Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

特報~河村名古屋市長、旅の恥は掻き捨てか?

2021-08-04 22:02:29 | スポーツ

今 東京五輪野球・日韓戦が進行中だ。終盤 8回に入っても、2X2 同点で最後まで予断を許さないだろう。勝敗具合で韓国内の反応は概ね想像がつくが、我国代表にはいずれの結果にしても 無理は分かるが努めて冷静でいて頂けるととも思う。勿論心秘かに望むのは勝利だが。

さて、栄光のメダルを手に凱旋を果たした選手も出始めた様だ。メダルの色に関わらず 一言の祝意と労いを申したい。懸念される 流行の新型コロナ・ウィルス感染症の脅威も消えた訳ではない。結果に関わらず 勝負を終えた選手各位はまず休養、その上で次への調整に当たって頂きたい。

さて 当地ゆかりの五輪選手も凱旋を果たした方がある訳だが、あろう事かそのお一人から表敬訪問を受けた河村たかし・現名古屋市長が看過できない非礼に及んだ様だ。既に多くの批判やクレームが寄せられた由だが、拙者も黙っている訳には参らない。以下地元紙 中日スポーツ・ネット記事を引用して、みて参りたい。

「河村たかし・名古屋市長の”金メダルかじり”に SNS上で批判続出=ソフト(ボール) 後藤希友の表敬訪問で突然『ガブリ』」

名古屋市の 河村たかし市長は 8/4、名古屋市役所で 東京五輪ソフトボールで 13年ぶりの金メダル獲得に貢献した後藤希友選手の表敬訪問を受けた。この時、金メダルに「ガブリ」とかみつくパフォーマンスを見せた。

この様子が地元 TVのニュースで放映され SNSで拡散されると「汗と努力の結晶のメダルをかむなんて。しかも、このコロナ(感染症) 禍で!?あり得ない」などと批判する声が上がった。

名古屋市熱田区出身の後藤選手は「名古屋が大好きなので、地元に金メダルを持ち帰ることができて良かった」と報告。「おめでとうございます。わしもハイボール飲みながら見てた」と活躍をたたえた河村市長は、後藤選手から金メダルを首にかけてもらうと「重たいな」とつぶやき、突然マスクを外して金メダルをかむパフォーマンスを見せた。

一瞬の出来事に 後藤選手はびっくりした表情を見せていたが、ツィッター上では「選手が得た金メダルを勝手にかじるパフマォーンスをするとか・・心底最悪」「勝手にメダルを齧るのは、この人ならまさにって感じだな」「といつもない努力をしてきた中で 世界で一番にならないと貰えないのに、気軽に何をしてくれてんの?(選手が) かわいそう」「新しいメダルを買って弁償しろ」など憤る声が次々と寄せられた。(引用ここまで)

本当に「慢心」と呼ぶのも軽い程、無神経が過ぎるのではないか。SNS上のメッセージは、罵倒や中傷誹謗的内容のものもままあり 賛否両論が普通だが、今回の河村市長宛てのそれは 拙者が見る限りは「全部正論」とみて差し支えない様だ。近年 特に昨年来の前述感染症流行後辺りからは芳しからぬ面も目立つ様になり、安倍前総理よろしく 日頃の挙動には注意を要する立場だったはずだ。その事を弁える事なく、人気があった名古屋市長初当選の頃からの気分が拭えなかったのだろう。

その頃と同じ気で その頃なら許されたかも知れぬ同じパフォーマンスのつもりなら、それは名古屋市民・そして愛知県民から総スカンを食らっても仕方あるまいて。特に今は、依然前述感染症が流行る折だ。そんな所への配慮もなく、平時と変わらぬ態度では それは誰からも好感されないのは火を見るよりも明らかだろう。

