かつて盲人野球と呼ばれたグランドソフトボールが存続の危機にある。視覚障害者の「甲子園」、全国盲学校野球大会は選手や資金が不足し、この夏で廃止される。2020年東京パラリンピックに向けて障害者スポーツに関心が集まるが、国内で生まれた最も古い競技が途絶えかねない。
投手が転がした球をかがんだ打者が打つ。「レフト!」。弱視の遊撃手がボールの飛ぶ方向を知らせる。全盲の外野手が迷うことなく前方へ走る。全盲の選手が捕球すれば、ゴロでも飛球としてアウトだ。
和歌山県で昨年10月にあった全国障害者スポーツ大会。グランドソフトボールは中学生以上が出られるが、出場選手約100人の7~8割が40、50代だ。「選手が高齢化する一方で若い人が入ってこない」。全日本グランドソフトボール連盟事務局長の金子芳博さん(65)が嘆いた。
■日本で独自に
連盟によると、グランドソフトボールが生まれたのは、プロ野球が始まった1930年代。ラジオで野球中継を聞いた視覚障害者たちが独自にルールを考案したとされる。盲学校の生徒が33年には試合をしていたことを示す記録が残る。
盲人野球の文化を育んだのが、高校生が出場する全国盲学校野球大会だ。51年に始まり、中断もあったが昨年夏に30回を迎えた。だが、選手不足と資金難が深刻で、主催の全国盲学校体育連盟と共催の全国盲学校長会が昨年、廃止を決めたという。
大会事務局などの説明では、全国に50以上ある盲学校(現在の特別支援学校)の高等部のほとんどに約20年前まで野球部(グランドソフトボール部)があった。しかし、野球人気が低迷。10年前に約2400人だった盲学校高等部に通う生徒は少子化などで約600人減った。パラリンピックで日本選手が活躍する水泳や3人1チームのゴールボールに人気が集まるなか、1チーム10人を集めるのが難しくなったという。
■資金面も課題
大会では5年ほど前から、部員以外の助っ人選手の参加や他県の学校との連合チームが急激に増えた。大会運営費や参加者の交通・宿泊費などに計約1800万円かかるが、企業から協賛金を集めるのも難しくなった。「パラリンピックの競技ではない」という知名度の低さから理解がなかなか深まらないという。
弱視で、中学生のときに盲人野球の面白さにのめり込んだという東京都チームの監督、高橋春雄さん(63)は若手発掘のために盲学校を回り、社会人チームへ生徒の参加を呼びかける。「全盲選手のスーパープレーに何度も『見えなくてもできるんだ』と自信をもらった。若者にもそれを伝えていきたいのですが」
全日本グランドソフトボール連盟会長の渡辺照夫さん(54)は「パラリンピック競技でなくても、すばらしい競技があることをもっと知ってほしい。障害者スポーツ全体の認知度を底上げしていかなければ、東京パラリンピック以降、障害者スポーツの未来はないと思う」と話す。
■パラリンピック以外も多彩な競技
2016年リオデジャネイロ、20年東京のパラリンピックでは、陸上や水泳、車いすバスケットボールやゴールボールなど22競技が実施されるが、これらは障害者スポーツの一部にすぎない。
日本発祥で、パラリンピック競技に採用されている視覚障害者の柔道をはじめ、日本で障害者スポーツを牽引(けんいん)してきたのは盲・ろう学校だ。柔道以外にも、さまざまな競技が学校を中心に独自に進化してきた。
サウンドテーブルテニス(盲人卓球)は、1965年に始まった全国身体障害者スポーツ大会(現在の全国障害者スポーツ大会)の第1回から正式種目として採用されている。
最近は、12年ロンドン・パラリンピックで日本代表の女子が金メダルを獲得したゴールボールや、ネットの下にボールを転がしてプレーするフロアバレーボールが盛んだという。
日本障がい者スポーツ協会には、フライングディスクや車いす空手、ブラインドテニスやバリアフリーダイビングなど、64の競技団体が登録している(準登録を含む)。(斉藤寛子)
■2020年東京パラリンピックで実施される全22競技
アーチェリー/陸上/ボッチャ/自転車/馬術/視覚障害者5人制サッカー(ブラインドサッカー)/ゴールボール/柔道/パワーリフティング/ボート/射撃/水泳/卓球/シッティングバレーボール/車いすバスケットボール/車いすフェンシング/車いすラグビー/車いすテニス/カヌー/トライアスロン/★テコンドー/★バドミントン
(16年リオデジャネイロ大会では★の2競技ではなく、脳性まひ者7人制サッカー、セーリングが実施される)
〈グランドソフトボール〉 全盲、弱視の選手による10人制。男女を問わず出場できる。全盲選手は常に4人以上出場しなければならない。投手は全盲で、ハンドボールと似た球を下手で投げ、打者はかがんでバットを振る。投球は3回以上バウンドさせなければならず、選手は弾んだり転がったりする音を頼りにプレーする。球に鈴などは入っていない。塁には健常者のコーチャーが立ち、手をたたき走者を誘導する。野球と異なり、一、二塁手の間にも内野手を置く。1994年に競技名を盲人野球から変更した。全日本グランドソフトボール連盟は2006年から米国、韓国、台湾での普及活動を始め、台湾では2チームが誕生している。
全国障害者スポーツ大会準決勝で打席に立つ東京都チームの選手。全盲の選手は地面からすくうようにして直径約20センチの球を打つ。左手前は鹿児島県チームの投手
2016年1月8日 朝日新聞デジタル