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繊細さんと鈍感さん イヤになる私の性格

2021年03月13日 23時07分00秒 | Weblog

繊細(せんさい)さんと

鈍感(どんかん)さん

 イヤになる私の性格


  画像は  水仙の花と小さな虫 3/3  


A[「繊細さん」と私]


私は この歳になっても

些細なことが

ひどく気になることがある


また 

その場に居合わせた人たちに

気に入ってもらいたくて

言い過ぎたり 話が本筋から

脱線したりすることもある


私は この歳でも

周囲のことが

とても気になることがある


私は こんな自分のことが

かなりイヤになることがあり

心理学や生き方の啓発の本、

それに 仏教書などを

何冊も読んできた


でも 持って生まれた

長い時間をかけて育まれて来た

こんな性格だから 

改善されることはなく

やがて古希となる今まで

改善されずに至っている


先日 新聞を読んでいると

「繊細さん」という言葉が

目に入ったので 見ると

性格改善の啓発書の宣伝らしい


紹介の内容を見て

興味があって その後

本屋さんを訪れた際に見かけたので

立ち読みしてみたが

読んだ限りでは 私には

それに該当することが多く

いくつかのことが腑に落ちて

役立ちそうだと思った


昨日も(3/12) 

ショッピングモールの本屋さんで

また少しだけ立ち読みして確かめた


ざっと読みでは

「(自分の)繊細な面」を

否定することなく まず

自分のありのままを許容して

「繊細なこと」の良い面に気づき

そして そのことを認め かつ

自己肯定感を高めるようにすること


それから

繊細なことで 空回りすることを

できるだけ避けるように心がけること

(が肝要であるらしい)


そんな「繊細さの利点」の活用と

「繊細さの欠点」の回避策を考え

身につけるようにするといいようだ

( 以上は 蛙 🐸の個人的な見解)


今度本屋さんに行ったら

その繊細さんの本を購入して

しっかり読んでみたいと思う

####################

B【「鈍感さん」と私】


こんな繊細さんの私は

デリケートで きっと

いろんなことに気づき

周囲の人たちにも

優しいんだろうなあと

思われそうだが いいえ

そうではありません‥


繊細さんの私は 

周囲のことを気にするあまり

自分ことだけに精一杯で

何と周囲の人たちの立場については

考える余裕がない?のです


だから この私は

繊細さんの背後で

「鈍感さん」が同居しているという

厄介な一人二役を演じています


こんなことを言ったら

あの人はもしかすると

イヤな思いをするかもなんて

そんな考えに及ばないことも

残念ながら多いのです


相手の人にイヤなことを言おうとか

貶めようとか そんな気持ちは

サラサラないのですが

結果的に傷つけたり

思わぬ場違いなことを

言ってしまうことがあるのです

困ったものです


繊細さんと鈍感さんは

私の場合は 背中合わせ

表裏一体だと思うことは

できるだけ念頭において

他の人と話したいと思います


ps 2021.3.13 草稿

小林旭さんの「熱き心に」が

NHKFM 13:50 

放送された 懐かしくて

深夜 ネットで再度聴いた

このように あつい思いを

素直にストレートに伝えられたら

どんなにいいかと つい愚痴が😅




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ああ、あれから10年‥ 東日本大震災に思う

2021年03月11日 00時58分00秒 | Weblog

ああ、あれから10年‥

 東日本大震災に思う



  ツクシと樹の根元のドングリの実  3/6  



( 近くの公園のスズランの花 3/10  )

1995 17 に 

阪神淡路大震災が起き

そして 

2011  3 11 14:46 

マグニチュード9.0 という

巨大な東日本大震災が起きた


今夜(3/6) NHKTVの特集番組を見て

改めて地震の巨大さや被害の甚大さに

身震いを覚えた


2011年、2012 2013  2014  2015

2016  2017  2018  2019  2020そして 2021

もう10年と言うべきか

まだ10年と言うべきか


だが「10年一区切り」ではない


しかも 一年は 

365日の積み重ねだから 震災後

およそ3650日を送って来たことになる

そして 

被災した人や思いを寄せる人たちは

日々の生活を積み重ねながら

1日たりとも震災や被災者のことなどを

忘れたことはないだろう


復興への施策や建設、再建は

かなり進んできているということだが

被災した人や

被災地に住む人たちからすると

被災からの復興は

まだまだ道半ばだと思う

(私の家も 

損壊した屋根や雨樋などの工事が

およそ5年を過ぎた今年の38日に

ようやく終えた(改修を含む))


