筆者がまだ若かったころ、米国の大学・大学院に留学する日本人学生は胸部レントゲン撮影のフィルムを大学当局に提出するよう求められた。
「アメリカは結核を怖がっているんだ。それと社会主義とね。蔓延すると大変だから」
米国通がそう教えてくれた。
米国にも共産党や社会党があり、中国にも共産党以外の政党があるが、それらは同時に無いに等しい。政党活動の自由を認めているというアリバイのために存在しているだけだ。
先の米国大統領予備選挙で、バーニー・サンダース上院議員が民主党の候補者選び名乗りを上げて、一気に支持者を増やしていったことはまだ記憶に新しい。
サンダース氏は予備選挙中に自らを社会主義者と称することはしなかった。一般のアメリカ人は社会主義という言葉を聞くと、独裁者、強制労働キャンプ、言論の自由の欠如などを連想するからという理由だった。
その代り彼は「政治的民主主義」や「平等」という信念があるのなら、「経済的民主主義」もまたあるべきである、という言い方をした。著書の中で「ビル・クリントンは中庸な民主主義者。私は民主社会主義者」と書いた。また、「20年前には社会主義というとソ連やアルバニアを連想した。いまではスカンディナヴィア諸国を連想する」と2006年に新聞のインタビューで語った。「中間層が減り続け、労働者の所得がトップ1パーセントの超富裕層の懐に流れ込んでいる。中間層の富も同じことだ。何兆ドルもの富が過去30年の間に、中間層から富裕層に吸いあげられた。これは正しいことだろうか?」
サンダース氏は民主党の大統領候補者にはなれなかったが、強い印象を残した。
さて、中間選挙を前にトランプ米大統領は最近、「中道的な民主党は死んでしまった。いまの民主党は過激な社会主義者で、アメリカの経済をヴェネズエラのようにしようとしている。若し民主党が11月の中間選挙で議会多数派になったら、アメリカは危険なまでに社会主義に近づくことになろう」とUSA Today紙に書いた。
「社会主義」という言葉で、民主党の足を引っ張ろうという作戦だ。
それにしても、いつもツイッターに書いているような粗雑な思考と文章を、日刊紙にのせる米大統領の頭の中も不思議だ。民主党に社会主義というラベルを張り付ければ共和党支持者増につながると、本気で信じているのだろうか。合衆国市民の頭の中はそれほど空疎なのだろうか。日本に対して戦後民主主義を教えたアメリカと今のアメリカははたして同じ国なのだろうかと、一瞬、めまいがする。
(2018.10.14 花崎泰雄)