禁じた。担当者は「けがの程度などを考慮し、重い処分にした」と明かす。
累犯障害者の更生と社会復帰に関しては先駆者と評価されていた南高愛隣会で、なぜ虐待が起きたのか。南高愛隣会が県に提出した報告書には、にわかに信じがたい記述がある。
「しつけとして手をあげることを許す雰囲気が、法人全体にあった」
強度行動障害
「おなかが痛い」。肋骨を骨折した男性は当時、グループホームで火災訓練が行われているさなかに、そう訴えたという。
知的障害者は、自分の身体感覚をつかむことが苦手とされ、中には実際に痛みを感じにくい人もいる。利用者の健康状態を毎朝確認している担当職員は、男性が骨折した理由に心当たりがなかったと主張したが、あるとすれば1週間前、馬乗りになって男性を押さえつけたときだと申告した。
男性は知的障害とは別に「強度行動障害」を抱えていた。他人に危害を加えたり自分で自分を傷つけたりする行為を、通常では考えられない形で頻繁に起こしてしまう障害で、昭和63(1988)年に初めて研究報告された比較的新しい概念だ。
その強度行動障害によって、男性は突然大声を上げたり、職員にかみついたりする行為を繰り返していた。力の強い成人が子供のように暴れだしたら、止めるのは容易ではない。
田島理事長の父で南高愛隣会を創設した当時の責任者、良昭前理事長(70)は口頭で注意しただけで、現場に対応を一任してしまった。このとき虐待を疑っていれば内部処分の対象になり得たのだが、真相はうやむやにされた。
「体で止めろ」
県は平成25(2013)年1月に虐待の疑いがあるという通報を受け、以降、法律に基づく特別監査で実態を調べてきた。その過程で18年に男性が骨折した事案が発覚すると、長崎県警も関心を示し捜査に乗り出したという。
立件こそ見送られたが、男性は今も同じグループホームで暮らし、けがをさせた職員も支援を続けている。実は、職員の対応は虐待でもしつけでもないとみている人々が外部にいる。他の利用者の安全を守るためには、やむを得ない対応だったという考え方だ。ある弁護士は、処分取り消しを求める行政訴訟を起こそうと持ちかけたという。
良昭前理事長は、長い年月をかけて築いた県との信頼関係を考慮し「南高愛隣会の名誉を回復しても、利用者には何のメリットもない」と提訴を断った。
良昭前理事長が職員に説いてきたのは「暴れてかみつかれて傷だらけになっても、抱きしめて自分の体で止めろ」という「情」の福祉だった。内部事情に詳しい男性弁護士は明かす。
「利用者にどんな障害があり、専門家としてどう対応すべきなのか。『情』を過信するあまり、必要な情報を共有してこなかった」
社会福祉法人「南高愛隣会」に対して23件の虐待行為を認定し、行政処分を下した長崎県=長崎市
2015.6.30 東京産経