楽しんでこそ人生!ー「たった一度の人生 ほんとうに生かさなかったら人間生まれてきた甲斐がないじゃないか」山本有三

     ・日ごろ考えること
     ・日光奥州街道ひとり歩る記
     ・おくのほそ道を歩く

物価とトイレの話(中国紀行 8)

2020年06月16日 01時27分28秒 | 上海・北京・香港・マカオ(中国紀行)

(生活)
高速道路の両側には、
モダンな三階建ての一戸建て住居が並ぶのが目に付く。
中国の農家の住居である。

前回訪問したときは、
毛沢東時代の古い五階建てのマンションが沢山建っており、
エレベーターはなく、足ベーターで階段を登っていた。
日本でも五階建て以下は、
エレベーターを設置する義務がないそうだから
同じ状況である。

トイレは、水洗でなくおまるを使っていた。
用がすんだ後どのように処理していたのかは知らない。
今でこそ、観光客は西洋式の水洗トイレで用を足せるが、
少し前までは、ドアーもないトイレであったと友人から聞いた。
そんな時、回りの中国人が(日本人が用を足している)とばかりに
ワーッと集まって覗きに来たという。
なんだか、戦時中の日本における、
天皇がお手洗いに入ったとびっくりしている様子に良く似ている。

中国のトイレは、
日本の和式便器に似ているが、
キン隠しがない。
だから、ドアーから入って奥を向いて用を足すのか、
あるいはドアー側を向いて用を足すのか、
どちらを向いて用を足すのか解らない。

和式では、ドアーを開けて奥を向いて用を足すが、
ガイドさんに聞いてみると、
中国では、ドアー側を向いて用を足すそうである。
その昔、ドアーのないトイレの名残りでその習慣が付いているのであろうか。
そのせいか、中国の公衆トイレは、
入り口のドアーの鍵がかからないトイレが多かったが、
用を足している最中に前面から覗かれても陰部を見せない、
あるいは用を足している無防備な状態で、
後ろから襲われないためなのかも知れない。

中国人はつい最近まで、
前面ドアーがないトイレを使用していたから平気であるが
(もっともいつも鍵をしないボクも平気であるが)
通常の日本人は気になるところではある。
田舎へ行けば隣りとの仕切りのないトイレもあるようだが、
ボクはこのトイレにまだ出くわしていない。

しかし、生活は大都市と田舎とはそれなりの格差があるようだ。
北京上海など大都会では、
電気も煌々とついているが、
一歩田舎に入ると、電柱すらなく、
電気のない家庭が沢山ある。
これはインドでもアフリカでも同じであった。
それに比べると日本はお金持ちの国に見えるに違いない。
どんな田舎に行っても、
電灯がついていないところはないからだ。

日本ではどんなに貧乏でも、
アジア地域に出て行けば、豊かな生活が出来る。
日本では、老後を年金では生活に足りない額でも、
アジア地域では、お金持ちの生活が出来るという。

たとえば、広大な敷地に一軒家を借りて、
ドライバー二名、ハウスキーパー二名を雇って、
タイでは、一ヶ月22万円の生活費ですむという。
東京の生活費の80%で、
カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの生活ができる。
また、友人がスペインへ移住して12年経つが、
年金で十分まかなっている。
市長さんあげて大歓迎とのことだ。

中国では、大都市で生活しても、
東京の生活費の20%もあれば、十分やっていける。
いや、豊かな生活が出来ること請け合いだ。
ただ、発展のスピードが生半可ではないから、
生活水準があっという間に変わって、
こんなはずではなかったと後悔する日が来ることは、
意外に早いかもしれない。

定年になって昨年で10年になるが、
53カ国を旅して、物価が高いと感じたのは、
シンガポールぐらいのものだから、
東京で豊かな生活をしている人たちは、
ロンドンだろうと、パリだろうと十分生活できる。

物価高の点では日本は他の国に負けることはない。





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京劇 (中国紀行 7)

2020年06月15日 20時51分16秒 | 上海・北京・香港・マカオ(中国紀行)
(京劇)

北京滞在中、京劇を見るチャンスに恵まれた。
恵まれたとはいえ、
中国語は(さようなら、一から十までの数、有難う、水、)しか知らない。
中国語が解らなければ、
京劇を見ても、ただの踊りくらいにしか思えないに違いない。
それにしても、折角のチャンスだから、
見てみようということになって、劇場に行った。

その昔、ニューヨークのブロードウエイで見た、
ミュージカル「Dancing」も歌の意味はさっぱり解からず、
結局は踊り?
(どうも言葉がふるい。
この際は、ダンスというべきか)
を観たという結果になった。
ボクは劇場まで徒歩で行ったが、
劇場の入り口では、

