バイデン米大統領は先日イスラエルを訪問したさい、イスラエルのリーダーたちに向かって言った。「あなた方は孤立してはいない。アメリカがある限り、あなたたちを孤立させることはない」
ワシントンD.C.に戻るとバイデン大統領は議会に対して、イスラエルとウクライナに対する軍事支援のために合わせて1000億ドル以上の予算を請求すると表明した。
国連安全保障理事会では、議長国であるブラジルが提出したイスラエルとハマスの武力衝突を人道的な観点から一時停止することを求める決議案の採決にあたって、常任理事国である米国が拒否権を行使した。
ジョセフ・ナイは『国家にモラルはあるか?』(早川書房)で、「諸国家にとって、生存する最善の道は、可能な限り強力になることだ。そのために無慈悲な政策の追求が必要になったとしても、生存が国家の最高の目的であれば、ほかによりよい方法はないのだ」というジョン・ミアシャイマーの言葉を引用し、リアリストが描く思考の世界地図は実に荒涼としていると嘆いている。ナイは同書の中で、ウィンストン・チャーチルが1940年にフランス海軍の艦隊がヒトラーの手に落ちるのを防ぐため、フランス艦隊を攻撃し、1300人のフランス兵を死なせた故事を例に挙げている。
また、Walter LaqueurのA History Of Zionismには、1940年11月にハイファ港に入ってきたユダヤ人移民を乗せた船・パトリア号が、シオニズムの武装組織ハガナによって爆破され、250人以上が殺されたという記述が載っている。パトリア号でパレスチナにたどり着いた移民は、イギリス当局によって不法移民と判断され上陸が許可されず、パトリア号は移民を乗せたままモーリシャスに向かうよう指示された。ハガナは船が航行できないようにするためパトリア号に爆弾を仕掛けたが、爆薬の量を間違えて、船を大破させてしまった。
以上の例を、戦争につきもののfriendly fire (友軍の誤射)ととらえるのか、国家生存のための無慈悲な政策追求と考えるのか、深刻な議論を重ねても結論に達するのは難しいだろう。
では、米国がイスラエルに寄り添うのは何故か? 米国の世論形成にユダヤ系人口の影響が強いからか? ユダヤ系人口からの政治資金が多いからか? 米国の大統領選挙では、福音派の票の動向が重要であり、福音派はなぜかイスラエルに親近感を抱いているせいなのか?
米国のホワイトハウスのホームページを開くと、10月18日にバイデン大統領がイスラエルで行ったスピーチのテキストが載っている。その中で、バイデン大統領はこう言っている。「仮にイスラエルという国がないとすれば、我々はそれを創らねばならない」(Remarks by President Biden at Community Engagement to Meet with Israelis Impacted or Involved in the Response to the October 7th Terrorists Attacks | Tel Aviv Israel)。
バイデン氏の言葉を政治的リアリズムの見地から考えると次のような説明になる。アラブ世界にイランが影響力を強めようとしている。ロシアもソ連時代に中東に影響力を広げようとした。ロシアはシリアに強い影響力を持っている。アラブ世界はなお流動的だ。そうしたアラブ世界の中にぽつんと置かれたユダヤ国家イスラエルは、米国の世界戦略にとって重要なアウトポスト(前哨基地)である。イスラエルの情報組織モサドはCIAにこの地域の情報を流してくれる。また、イスラエルの重武装は、イランをはじめとするムスリム国家・勢力に対する警告・脅しとして役立ち、地域の安定に寄与する。それによってこの地域での米軍の負担が軽減できる。米国の指導層はそう考えている。
(2023.10.21 花崎泰雄)