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解散風吹き止む、どんより梅雨空

2023-06-16 00:02:23 | 政治

岸田文雄・日本国首相は6月13日の記者会見で、衆院解散・総選挙について「いつが適切なのか諸般の情勢を総合して判断する」と語っていた。その舌の根もかわかぬ15日には「今国会で解散はしない」と記者団に語った。

少子化対策としての児童手当の拡充など、現金をばらまく岸田政権の姿勢は総選挙は解散・総選挙の準備と受け取られていた。そのバラマキには3.5兆円が必要だが、資金をどうやって工面するかは後回しになっていた。財源捻出で話がこんがらがる前に、児童手当拡充の岸田政権を表看板に総選挙を始めるのが得策だと考える人は岸田首相周辺に少なくなかった。

議会を解散する理由――いわゆる解散の大義――については語らぬまま、「解散の時期は諸般の情勢による」から一転して「解散はしない」と手のひらを返した物言いは、解散の権限は首相が握っているとする永田町の業界慣習の上にたっている者の驕りである。

衆議院の解散については、憲法第69条が「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と定めている。第7条が天皇は内閣の助言と承認により、衆議院を解散するとしている。7条は天皇が国民のためにおこなう国事行為を①憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること②国会を召集すること③衆議院を解散すること④国会議員の総選挙の施行を公示すること⑤国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること⑥大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること⑦栄典を授与すること⑧批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること⑨外国の大使及び公使を接受すること⑩儀式を行うこと、と定めている。

衆議院の解散は憲法69条か7条が法的根拠になっている。最近はもっぱら7条による解散である。天皇の国事行為は内閣の助言と承認必要だ。したがって、解散は内閣の判断であり、閣議で解散に反対する閣僚は首相がそのクビを据えかえればよい。内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる(68条)ので、解散の権限は首相がにぎることになる。

1952年に当時の吉田首相が憲法7条を根拠に衆議院を解散した時、当時議員だった苫米地義三氏が解散を違憲だとして裁判に訴えたことがあった。1960年に最高裁は、高度に政治性のある国家行為は裁判所の審査権の外にあるとして苫米地氏の訴えを退けた。

また、1948年の事だが、当時の吉田首相が憲法第7条を根拠に衆院を解散しようとしたとき、GHQが解散は69条でしかできないはずと指導に乗り出した。

以来、憲法の条文に首相が解散権を持つことが明記されていないにもかかわらず、政治的慣行として7条解散が重ねられてきた。解散が政権党の権力維持の手法として珍重されてきたのである。

議院内閣制を採用している国の中で、首相が解散権を党利党略や自己保持のために自在に使っている国として日本は突出している。イギリスでは政権の恣意的な解散から政治を守るために、議会を解散するためには議員の3分の2以上の賛成が必要であるとする「2011 年議会期固定法」を制定したが、2022年に廃止された。

議院内閣制のモデルであるイギリスでは、首相の専権による解散について一時期とはいえ反省があった。日本では反省がない。政権を握る政党が自己保存のために解散を決めることに、表だった異論は唱えられていない。政治家たちは解散が首相の専権事項であると喧伝し、メディアはそれを鸚鵡返しのように国民に伝える。

解散にあたっては、天皇が署名した解散詔書が紫のふくさに包まれて本会議場に持ち込まれ、7条解散の場合なら議長が「日本国憲法7条により衆議院を解散する」と代読する。すかさず議員たちは「バンザイ」と叫ぶ。己の失職に「バンザイ」と叫ぶのである。

戦前の大日本帝国憲法は「第7条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス」と定めていた。その古びた解散の残像を現行憲法第7条の上にかぶせ、議員たちは「(天皇陛下)バンザイ」と叫ぶ。日本の政治家の政治リテラシーはこんなものである。

(2023.6.16 花崎泰雄)

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