運転手つきのリンカーンやキャディラックの超豪華車の
しかもリムジンで乗り付ける、
金持ちの姿を垣間見ることが出来た。
それも一台や二台ではない。
次から次へと車はやってきて、
運転手は車を止めるや、
急いで降りて、後ろのドア―を開ける。
車から降りてくるレディは、
ふわふわの毛皮のストールに、
殆ど胸の開いたドレスに身を包んでいる。
女性は若くて、背が高く、
白人だから当然だが、色が透き通るように白い。
ハイヒールがとてもよく似合う。

これまた、背の高い素敵な男性が、
ビシッとスーツを着込んで、
女性をエスコートして行く。
この光景は、
ボクには映画に出てくる一シーンにしか思えなかった。

夕方18時頃から始まるので、
ボクはサンドウィッチを持って、
劇場の中で食べればよいと思っていたが、
とてもそんな雰囲気ではない。
結局サンドイッチは何も手をつけずホテルまで持って帰り、
ホテルでビールと一緒にカミさんと寂しく食べた。
しかし、あのリムジンで来た人たちは、
きっと二人で高級レストランに行き、
これまた高級ワインかシャンペンで乾杯して、
食事をしたのだろうと想像される。

さて、北京の京劇の方は、PM8:00頃の開演。
席に着くとイヤ・ホーンを沢山持った人が来て、
流暢な日本語で京劇の解説をしながら、
セリフを日本語に同時通訳してお聞かせできます。
金額は忘れたが○○元(記憶では500円ほど)であるという。

その他に、舞台の袖に字幕スーパーが
英語と中国語で表示されるという。
カミさんはイヤ・ホーンを借り、
ボクは英語なら何とか解ると、
何もなしで見ることにした。

京劇は「項羽と虞美人が、別れるくだりで、
四面楚歌の場面」であった。
司馬遼太郎の「項羽と劉邦」
海音寺潮五郎「中国英傑伝」
陳瞬臣「中国の歴史1~7巻」
「小説十八史略1~6巻」
を読破しての中国旅行であったので、
このシーンは頭の中に入っていて、解りやすかった。

英語の字幕スーパーも、分かり易かったが、
中国語も漢字で表記されるから、
漢字を知っている日本人には意味が汲み取れる。

四面楚歌のシーンは有名である。
城を敵の楚軍に包囲され、
包囲網を切り開いて単身逃げ延びようとする項羽は、
虞美人を如何したら良いか、
思い悩むシーンだ。

「虞よ、虞よ、汝を如何せん!」と。

(京劇1)



虞美人は、自分が足手まといになってはならぬと、
自殺をする。

「自殺する」を「自刎する」と本には書いてある。
日本の武士が自殺する方法は「切腹」であるが、
その方法は知っているが、
「自刎」の方法は知らない。

刀を両手にささげ、
首をその刀の上に落とすと、
首が切れたらしい。

(京劇2)


カミさんのイヤ・ホーンが途中で聞こえなくなったという。
良くしたもので、手を上げると、
先ほどイヤ・ホーンを貸した、
お兄ちゃんが飛んで来て、
チェックすると聞こえるようになった。

京劇の演技そのものは、
多分「歌舞伎」のようなものと表現するのが、
一番早そうであるが、
残念ながら「歌舞伎」は見たことがない。

一度だけ猿之助の「スーパーカブキ」なるものを見たが、
これはサーカスみたいなものである。
古典芸能で見たことがあるのは「能」。
ボクがたとえることが出来るのはこの
「能」のようです。
というのが正しそうである。

それにしても食事の後であったから、
ニューヨークのように食事の心配をしないで、
リラックスして見られたせいか、
ボクにはとてもよい印象に残った。
(京劇3)


北京で上海雑技団ならぬ北京雑技団の公演も観たが、

いつかまたの機会にお話したいと思います。

これは2004年北京を訪ねた折の話です。

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お茶ー近くて遠い国(中国紀行 6)

2020年06月15日 20時50分51秒 | 上海・北京・香港・マカオ(中国紀行)
(お茶)
何度も書いているが、
ぼくの頭の中によほど印象に残っているのであろう。
パール・バックの「大地」、
英文では{Good Earth}、
これを大学一年の夏休みに、
初めて原書に手をつけて読んだので、
すこぶる強烈に記憶に残っている。
それは物語の出だしが、
大変、印象的であることも手伝っている。

