ダグラス・ホフスタッターの『ゲーデル、エッシャー、バッハ』(白揚社)は、翻訳出版された当時、書評欄で話題になった。その本の中に、
エピメニデスはクレタの人で、次のような金言を残した。「クレタ人はみなうそつきである」
という記述がある。昔から論理学的に豊かな話題を提供してきた故事である。
これに似た話が現代の米国にもある。
トランプ米大統領がフェイク・ニュースと呼ぶ米国の主要メディアは「トランプはうそつきである」と報道している。
そのようなトランプ氏がG7のホストをつとめたカナダ首相のトルドー氏を “dishonest and weak” と罵る言葉をツイートした。トランプ氏が唱えたアメリカ・ファーストの保護主義貿易をめぐって、欧州とカナダのリーダーたちから厳しい批判を浴びたことへのお返しだろう。批判がトランプ氏のナイーブで過敏な自尊心を逆なでしたのだろう。それ以上に、トランプに抗う奴はののしりを受けることになる、そのせいでG7がどうなろうとおれの知ったことか、と会議途中で席を立ったタフガイの姿を、アメリカのトランプ支持者やキム・ジョンウン氏に見せたかったのである。
外交辞令は単なる美辞麗句の羅列だけではなく、所々に辛辣な針をしかけた文章テクニックをいう。G7のメンバー国の首脳が会議の途中で席を立ち、さらにホスト国の首相の人格を誹謗するような書き込みを公にするのは、外交上気極めて稚拙で異例のことである。最初からけんか腰では外交にならない。
さて、トランプ米国大統領は、キム・ジョンウン委員長との会談で、非核化をめぐって満足できる交渉にならないとわかった場合はすぐさま席を立つ、と公言してきた。G7では憤懣やるかたなく会議途中で席を立ってみせたが、シンガポールでこれといった成果を手にしないまま、会談の最後までキム・ジョンウン氏の相手をずるずると務めるということにでもなれば、それはそれで、マッチョ・トランプにとってマイナスイメージになるだろう。G7では席を立ったのに、なぜシンガポールでは席を立たなかったのか、と。
(2018.6.11 花崎泰雄)