楽しんでこそ人生!ー「たった一度の人生 ほんとうに生かさなかったら人間生まれてきた甲斐がないじゃないか」山本有三

     ・日ごろ考えること
     ・日光奥州街道ひとり歩る記
     ・おくのほそ道を歩く

山茶花(さざんか)

2020年11月30日 04時40分43秒 | 日記
冬は一雨ごとに寒くなると言うが、
昨夜の雨と共に一気に冷えたと思ったら、
サザンカが一斉に花開いた。

(開く前のサザンカ)

(一斉に花開いたサザンカ―赤)


(一斉に花開いたサザンカー白)

サザンカと椿は葉も花も良く似て居ますが、
どのように見分けるのでしょう。
見分け方はいろいろあるようですが、
一番分かりやすいのが、
花の散り方のようです。
サザンカは花びらが一枚一枚パラパラと落ちますが、
椿は花びらがくっ付いたまま、
花はまるごとポトリと落ちます。

昔は罪人が斬首されたようで、
忌み嫌われました。

(椿の花の落ち方/2012年3月小学校の隅で写す)


コメント (4)
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出物腫れ物所嫌わず(インド紀行2)

2020年11月28日 04時42分07秒 | 海外旅行1
(出物はれ物、ところ嫌わず)

人は生きるために食べる。
食べれば出さなければならない。
その出物の話である。


(フマユーン廟入り口)


(フマユーン廟)

初日はデリー観光である。フマユーン廟へ行った。
廟と言うからにはお墓である。
廟は広大な敷地に緑の芝生、南国の木が植えられており、
石造りの壁に囲まれ、石を組み立てた城を思わせる。
世界遺産のタージマハルといえば、
すぐ想像していただけると思うが、
その原型となった廟である。

フマユーン廟へ石段を登り中に入ると、
大理石造りの石棺が置いてある。
これはレプリカで本物は地下にあるという。
盗掘を恐れたのだ。


(レプリカの墓石1)

古代遺跡には、お墓のレプリカが多く、
本物は盗掘を恐れて別の場所にあるものが多い。

代表的なのがエジプトのピラミッドである。
クフ王のピラミッドの中には石棺があるが、
石棺に到達するまでの間に、迷路のように長い坂道があり、
玄室に入る直前には、
腰をかがめなければ通り抜けられない箇所がある。
腰をかがめているから、
活動が制限される。
動きが悪くなるすぐその先は落とし穴があり、
遥かな闇の先に、奈落の底が待っている。
その落とし穴をクリヤーして、
誰も入ることは出来ないような厳重な通路を抜けて、
やっと目的地に到達する。
しかしその先には、お墓のレプリカしかないのだ。
本物の王の墓は、瓦礫の山の下、王家の谷に並んでいる。


(レプリカの墓石2)

インドの王のお墓も同じくレプリカである。
フマユーン廟の出口の通路は、石が敷き詰めてあり、
両側は見事に手入れされた芝生が広がり、
その庭には転々と無憂樹が植えられていて、
インドの庭とはこんなに美しいものかと思わせる。
とても広い。

フマユーン廟の良く手入れされた芝生の端に
何人かのインド人がしゃがんでいるのを見た。
最初は何をしているのかと不思議に思った。
芝生の手入れをしているのか?
でも少しおかしい。
手が動いているわけでもなく、
通路を通る人を見渡す表情が得もいわれないのである。
恥ずかしそうで、情けなさそうで、
なんとも言えない表情である。


(しゃがんでいる人)

インドで公衆トイレを見かけることは無かった。
インド人の家にはトイレが無い(?)ように感ずる。
ホテルや大きなレストランはともかくトイレが見当たらないのだ。
(注:2013年の記録では家庭のトイレ普及率は46%と言う)

世界第二次大戦で敗戦直後の日本のようなものである。
野山がトイレである。
インド人の服装は男女を問わず上着のすそが、
ひざの上まであるものが多い。
しゃがんで用を足すとき、
上着が地面に垂れ下がり下半身が隠れるように出来ているが、
こんな格好をしているときは用を足しているときである。

男も女も同じしゃがんだ格好で大小の用を足す。
観光地であろうと、道路上であろうと、
ところ嫌わずである。

今回の旅は、観光地で有名なゴールデン・トライアングルでなく、
釈迦の一生を追う仏教遺跡を訪ねる旅であったので、
インド人の生活を良く見ることが出来る田舎を訪ねる旅であった。

田舎へ行けば行くほど、郊外レストランも無く、
ガソリンスタンドも無く、ドライブインも無く、
勿論公衆便所も無いので、トイレは止むを得ず、
「あおぞらトイレ」になる。

観光バスが通ってきた道路の右側が男性、
左側で女性が用を足す場所だ。
男性は道路わきで立ったまま用を足せばよいが、
女性はそうは行かない。
サトウキビ畑の向こう側まで行って、
道路側から見えないところで用を足すことになる。

(バスの通った道)

