カール・マルクスは『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』の冒頭で、世界史上の大事件と大人物は2度現れると、ヘーゲルを引いて言った。さらに、マルクスは皮肉っぽく「最初は悲劇として2度目は茶番として」とヘーゲルは付け加えるのを忘れた、と書いた。悲劇と茶番の一例に「伯父のかわりに甥」(ナポレオン1世とその甥のルイ・ボナパルト)をあげた。
今の日本だと、さしずめ「大叔父と又甥」ということになろうか。大叔父こと佐藤栄作首相(当時)は1971年のニクソン訪中が、日本に対する事前の打診抜きの頭越しで決定されたことに驚いて腰をぬかした。キッシンジャーが密かに中国にわたり事前準備をしていることを日本政府は知らなかった。日本政府だけでなく各国政府も米国のメディアも気付かなかった。
ニクソンが大統領を辞任した1974年、筆者はワシントンD.C.で米国の通信社のホワイトハウス担当記者から、「そのころキッシンジャーがしきりにジョージタウンのチャイニーズ・レストランに通っているという話を聞いていた。そのときその理由を追いかけていたら、大スクープにたどりつけたかも知れなかった」という話を聞いたことがある。
イヴァンカ・トランプ補佐官はピョンチャン・オリンピックの式典に出たが、その前後に彼女が韓国やワシントンD.C.郊外の冷麺ショップに出入りしたという話も聞かないし、大統領の側近が密かにピョンヤンに入ったという噂も聞かなかった。
にもかかわらず、あれだけ米国に尽してきた安倍政権の頭越しに、アメリカの大統領は北朝鮮の最高指導者と会うと声明をだした。大叔父も又甥も、アメリカの対外姿勢のドライさに傷ついたことだろう。ビックリ仰天、佐藤栄作の又甥こと安倍晋三首相もあわてて、4月にホワイトハウスを訪れると発表した。
ほんの最近まで「ロケットマン」、「気のふれたアメリカの老いぼれ」といがみあっていた同士が突如「会いましょう」「いいですよ」という間柄になるとは、安倍政権の誰もが想像が出来なかったことだろう。「アメリカ・ファースト」の男は、どうもADHD(注意欠如多動性障害)の傾向がみられるので、ゴルフコースで会った時のように、4月も安倍首相に注意を払ってくれるかどうか。
米国のメディアは米朝首脳会談について賛否両論を伝えている。アメリカ大統領としての利点は、北朝鮮から長距離ミサイルを米国に向けて飛ばさないと確約をとれば、今年の中間選挙に向けてのポイント稼ぎになり、北朝鮮と面と向かって対話する初めての米国大統領という強力なイメージがつくれることだ。そうすればロシア疑惑やポルノ女優との交友関係問題を煙に巻くことができるかもしれないとトランプ大統領は踏んでいるのかもしれない。
北朝鮮は米国大統領と直々に対話することが大きなポイントになる。北朝鮮の目標は、北朝鮮を国家としてアメリカに認めさせ、さらに米国と平和条約を結び、現体制存続の保証を求めることにある。国民の多くを飢餓線上におきながら核とミサイルの製造に励んだのも、アメリカを直接対話に引っ張り出すためだった。
米国大統領は北朝鮮に対する圧力が奏功して、キム・ジョンウンが耐えかねて対話路線に転じたという風に説明し、北朝鮮は核とミサイルがアメリカを会談の場に呼び出したと説明するだろう。
さて、会談で何を語り合い、どんな取引をするのか。誰にもわからない。ドナルド・トランプとキム・ジョンウン。世界の国家指導者で最もその言動が予言しがたい2人の会談だから、やってみてからのお楽しみ、だろう。
今回の米朝首脳会談のおぜん立ては韓国と北朝鮮とアメリカで、日本は蚊帳の外だった。北朝鮮が韓国とアメリカに向けてミサイルを発射しないと約束するようなことになった場合、そこに「日本」を入れてもらえるかどうか。その件については日本が北朝鮮と話し合ってくれ――こんな非情な結果にはよもやなるまいが。
(2018.3.10 花崎泰雄)