今夜(3/6) NHKTV

東日本大震災において

「避難行動」の実態について

映像や地図、CG

コンピュータによる分析などを入れて 

詳しくわかりやすく説明していた


映像を見ていて 私は

10年前のことを思い出して 

思わず背筋を正して見た


見聞きしたりしていても

いざ揺れや破壊、津波などを

目の当たりにすると

身も心も竦み(すくみ)

身動きが取りにくくなるようだ

(私らの場合も  しばらくは呆然としていた

そして 近くの施設の方が 声をかけて

くれたので その施設に避難させて貰う

ことにした(私らの場合は一晩だけ)

その時 損壊の家は怖くて 頑丈な施設は 心強かったのを覚えている)


誰かが「逃げろ!」とか

「あの高台に行くぞ!」とか呼びかけ

誘導することが大事だと

番組の解説などを見聞きしてそう思った


私は 熊本地震の時 本震の夜は 

夫婦で何とか呼びかけながら

玄関を出ようと試みた

が 門扉は 大揺れのため外れていて

鉄製の頑丈な門扉はとても重くて 

二人でこじ開けるのも大変だった


揺れの後は 屋内にいたら危ないので

とりあえず屋外に出ようと考えたのだ

だから 手に持っていたのは

時計と携帯のテレビだけだった


外は確か星空だった

前震の後 余震に備えなければと

洋服は着たままで寝て

バッグなども身には付けていたと思うが 

振り返れば とても不十分だった


4月とは言え まだ肌寒くて心細い

 

他の人たちと  道の真ん中で座り込み

携帯テレビ(10.1 インチワンセグ)で

臨時ニュースを見聞きするが

私たちが どんな状況下にあるのか

震度や余震、被災地の情報以外は

正直よくわからなかった

(ワンセグは画像が不鮮明なので)


これに加えて

津波や山崩れの予報が出る地域にいたら 

私たちはどんな行動を取ったか

予測がつかない(日頃の訓練が大事だ)

(所持品は、どこに、誰と避難するか

歩きか車か、食料は、薬は?等々  

ps 2021.3.6 草稿 3.11 追記


午後カフェ(3/9) を聞いていると

リモートゲストの佐藤宗幸さんの

「青葉城恋唄」を放送していた

久しぶりに聴いて 懐かしかった

佐藤さんは 請われれば伺うが 

押し付けがましくは行かないとのこと

支援のことで

とても謙虚に話しておられたのが

心に残っている

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ゆで卵入りラーメンをどうぞ!

2021年03月11日 00時19分00秒 | Weblog

ゆで卵入りラーメンをどうぞ



( ゆで卵入りラーメン 1/31 )

若い頃は

よく食べていたラーメン


家庭で食べるインスタントラーメン


これも 家でよく食べる

カップ麺のラーメン


初めて食べた頃は

お腹も空いていて

美味しくてよく食べていた


だけど 歳を重ね

あまり動かないようになると

前みたいに

「食べたい!」という気持ちが

そんなに湧かなくなった


それでも たまには

「食べたい」と思うことがある


今日(1/31) 

一月の最終日


外は寒い

冬はこれからが本番

( ※今(3/10) は 早春だが)

熱々のラーメンで

身体もあったまろうね!


ラーメンには

ハムやほうれん草、ノリも添えて

栄養のバランスも考えた


ps 2021.1.31 草案 3.10 草稿


丼のそばには

散歩やお出かけ用の

黒猫柄のマイボトル(中)を

置いて 美味しく食べました

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蛙 🐸の真冬の日常生活 2021年2月

2021年03月09日 23時14分00秒 | Weblog

 🐸の真冬の日常生活

 20212月 (パターン1)

  画像は 我が家のスナップエンドウ、

 ミニトマト、チシャのサラダ 3/3  


今日 (但し 2/28)で 2月は終わり

真冬の天候もやがて早春に移るだろう

それで コロナ禍の中で

どんな日常生活を送っているか

まとめてみた(真冬の生活)


(1)朝起き 午前7時頃

目覚めは 猫がいるので 普段は

2時から6時頃までに23回以上ある

(2)新聞取り、布団上げ、朝食

(食パン、スティックコーヒー、

竹輪かソーセージなど、ヨーグルト他)

ゴミなどを  ミニステーションに出す

(ゴミなどは  前日までにまとめておく)

 ※ 薬(2月下旬〜花粉症の薬と目薬も)

(3)一人学びや新聞読み、散歩準備等

朝〜夜までに学ぶ(英語、数学や電気、

古文や漢文、イラスト、外国語など)