その物語の冒頭は、
貧農の主人公が、
朝 暗いうちに起きだして、お湯を沸かし、
家の奥から流れて来る父親の咳を聞きながら、
お茶を入れるシーンである。

「コンコン」と咳き込む咳の音を英語では
「cough cough」と表現するとか、
お茶を入れるシーンでは、
カールしたお茶の葉が器の中で、
柔らかく開いていく記述に、
中国ではお茶の葉を茶碗に入れてお茶を飲み、
お茶の葉も食べるのだなあ、
とか新しい発見をしたものである。

2006年、三度目の中国を訪れて、
茶碗の中に直接入れたお茶の葉が、
お湯を注ぐと開いていくさまを観察できたが、
この時初めてパール・バックの「大地」にある、
お茶の著述を体感した。

このお茶は江沢民氏から、
エリザベス英女王に送られたといういわく付のもので、
本来緑茶は、いったん蒸したお茶の葉を素手で揉み、
乾燥させたものであるが、
このお茶は摘んだものを、
そのまま緑色が変わらぬ程度に
焙烙(ほうろく)で炒ったものである。
お茶屋さんに入ると、
このお茶を炒る匂いが充満していて、
ほうじ茶を思い出させるが、
暑い日には私たち見学者を爽快な気分にさせてくれる。

一番茶、二番茶とお茶の入れ方など聞きながら、
入ったお茶をいただくのであるが、
長年胸中に温めていた中国茶への憧れからか、
とてもおいしくお茶をいただいた。
これは中国でのお茶を売るための
デモンストレーションであることがわかっている人たちは、
「一番茶、三缶で一万円!」といわれても、
誰も返事をしないし、素知らぬ振りである。
売り手もなれているとみえ、
三缶がやがて四缶になり、5缶になって、
さらに二番茶が一缶オマケについて一万円になる頃、

本当に買いたい人が
「オマケを二番茶でなく一番茶にしてくれません?」と言う。
売り手は困った顔をするが、やがて折れる。
見学者十数人の中で、
一人でも商談が成立すればOKと全員が腰を上げる。
こんな光景が旅行中に何度かあるのは、疲れる。

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さて、この銘茶の生産地には、
お茶の博物館があり、その横にお茶畑がある。
一番茶とは、春になり最初に出た芽を摘んだものが一番茶であり、
一番茶を摘んだ後に出るお茶の芽を炒ったものが
二番茶になるという説明である。
一番茶、全部で六缶にしてもらって一万円で買って
お茶を帰国後落ち着いてから飲んでみると、
お茶に湯を注ぐと、日本茶ではお湯がグリーン色に変色し、
お茶の香ばしいかおりが広がるが、
このお茶は香りこそすれ、
お湯に色は付かない。
全くの白湯である。

飲んでみれば日本茶と変わりなく、おいしい。
しかしなんとなく物足りないのは、
食べ物飲み物を目で食べてしまう
習慣が付いているからであろうか?
その事情を説明しながら、
お土産として子供たちや、知り合いに配った。
茶碗に残ったお茶の葉は、
お召し上がりくださいというのも付け加えた。
その後、お茶の緑色が出ないことに不満を感じて、
このお茶の葉を細かく砕いて粉にし、
抹茶のように、一匙茶碗に入れてみると、
緑茶になり、味も豊かで、
ますますおいしく感じた。

こうして、長年抱いていたお茶の葉を食べる
「茶の湯?」に大満足、
イギリスのエリザベス女王に、
このお茶の入れ方を教えて差し上げたいものである。

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上海ー発展のスピード(中国紀行 5)

2020年06月15日 20時50分31秒 | 上海・北京・香港・マカオ(中国紀行)
P10005741
(上海)

(発展のスピード)
二回目に中国を訪ねたのは北京、2003年12月4日のことである。

始めて中国を訪問してから二年後、高速道路は完備して車の量も
日本と変わりないくらいに多い。
夕方のラッシュアワーの混雑ぶりは、
二年前に香港、しんせん、中山、広州を訪ねた時から
比べれば、倍以上に膨らんでいることが良く解る。
もっとも北京は中国の首都であることを考えれば当たり前
といわれるかもしれない。

P10005761
(豫園)

その一年前、日本の国土交通省の大臣が、
「中国でさえ一万キロを越える
高速道路があるのに、日本は中国に及ばない」

と発言したことが記憶によみがえる。

「日本より低開発国のはずの中国でさえ、
1万キロ以上の高速道路があるのに、
世界第二位の経済大国がその距離で及ばない。
だから、日本はもっともっと高速道路網を整備して、
中国に遅れをとるなんてことにならないようにしたい」