最初に書いたように、なんと言っても十億の民が居る国。
どこへ行っても人が居る。
ということは、どこもトイレであるから、
日本と違って、どこに落し物があるか分からない。
用を足してきたご婦人の靴に、
インド人の落し物がべったり着いてくる。


(路線バスの乗客たち)

夜バスを走らせると、
ヘッドライトに浮かぶ道路脇にしゃがんだご婦人が
急いで裾を上げる姿が目に付く。
一リットルほどの水の入った容器を持っているので
何をしていたかが想像できる。
インド人はお尻を紙で後始末しないで、
一リットルの水をお尻に流し、
左手で洗い清めるのである。


(インドの市街地の喧騒)

トルコでもそうであった。
日中は道路より奥まった、
人から見えないところで用を足すが、
さすが夜には蛇なんかも居るので、
道路より奥には入れないから、
道路端で用を足す。

それも町外れが一番多いことは誰にも想像できる。
ある時、町外れで用を足すことになった。
女性はガソリンスタンドにある
たった一つのトイレを使うことになったが、
男性は青空トイレとなった。
ボクは人生経験が長いから、
こんな時恥ずかしいという気持ちは無く、
出るものが出るのは、
当たり前と言う気持ちのほうが強いので、
バスから降りて二三歩の道端で用を済ます。

ヘッドライトの明かりの中の方が
足元が良く見えて危険が無いからだ。
その代わり、用を足している姿を、
他人が見ようとすれば丸見えになる。
でも、80歳に手が届こうとするおっさんの、
用を足す姿を見るほど余裕のある人はいない。
自分のことで精一杯のはずである。
道端には雑草が生い茂っているが、
一歩前に進めば見られる心配は無いが、
決して一歩前に進んではならない。

80年近く生きていると、
こんな時、誰も見るわけが無いと平気でいられる。
しかし男性でも、すこし恥ずかしがり屋は、
少し離れたヘッドライトが届かない場所で、
しかも一歩前に進んで草むらの中で用を足す人も居る。
そんな人は、用を足す人の心理に沿って用を足すので
(つまりインド人も日本人も
恥ずかしいということは同じであるらしく、
同じ場所で同じ行動をするので)

足元に気付かず、インド人の落し物をいやと言うほど、
しっかり踏みつけてくることになる。
日中ご婦人方が経験してきたことを、
見ていれば分かりそうなのに、注意不足は仕方が無い。
生きていくものは、
生きるために食べなければならないし、
食べれば必ずその滓(かす)を出さなければならないのである。
いやはやこの旅は一体どういう事になるのだろうか?
先が思いやられる。



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黄葉

2020年11月26日 03時55分12秒 | 日記
秋が深くなり、紅葉もたけなわとTVでも伝えています。

ボクの散歩道の落葉も盛んで、

公園の園丁さんの落葉掃きも、

毎日、毎日、大変です。

(落ち葉の道)

(黄葉)


(色づいたイチョウの木)

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渋沢栄一

2020年11月24日 11時15分08秒 | 日記
(渋沢栄一像)

『2021年のNHK大河ドラマ
「晴天を衝(つ)け」は、
その主人公は、新1万円札の顔としても注目される
「渋沢栄一」です。

「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一は、
約500もの企業を育て、
同時に約600の社会公共事業にも関わりました。
晩年は民間外交にも力を注ぎ、
ノーベル平和賞の候補にも2度選ばれています。

幕末から明治へ。
時代の大渦に翻弄され挫折を繰り返しながらも、
青天を衝くかのように高い志を持って
未来を切り開きました。』(以上 NHKより)

その渋沢栄一が設立した病院、
今の名称は、東京都立健康長寿医療センター。
今、ボクが通って居る病院です。

現役時代、会社の医務室にいた先生が、
病院へ行くなら公立病院か大学病院へ、
そう教わって通い始めた病院です。


(病院)

病院の前は、小公園になって居り、
ここにある渋沢栄一像です。


(正面から見た渋沢栄一像)

渋沢栄一像は他に二ヶ所見ています。

一つは旧江戸城の常盤橋御門前。

もう一つは、栄一の故郷「埼玉県の深谷市」
JR深谷の駅は、栄一が作ったレンガ工場で、
生産されたレンガ造りの美しい駅舎になって居ります。
東京駅にちょっと似て居ますね。

(深谷市の渋沢栄一像)


(美しい深谷駅のレンガ駅舎)
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初日―続く三連休

2020年11月23日 04時06分29秒 | 日記
三連休の初日、光り輝く太陽の下、
若い家族がテントを広げてくつろぐ、
この景色を見て、胸いっぱいに心が広がる。

(ピクニックのテント)

公園をしばらく歩くと、今日の強風で落ち葉が池に溜まり、
モネの「スレンの池」のように感じた。

(モネの「睡蓮の池」?)

(モネの「睡蓮の池」?その2)




本物はこの通り。(写真はネットから)

少し想像が過ぎたでしょうか?

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