()散歩(自転車がメイン+歩き)

昼前から昼過ぎにかけて約12時間位

(歩数*約5000から8000歩位が多い)

 ※ 天候やその日の予定でコースや時間は柔軟に 

マイボトルに薄め&甘さ控えめのコーヒー

小袋にお菓子やのど飴、散歩用バッグ

雨の時は雨ガッパを籠に、手袋・帽子、傘

服装*冷え性のため、枚数多く厚着

ラジオ、カメラ、スマホ、家の鍵

マスク、非常用薬&水・携帯バッテリー、

ハンカチとちり紙、鞄を入れる大袋

(4)帰宅後 昼ごはんや休息など

  昼ごはんはカップ麺や軽食で

  テレビ、音楽、読書、おしゃべり

  庭で  草木を見る、メダカに餌

  一人学びや読書、録画番組の視聴他

(5)夕方 風呂掃除など

  風呂掃除+SW *水は庭に撒くことも

  多肉植物やビオトープのメダカの世話

(室内への取り込み、防寒の覆いなど)

  洗濯物の取り込み ※時々部屋の掃除

 ラジオ(ニュースや相撲の放送)

  黒猫スミレの世話(エサやり、遊び)


( 6 )  夜 夕食や風呂、テレビ、読書など

  夕食 5:306:30 の間に食べる

3回、甘めのハイボール+チョコ

カミさんはほぼ毎日焼酎(+時々ビール)

片付けは 普通私の分担 ※ 花粉症の薬

  入浴 6:307:30 の間が多い

およそ15分位、ラジオを聞きながら

  布団(寝床)の用意 普段は私の分担

  テレビ視聴や読書、一人学びなど

 洗濯物を干す(週に4回位)

  台所や玄関、窓などの最終確認

(電気、照明、水道、ガス、鍵など)

冷ました料理などを冷蔵庫にしまう

 7 ) 深夜 週の3日は遅く寝る

  スマホでニュースチェックなど

  ブログの記事作成とネットに掲載

  好きな本や図鑑、事典などの読書

  黒猫スミレの遊び相手など(深夜)


ps 2021.2.28 草稿 3.9 追記

真冬期間の一応の私の生活パターンです

その日の事情により 入れ替わったり

削除したりすることもあります

ただ  ほぼ毎日をこのパターンで過ごすと

気持ちが安定します 😅

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卒業と蛙 🐸と尾崎豊と(Ado さんと)卒業式に思う(2)

2021年03月07日 17時01分00秒 | Weblog

卒業と蛙 🐸と尾崎豊と

  (+ do さんと)

 ※ エネルギーを持て余しあがく世代?

 ※ 閉塞的なコロナ禍の社会の中で叫ぶ

 令和三年 春の卒業式に思う(2)


  画像は  レンギョウと早春の風景  3/2  

ウチ(内側)から湧き上がる

得体の知れないモノに

自分自身がなす術もなく

制御不能で 俺は暴れた

俺の思春期に‥

小学校の集団生活に馴染めず

腹痛ばかりでだけど便所は行きづらく

我慢して家路についたこともある

夏休みなど手伝い以外は

野や山や川で 遊んでばかりいた

子供の頃から変わっていたと

同級生や叔父たちは口々にそう言う

高学年になって

理科と国語と中距離走の面白さに

ようやく目覚めた小学校を終え

今度は教科制という中学に進む


ハレの中学生になった当初

無理して家は出るけれど

毎朝身体中に蕁麻疹が浮き出る俺は

仕方なく腕にグルグル包帯巻いて

直ぐ近くの中学に登校するのだ

狭い教室で手前の椅子を持ち上げ

床に投げ捨てたこともある

自分でも何でそんなことをするのか

理由もわからず 何度も

木刀持った生徒指導の教師から

職員室に引き摺られたこともある

人にじゃなくて誰もいない空間に向けて

投げてはいたんだけど  俺はなぜ 

自分が投げてしまうのか

その訳はわからず  そして  その後

いつの間にか投げなくなった

保健の時間に俺は黙って席をうつり

戻れと言う担当教師の指示に従わず

俺は校舎を後にして

田舎の道を彷徨ったこともある

武勇伝にもなりはしない

おバカ男子による

ただの悪あがきであったのだろう


それから三年

ようやく中学校生活にも慣れ

学業も進み、走る楽しみも知った俺は

躊躇いと迷いが残る高校に進学した

就職抜群のその実業高校は

教科内容もハイレベルで

即戦力になる学生を育てる使命あり

知る喜びや探究するワクワクを

外して ひたすら暗記暗記の連続で

(同級生や先輩たちは 大企業や

通信の公社などに職を得たし

中には 難関大の医学や工学の道に

進む人も 毎年何人かいた)