「そんな事も気がつかんのか?」と、拙者も対河村市長批判の各位に伍して ネットで声を上げたくなったという事だ。こんな風だから、前述感染症対策でも陣頭指揮などの表に出られなかったのではないか。今夏前だったが、大村愛知県知事よりの「河村名古屋市長は、ワクチン接種計画に関わっていない」表明は未だに脳裏に焼き付いている。なる程、引用記事の挙動は それを裏付けていた一つという事か。

今春再選された河村名古屋市長は、今任期限りで引退と聞いている。そうだとすれば、前述のこの不良なパフォーマンス・・というよりアホーマンスは、拙者には「旅の恥は掻き捨て」という様にも見られて仕方がない。一事が万事、河村市長の 特に文化振興策は悉く「大風呂敷」の印象が強かった。既に終わった 名古屋城本丸御殿の復元に次ぎ、同城天守閣の木造復元、名古屋市科学館に長年保存され、動態復元を図っているとされる明治期の蒸気機関車再整備などなど「本当に必要か?」の疑問符がつく施策や構想も少なくない。

煽る意思はないが、こうなると 昨年の大村愛知県知事向けに続き、河村名古屋市長も解職請求リコールの対象にしても良いのではないか?とつい思ってしまう。名古屋市民の政治活動は勿論自由。拙個人はそこまでは求めないが、仮に河村市長のリコール運動が生じれば、それは基本的人権の要請として その自由を尊重位はするつもりだ。大村県知事リコール運動でも過剰な姿勢を見せた河村市長には、もういい加減に首でも洗って頂いた方が良いかも知れない。正直「名古屋の恥」だ。

今回画像は、新潟・福島両県を結ぶ JR磐越西線にて こちらは「本当に実走している」蒸機列車の様子を。同じ JR山口線や 大井川鐡道線でもそうだが、今は蒸機走行に当たっては 多くの住民への影響が軽い郊外や山間など、走行条件が整っている所での実施が必須であり、住民多数への影響が大きい大都市圏で行うべきものではないでしょう。あぁそれから、五輪野球は我国代表勝利の由。一言の祝意を申します。

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大感染症下の五輪、前例はあった

2021-07-28 21:44:13 | スポーツ

卓球混合ダブルス戦にての対中勝利、そして今大会が最後とされる 女子ソフト・ボールの対米勝利。この他、いずれも金以下メダルを決めた我国代表を素直に称えたく思う。テニス精鋭、大坂なおみ選手の惜敗は残念も「時に勝ち、時に敗れる」のが勝負ではないだろうか。

五輪代表としての勝利はならずとも、同等の国際大会はこれからも我国開催の機会があろう。独り大坂選手に限った事ではないだろうが、敗れたなりに今回の試合を総括検証し、次への糧とする事を願いたい。大口は利けないが「勝って奢らず、負けて腐らず」が勝負の一本質だと拙者などは思う。

徐々に本題へと向かいます。又も流行が明らかになり始めた中国大陸他由来の新型コロナ・ウィルス感染症のせいもあって、今回東京五輪への反対意見や中止要請も少なくなかったのは事実。しかしながらそうした動きは 実は前述感染症流行前から目立っていた事で、最近でも五輪反対・中止を志向するデモ隊の前方には 中核派など極左過激勢力のロゴがはっきり認められた。それらは我国の正統的政治姿勢を志向した安倍前政権などに対抗する勢力であり、前述感染症の影響に対する警戒の必要は重く認めるも、こうした勢力の不良な動きは、防疫の問題とは区別されるべきだろう。

その感染症禍にあっても、かつて敢えて実行された五輪大会の前例が見つかった。既にご存知の方もあるかもだが、以下 先日の日本経済新聞ネット記事を引用して、見ながら考えて参りたい。

「パンデミック下、100年前も開催。1920年アントワープ大会。スペイン風邪乗り越え、五輪旗登場」

(今回) 東京五輪のおよそ 100年前、1920=(大正 9) 年にベルギーで行われた アントワープ五輪も、スペイン風邪の世界的大流行パンデミックを乗り越えての開催だった。第一次大戦も終わったばかり。多大な困難を乗り越えて開かれた約 100年前の五輪には、どんな思いが込められ、どう評価されたのだろうか。

