サイボウズ。電脳を意味する「cyber」と「坊主」をつなげた面白い社名のこの企業。「チームワークあふれる社会をつくる」をミッションに、会社やチーム内の情報共有を効率化し皆がスムーズに働けるためのツール開発を行う中で、個性や働き方の画一化で成長してきた日本の凝り固まった概念を覆そうとしている。ツール屋だからこそわかってきた多様性を理解することの重要性や、ツール屋だからこそできる取り組みとは何か。社長の青野慶久さんに伺った。
本来人間はすごく多様。それを責任をもって発信する
—サイボウズはグループウェア開発を中心事業としながらも、その他にチームワークや多様性の重要性に主眼を置いた様々な事業を展開されています。例えば自社メディア「サイボウズ式」の運営やワークスタイルムービーの制作、また青野さんご自身が3度の育児休暇を取られるなど。サイボウズという会社を通して何を実現しようとお考えですか?
私たちが掲げているミッションは「チームワークあふれる社会をつくる」こと。世の中にたくさん会社やチームがある中で、チームワークって案外うまく機能していない部分が多くて、苦しい顔をして働いている人がたくさんいる。皆がチームに参加してチームワークを高めることで解決できる問題が山ほどある。チームワークで嬉しく楽しく働ける世の中を作りたいと思っています。
そのためにツールも必要だけれど、ツールだけではダメだということがわかってきて。お客様の会社の人事制度を含めた仕組みであったり風土であったりを変える必要があると思ったんですね。在宅勤務とかもやっていいよねと。育休が取れないとか在宅勤務がダメとかっていう不合理なシステムによって、もっと高められるはずのチームワークが発揮できていない。そういうものを覆していきたい。
そうすると、僕らはツールを作るだけでなくて世の中の見方や考え方を変えていく必要があって、サイボウズはそこに責任を取りたいと思っています。それがサイボウズ式であったり働くお母さんを応援する動画であったり。皆、都会で働くお母さんがどれだけ大変か知らないんですよ。まず知ることから始めないと何も解決しないので、僕らはそれを責任をもって発信していきたいです。
—どうして責任を感じるのですか?
2005年にサイボウズの離職率が28%になったことがありました。それまでITベンチャーだから離職率20%ぐらいが当たり前だと思ってやっていましたが、その年にグンと上がって「これはマズイぞ」と思いました。人材を採用するのも教育するのも大変だし、もう少し皆が働き続けやすい会社を作ったらどうだろうかと思ったんですね。
そこから何が必要か皆に意見を聞きながら、結婚や出産、身内の病気などのライフイベントがあったときに働き続けられる制度と社内の風土を整えてきました。そうした中で、働くお母さんや男性の育児などの苦労や重要性を感じて社会に訴えていく必要があるなと思ったんです。
別に過去を否定するつもりはないんですが、今まで日本は男女という役割を決めつけ過ぎていましたよね。高度経済成長の際はこの役割分担が機能していました。経済成長時に女性にも活躍してもらおうと対応した国々がある一方で、日本は男性にもっと働いてもらって更なる経済成長を目指した。女性は家庭を守り、男性は会社でガッツリ働いてもらうことが問題解決への方法だと思っていた。
でも今、その役割分担という固定概念で失うものの方が大きいんじゃない?その決めつけおかしくない?ということが起きています。男性でも女性でもいろんな人がいるし、本来人間はすごく多様なのに性別だけで判断しちゃっているんですよね。
多様性を理解し、武器屋として一緒に戦う
—現在の世の中で、様々な人が働きやすくするためにはどういうことが必要なのでしょうか?
基本は多様であることを受け入れて制度や風土を作っていくことが必要だと思います。例えば選択的夫婦別姓の問題にしても、本人が夫婦別姓が良いって言っているのに何で認めてあげないの?みたいな。多様性を受け入れずに、押し付けちゃっている。「もっといろんな人がいてもいいよね」っていう柔軟な姿勢で制度を変えていかないと、と思いますね。
—多様性という部分で、障害者に関してはどうお考えですか?
