沖縄県知事選の投開票日の9月30日、本州のメディアは台風24号のニュースにかかりきりだった。沖縄知事選で安倍政権が支援した候補が敗れ、安倍政治のほころびが見えたが、メディアはそのほころびを取り上げて詳しく分析する暇がなかった。あるいは、分析や知事選論評が、沖縄以外では台風ニュースほどには関心を持たれていないと判断したのかもしれない。
すこし待てば沖縄問題の突っ込んだ分析が出るかもしれないと期待していたが、今度は京都大学の本庶佑特別教授のノーベル賞受賞のニュースが飛び込んできた。テレビも新聞も報道は本庶だらけになった。
それにしても、日本の人はノーベル賞が好きだ。ノーベル賞が人の栄誉の最高基準だと勘違いしている。それが証拠にノーベル賞を受賞するとすぐさま文化勲章がでる。本庶氏はすでに文化勲章をもらっているので、再度もらうことはないだろう。ノーベル賞は北欧のどこかの町の選考委員会が選ぶのではなく、全知全能の神様が裁定するかのごとき幸せな誤解をしている。ノーベル賞文学賞が今年出せなくなったのは、選考委員会内部の人間臭に満ちたスキャンダルが原因である。
ついでの感想は、日本のメディアはガラパゴス・メディアであるということだ。今年のノーベル医学生理学賞は本庶氏とともに米国・米テキサス大のジェームズ・アリソン教授が受賞しているが、アリソン教授の業績をきちんと紹介した日本のメディアは少なかった。
日本人にとっては科学的業績の内容よりも、ノーベル賞をとったのが日本人である事のほうが大事で、それだけで十分である、とメディアが考えているからだ。
英国・BBCのサイトでこのニュースを読んだが、本庶・アリソン両氏の業績に関しては公平に業績を紹介していた。イギリス人の受賞者がいないからだ、と反論があるだろう。
ニューヨーク・タイムズ紙の電子版を開くと、そこでもアリソン氏と本庶氏の仕事が公平に紹介されていた。アリソン氏が主で、本庶氏が添え物という感じは全くない。それは、アメリカ人はしょっちゅうノーベル賞を受賞しているからだ、という反論があろう。確かに……。
これでまた、沖縄問題の深層にせまる解説記事にお目にかかる機会が先延ばしになった。
それから今度は、自民党役員人事と内閣改造だ。日本の国会議員の目標は大臣になることである。したがって内閣改造は与党議員の定期異動である。大臣は変わるが役所は変わらない。
あれやこれやで、知事選後の沖縄についての本格的な分析記事はまだ出ていない。
「しょうがないね」と沖縄知事選の敗北の感想を語った安倍晋三首相にとっては、ここ数日のニュースは干天の慈雨だろうが、沖縄の人々にとっては、沖縄の人々の政治選択の意味が沖縄以外の人々にきちんと伝わらいという意味で、運の悪い数日だった。
(2018.10.3 花崎泰雄)