〈障害があることでがまんしていたこと、あきらめていたこと、長いあいだ放っておかれたこと〉に光を届けよう―。世界中の障害者が待ち望んでいた国連の障害者権利条約。日本が批准して約1年半経過した。国内法の上に位置する重要な人権条約だが、社会への浸透はいまだ不十分。〈1人でも多くの人に、この条約のすばらしさを知ってもらおう〉と、一冊の絵本が生まれた。「えほん 障害者権利条約」だ。
作者は、埼玉大学の元非常勤講師で日本障害フォーラム(JDF)幹事会議長の藤井克徳さん(65)。絵は、静岡市の障害者福祉施設で働く版画家の里圭さん(37)が木版画で描いた。子どもにも分かりやすいように条約を擬人化、条約の大切さを生き生きと伝えている。
障害者権利条約は2006年12月、第61回国連総会で採択された。「障害のない市民との平等の実現」のため、差別禁止や障害者の社会参加を促している。藤井さんは全盲で、当事者代表の1人として国連の特別委員会を傍聴し続け、条約に対する世界の人々の期待と熱気を肌で感じてきた。
絵本は、同年8月の国連特別委員会で条約草案が仮採択された時から始まる。〈ボク〉(条約)の誕生だ。
傍聴席の約300人がかたずをのんで見守る中、空気が変わった。「歴史の一ページをめくったと思った」と藤井さん。「拍手と口笛、歓声、足踏み」が地鳴りのように起こり、延べ100日の熱い議論の日々が実を結んだ。
ボクは〈だれにとってもわけへだてのない社会を作りましょう〉と世界に訴える旅に出る。最初に批准したジャマイカのほか、南アフリカ、中国、オーストラリア、EU…と批准は広がり、日本は141番目に受け入れた。時間がかかったのには訳がある。
〈条約は、国や自治体の政策決定過程、日常のさまざまな場面の意思決定に影響する〉。批准に先立ち、障害者団体から「形だけの批准にしてはいけない。当事者が参加し、国内法を整備してから」と声が上がった。〈ボクが働きやすいように〉障害者基本法などを改正、障害者差別解消法が成立した。
絵本では、きちんと条約が守られた街の風景が描かれている。それぞれの障害に合う配慮がされた街だ。登場するのは68人。
学校では、教師が手話を交えて授業。校庭で障害のない子とブラインドサッカーを楽しむのは視覚障害の子だ。街に段差はなく、コーヒーショップが入るビルの1階にはスロープが用意されている。車いすの女性が介助者とショッピングを楽しみ、オフィスでパソコンを打つ姿も。赤ちゃんを抱いた母親やお年寄りもみんな自由で楽しそうだ。里さんが、知り合いの障害者を思いながら彫った。
藤井さんは「条約が大切にされればされるほど、誰もが住みやすい社会になる。仲間同士で読み合ったり、小さい子には親や保育士さんたちが読んでほしい」と話している。
〈楽譜は世界の共通語。奏で方で音色が変わる〉として、ベートーベンの交響曲第9番の楽譜に条約の項目を重ねたイラストと大人向け解説付き。汐文社、税込み1620円、AB変形判、32ページ。印税は障害者団体に寄付される。問い合わせは、きょうされん事務局(03・5937・2444)へ。
【メモ】藤井さんは埼玉大学教育学部で非常勤講師として勤務。12年に国連アジア太平洋経済社会委員会賞(障害のある人の権利擁護推進)を受賞している。
〈ボクはもう障害のある人たちだけのものではありません〉と書かれたページを広げる藤井克徳さん
2015年7月6日 埼玉新聞