アントワープ大会を取り巻く状況は、今回の東京より深刻だった。1914=(大正 3) 年から 1918=(同 7) 年まで続いた大戦は ヨーロッパが主戦場となって約 1800万人が犠牲になり、スペイン風邪では 1920=(同 9)年の収束までに 4000万人以上が亡くなったとされる。

ベルギーは大戦でドイツに侵攻され、港町アントワープの町並みには 至る所に戦禍の跡が残っていた。開催できた背景には、ベルギーでスペイン風邪の被害が軽微だったとみられることや、五輪がまだ欧米諸国中心の限定的な大会だったという事情もある。

だが、最も大きかったのは スポーツを通じて世界の平和と団結を訴える五輪運動を未来につなげようとした意志だろう。始まって 20年余りの近代五輪は 1916年大会が戦争で中止となり、存続のピンチを迎えていた。五輪史を研究する 筑波大の真田 久・特任教授は「 2大会続けてできなかったら、五輪は終わっていた可能性もあった」と話す。

大会には 当時最多の 29カ国が参加した。8/14の開会式で、国際五輪委 IOC会長で創設者のクーベルタン(男爵) がデザインした 世界五大陸の団結を示す五輪旗オリンピック・シンボルが初めて掲揚された。平和を希求してハトを放ち、選手宣誓も初めて行われた。この大会から 五輪は「平和の祭典」として位置付けられたといえるだろう。

大会の評価は肯定的なものばかりではない。準備期間はわずか 1年余り、競技会場には整備不足も目立った。ベルギー国民も 開催を喜べるような状況になく、IOCの意思ばかりが目立った大会との見方もある。

日本は 1912年ストックホルム大会に続いて 2度目の参加で、テニスで五輪初のメダルを獲得した。シングルスとダブルスでともに決勝で敗れて銀メダルの熊谷一弥は、自著でコートの整備の悪さを指摘し「これがオリンピックの晴れのひのき舞台とはお世辞にも申しがたい」と振り返っている。

それから約 100年。現代の五輪は巨大化し、当時と単純な比較はできない。ただ 感染症の脅威に加え、過度の商業主義で理念を失ったと批判される五輪が 存続のピンチにあるという意味では、当時と共通する。7/23 の開会式は初めての無観客となった。17日間を通して、一世紀前の五輪旗の登場に匹敵するような、真の五輪の価値を示すメッセージを発信できるか問われている。(引用ここまで)

第五波ともいわれる、感染拡大は脅威と自覚すべきは理解する。その上で やはり引用記事を拝読して、拙者は少し落ち着いて こうした問題と向き合える様になったかという所だ。現五輪組織委は 統治➡ガヴァナンス能力に欠け「平和の祭典」としての五輪を未来に繋げようとする意志を立て直し、進行中の今大会を 閉会までつつがなく運営し切る決意と本気度を見せるべきだが、まずはその大きな意志に堪えられる組織再建が急務だろう。

防疫面は、前世紀の当時と比べれば 或いは難しいだろうが、それが短期間にできれば前述感染症拡大を 少なくとも五輪エリアの中では抑え込め、進行中の大会運営への不安も相当に払拭できると心得る者だが。もう一方の、野党や大会反対勢力も この史実を謙虚に学んでいるか、やや不安である。政府与党批判も結構だが、いつまでも揚げ足取りレベルの拙劣な国会質疑を解消する為にも こうした史実の学習とかが必要ではないのか。そうでなければ、いつまで経っても対政権与党「攻撃的質疑」に終始して 結局は支持を大きく落とす事にもなろうかと思う所だが。今回画像は、先日捉えた 清州市内にての JR東海道線貨物便東上の様子を。