という内容の発言であったように思う。
時の参院議長の何とかさんの発言であるから、
知識不足はある意味やむをえない。

この発言を聞いたとき、
ボクは中国の国の広さを思い浮かべた。
少なくも大臣ともあろう方が、
こんな認識でよいであろうかと思った。
なんとなれば中国の面積は、
日本の26倍、960万平方キロメートルあるからだ。

香港から北京までたった一本の高速道路を作ると、
優に2千キロは超える。
日本の高速道路は7千km程度であるから、26倍すれば、
1万キロメートルでも道路は少ないほうである。

P10005821
(豫園内の奇妙な石)

P10005811
(豫園内で奏でられる琴)

話が大変それてしまったが日本の政治家の認識はこんなもので、
それを選んだのは我々自身であることを肝に銘じたい。
選挙で浮動票と言うのがあるが、
これは誰かと言うと、
それは政治には無関心で、格好良いとか、
人に出来ないことが出来るとか、
あの人がよいといっているからとか、
あの人が応援しているからとか、
そんな理由で、実際には、
国を憂えるなどひとかけらも考えない人たち(?)の一団を言うが、

(もちろん、政治のことを真剣に考え、
 どの政治家にしたら良いか、
 迷って居る人も大勢居るが)

そんな浮動票の選挙民が圧倒的多数を占めて、
国を動かしているように思える。
(他国でも同じかもしれない。)

それが大岡政談のごとく、
勧善懲悪をしているがごとく見せる政治家が居て、
こんな浮動票の人たちを踊らせ、
浮動票はこの人にお任せしようと投票する。
正しいか間違っているかはともかく、
こんなことでは、
今に日本が戦争に突入する羽目になりかねない。
そしてお国を守るため兵隊に行けと言うと、
こんな選挙民は「ノー」
というのが目に見えている。
自分だけのご都合によるだけで、
お国がどうなろうと構ったことではないのだから始末に負えない。

そんな人も居る。

ケネディ大統領ではないが、
「国が国民に何が出来るかではなく、
 国民が国に何が出来るかが重要」
なのだと思う。

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(豫園内の池の鯉)

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(園内で奏でられる中国の楽器2)

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(園内のところどころで演奏される楽器3)

話を戻すと、三度目の中国では、
その発展スピードに驚嘆する。
住宅は高層ビルが林立し、
車は道路が狭いではないかといわんばかりの渋滞である。
その住宅には建設前から注文が殺到し、
値段は釣りあがるばかりである。
道路を走る車も同じだ。
自家用車を持ちたい人が多くて、
車の販売店は車を供給することは出来ても、
ナンバーをつけることが出来ない。
自動車を登録するナンバープレートの製作が間に合わず、
ナンバープレート待ちが続出している状況だ。

販売店における自動車の売り上げ計上システムは、
自動車が登録されて、「一台計上」することが出来る仕組みだから、
自動車販売店はナンバープレート確保が仕事になってしまう。
どんなに車が売れても、ナンバープレートがなく、
登録が出来なければ、売り上げ計上が出来ず、
販売したことにならないからだ。
それよりも、なによりも車を走らせることが出来ない。


それほど車の量は増えている。混雑はそれも大都市の
上海だけではない。田舎に延びる幹線道路はどこまでも
車が途切れることはなく、走行車線を走る観光バスは、絶えず
後続の追越しをかける車に注意が必要なほどである。
中国の経済発展は恐ろしい。
二三年先に中国に行けば、
もっと驚く事態になっているに違いない。

あるいは、予測の付かない原因で、驚異の経済発展が,
どこかでつまずいて、不況の真っ只中にいるのかもしれない。

浮動票ではなく、選ばれた優れた政治家が舵取りをして、
不況に突入する前に、
上手に方向転換しているかもしれない。

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香港・マカオー遠い歴史を訪ねて(中国紀行 4)

2020年06月15日 20時50分10秒 | 上海・北京・香港・マカオ(中国紀行)

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香港・マカオの1(ワン)、2(ツウ)、3(すり)

2001年12月に白血病、多発性骨髄腫の治療で
7ヶ月間入院生活を終え、外国旅行がしたいばかりに、
退院後は衰えた体力回復に、散歩を少しずつ強化した。
最初は1キロメートルから初め、2キロに増やし、3キロにと
1年後には10キロ歩けるようになり、疲れも感じなくなってきた。

入院中に抗がん剤の副作用を抑える薬物の副作用で、糖尿病が悪化し、
糖尿病を更に悪化させないため、散歩は欠かすことが出来ない毎日の日課であった。

一心に体を鍛えた甲斐あって、一年がかりで体力も整い、
さて、東欧のポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーを
訪問しようと、計画を立てたところ、主治医から待ったが掛かった。
いかに体力が整ったとはいえ、行き先がすこし遠方過ぎるという。
そこで白羽の矢が当たったのが、
中国の香港マカオ。