俺は何のためにここに来たと

自問するが 答えはなく

俺の行き先は見えず

灯りも見えず 仕方なく俺は

ギリギリの専門教科の勉強と

毎日の読書に明け暮れた

毎回のテストで

返される成績は赤く染められ

再テストを受け 辛うじて

綱渡りの如く卒業に漕ぎ着けた

@@@@@@@@@@@@@@@

僕にとっての「卒業」は

不安と躊躇いと希望の無さだった

だが 尾崎豊の歌にあるような

「窓ガラスを割ったり」「盗んだオートバイで走ったり」したことはない

(あくまで歌詞の内容として)

先ほど 尾崎豊の歌と映像を見たが

私より一回り下の年代だが  一途さと

ほとばしるエネルギーを感じる

言葉を変えれば

自分自身のエネルギーや行動に

戸惑い 持て余しているようにも

思えてしまう

(「15の春」の あの疾走感ある

メロディーは 何度聞いても

心地良く 胸に響いてくる感じだ)

高校卒業から3年後(就職・浪人あり)

僕は ようやく大学に進学できた

そして 大学の4年間で

いろんなことを知る喜びや

探求するワクワク感を覚えた

そして  僕は迷いや不安や戸惑いから

ようやくにして「卒業」した


それから 五十年

私は今 退職後の自由時間を使って

当時の落ち零れ高校生の「俺」を

取り戻すために 

数学や電気物理、通信などの

ひとり学びを続けて数年になる

「鬱屈したヘタレの俺」から

「卒業」するために‥

@@@@@@@@@@@@@@@@@

最近 Ado というアーティストの歌

「うっせぇわ」が 話題になっている

Adoという名前は、狂言におけるシテ(主役)アド(相手役)が由来だとか。自分が主役ではなく、リスナーのために歌いたいという気持ちが込められているそうですね。(ORICON MUSIC より一部引用)

歌詞の言葉はかなり過激そうだが

その内容は 若者の気持ちを代弁していて

ポンコツ爺さんにもわかる部分がある

「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ!」のリズム良いフレーズが 耳に残る

コロナ禍の今 行政や医療界などが

若者の行動を取り上げることが多く

若い人たちの中では 結構

心がざわついている人がいるかも?

そして 街中で 職場で 教室で

家の中で カラオケルームで

あるいは 河川敷や空き地などで

「うっせぇ!うっせぇ!うっせぇわ!」と呟いたり 叫んでいたりしてるかも?

下記の記事は 最近話題になっている

do の「うっせぇわ」のサイトです

「うっせぇわ」大ヒットのAdo、大反響に戸惑いも? 社会への怒りぶつける歌詞に共感「学校のルールに苦しみ悩んだ」(ORICON NEWS)|dメニューニュース

ps2021.3.2 草稿  尾崎豊の歌を聴きながら  私は何故か  とても素直な気持ちで

自分のこれまでの歩みを静かに落ち着いて振り返っている

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それぞれの「卒業」式 令和三年の春に卒業を思う(1)

2021年03月06日 23時33分00秒 | Weblog

それぞれの「卒業」式

 令和三年の春に卒業を思う( 1 


( シダレヤナギの青芽と早春の空 3/1  

今 コロナ禍にあっても

日本のあちこちで卒業式が執り行われている

もう既に式を終えた学校もある

(熊本県内の高校は  3/1 が多かった)


(3/6) ラジオから

荒井由実(松任谷由実)の「卒業写真」の曲が流れている

今年度(令和二年)の卒業アルバムは

作製するのがとても大変そうだ

学内行事や部活などが中止されたり簡素化されたりして 記念・記録の写真が激減し さらに 感染防止のために

気安く数多く学校を訪問するのも

スタッフの方は気遣われたとも思う

(私は 卒業アルバムが作成され

全ての学生たちに配布されるのが

当たり前だと思っていたが

今回のコロナ禍での大変さや苦労を

見聞きして そうではないことを

痛感した でも何とか配布して欲しい)


下は保育園から上は大学(院)まで

多種多様の「卒業」式がある


最近 テレビを見ていて

司会者やキャスターが 降板や交代をする際に よく「卒業」という言葉を

使うことが増えてきたように思う

最初は何のことだろうと思ったが

何ということはない

「(一応 )今の仕事を終える」

ということらしい

「交代や降板」では 受け取る印象が

ややマイナーな感じがするからだろうか?