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東京「無観客」五輪雑感

2021-07-09 21:51:23 | スポーツ

7/6から開催だった「私たちの表現の不自由展、その後」が、開催施設宛てに発火の疑いある不審物が郵送されたとかで 事実上中止される由。確かに芳しくない手段は事実であり、その事の留意と共に 同展への反対勢力による「あいち・トリカエナハーレ 2021」も同施設使用の関係で併せて流れる事となり、些か残念な所ではある。

前述両展示は、前者が我国内「公共の福祉」を損ねる疑いがある為、後者は在留外国人向けの差別が疑われる表現が一部にあるとされる理由で、双方共に問題視されていたものだ。

我国の独立と固有文化の尊厳まで損ねる出方さえ認知する様な、緩い日本国憲法の趣旨よりは そうした表現も原則は尊重されるべきという事で、ならば今回同一場所で同時期に行われる予定だった当該両展示は 一種「面白い勝負」となる可能性もあった訳で、拙者もその辺りに一定期待していたのだが、今回の様な「力に頼った」やり方での中止は与し得ないのも事実。問題画像が報道などで出尽くしたとみる拙者は「不自由展その後」を閲覧する意思はないが、対抗展示「トリカエナハーレ」は機会を改めて催される由なので、その折には 又拝見したいとも思う所。

本題です。残念と言えば、まだ鎮静化まで日時を要す 中国大陸他由来の新型コロナ・ウィルス感染症禍が続く中での東京五輪が、首都圏にては無観客の大会となる事が決まったのも同様だ。この為 出場を断念した選手も複数あるやに聞くが、再び感染状況が芳しくなくなってきている東京辺りの状況からすれば やむなしかも知れない。以下 アベマ・タイムスのネット記事を引用して、少しみて参りたい。

「田村(厚労)大臣『自宅観戦で感染が広がらなければ、成功した五輪になる』(緊急事態)宣言下での東京五輪に見解」

田村厚生労働相が閣議後の会見を開き、東京五輪が緊急事態宣言下での開催となったことについて「自宅観戦で感染が広がらなければ、成功した五輪になる」などと述べた。

会見で記者団から「首都圏は無観客とはいえ、世界最大級のスポーツの祭典が行われる中で、東京都民の行動を著しく制限するとなると矛盾が大きい。都民の納得を得られるのか」などと質問が飛んだ。

そのことについて田村大臣は「五輪において 東京においては観客を入れない。されに合わせて東京近辺においても同じような判断だと報道で聞いている。そういう形で”観客を入れない五輪”というのは非常にメッセージだ」と応じると、申し訳ない話として「選手の方々は 本来は観客がいて頂いて、それで競技をすることで更なるパフォーマンスの向上があったと思う。関係者の方々にも大変申し訳なく思っているが、そのような判断を頂いた。適切な判断を頂いたと思う」などと続け、東京、神奈川、埼玉、千葉の 1都 3県のすべての会場で無観客開催とする決定に理解を示した。

そのうえで田村大臣は「「当然、そうなってくると基本的に多くの方々が家で観るというのが前提となる。ご自宅で観る五輪というものに、感染症が広がっている中において そういうものを実行して頂きたい。以前も申し上げたが、アスリートもコロナ(感染症禍)と闘って 東京の日本のフィールドに立って競技をされる。正にコロナ(感染症禍)と闘ってきた五輪。そういう意味からすると、国民の皆様も 自宅でアスリートの方々を応援しながら闘う。

闘うとは、感染をしないように 感染が広がらないように是非ともそういう行動をして頂き、ともにコロナ(感染症禍)と闘う五輪にしていきたい。アスリートと、それを応援する国民。世界の心を一つにする。平和だとか理念のもと行われているスポーツの祭典。対コロナ、コロナ(感染症禍)と闘うといったことに集中をして頂き、この五輪をもって自宅から出ない。五輪の試合が終わっても、そのまま自宅で興奮というものを家族の方々と共有して頂く。そういう思いであるし、そういった中で五輪がうまく感染が広がらずに行けば、成功した五輪になってくるだろうと思っている」と述べ、開催期間中の感染防止対策に理解と協力を求めた。(引用ここまで)

