[1月9日 ベルギッシュ・グラットバッハ(ドイツ): 小野フェラー雅美]
クリスマス前にあったある時事ディスカッション・クラスで、50代のドイツ人の同僚が、甥を送る不安を述べる長い詩を披露した。一昨年アフガニスタンから戻った彼の34歳の甥(職業軍人)は、この1月6日にシリアに派遣された。
2011年に徴兵制を廃止して5年。ドイツ連邦軍は女性も含む18万人弱の職業軍人からなる兵力を持つ。第三次メルケル政権下、2013年の組閣以来、メルケル首相のキリスト教民主同盟の副党首でもあるウルズラ・フォン・デア・ライエンが国防相として連邦軍の軍政を取り仕切る。彼女は元医師の政治家で3人の子を育てた。
連邦軍派遣はコソボ、アフガン後これで三度目。昨年12月4日の議会で「1200人の部隊の派遣を445対146票で可決し、軍用偵察機のトルコでの待機と、フランス空母シャルル・ドゴールを守る一艦隊と給油機一機の出動を決めた」(スイス紙『ノイエ・チュリヒャー・ツァイトゥング』12月4日電子版)。
これは、去年11月13日の「IS(イスラム過激派組織)によるパリでのテロに対するフランスの決議をサポートするためのドイツ連邦議会の議決結果であり、共同体の安全のための組織枠内での国外出動であれば基本法を侵害するものではない、という1994年の連邦憲法裁判所の決定を踏まえている」(前出スイス紙)。ここで「共同体」とは、NATO(北大西洋条約機構)を指す。
ドイツの大連立与党は、①難民が押し寄せる現状の根源を断つため、また、②ヨーロッパ(パリ)までテロの焦点を移したアグレッシヴなISに対抗し、共同体の安全を守るための隣国サポートという形で基本法を侵害しない範囲でのシリア空爆参加を促した。野党は、空爆ではIS以外の住民を巻き込んでしまい、却って難民を増やす結果となることなどを理由に反対し、議会は大きく揉めた。
12月の決議後、巷で様々な職業をもつ知人・友人たちとディスカッションの機会があったが、一般国民はパリで起こった複数のテロ事件を隣国のこととしておれず、EUが団結して事に当たるべきとして、野党の反論にも一理あることを認めながらも、ISを増長させ勢力範囲が拡大の一途にある状況を手をこまねいて見ていることはできないと、基本法の範囲内での派兵を是認しているようだ。
「イギリスは、下院が圧倒的に」アメリカのIS掃討作戦への「参加を決めるや、数時間後には」「キプロス島のアクロチリ基地から」「シリアへの最初の空爆を始めた」(英紙『ザ・ガーディアン』2015年12月3日)。397対235票(約63%)なので、ドイツ連邦議会(75%)と比べると「圧倒的」とも言えない気がするが、戦闘機は議決されるや早くも数時間後には実際の空爆に発って行った。
二次大戦後のNATOでは危機の度に各国それぞれの対処をしており、イラク戦に参加しなかった仏独は、直接アフガニスタン南部を攻撃した英米に対し、NATO軍指揮の下、国際治安支援部隊(International Security Assistance Force, ISAF)として参加。当時シュレーダー政権(社民党と緑の党の連立)がアフガニスタン派遣を決めた。イラク戦で弱ったアメリカがアフガニスタン駐留兵力の削減を始めたあとも、両国はアフガニスタンの「地方再興チーム(Provincial Reconstruction Team)」を組み、戦闘のなかった北部の復興を2014年までサポートした。しかし、きちんとした政権も確立できないアフガニスタンでの「復興」はままならず、戦闘状況が増加していたこともあり、匙を投げた形で連邦議会の議決後共同撤退した近い過去がある。
大衆紙『ビルト』(ドイツ)は、2016年1月5日に「今朝9時30分にドイツ戦闘偵察機それぞれ2機がシュレスビヒ・ホルシュタインとラインラント・プファルツを発ちトルコに向かった」と報じ、『フォーカス・オンライン』(ドイツ)は1月8日、「トルコのインジルリクに配備されたドイツ戦闘機2機は金曜(1月8日)、シリアとイラク上空の最初の偵察飛行を3時間弱行った」「連邦軍のシリア出動はこの偵察機2機の他、空中の戦闘機給油用エアバス1機と仏空母を守るための艦隊とからなり、これは11月半ばのパリに於けるテロ事件後にフランス政府の要望によるものだった」と報じた。先月初めの参戦議決後ドイツ空軍はフランス領海でフランス艦隊との共同演習を行っていた。
ロシアも対IS空爆を実際に行っているのだが、「ロシア政府の言に反し、IS拠点というよりも、反アサド勢力の拠点をターゲットとした空爆が行われている、とシリアの活動家が警鐘を鳴らしている」(前出『フォーカス』)。秋のアサド大統領のロシア訪問の際プーチンが取り交わした約束(アサド援助)が取り沙汰されている。シリアの人権擁護ネットワークの集計によると、2015年に一般人民を最も多く(16000人程の内の75%)殺害したのがアサド政権という(前出『ビルト』)。