「卒業」だと 一通り仕事を成し遂げ

それなりの達成感や成果が窺える

そんなイメージが湧いてくる

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

今 その「卒業」ということから

この社会を眺めると

いろんな人生の側面が見えてくる


まず一般的な小中(高)校生の卒業


赤ちゃん期や幼児期を「卒業」した

子どもたちが 小学校で学ぶ

初等義務教育を受けて

社会で生きるための最低限の学びの

第一歩を踏み出す(小学校)


中等義務教育を受けて

自立した社会人になるための

学びの第二歩を歩む(中学校)

ここで 私の学生時代は

中学校を卒業して就職し

社会人になる同級生がいた

(私の両親や兄の世代までは

中学卒業後仕事に就く人が多かった)


更に 専門性を身につけようと

高校や高専に進む人もいる

普通 難しい専門的な学問や実習、

社会全般の教養や知識も身につける

(そこまで中々高まらない人もいるが)

私の学生時代は

かなりの人が この高校や高専を

卒業した後 社会人となっていった

(私も 高卒後 一旦就職した)


ここまでで 私たちは

いろんなことから「卒業」していく

幼稚性や世間知らずで済まされない

「おとな」への階段や入り口を前に

また新たなドアを開けて

未知の世界に入っていく


学ぶことや専門性を極めるために

更に高みを目指す人もいる

高卒後進学する大学や短大への道だ

(私は 高卒後企業に入り 一年で

退職し 予備校で学び大学に進学)

コロナ禍の今 学生たちは

学ぶことや生活することに追われ

本当に大変そうで気の毒でもある

彼らも 社会を支える貴重な人材だと

思うので しっかりサポートして欲しい

日本では 収入の割に 学費や教育費が

かなり高いことが 学びの質を

落としている一因だと考える

私の娘たちは

知の発見や学び調べることが好きで

いわゆる大学を終え それから先の

大学院まで進み 研究者となった

娘たちの「公的な卒業」を数えれば 

六、七 回も終えていることになる

(それにしても「女子学生」の扱いが

旧態依然としていて 娘たちも

男女間の格差の中 学校や職場で

能力を活かしきれていない感じがする)


それに キャスターのような

「社会的な卒業」を加えれば

かなり多くの「卒業」を終えている

(筈である)


私も 小学校から退職まで

いろんな卒業を迎えて来た


就職後は

「お父さん(パパ)業」に

勤しみ そして 後年  卒業


そして 現在

私に「残っている卒業」は

運転免許や自転車乗り、

外出すること、何かの世話をすること

そして 誰かと共に暮らすこと

それらと離れていくことが

私に残された「卒業」だと思う

ps 2021.3.3 草案

今 コロナ禍にあり 愛する人や

親しい人と面会し話すことが

そうして 

別れの言葉を交わすことが

大変困難な状況に陥っている

だから ワクチン接種が広まり

新型コロナウイルスの蔓延が

収束して 新型コロナの感染が

普通の病気扱いになって

私らの「人生最後の卒業(式)」を

後悔することなく 安心して

迎えられるようになれば と願う

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黒き雲 冬の短歌(その七)※私見を含む

2021年03月05日 13時20分00秒 | Weblog

黒き雲  冬の短歌(その七)※私見を含む



( 画像は ハクモクレンの花 3/1  

黒き雲寄せては去りてまた寄せて

晴れ間も見ゆるときあればこそ

 ※1/26 一難去ってまた一難という状況

コロナ禍もまた然り しかし 

自然は自然で ヒトのことなんか

斟酌などせずに 確かに移ろっている

今日(2/20)私は 河川敷で

ツクシを数十本も!一気に見つけた


万全も蓋を開ければ不備と言う

信じた月日無駄になりしか

 ※前回のサーズやマーズで 日本は

大したこともなく過ぎて  何と言うことはない  第三の疫病として  決定的なコロナ禍がやって来て  我らは  ようやくことの大変さを認識した(新型コロナ対応の専用病床と

専任医療従事者が、人口の割に少なすぎるのではないか。この1年間、目立って増えてはいないように見受けるが、どうなっているのだろうか?  大きく言えば、全国の医師数も医学部の学生からして、絞り過ぎているのではないか?ここの課題について、識者や専門家、マスコミは、過去何年も触れることは、私は寡聞にして見聞きしていない)

