「社会に出るのが怖い」前科28犯をすくい上げる切れ目ない支援…罪でなく人を見る
前科28犯と聞けば、どんな凶悪犯を思い浮かべるだろうか。
更生保護施設「雲仙・虹」(長崎県雲仙市)が平成23年に受け入れた60代の男性。刑務所を出所するたびに食料品などの万引を28回繰り返していた。「社会に出るのが怖い」という動機だったという。
男性は軽度の知的障害がある「累犯障害者」。軽微な犯罪だからこそ、1回当たりの刑期は短い。「罪ではなく人を見て、対等に向き合おう」。前田康弘施設長(59)は決意した。
更生保護施設は、法務省の機関である保護観察所から、刑務所を出た元受刑者や、保護観察付き執行猶予判決を受けた元被告の保護を委託されている。原則半年の入所期間中に自立に向けた準備をする。
雲仙・虹は全国103カ所のうち唯一、社会福祉法人が作った更生保護施設だ。運営するのは「南高愛隣会」。約20人の入所者は、退所後も51事業所の福祉サービスを受けられる利点がある。男性もそうめん工場で職を見つけ、現在は県外の福祉施設で平穏に暮らしている。
矯正教育を担う
いわば刑罰の領域に足を踏み入れた南高愛隣会の取り組みは、これにとどまらない。19年には、従来の福祉サービスになかった矯正教育を始めた。障害の特性や程度を見極め、一人一人と向き合うことは、福祉が最も得意とするところであり、矯正教育にも応用できると判断したためだ。
担当するトレーニングセンター「あいりん」の福塚進事業所長(50)は言う。「累犯障害者には、一般の人とは異なる専用のプログラムが必要だ」
教育内容は、家畜の世話を通じて命の大切さを学ぶなどする基本訓練と、犯罪防止学習や対人関係のスキルを身につける特別訓練。
何をすれば犯罪になるかを教える自作のテキストには、すべての漢字にルビを振り、視覚で理解できるようイラストを多用した。刑務所を見学させて入りたくないという意識を植え付けたり、償いに代わる奉仕活動をさせたりもする。
累犯障害者の多くは雲仙・虹に入所した直後からあいりんに通い、別の福祉施設に生活の拠点を移してからも、継続して矯正教育を受けるという。
信頼で誘惑断つ
「植木のことは君に任せるのが一番安心だね」。福塚事業所長に褒められると、軽度の知的障害がある男性は、はにかんだ。
男性は長年、植木職人として働いていたが、25年に長崎市内のショッピングモールで缶ビールや食料品を盗んだとして逮捕された。懲役10月、保護観察付き執行猶予3年の有罪判決が確定。それまでもパチンコで借金を重ねては、万引を繰り返していた。
雲仙・虹で生活した後でグループホームに移り、日中は引き続きあいりんに通っている。地鶏の飼育や犯罪防止学習に加え、敷地内の樹木の手入れを任されたことが、男性の自信になった。あるときは、マツの根を見て「もうすぐ枯れる」といい当てたという。
南高愛隣会の職員たちは、自立への第一歩は「他者との信頼関係」だと考えている。少なくとも犯罪に手を染めそうになったときに「助けて」と呼んでもらえれば、飛んでいって再犯を防げるかもしれない。
雲仙・虹の前田施設長は言う。「刑務所に入るために生まれてきた人はいない。罪を忘れず、孤立せずに生きてほしい」
男性は今夏、同県諫早市の別の施設へ移る。刑罰と福祉のはざまにこぼれ落ちた累犯障害者をすくい上げるのは、「情」の精神ならではの切れ目ない支援なのかもしれない。
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全国で唯一、社会福祉法人が運営する更生保護施設「雲仙・虹」=長崎県雲仙市
2015.7.2 産経ニュース