トルコは、IS勢力に包囲されたトルコ国境近く(北シリア)のクルド人の町を救うためとして戦車部隊を含む陸軍を出動させたが、トルコ国内で禁止されているクルディスタン労働者党の拠点を攻撃していると、トルコ国内のクルド人のみでなく、ドイツ国内でもエルドアン大統領の反対勢力鎮圧のための空爆が批判されている。「NATO事務総長のイェンス・ストルテンベルクは、トルコ首相のアフメト・ダウトオールに、クルディスタン労働者党拠点の空爆は、クルド人との平和へのプロセスを危険に晒すことになる、と忠告した」(前出『フォーカス』)。
ドイツ国内で1ヶ月前の議決時に聞かれた、空爆では対象をIS勢力に特定できない、的を絞ってIS勢力を抑えるためには、トルコとの共同作戦による地上戦を考えるべき、というディベートは、内政を反映したトルコ参戦背景と基本法を鑑みた故か、今はまったく聞こえなくなっている。
もともと難民の元凶を断つための対IS戦だが、このように多くの政治的思惑が絡み、難民受け入れ側のドイツでも、今まで通りの受け入れは行いきれない事態が発生している。
大晦日のケルン中央駅前広場で難民を含むアラブ系・北アフリカ系らしい若い男たち千人ほどの内の、多数がドイツ女性に性的暴行と現金や携帯電話の強奪を大掛かりに行ったこと(現届出数120件以上)が明るみに出、新年の3日以降のニュースは、この件に関する政治家・警察・市民運動家による難民政策への批判で埋まり、メルケル首相の難民受け入れ態勢への考え直しが大きく問われることとなった。ケルンでの事件が一番大きかったのだが、ケルンの件数ほどではなくても、ハンブルクやシュトットガルトからも似た現象と届出が報じられ、この件に関して大手各紙(紙面と電子版)は正月以来連日一面で大きく取り上げている。ケルン駅前で大規模な反イスラムデモとそれに対抗するデモが行われている。
たまたま私たちの娘は大晦日をケルンで祝った。深夜過ぎにケルンからデュッセルドルフに戻る電車が警察の大掛かりな手入れにより1時間以上止まった。彼女が現場を目撃していることから、私たちは大変近いところから事態の成り行きを見守っているところだ。
クリスマス前にあったある時事ディスカッション・クラスで、50代のドイツ人の同僚が、甥を送る不安を述べる長い詩を披露した。一昨年アフガニスタンから戻った彼の34歳の甥(職業軍人)は、この1月6日にシリアに派遣された。
2011年に徴兵制を廃止して5年。ドイツ連邦軍は女性も含む18万人弱の職業軍人からなる兵力を持つ。第三次メルケル政権下、2013年の組閣以来、メルケル首相のキリスト教民主同盟の副党首でもあるウルズラ・フォン・デア・ライエンが国防相として連邦軍の軍政を取り仕切る。彼女は元医師の政治家で3人の子を育てた。
連邦軍派遣はコソボ、アフガン後これで三度目。昨年12月4日の議会で「1200人の部隊の派遣を445対146票で可決し、軍用偵察機のトルコでの待機と、フランス空母シャルル・ドゴールを守る一艦隊と給油機一機の出動を決めた」(スイス紙『ノイエ・チュリヒャー・ツァイトゥング』12月4日電子版)。
これは、去年11月13日の「IS(イスラム過激派組織)によるパリでのテロに対するフランスの決議をサポートするためのドイツ連邦議会の議決結果であり、共同体の安全のための組織枠内での国外出動であれば基本法を侵害するものではない、という1994年の連邦憲法裁判所の決定を踏まえている」(前出スイス紙)。ここで「共同体」とは、NATO(北大西洋条約機構)を指す。
ドイツの大連立与党は、①難民が押し寄せる現状の根源を断つため、また、②ヨーロッパ(パリ)までテロの焦点を移したアグレッシヴなISに対抗し、共同体の安全を守るための隣国サポートという形で基本法を侵害しない範囲でのシリア空爆参加を促した。野党は、空爆ではIS以外の住民を巻き込んでしまい、却って難民を増やす結果となることなどを理由に反対し、議会は大きく揉めた。
12月の決議後、巷で様々な職業をもつ知人・友人たちとディスカッションの機会があったが、一般国民はパリで起こった複数のテロ事件を隣国のこととしておれず、EUが団結して事に当たるべきとして、野党の反論にも一理あることを認めながらも、ISを増長させ勢力範囲が拡大の一途にある状況を手をこまねいて見ていることはできないと、基本法の範囲内での派兵を是認しているようだ。