言いたくはない想いもあるが。これはちょっと無理筋の様な気もする所だ。全てが田村厚労相の発言通りに回れば、前述感染症は一応抑え込めるか 部分的な感染に留められるだろうが、そこは何しろ「人が動けばウィルスも動く」。首都圏無観客開催といえど、もし仮に競技場外部から垣間見える所でもあれば 直ぐに SNSなどで拡散され、一定の人出を招く可能性はあろう。又 観客以外の大会関係者だけでも相当な人数に上る。そうした方々からの感染発生を抑える為の 行動制限たる「バブル方式」が徹底できるかどうか、直前まで十分に検証を願いたいもの。

又 これも可能性ある会場や選手村などから離れた観光地などへの出入りを抑制する策も必要だろう。もしもの事態を生じれば、それは我国の対外責任を問われる事ともなりかねない。だから拙個人的には、菅現総理と小池都知事には 有事には機動的に大会を中止中断できる非常ブレーキの様な権能を 常に手にして頂きたい所だが。

既に海外の一部よりは、我国の対策に対する懸念も表されている様だ。特に来年初の冬季大会を控える中国大陸の一部からは「日本は感染症対策が緩かった為に 復興五輪の大義を逃した」などと揶揄する様な言動も聞こえる様だ。まぁ同国は、東京五輪が不調に終わった方が良いのだろうが。それにしても、国会閉会中審査で 東京五輪のあり方について、特定野党の帰化人議員連中の方が 中止だの再延期だのと大騒ぎしている様なのもおかしな話だが。

とまれ 菅現政権と小池都政は、それぞれの政治生命を賭すつもりで東京五輪及び障碍五輪の運営を願いたい。拙者などは、東京五輪本大会よりもむしろ それに続く障碍五輪パラリンピック大会の方を危惧する者だが、こちらも決して息切れなどしない様 完全閉会の日まで緊張感を維持しての大会運営を願って止まない。今回画像も先年ので恐縮。東京都心・田町辺りを大阪方面へと下る、東海道・山陽新幹線 700系列車の思い出画像を。

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東京五輪と改憲向け国民投票法改正案、両反対行動の共通項は

2021-05-09 14:49:06 | スポーツ

東京都知事選候補の経験もある、宇都宮健児・元日本弁護士連合会長が反東京五輪運動の署名活動を立ち上げ、署名総数が 20万筆を超えた由。中国大陸他由来の新型コロナ・ウィルス感染症の流行が続く現状では、東京五輪及び障碍五輪の賛否を自由な立場で表明するは 拙者も否とする者ではない。ただそれは 主張する相手を間違えてはならず、成人ならその区別位は弁えていなければならない。

中止要求は五輪大会関連組織や行政窓口に持ち込まれるべきであり、決して選手個人に向けられてはならない。この事で難病を乗り越えて五輪大会に臨もうとしている競泳・池江璃花子選手個人宛に出場辞退要求が複数寄せられ問題化していると聞く。中には攻撃志向の文面もあり、同選手の動揺を招いているらしい所は遺憾だ。この事態に鑑み、中止署名運動主導の宇都宮元会長も 遅まきながら注意喚起の表明位はされた様だ。以下 東京スポーツネット記事を引用して、みて参りたい。

「池江璃花子(選手)への”辞退要請”は違う!」五輪中止サイト発起人の苦言『選手に非はない』」

元日弁連会長の宇都宮健児弁護士が 5/8、ツィッターを更新。東京五輪・障碍五輪を巡ってアスリートに出場辞退を求める事態がネット上で起きていることに苦言を呈している。

宇都宮氏は署名サイトで「東京五輪・障碍五輪の開催中止」を呼びかけており、たくさんの署名が集まっていることは既報通り。一方で、競泳女子で東京五輪代表の 池江璃花子(選手)が 5/7に明かしたように、選手個人へ「辞退して欲しい」などの言葉が投げかけられてもいる。