がしかし  そのノウハウはなくて  対応策も場当たり的で  頼みの日本医師会も  蓋を開ければ  我が身の保身に奔走し  一年過ぎてもほとんど頼りにならないことを思い知った(学力や能力のある学生は 医学だけではなくていろんな分野で活躍できるように 社会全体で目配りしてもらいたいと思う 直接利益をあまり生まない仕事や 研究職などの地道にじっくり取り組む仕事なども 社会全体で認め支援して欲しいとも思う)

 ※娘の受験の頃 成績が良ければ 先生は まず医学部や難関大学を強く勧めていたと思われる その生徒の適性などは二の次だった  だけど(成績上位だった)娘たちは  自分の特性を考え 勉強したい分野を決めていたので 他の学部に進んだ

 ※日本中の成績優秀者を集めたはずのお医者さんも さすがに今回の新型コロナウイルスには 悪戦苦闘している しかし 優秀な日本医師会の方々には 我が身の・我が医院の保身よりも 国民に長期の自粛や巣篭もりを強いるよりも 政府や各省庁を中心にしたオールジャパンでの医療体制の早急の再構築をお願いしたい

 ※ ワクチンや薬液の副作用・反応への

こだわりが強い国民やマスコミ、

ワクチンや薬への抵抗感や忌避感が強い

日本では、開発費や賠償問題などもあり

薬品メーカーが開発に二の足を踏んでいる


知らなんだ熊本地震来ることを

コビット19コロナ禍までも

 ※熊本地震が来るまでは おそらく私がこの世をさるまでには来ないだろうと 根拠もなく考えていた が、それは世迷言?ではあった 今回の新型コロナウイルスも然り 前のサーズやマーズのことがあったので なあに、と油断していた

 いずれにしても 私らは 明日のことさえよくわからないことを思い知った


混迷の欧米見れば民主主義危きかなと

気持ちは揺れて

 ※武漢発のコロナ禍で 欧米をはじめ世界の主な国々が 右往左往していて 各地で 暴動や騒動なども発生していたけどいる 民主主義を標榜する国々で 騒乱が起こるのは予想外だし とても残念に思う かたや隣国(中国)では 力づくて捻り伏せ 発祥地を否定し WHO の調査を長期間拒否し 各国が混乱している間に いろんなことを次々に既成事実化している 自国に有利になるようないわゆるコロナ外交も熱心だ 


世の中はえてして悪しき方角に

向くことありて世は揺れ動く

 ※  災害や揉め事があると困った私らは こうなって欲しいなあと思うけれど 

多くのことが それとは

逆の方に動き出すことが多い

 ※ だから 私は 何かあった場合は

大抵最悪の事態を想定した上で 

事後の推移を見守るようにしている

期待しすぎると 多くのことが

裏切られることになる


昔から世に言われしは隣国の

「憎まれっ子世に憚る」と

 ※  人は優しいに越したことはないが

しかし国ともなると 優しいばかりでは

他国からいいようにされてはと心許ない

「ジャイアン」のように 勝手で粗野な

(国)が 幅を利かすようだ

また少々荒っぽくても 国土や国力が

大きい方が 世界を取りまとめるためには

何とかまとまることが多い?ようだ


声太き聞こえはすれどウグイスは

どこにおりしか春を伝えて

 ※ 散歩で毎日訪れる河川敷で

ウグイスが 春から初夏にかけて

木立の枝枝でよく鳴いている

声は大きくて 見当はつくのだが

姿を見たことは ほとんどない

図鑑で 大まかな姿はわかるけど

やはり本物の(リアルな)姿が見たい

確か アニメサザエさんで

鶯の鳴き声が出てくることが

あったと記憶している

ややマンネリではあるが

春になると また

春を知らせるために

ウグイスの声は 欠かせないと思う


寒風にノロノロ進む自転車は労多くして

歩数は稼げず

 ※2/27 寒風吹き荒ぶ日に

 運動量としては 結構な量になるが

歩数としては あまり稼げないことに


ドクドクがドキドキドキと脈を打つ

ストレス知らす不整脈かな

 ※2/27  久し振りのドキドキの不整脈

緊張感が解けた頃などに起こりやすい

一旦始まると制御が難しく しばらく

様子をみたあと薬を飲むことになる

ドキドキは不快だし 頭や首も

痛くなり 不安感も出てくるので

まずは服薬した方が安心できる


p2021.1.26 草稿 1.20 追記

3.6 一部改稿

俳人の浦川聡子さんが選者

NHKラジオ 文芸選評 2021.2.20 

兼題はウグイス


ラジオ文芸選評 2/27 短歌 

選者は 歌人の穂村弘さん

ゲストは小説家の高樹のぶ子さん

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3/4 ひなあられを食べる

2021年03月04日 22時04分00秒 | Weblog

3/4 ひなあられを食べる



( 画像は ひなあられと甘納豆 3/4 )