「イギリスは、下院が圧倒的に」アメリカのIS掃討作戦への「参加を決めるや、数時間後には」「キプロス島のアクロチリ基地から」「シリアへの最初の空爆を始めた」(英紙『ザ・ガーディアン』2015年12月3日)。397対235票(約63%)なので、ドイツ連邦議会(75%)と比べると「圧倒的」とも言えない気がするが、戦闘機は議決されるや早くも数時間後には実際の空爆に発って行った。
二次大戦後のNATOでは危機の度に各国それぞれの対処をしており、イラク戦に参加しなかった仏独は、直接アフガニスタン南部を攻撃した英米に対し、NATO軍指揮の下、国際治安支援部隊(International Security Assistance Force, ISAF)として参加。当時シュレーダー政権(社民党と緑の党の連立)がアフガニスタン派遣を決めた。イラク戦で弱ったアメリカがアフガニスタン駐留兵力の削減を始めたあとも、両国はアフガニスタンの「地方再興チーム(Provincial Reconstruction Team)」を組み、戦闘のなかった北部の復興を2014年までサポートした。しかし、きちんとした政権も確立できないアフガニスタンでの「復興」はままならず、戦闘状況が増加していたこともあり、匙を投げた形で連邦議会の議決後共同撤退した近い過去がある。
大衆紙『ビルト』(ドイツ)は、2016年1月5日に「今朝9時30分にドイツ戦闘偵察機それぞれ2機がシュレスビヒ・ホルシュタインとラインラント・プファルツを発ちトルコに向かった」と報じ、『フォーカス・オンライン』(ドイツ)は1月8日、「トルコのインジルリクに配備されたドイツ戦闘機2機は金曜(1月8日)、シリアとイラク上空の最初の偵察飛行を3時間弱行った」「連邦軍のシリア出動はこの偵察機2機の他、空中の戦闘機給油用エアバス1機と仏空母を守るための艦隊とからなり、これは11月半ばのパリに於けるテロ事件後にフランス政府の要望によるものだった」と報じた。先月初めの参戦議決後ドイツ空軍はフランス領海でフランス艦隊との共同演習を行っていた。
ロシアも対IS空爆を実際に行っているのだが、「ロシア政府の言に反し、IS拠点というよりも、反アサド勢力の拠点をターゲットとした空爆が行われている、とシリアの活動家が警鐘を鳴らしている」(前出『フォーカス』)。秋のアサド大統領のロシア訪問の際プーチンが取り交わした約束(アサド援助)が取り沙汰されている。シリアの人権擁護ネットワークの集計によると、2015年に一般人民を最も多く(16000人程の内の75%)殺害したのがアサド政権という(前出『ビルト』)。
トルコは、IS勢力に包囲されたトルコ国境近く(北シリア)のクルド人の町を救うためとして戦車部隊を含む陸軍を出動させたが、トルコ国内で禁止されているクルディスタン労働者党の拠点を攻撃していると、トルコ国内のクルド人のみでなく、ドイツ国内でもエルドアン大統領の反対勢力鎮圧のための空爆が批判されている。「NATO事務総長のイェンス・ストルテンベルクは、トルコ首相のアフメト・ダウトオールに、クルディスタン労働者党拠点の空爆は、クルド人との平和へのプロセスを危険に晒すことになる、と忠告した」(前出『フォーカス』)。
ドイツ国内で1ヶ月前の議決時に聞かれた、空爆では対象をIS勢力に特定できない、的を絞ってIS勢力を抑えるためには、トルコとの共同作戦による地上戦を考えるべき、というディベートは、内政を反映したトルコ参戦背景と基本法を鑑みた故か、今はまったく聞こえなくなっている。
もともと難民の元凶を断つための対IS戦だが、このように多くの政治的思惑が絡み、難民受け入れ側のドイツでも、今まで通りの受け入れは行いきれない事態が発生している。
大晦日のケルン中央駅前広場で難民を含むアラブ系・北アフリカ系らしい若い男たち千人ほどの内の、多数がドイツ女性に性的暴行と現金や携帯電話の強奪を大掛かりに行ったこと(現届出数120件以上)が明るみに出、新年の3日以降のニュースは、この件に関する政治家・警察・市民運動家による難民政策への批判で埋まり、メルケル首相の難民受け入れ態勢への考え直しが大きく問われることとなった。ケルンでの事件が一番大きかったのだが、ケルンの件数ほどではなくても、ハンブルクやシュトットガルトからも似た現象と届出が報じられ、この件に関して大手各紙(紙面と電子版)は正月以来連日一面で大きく取り上げている。ケルン駅前で大規模な反イスラムデモとそれに対抗するデモが行われている。
たまたま私たちの娘は大晦日をケルンで祝った。深夜過ぎにケルンからデュッセルドルフに戻る電車が警察の大掛かりな手入れにより1時間以上止まった。彼女が現場を目撃していることから、私たちは大変近いところから事態の成り行きを見守っているところだ。