特産品「海水サツマイモ」の出荷がピークを迎えていた。稔さん(55)=仮名=は昨年末、社会福祉法人佐賀西部コロニーが太良町で運営する障害者福祉サービス事業所「昆虫の里」の倉庫で、箱一杯に積まれたイモを一つずつ手にとって根を切り、大きさごとに選別する作業に黙々と取り組んでいた。
西部コロニーは昨年秋から、生活困窮者自立支援制度に基づき、無職で困っているがすぐには就職できない事情を抱えた人を就労訓練で支える事業に乗り出した。昆虫の里の中尾富嗣(とみつぐ)所長(43)は「困っている人がいたら地域で支え合うのが一番。でも高齢化が進む農業地域では難しい。そんな人が孤立を深めてしまわないようなステップアップの場になれば」と話す。
有給の訓練受け入れは県内初。12月から働き始めた第1号が稔さんだ。
「借金の支払いと電気・水道代、父ちゃんのタバコ代でもうぎりぎり。生活しきらんとですよね」。稔さんは82歳の父を介護しながら、父の年金頼みの生活が2年近くになっていた。
長年、県内の部品工場に勤めていた。上司と小さな工場を興したが倒産。給料支払いのため消費者金融で重ねた借金が残った。ミカン農家の父を手伝って暮らしたが、2年前に父親が脳梗塞を患って廃業、収入源を失った。介護のため「家を長く空けなくて済むから」と水道メーター検針の仕事を始めたが、月収は父の年金約5万円と合わせても10万円に届かない。貯蓄も相談できる人もなく、月曜日の父の通院時以外は2人で一日中、家で過ごした。
生活保護を考えたが、申請が通れば車は手放さなければならない。車がないと父を病院に送ることもできない。昨年5月に「お金を貸してもらえんでしょうか」と社会福祉協議会を訪ねて、紹介されたのが県生活自立支援センターだった。
センターの支援員や西部コロニーの職員が稔さん宅に集まり、生活の再建が話し合われた。「私1人のために、こがんしてくれる人がいるなんて」。2人きりの居間から視界が一気に開けたという。
昆虫の里の仕事は午前9時から午後5時まで、週2回で始めた。時給800円。慣れた農作業が中心で、草木の手入れやチェーンソーを使った作業もお手の物。意欲も力も湧いた。
他人に任せるのが不安だった父の介護もデイサービスや訪問介護に少しずつ頼めるようになった。「お父さんはどがんですか」。同僚が気さくに声を掛けてくれることもうれしかった。
「いろんな人と話せて、ああ働いとるなあって、やりがいば感じます」。明るくなった稔さんの表情に充実感がにじむ。
「2月には母の三回忌がある。その費用のためにも頑張って働きたい」。訓練は期間限定で3月末まで。毎日働けるように父の介護は施設や訪問介護に頼って、就職活動を始めるつもりだ。
■就労準備支援と訓練
生活困窮者自立支援法は自治体の任意事業として、就労の「準備支援」と「訓練」を定める。いずれも半年から1年間までの期限付き。準備支援は面談や集団活動などを通して、健康的な生活習慣や社会参加の力を養う。訓練は県の認定事業所で労働を体験しながら働く自信を付け、就職へのイメージを高める。県内の認定事業所は現在5カ所。
昆虫の里で農産物を手入れし選別する稔さん(右)
=2016/01/21付 西日本新聞朝刊=