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ダーティー・ディール

2019-10-12 19:23:50 | 政治

米国の大統領が「ディール、ディール」と叫ぶのは彼の名前が「トランプ」だからだ、と冗談を言う人がいる。

それはくだらない冗談であって、トランプ氏は大統領再選を目指して躍起になっているだけである。念頭には、ただただ、彼の支持基盤のご機嫌を取ることしかない。自由主義世界—-古びた呼称になってしまった――のリーダーとしての責任感などこれっぽっちもない。

そもそも第2次大戦後の米国の安全保障政策の歴史に関して、からっきし無知なように見える。沖縄の米軍基地は第一義的に日本ではなくて、米国を守るための最前線基地である。中国の西太平洋進出ににらみをきかすだけでなく、東アジア一般や、遠くは南アジアや中東地域において米国の安全保障にとって有利な環境を持続させる役割を果たしている。

朝鮮戦争で日本は米軍の重要な補給基地になった。ベトナム戦争では嘉手納を飛び立ったB52がベトナム爆撃に向かった。横須賀を主要な海外基地にしている米第7艦隊は西大西洋からインド洋にかけての広い地域を守備範囲にしている。

トランプ氏は6月の大阪サミットのおり、記者会見で日米安保は不公平だと言った。日米安保の破棄を考えているのかと問われて、「破棄は考えていない」と断言した。日米安保を持ち出したのは、日米貿易交渉で日本に譲歩を迫るためのブラフである。ただし、トランプ氏は過去に日米安保の破棄を示唆するような非公式発言もあり、日米安保は米国の金の無題使いであり、なんだったら破棄してもいい、と米大統領が考えているとのうわさは周辺諸国にさまざまな思惑を生じさせている。

1950年1月、当時のアチソン米国務長官がスターリンのソ連と毛沢東の中国に対抗する防衛線(のちにアチソン・ラインと呼ばれるようになった)のアイディアをプレスに発表した。日本や沖縄はアチソン・ラインの内側に入っていたが、朝鮮半島はラインの外だった。これを知った金日成が韓国に攻め込むのは今だと、スターリンと毛沢東を説き伏せ、朝鮮戦争を始めたという説がある。

ついこの間、トランプ大統領がシリア北部のクルド人地域から米兵をひきあげると表明するや否や、間髪を入れずトルコ軍か越境進撃してクルド人武装組織を攻撃した。

ツイッターで人気をあおりたがるような政治家の頭の中に、歴史の教訓といったようなものはない。日米安保は不公平だ、日本の自動車には通商拡大法232条を適用して追加関税をかけていもいい、といった類の発言は、日本に対して農産物の輸入拡大を迫り、アメリカの農業関係者の間のトランプ人気をあおるためのものだった。

日米貿易交渉で、日本は米国が求める農産物の輸入拡大に譲歩し、トランプ大統領は「70億ドル相当の農産物輸出市場の拡大。大勝利だ」と語った。日本側はTPPの枠組み以上の譲歩はしていない、と言っている。

トランプ大統領が離脱を決めたTPPでは、米国は日本から輸入する自動車にかけられている関税を25年かけてゼロにすることになっていた。日本側が農産物の関税水準をTPP並みに引き下げた見返りに、米国の日本車輸入の関税も25年後にゼロにするという見返りがあってしかるべきだが、その求めは米国によって拒絶された。

米国が日本に与えたものは、当面は通商拡大法232条による追加関税をしないという口約束だけである。米国に対して追従笑い外交を採用している安倍首相は、232条適用除外の口約束を持って、ウィン・ウィンの外交成果であると自賛している。

 

10月11日の衆院予算員会で、国民民主党の後藤祐一議員が、  茂木外相に対して、自動車の関税撤廃に関してはさらなる外交交渉による関税撤廃と言っているが、協定の付属文書を読むかぎり、完全撤廃に関しては今後の交渉次第という意味ではないかと質した。

日米貿易協定の付属文書には次のような英文がある。

Customs duties on automobile and auto parts will be subject to further negotiation with respect to the elimination of customs duties.

Be subject to という言い回しは、The treaty is subject to ratification. (条約は批准を必要とする) のように条件を設定する働きがあり、普通に了解すれば、自動車関税撤廃に関しては交渉が必要である、と理解するのが妥当であろう。

茂木外相は、regarding でなく、with respect to が用いられた点に留意してほしい、と答弁した。あたかも、with respect to にはregarding 以上の含みがあるかのような弁明だが、どんな違いがあるのかについては、明らかにしなかった。

ウェブスターの辞書を引くと、with respect toは with reference to と同意で、ことさらな違いはない。ニュアンスの違いは個体差によるところが多いので、日本の外相と相手国のカウンターパートではニュアンスが異なるだろう。

一般論でいうと、辞書の用例にある With respect to your proposal, we are sorry to say that we cannot agree to it. の、その respect である。

要するに茂木氏の英語語法論は、自動車関税に関しては、TPP相当の完全削減への道筋の言質を米国からとれなかったことへの弁解にすぎない。

(2019.10.12 花崎泰雄)

 

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