こうした状況に宇都宮氏は「現在、東京五輪代表に内定した選手に出場辞退を求める声がネットで溢れている。だが五輪中止を求める相手は選手ではなく、主催者である IOC、 IPC、国、東京都、五輪組織委である」と指摘。続けて「当然のことながら 選手に一切の非はない。見通しの立たない、辛い状況に置かれている選手をこれ以上くるしめてはならない」と訴えた。(引用ここまで)

当然の発出だ。池江選手向けもそうだが、組織で、チームで行われる五輪の中止に際し その要求を当然当該組織や担当行政部門に向けるべき事さえ分かっていない低レベルな発信者がいかに多いかを露呈したという事。例えば「辞退要求」の届いた池江選手の動揺は我々の想像以上との報も聞いており、中には脅迫まがいの攻撃的文面もあったとの報もある。

宇都宮元会長の苦言も 感染症対策についての菅(すが)現政権の出方にも似た 遅きに失し、かつ弱いもの。宇都宮元会長と言えば 先年の東京都知事選出馬の折、支援の野党勢力が急に候補を変更したあおりで立候補取り下げに追い込まれた過去があり、その時の経験より 左派容共勢力の脅威を少しはご存知だったはずで、その事から今回のそうした事態も その意識があれば少しは予見できたのではないか。それができなかったとは、やはり想像力欠如の誹りを免れないと 拙者などは思うのだが。

よく耳にする言葉が「左翼は手段を選ばない」。その事から、東京五輪及び障碍五輪中止署名運動の立ち上げにしても、選手個人への悪影響は一定でも顧慮されていなければならなかったはずだ。収まる気配のない新型感染症禍の実態は分りもするが、東京五輪及び障碍五輪中止を目指す 主に左派容共勢力からすれば「政治利用の絶好の機会」なのだ。宇都宮元会長の属した日弁連も、どちらかといえば左派的政見で知られる。その辺りの手当てがいかにも鈍い感がするのは拙者だけではあるまい。

その「五輪反対政治利用」の話。これはどうも、前回まで触れた 憲法改正手続きの国民投票法改正案の動向とも通底している様に思う。まず 左派容共勢力は、同法案にも反対しているからだ。どの途容共政党社民・日共両党をメインに立憲民主党の一部も加えた連中の「組織防衛」が目的の様なのは分かっているが。双方に通底しているのは、どちらも安倍前政権の残滓(レガシー)の顔を持つという事だ。

今回 東京五輪及び障碍五輪反対行動に与するのは、一部を除き 多くが左派容共勢力と思われ、殆どが例外なく 安倍前政権の残滓とみられる施策や措置の抹殺を図ろうとしている印象を受ける。改憲向け国民投票法改正案は今国会通過が濃厚となったが、所へたまたま開催が微妙な東京五輪及び障碍五輪反対署名開始が重なった為 左派容共連中とそれを煽る左傾メディアが飛びついたという事ではないのか。歴代政権同様、功罪相半ばの安倍前政権の公正な評価に努める事もせず「左からの感情的憎悪」だけで事に走るから、選手個人への五輪出場辞退要求にも及んだのだろう。

関連誌を含めた朝日新聞一味を初め 左傾メディアの貶め的報道からは「予定調和の」東京五輪及び障碍五輪反対側が優勢に見られる様な印象報道がチラ見えする。毎度の事とてもう動揺もしないし そのつもりもないが、反対署名も運動も それ自体は自由なるも、くれぐれもその表明の相手は正確に選ぶべきという事。

