手応えを感じる一方で、「目に触れる機会の少なさ」という課題も感じるという。「チャレンジド・スポーツは生で見ないと迫力が伝わりにくい。一般の方々の目に触れる機会をもっと増やしていきたいですね」と中村氏は話す。
横谷氏も「個人的な考えですが、その競技や選手が持つ話題性がもっと広がれば、チャレンジド・スポーツが広がっていくのではないでしょうか」と見ている。
サントリーで中村氏とともにプロジェクトを推進する横谷氏。車いすバスケの迫力、スピード、戦略性に魅了されていると語る。
「チャレンジド・スポーツ」という名称で展開する意味
ところで、サントリーは「障害者スポーツ」という言葉を使わず「チャレンジド・スポーツ」という名称でこのプロジェクトを展開している。「チャレンジド」という言葉は米国発祥で、「障害を前向きに捉え困難に立ち向かっていく者」という思いが込められているという。この呼び名を使うことについて、中村氏はこう語る。
「『障がい者スポーツ』というと、どうしても可哀想な人たちがやるスポーツというイメージを抱いてしまうかもしれませんが、全然そんなことはなくて、本当に迫力があってカッコいいんです。その点、『チャレンジド』という言葉はポジティブなニュアンスがありますので、この呼び名を採用しました。この名称を使うことで、世の中の意識を変えることにも、微力ですがお手伝いできればと思っています」
2020年に向けて、車いすバスケなどの障害者スポーツが持つ激しいプレーや戦略性といったスポーツ性の高さは広まってきているとはいえ、「障害者スポーツ」という言葉のイメージでは、なかなか競技自体の迫力や魅力は伝わりにくいということだろう。この連載の第1回でも紹介したが、スポーツ庁長官の鈴木大地氏も「『障害者スポーツ』という呼び方からは激しいイメージを抱かないので、別の呼び方を考えていきたいと思う」と発言している*2。
「レクリエーション」や「リハビリ」といった印象を抱かせないよう、「チャレンジド・スポーツ」のような新しい呼び方を浸透させることは、各競技の発展のためには必要なことになるだろう。ただし、将来的には、「障害者スポーツ」という呼び方でも「チャレンジド・スポーツ」という呼び方でもなく、「スポーツ」というカテゴリの中の一競技として「車いすバスケットボール」や「ブラインドサッカー」などの個別競技が存在する、という認識が広まることが理想であると言えよう。
障害者スポーツ支援がダイバーシティ推進にひと役
中村氏は、支援プロジェクトに携わり、アスリートたちと関わる中で自分自身のマインドが大きく変わったことを感じたという。
「選手たちは、誰もが困難を乗り越えた経験を持っています。その魂のようなものを競技の中で体現している気がするんです。チャレンジド・スポーツは『できないこと』を見せるのではなく『できること』を見せるもの。私自身、勇気や元気をもらっています」
サントリーとしてこのプロジェクトに取り組む理由は社会貢献のためだけではなく、この中村氏のように、社員に好影響を与えることも期待してのことだという。同社は、人事の基本方針として「ダイバーシティ経営」を掲げている。ダイバーシティ(多様性)とは、性別や人種、年齢、価値観などの多様性を受け入れて、多様な人材を活用しようという考え方のことだ。これは、サントリーに限らず、国内外の多くの企業における人材活用の大きな潮流になっている。「チャレンジド・スポーツを支援し、社内にも広報していくことで、ダイバーシティの推進にひと役買う」という効果への期待も大きいのだろう。
サントリーのチャレンジド・スポーツ支援は、今のところ2020年まで継続することが決まっており、それ以降については今後、継続可否を社内て検討するという。競技のさらなる発展のためには、こうした企業のサポートは必要不可欠なことであるだけに、サポートを得ることで企業に対してどのようなメリットを与えるか、サポートされる側もまた、考えていく必要がある。
やってみなはれの精神がサントリーと障害者スポーツをつないだ
「例えば当社のバレーボール部『サンバーズ』の柳田将洋選手は、次世代の日本を引っ張る選手のユニット『NEXT4』の1人に選ばれ、話題になりました。すると、合宿の際には大勢の観客がいらっしゃるようになりましたし、チームのTwitterアカウントのフォロワーも大幅に増えたんです。また、ラグビーワールドカップでの日本代表の躍進で、当社のラグビー部『サンゴリアス』の観戦チケットもかつてない勢いで売れています。そういったきっかけがあれば、もっと注目を集めますし、実際に生で見てみようという人も増えるのではないかと感じています」(横谷氏)
車いすバスケのアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉で言えば、大会前にテレビなどに取り上げられた16歳の鳥海連志選手が注目を集め、試合でもしっかりと結果を出した。だが、それが観客の誘引につながったとは言いにくい。実際、この大会で初めて車いすバスケを見に来た観客に話を聞くと、競技としての面白さを理解し、魅了されながらも、選手個々の情報を知っている人は多くなかった。
一般的な注目度を考えれば仕方がないこととも言えるが、人を引き付けるだけのストーリーと実力のある選手がいるだけに、事前に彼らにスポットを当てた報道があれば、もう少し観客の誘引につながったかもしれない。
男子では、鳥海選手以外にも、キャプテンの藤本怜央選手や、2013年にドイツでプロ契約を結んだ香西宏昭選手など、世界トップクラスの選手がいる。また女子にも、49歳となった今でも第一線で活躍する女子車いすバスケ界のレジェンド・上村知佳選手や、国際試合で1試合51得点を記録したこともあるエース・網本麻里選手など、話題性を持つ選手がいる。
横谷氏の言うように、きっかけさえあれば、車いすバスケの人気が急速に高まることもあり得るだろう。最も手っ取り早いのは、リオで日本代表が結果を残すことだが、それだけではなく、選手個々や競技の魅力自体に焦点を当てたメディア戦略も、競技の発展のために今後重要になってくると言えるだろ