二月に スーパーで

ひなあられを買っていたが

桃の節句(3/3) も過ぎ

今朝 そういえば

まだひなあられを食べていないねと

妻と話し 私は

あられの袋を開けた


そして 

小袋に幾らかを分けて

散歩のカバンに入れた


小さな公園のベンチで

何粒か取って食べたら

仄かに甘く素朴な味が 

口の中に広がった


食べている時に

公園そばの道を

幼い女の子がお母さんと

ゆっくり歩いている

私の孫娘ぐらいの子だ


福岡の孫娘たちのことを

思い出して 彼女たちは

ひなあられを食べたろうかなあと

早春の漏れ来る光を見つめて

そう思った


ps 2021.3.4 草稿


私は 

男ばかりの5年兄弟で育ったので 

女の子のイベントには

結婚するまで 

ほとんど縁がなかった


四十数年前に結婚して

娘が生まれ それから

女の子のイベントに遭遇した


とりわけ桃の節句は

印象に残っている

(雛飾り、菱餅、雛あられ、歌など)

他には 

七五三やお宮参り、そして

成人式、結婚式など

それから

娘たちの出産や孫娘たちのお祝い等


妻にも

お雛様を飾った少女時代が

かつてあったことを考えると

不思議な感じを覚えてしまう


現在の娘たちの生活を思うと

女の子のお祝いも大事だが

女性の人生全体をサポートする体制を

もっと早く充実させて欲しいと

心から願わずにはおれない

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早春の植木市 うえきいち

2021年03月03日 17時31分00秒 | Weblog

植木市(うえきいち)

  令和三年早春 熊本市白川河川敷



( 植木市で買った花とメダカ 3/3  )

今日は 三月三日

ひな祭りの日


子どもらが小さい頃は

両親から買って貰った

7段飾りのお雛様を

早目に飾って

春の訪れを心待ちにしていた


もうあれから長いこと

我が家で飾ることはないが

福岡の孫娘たちは

ケース入りのお雛様を

部屋の隅に飾って

家族揃って愛でていることだろう

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

天気も良いし

どこかに行こうかと相談して

「春の植木市」に

二人で出かけることにした


子どもたちが家にいた頃は

毎年のように出かけていたが

庭に草木を植える空間も減り

その上 熊本地震後

以前より庭が狭い今の家に

引っ越し 私らも歳を取り

新たに草木を求める理由も減った


地震後移植した枝垂れ梅は枯れて

今日 代わりの梅はないかと

物色したが 植える場所などを

考えると 躊躇って断念した

 

それで せっかく訪れたので

取り敢えず 別の色が欲しい

ゼラニウムを一株買った


ピンクの可愛らしいゼラニウムだ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

また 昨年 急減したメダカを

最後のチャレンジだと考え

去年生まれの小さなメダカを

店の人と相談して

一袋(十数匹)購入した


今年は もう少し

飼い方を工夫しようと思う


穏やかな早春の陽射しの中

植木市は まあまあの人出で

幾らか賑わっていた


ps 2021.3.3 草稿

入場の折 印刷したチラシに

住所や名前を書いて

係の人にその書類を出して 

検温も受け 手を消毒して入った

会場のハウス温室は

数が減り 市の規模は

全体的にこじんまりしていた

心配していた駐車場も空きがあった


あと半月くらいの開催のようだ

少しでも売り上げが増えることを

私らは願っている

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(チエミの)婦人靴と文通のこと

2021年03月03日 00時34分00秒 | Weblog

(チエミの)婦人靴と文通

 nhkラジオ  新日曜名作座



( 画像は 菜の花 2/28  

2月28日(日)

今日は 2月の最終日

しかも日曜日


私が 

毎晩楽しみに愛聴している番組に

NHKラジオ「新日曜名作座」がある


毎晩 どんなドラマがあるか

風呂に入って楽しみにすることが多い


今回は

あの青春小説などで有名だった

石坂洋次郎さんの傑作短編集からだ


今夜は「婦人靴」だそうだ

映画に「チエミの婦人靴」があり

内容は似ている


内容は 靴職人見習いの又吉と

女工の美代子が

ある雑誌の文通投稿欄で知り合い

意気投合して 

造り上げた赤いハイヒールを

プレゼントするが‥という話だ

(携帯もスマホもなく、電話も高価で

あまり普及していない頃の話だ)


