(患者 Eさんの場合)
男性患者のEさん。
70歳前後か?
記憶喪失。
自分の名前も過去もわからない。
日常の動作、エチケット、ルールも当然解らない。
夜も昼もない。
夜中にベッドに立ち上がり、隣のベッドへ倒れてくる。
右も左もない。
人の顔を見ると ぴょこんと頭を下げる。
それだけは今までの習性が残っている。
そんな人。
したがって夜は、ナース・ステーションにベッドごと移動して管理されている。
食事も食べさせて貰っているし、トイレも連れて行ってもらう。
当然、お風呂も看護婦さん付き。
ある時、副作用の便秘で悩まされるボクがトイレに行ったところ、
トイレに看護婦のTさんの声がする。
見ると、看護婦さん付き添いで
Eさんが下半身裸で小便器の前に立っていた。
ボクは、大便所にはいり、用を足していると。
Tさんの声がする。
「あら、Eさん!Eさん! なにー! どうしたの!
大きいほうは、ここじゃないよう!
立ったままのウンチは勘弁してよう!
ちょっと待っていてね!動いちゃあ駄目よ!」
しばらくして
「大きいほうはこっちですよ!立ったまましては駄目ですよ!」
と隣のドアーを開けている。
Eさん われ関せずで、小便器の前に立ったまま
「うん!うん!」力んでいる。
「駄目よ!大きいほうはこっちでしてください。」
ぽたぽた大便が落ちているらしい音が聞こえる。
看護婦のTさんは、紙を持ってきて汚した所を拭いている様子。
Eさんは とても満足そうな顔をしているに違いない。
看護婦のT嬢は、普段の活動や患者との接し方を見ていると、
とっても気持ちの良い、いつも笑顔を絶やさない優しい人だから、
きっとこんな時も、ニコニコしながら患者に接しているに違いない。
そんな姿がありありと目に浮かぶ。
そんなことを想像しながら、
副作用で便秘に悩まされているボクは、一生懸命力むのだが、
一向に便は出そうもない。
あきらめて外へ出た。また明日、看護婦さんのお世話になって、
排便するより方法がないかと考えた。
ボクの面倒を看るのも大変だが、
事が事だけに、看られる側の気持ちも穏やかではない。
こうした看護婦さんの仕事には、本当に頭が下がる...