老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

口から食べたい

2023-06-02 20:06:06 | 老いの光影 第10章 老いの旅人たち
1946 口から食べたい



激しく降りしきる雨のなか
老いた妻は軽自動車のハンドルを握り 病院に向かった。
数カ月前 老いた妻は膀胱脱を手術されたばかりの躰。

長年連れ添った夫。
幾たびかの苦難を乗り越え
苦労の数よりもはるかに少ない幸せに喜び生きてきた。

その夫が食道癌を患い、経鼻経管になり
8mmの細い管が胃まで届き、夫の命を繋いでいる。

その管のお陰で体力を快復した夫
入院前の顔表情に戻ってきた夫に安堵した妻。

消化器内科の医師は言葉を選びながら平易な説明をしてくれる。
80代半ばを過ぎ、年齢的に食道から胃までを開腹手術することは難しく、
放射線治療を主体とし、ときには抗がん剤投与を併用させ
可能性としての話だが、大腸癌や胃癌に比べ食道癌の放射線治療は効果がある。
食道癌を抑える放射線治療は、口から食べらるようになるかもしれない。

食道癌小さくなり、8mmの管が抜去され
濃厚流動食であってもいいから「口から食べたい」、と
夫は医師に向かい自分の気持ちを吐露した。

「口から食べたい」
その言葉の思いを秘め、生きる光を見つけた。

もう駄目かと諦めかけた妻
希望が出てきた、と話してくれた。