昨日の当地ラジオ番組にても、池江選手個人宛ての五輪出場辞退要求問題が取り上げられ「安易に送信可能な SNSの弊害」「反対表明は五輪組織に対してせよ。選手個人への出場辞退要求など論外」の声が出された。これ又当然の事で、責任の一端は 言論の自由を盾に、相手を選ばぬ無責任発信に甘過ぎたメディアの側にもあろう。どうせ心からそうはしないだろうが、弊害を自覚するなら報道メディアも少しは自制すべきだろう。今回画像は少し前、当地東郊・豊橋市内を終点に近づく名古屋鉄道の特急列車「パノラマ・スーパー」の様子を。以下に 関連記事を 2件リンク致します。(いずれも私的憂国の書様) 国民投票法案の可決が見えたいま、アベガー病を再発させるサヨク新聞 | 私的憂国の書 (fc2.com) 池江璃花子選手に「五輪辞退しろ」と要求する五輪反対運動のバカども | 私的憂国の書 (fc2.com)

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U-18W杯野球韓国遠征・及び腰では禍根を招く

2019-08-28 21:07:10 | スポーツ

今月末開幕する、大韓民国・釜山にての 18歳以下の国際野球試合 U-18W杯出場の高野日本代表向けの「韓国滞在中は、日の丸非掲出のウェア着用とする」の日本高校野球連盟(以下「高野連」と略す)の方針には呆れた。幾ら日韓関係が「冬の時代(『冬のソナタ』ではない)」といえど、政治問題とスポーツ・文化の事共を切り離して考え 措置すべきは常識だろう。

高野連の説明では、この措置は「韓国の国民感情に配慮したもので、試合中は日の丸有のウェアで臨む」の由だが、これは本当に妥当なものか?拙者には疑問だ。海外試合という晴れの舞台で、幾ら試合以外のみとはいえ 高校生に疑問の残る措置を実行させるのはどうなのか。試合、滞在に関係なく祖国の国旗を掲出したウェアの着用は国際儀礼上も求められるものだし、その事を歪める措置は 教育面でも芳しくないものがあろう。

この方針が韓国側に伝わった時、同国のネット世論からも疑問符がつけられた様だ。一部を載せると「過剰反応ではないか?」「韓国側が強要した様にも見られる」「旭日旗でなければ問題なし。韓国々民は、嫌日デモをしている訳ではない」「韓国人は、日本人を嫌っていない。安倍総理大臣は別だが」「日本の子ども達にとって、日本は愛する祖国。(常に)日の丸を付けて、堂々と戦える様にすべき」「国旗を付けぬ方がそもおかしい」など、この措置に疑問を呈する声が少なくない様だ。

強い反日を標榜する文(むん)政権下にあっても、韓国世論は意外に落ち着いた向き合いをしている様であるのは留意すべきかも知れない。勿論、我国の安倍政権への反発はやむなしとしても。そうなると、高野連の前述措置は、韓国々民向けというよりは、文政権への忖度(そんたく)の様にも思えてくる。この辺りの背後にあるのは、我国側の反日メディアの影響かもしれないとみるのは拙者だけか。

広く知られている様に、高野連に対しては、朝日新聞勢力の大きな影響力があるとされる。だとすれば、今月末からの韓国遠征に際しても 相当な注文をした可能性が捨てきれまいて。朝日勢力は、我国既成メディア中でも左傾反日志向が強く、何よりも昨今の日韓対立のきっかけを作った「慰安婦問題に関する捏造報道複数」を行った張本人だ。高野連に対し「遠征中は 日の丸を付けるな」位の圧力をかける事など朝飯前だろう。勿論表向きは高野連の決定の形にして、自勢力は表に出ない卑劣な姿勢である。

政治問題に囚われず、堂々と力を尽くしてプレーすべき高校生達に 無用で卑屈な忖度を強要する様であってはならない。高野連は、選手各位が堂々と日の丸を掲出できる様 措置を再検討すべきだし、朝日新聞勢力からの非掲出圧力が事実だとしても、敢然と排除すべきだ。繰り返すがこの措置は、未来のある高校生向けの教育と、我国の対外信頼にも関わる国際儀礼の双方に良い影響をもたらす事はないだろう。前出の声の様に、韓国世論は日の丸掲出に 必ずしも否定的ではない。今回画像は、先年訪れた 新潟・柏崎市内の日本海岸の様子を。通る線路は JR信越線。

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