外出の機会、仕事にも集中力
都心を離れ、山を歩くと、身も心も軽くなる。視覚障害者とともに山を楽しむ会の活動に同行し、目の不自由な人たちが山に向かう心境を聞いた。
8月上旬、東京・高尾山近くで行われた沢歩きに参加した。主催は「見えても見えてなくても山は素晴らしい」をモットーに30年以上にわたって活動を続ける「六つ星山の会」。この日は、全盲1人、弱視3人を含む計16人のチームだ。
転ばない歩き方や転倒した時の対処法を確認し、沢靴やわらじを装着して、いざ出発。細い山道を下ると、ほどなく小さな沢に着いた。沢歩きの始まりだ。
視覚障害者1人を、健常者2人が前後からサポートする。視覚障害者は、前を歩く健常者のザックに付けられたロープをつかみ、前後の2人から道の状態や周囲の景色を教えてもらう。
「コケが生えているから滑りやすいよ」「太さ10センチくらいの倒木がある」と声が飛ぶ。
全盲の大谷重司さん(58)は、10年以上前に会を知った。マッサージやはり・きゅうの仕事をしており、外に出る機会が少ない。足腰を鍛えるために歩こうと考え、「街中より自然に囲まれた山がいいな」と、ラジオで耳にしたこの会に参加した。
山は、日常とはかけ離れた異空間。森の香りや足の裏で感じる土の軟らかさ、こだまする声――。「自然の中にいることを、五感すべてで感じられた。登山自体は苦しいこともあるけど、普段の生活にはない開放感が味わえる」といっぺんで気に入った。
いまは年3~4回の登山に参加する。沢歩きも今回が3回目だ。どんどん深くなる流れに歩みをためらっていると、「パンツまでぬれたら怖いものはないよ」と女性からの“助言”も。深みで腰まで水につかった大谷さんが「あーあ、もうびしょぬれ。絶望的です」と声を上げると、笑いに包まれた。
大谷さんの少し後ろを歩いた島村浩一郎さん(39)は、20歳の頃に視神経が萎縮する病気を発症した。障害を感じさせないが、「実はほとんど見えていなかった」と明かす。前を行く大谷さんへの助言を聞きながら、周囲の状況を把握していたという。
日頃はコンピューターを駆使し、工業用機械のデザインを手がける。スキーや車の運転が好きだったが、目が悪くなってやめてしまい、「休日をもてあましていた」。一昨年にインターネットで会を知り、山歩きを始めてのめり込んだ。
「生活にメリハリがつき、仕事の集中力も増した。周りの人がサポートしてくれるので、街中よりも安心」。登った山は10座を超えた。
島村さんは学生時代までは問題なく見えており、同じような境遇の友人がいなかった。「目が不自由でも活躍している人たちと知り合えて、世界が広がるのを感じている」と刺激を受けている。「いつ目が見えなくなるのかという不安は常にあるが、いまはすごく充実している」と語った。
リーダーを務めた杉山真司さん(75)は「学生の頃からの登山経験が、こういう形で生かせるのはありがたい。ほとんど目が見えなくても、険しい山に登っていく姿を見ると、人間の能力のすごさを感じる」と話す。
■メモ 六つ星山の会は1982年設立で、視覚障害者が参加する登山サークルの草分け的存在。会員は約220人で、3分の1が視覚障害者だが、健常者の参加が少ないのが悩みだ。同様のサークルは全国に約20団体あるという。同会への問い合わせなどはメール( mu.2010.pamphlet@mutsuboshi.net )へ。
ザックに付けられたロープをつかみ、沢の中で歩みを進める大谷さん(左から2人目)
読売新聞 2016年9月21日