障害者が雇用契約を結んで就労訓練を受ける「就労継続支援A型事業所」への参入事業者が急増している。国からの給付金で運営できることなどから、事業所数はこの5年間で約7倍に増え全国で約2400カ所に上る。しかし、中には障害者を雇用しながら就労実態がほとんどないなど不正が疑われるケースも相次ぎ、厚生労働省が指導強化に乗り出している。
「仕事は全くなく、毎日本ばかり読んでいた」。福岡市の40代男性は、昨年夏に約2カ月間雇われた同市内のA型事業所での日々を振り返る。
うつ病を発症し精神障害者手帳を持つ。ハローワークで見つけた求人票の「ウェブ制作」という事業内容にひかれ、雇用契約を結んだ。ところが、通い始めて受けた指示は「自習」。平日午前10時半〜午後3時半に家から持ち込んだ本を読むだけで、時給900円が支払われた。何人かの他の利用者も「一日中おしゃべりをしていた」。「これでは自立できない」と不安になり、2カ月で退所し別のA型事業所に移った。
厚労省によると、A型事業所は2009年に全国328カ所だったが、14年は2382カ所と約7倍に急増。社会福祉法人の他に民間の参入も相次ぎ、現在は約半数が営利法人による経営という。A型事業所には、雇用契約を結んだ利用者1人当たり1日7000〜8000円の給付金が国から入る。給付金は家賃や職員の人件費などに充て、利用者には事業収益から各都道府県の最低賃金以上を支給する。
しかし、福岡市で別の事業所を運営する男性は「事業収益がなくても、利用者の就労時間を短くして賃金を抑えれば給料を払ってももうけが出る」と証言する。
行政処分に発展したケースもあり、栃木県は昨年2月、利用者16人が計40日出勤したように見せかけ、約24万円を不正に受給したとして県内の事業所を処分。福岡市は昨年11月、職員数を水増しして必要数を満たしているように見せかけたとして1カ所の指定を取り消した。市によると、この事業所は開業時にウェブ制作を計画していたが、事業の実態が確認できなかった。
障害者の就労問題を研究・提言するNPO法人「共同連」(名古屋市)の斉藤縣三事務局長は「処分まで至った事例は氷山の一角にすぎない」と話す。
厚労省は昨年9月、収益の上がらない仕事しかしていなかったり、利用者の希望を無視して一律で短時間勤務にしたりする不適正ケースについて各自治体に指導の徹底を求めた。同10月には、利用者の平均就労時間が短い場合は給付金を大幅に引き下げた。
障害者の就労に詳しい九州産業大の倉知(くらち)延章教授は「急増したA型事業所には、障害者就労の専門的視点を持った職員がいないところもある」と指摘。「開業時の行政による厳格な審査と共に、障害者のケアプランを作り、A型事業所での就労を促す相談支援専門員が事業所の力量を見極めることが求められる」と話している。
毎日新聞 2016年1月10日