ここなら近い。

しかも五泊六日で約六万円と旅費も安い。
病み上がり後の旅行にはちょうどよいと医師の了解を得たのが、
中国訪問の最初であった。

マルコ・ポーロのミニ東方見聞録よろしく出発した。
友人から雑踏の中の香港での注意など聴いて出かけた。

素晴らしい夜景と市街地の雑踏は、「すり」が横行するところではあるが、
必ず行ってくるように。

交差点で信号を待つときは、一番前で待ってはならない。
後ろからちょっと押され、車道へはみ出すところを、親切な中国人が、
危ないと抱きかかえてくれる。

後ろを向いてその親切に対して、
たった一つ覚えた中国語で「謝謝(しぇしぇ)」とお礼を言う。
中国人はにこやかに挨拶をして、雑踏にまぎれる。
ふと気が付いて、懐に手をやると見事に財布を盗られている。
この手口を{ワン・ツー・スリー}と言うのだ。
友人がやられた例を細かく教えてくれた。

なんでワン・ツー・スリーかと言うと、ワンは交差点で押す人、
ツーは、それを抱きかかえて掏りを働く人、それがスリー(すり)の手口だから、
「ワン・ツー・スリー(すり)」というと教えてくれた。
彼が香港へ行ったのは、香港が中国に返還される前の話であった。

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(街角)

ボクが訪ねた香港は、中国返還後五年が経過していた。
友人が注意したような香港の雑踏はなく、
人通りもまばらな市街地に変わり果てていた。
「ワン、ツー、スリー(すり)」なんて出ようもない寂れようで、
商店の看板だけが異様に歩道にはみ出しているのが印象に残った。

同じ国なのに、中国人の香港入国は、税関を通過しなければならない。
香港へ入ろうとする中国人は膨大な数で、
税関検査レーンが沢山あるが、
そこに並ぶ中国人も並大抵な数ではない。
観光に来た外国人が、中国人と一緒に税関を通るには、
半日は費やさなければならないほどの人の列である。

そのため外国人は外国人だけの特別レーンがあって、そこを通り抜ける。
こんな時、平和で治安のよい日本からの来客は、
ほとんどノーチェックで通過できる。
信用とは恐ろしいものである。
この通関事務所に入る前の道路から事務所内、
そして事務所から出た後が、
日本人が置き引き、すりに最も狙われやすい場所のようである。
ガイドさんからたびたびの注意があった。

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(マカオの馬祖閣)

Dsc00118
(アヘン戦争で残った?マカオの天主堂の壁、後は木造のため消失?)

一昔前までは、海外ブランドの免税品を買う、買い物ツアーが多かった香港マカオも、
偽者ブランドが出回り、また粗悪品で悩まされたニュースを良く知っている昨今の旅行者は、
物売りをからかうことはあっても購入する人はいない。

歩いていても、レストランでも物売りは付いて回るが、
初めから「偽ブランドです」といって売るケースも散見された。
そんな偽ブランドは、極端に安価で、フェンディやセリーヌ、グッチやシャネルなど
ボクは良く知らないが、聴くところによると正価の10%程度の価格であるようだ。
本物と見分けが付かないような商品を、
「ハイ!偽ブランド品よ!」とお土産にするのも一手かもしれない。


ところで、話は現在に戻る。
最近、香港では逃亡犯条例が制定されそうで、
香港市民が総出で立ち上がり、猛反対して居る。

いつのまにか中国共産党に埋没しかねないとの反対だ。
一国二制度を守り民主化を続ける気合の入れようが違う。

日本では、アメリカに尻尾を振って、
いい子、良い子と頭を撫でられ、
イージスアショアを何億も出して買わされ、
何のことは無い、日本のためかと思って居たのに、
秋田へ配備するのは、ハワイを守るため、
防府に配備するのはグアムを警備するためと、
アメリカを守るために配備するらしい。

国民は老後に備えなさいよ、どのみち年金だけでは足りないのだからと、
そう警告しているのに、
そんなに足りなくなるの?と問題になるや、
参院の選挙に影響するからと
そう言う報告書は無かったことにしようとする、
どうも日本の政治家のやって居ることは解らない。

国や国民の将来について考えているのではなく、
目先の自分たちの選挙のために動いて居るようでは、
政治家と言えないですね。

嘆かわしい!
そんな人たちを選んだのは国民なのだが・・・・。

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