健常者も障害者もあまりくっきり分かれていないと思っています。目が悪かったり背が低かったり、皆それぞれ持っているものが違うだけだよって話です。その持っているものの得意なところを皆で出し合って楽しく働こうぜ、ということが多様性を受け入れたチームワークのあり方だと思うんです。
障害者の人がなかなか働く場所を見つけられないという問題はありますが、まず障害者も健常者も様々な人がいていいと当たり前に思える風土が重要だと思います。
—具体的になされている取り組みはありますか?
ITの力って凄くって、私の名刺は親指しか動かない重度障害の方が作ってくれているですよ。彼は働く場所がないので起業したんですけど、健常者並みに稼いでいます。あるときネットで僕に話しかけてきてくれて、「私の顧問をしてくれませんか?」と。ネットが無かったらきっと出会えていません。
ツール屋が出来るのは、限られている能力であったとしても残った能力を最大限引き出すことだなと実感しています。僕たちはそうした人たちや社会福祉の前線に立つ人たちに後ろから武器を渡す感じですね。
ブレない物差しをもち、「理想への覚悟」をする
—優れた経営者であるために必要なこととは何だと思いますか?
「優れた経営者」って何を持ってそういうのか難しいですよね。「優れた」という一つのものさしを置いた瞬間…例えば「売り上げや利益を伸ばした人」というものさしを置いたとしましょう。その瞬間にその部分でしか計れなくなって多様性の面白さが無くなってしまう。どのように優れているのかという物差しはいろいろあると思います。ただ、自分の物差しを強く持たないと世の中の流れに負けてしまいます。
サイボウズだと、売上利益を追わないと決めました。「チームワークあふれる社会を作る」というミッションにおいてはこだわる部分ではないなと。業績発表する度に、サイボウズの売り上げはどうだなどとメディアが書いているのを見て「やっぱり売り上げ伸ばしたほうがいいのかな?」と悩んだりすることもあるのですが、自分が「こんな社会を作りたい」と思ったらブレないことが大事ですね。
自分が実現したい理想に徹底的にこだわる。誰がどんなことを言ってもね。言い換えると、他のものを全て諦める「理想への覚悟」が大切です。
—未来のリーダーたちへのメッセージをお願いいたします。
結局は好き勝手に生きて欲しいですね。「こう生きなきゃいけない」といろんな人がいろんなことを言いますが、別にその必要はないと思います。スカートを履きたかったら履けばいいし、髪を染めたかったら染めればいい。
でも自由に生きるって案外難しいもの。「ラッキー!好き勝手に生きよう!」と思うけれどじゃあ明日から何しよう?ってことですよね。自分が本当に好きなことを見つけるにはすごい自問自答しなきゃいけないし、それは変わってもいくものです。自分の好きなことを見つけるには、ちゃんと考え続けること。私自身、今も常に考えています。これだ!と思ったとしても翌年には微修正することもありますし。
−青野さんにとっては中学時代からやられているプログラミングが当てはまりそうですが…?
いやー、学生のときに大学の先輩でありサイボウズの共同創業者の畑さんのプログラミングを見て、こんなすごいのおれには書けない、勝てないなって思ったんですよ。個性って、先天的に備わったものもあれば相対的に磨かれていくものもあると思います。万能細胞なんかも周りの細胞とコミュニケーションしながら自分が何の細胞になるか決めていくみたいな。
本当に自分がやりたいことを自分の中だけで考えていくって難しいですが、周りと接点を持つ中で「僕はこれだったらできるぞ」とか、「これだったら喜んでもらえそうだな」とか見つけていくことができると思うんですよね。個性とかやりたいことは答えがないですが、探していく過程は楽しいし見つけたときにはすごく嬉しい。決して他人の言うように生きる必要はないですよ。
(取材 新多可奈子、須田英太郎、井手佑翼 文、新多可奈子)
青野慶久氏
サイボウズ株式会社代表取締役社長。1971年愛媛県生まれ。中学生の頃からプログラミングに親しみ、大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)に就職。90年代のインターネット時代の到来でより効率的なグループウェアの開発をしたいと1997年サイボウズ株式会社を設立。2005年に代表取締役社長に就任。
INTERVIEW / FEATURE 2016年1月25日