私が高卒後就職した工場は

多摩の日野市にあり

大きくて従業員も多かった


その中にいわゆる女工さんも

部署によっては多くいた


私の部署は 伝送部といい

やや専門的な電気部門だったから

女性はチラホラだったが

ポケベル部(携帯通信の走り)は

女子の行員さんが 

結構多く勤めていたと思う

(昼食時や退勤時に 

大勢の女工さんたちを見かけた

たいてい中卒や高卒の人だったと思う)


この「婦人靴」の時とは

少し時代は違うが ドラマに

何だか懐かしい感じを受けた


というのも この私は

「女工さんとの文通」で

ほろ苦い思い出があるのだ


私は 会社退職寸前に

工場内で見かけるポケベル部の

女工さんが気になり

背が高くすらりとした

彼女と知り合いになりたくて

もう会えないのだと追い込まれた挙句

思い切って職場を訪ね交際を頼んだ


すると 彼女は

文通ならばいいです  と答えてくれた


そして 間もなく私は

大学受験のため故郷に帰り

浪人生活をしながら

しばらく彼女と手紙のやりとりをした


彼女の手紙は 

たどたどしい文面ながら

優しい人柄が伺えたが

何しろ浪人の私の現状がひどく

思い返せば 電話の一つもせず

会ったのもそれっきりだったから

彼女にとっては尻切れトンボ状態で

何通かの手紙のやり取りで

いつの間にか自然消滅とあいなった


二人とも まだ十代後半

携帯もスマホもない時代

電話代も◯◯秒が◯◯円の時代に

ポケベルや電話関連機器を

造る仕事に携わっていた若者の

淡く切ない泡のような エピソードです


そして 手を握ったこともない

カスミのようなこの恋?を語るのは

私の人生で初めてのことです‥


ps 2021.2.28 草稿

NHKラジオ 新日曜名作座

石坂洋次郎短編集 第2回放送


そして なぜか 私は

かの名歌「煙が目にしみる」を

思い出していました

歌うのは ザ・プラターズや

女性シンガーのアイリーン・ダン

懐かしいメロディーと歌詞の内容

ノスタルジックなレコードーの音


女性の淡い初恋を歌い上げる名曲です


 ※ 下記は 参考にしたネット記事です

ストーリー

(「チエミの婦人靴」)

結末の記載を含むものもあります。

「僕は靴造り、ハイヒールが得意、チエミファンの僕に御文通を……」という、靴つくりの又吉の投書が雑誌に載って間もなく、早川美代子という娘から彼の許に「私もチエミの大ファン、お互いに励まし合いながら若い日を生きて行きましょう」という手紙が舞いこんできた。ボロ靴の修理ばかりやっている又吉は大喜び。屋根裏部屋で彼女宛の手紙を書きながら、美代子と会う日を空想していた。やがて美代子は、又吉にぜひ一度会いたいと言ってきた。又吉は親友三ちゃんやトンちゃんに励まされ、ある日、彼女と感激の対面をした。驚いたことに美代子はチエミと瓜二つ。再会を約して別れる頃には、二人共すっかり意気投合してしまった。又吉は造ったこともないハイヒールを彼女に造れるといった手前、美代子にハイヒールをプレゼントしようと決心、翌日から仕事に没頭した。次の日曜日、又吉の贈った赤いハイヒールを美代子は大変喜んだ。ところが、その日から美代子の文通がプツリと途絶え、又吉の落胆はひどかった。或る日、彼女から又吉のハイヒールで足をくじいて寝ていたとの手紙が来た。元気をとり戻した又吉は、親方に暇をもらい美代子の家に飛んでいった。松葉杖をひいて出て来た美代子は自分の家は貧乏で兄は不良、自分は女工という身分をかくしていたことや、又吉の投書を見て、ハイヒールをプレゼントしてもらえるかも知れない、と思って文通したことを打明けた。「今の私は、あなたに嘘をつきたくない」という美代子に、又吉も自分のウソを打明け、彼女を疑ったことを謝った。「私達、もう一生、嘘をつくのを止しましょう」という美代子の言葉に又吉は力強く頷いた。

江利チエミ、井上大助、中村是好ほか

1956年 東宝映画

Movie Walker Press より


チエミの婦人靴|MOVIE WALKER PRESS

チエミの婦人靴|MOVIE WALKER PRESS

『乳母車・最後の女 石坂洋次郎傑作短編選』(石坂 洋次郎,三浦 雅士):講談社文芸文庫 製品詳細 講談社BOOK倶楽部

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