ヒカラビ一家の花日記

山の上に住む花農家から 魚沼発のあれこれを

野沢

2008年03月17日 | 家族
子供たちが 「雲の上に行って来た」 と喜んだ風景。

雲海の上に浮かぶ魚沼三山から苗場山の景色を見せられただけでもここに来た価値が有ったと思う。

6年生の付き合いから始まった野沢旅行の4年目。
1年目は我家だけしかスキーをしなかったのだがおととしは全部の子供が滑った。
去年は雪が無かったので温泉と釣り。
ついに今年は親たちまで初心者デビューと相成った。

初日はまだ宿に残った組もいたがとりあえず頂上まで登ってきた。

見違えるような若武者ボーダーに成長した6年生と1年下のヒカラビ君が 「長男ズ」
無鉄砲な「次男ズ」
そして怖いもの知らずの「直ッカリ末娘ズ」

まずは長男ズの滑りを動画でhttp://picasaweb.google.co.jp/hikarabidouga/2008_03_15/photo#5178557299968775682
すごいスピードで、どこにでも突っ込んで行く。なかなか追いつかないようになってしまった。http://picasaweb.google.co.jp/hikarabidouga/2008_03_15/photo#5178558429545174546
小出と須原しか知らない子供たちに野沢の巨大なゲレンデはすごい衝撃を与えたようで、まるで犬のように滑りまくった。
長男ズの前後を男親が固めて、そのほかは奥方がまとめてくれていたのだが、下山のときに間違って末娘ズまで野沢名物の「シュナイダーコース」に来てしまったのだが
http://picasaweb.google.co.jp/hikarabidouga/2008_03_15/photo#5178538754299991538
怖いもの知らずのこの子たちにはまったく楽しいだけのようだった。
縦壁のようなコースを圧雪車のような直ッカリボーゲンで降りてゆく。
http://picasaweb.google.co.jp/hikarabidouga/2008_03_15/photo#5178558773142558242
滑り終わって「あー楽しかった」この末娘たちの未来は明るい。

初日は足慣らしと思っていたのだが、広い野に放てばそんなわけには行かない。
みんなガツガツ滑ってしまったのだ。

さて、前から宣言していた「50歳の挑戦」だが、

いきなり最初の一本目で簡単に制覇してしまった。
6キロを越すスカイラインコースの一気滑り。
昔のようにカットビで滑ったわけじゃない。
年相応のスピードで大きなパラレルで流しながら滑ったので割りと楽に完走できた。
しかも皆をぶっちぎって楽々の1着だった。

前に学校で長男ズ(背はもう父より高い)に取り囲まれて 「野沢行くんだろうな」と凄まれた時 「ついて来れるのか」と突っ張り返した手前もあったので、無事完走できてよかった。

野沢は関西からの客と外人客がすごく多い。
テレビで報道している通りだ。
スキーリゾートは好景気の外国からの客で潤っている。
看板も場内アナウンスも英語を交えている。
一昔前とはまったく逆の立場に日本もなってしまった様で、複雑な気がする。


観光客はどこでも陽気だ。
レトロな野沢の温泉街は最高だろうな。

前日の役員会から記念誌用の写真の整理で、ろくに寝ていなかった上に、小学生相手にむきになって滑ったもんだからラーメン屋で酔いつぶれてしまった。
ラーメン食った記憶もない。 青空の夢を見た。多分      つづく

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楢枯れ

2008年03月15日 | 観察
村の山際に在る、湧水池を見下ろして立つ楢の巨木が枯れてからもう何年も経つ。
2本の木が絡みついた巨木は町の銘木に指定されていたほどのものだったが。

数年前の暑い夏に山の楢の木がいっせいに葉を落とした。
そのせいではなく、楢枯れは虫が運ぶ病気だそうだ。
どんどん伝染してもう4本の大木が枯れた。
         
たいした山を背負っているわけでもないのに山の上のこの村には水が湧き、土器や石器が出てくるところから見ると、きっと太古の昔からここのは人が住んでいたのだろう。

この湧水池、昔は今の半分以下の大きさだったが昭和40年代の土地改良事業のときに拡張されている。
枯れることの無いこの池は昔から村中の田の用水でありまた防火用水でもあった。
池の上の雑木林は「水林」と呼ばれる誰も手を付けない共有林だ。

なぜこの山奥の、山の上の集落に「舟」の字がつくのか?
昔から謎の中の謎なのだ????

一説によると船底のような地形と言う人がいるが、決め手の説は無い。
航空写真を見れば確かにとんがった船の舳先のようにも見えるが、大昔の人が上空から見れるはずも無い。

このたびの畑地帯総合整備事業では我家の裏、水林ちかくで地質、水源調査のために100mほどの深さの試掘を行った。。

昭和61年の調査図を見ると、地下数十mの所には地表とは違う地形の波があり、大石から山ノ下を貫いてこの水林、湧水池の下を通り魚野地の上島に抜ける「鍛冶屋敷向斜」なる地下水位の高い帯があることがわかった。

田川入り沿いには逆に地中の山脈、水のあまり無い「田河川背斜」と言う帯がある。
252沿いでは消雪パイプの井戸掘りがいたちごっこになるわけだ。
対岸の田河平にも「下島向斜」と言う帯があって、水脈が高い。
どうりで、諏訪峠の近くには昔の水田跡もあるし、おり渡り沢にはダムもある。
山の上を掘ったほうが水脈に当たるとは、皮肉なものだ。

太古の昔からの水の道が集落を作り、人の暮らしを支えてきた。
だが、「舟」の字の謎にはたどり着かない。

太古の昔からあるような楢の巨木が次々枯れていく。
         
茸が木を分解し、森はまた再生するが、不安は膨らむばかりだ。
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ふうきんと

2008年03月13日 | 発信
今日はとてもよく凍みた。

午前中くらい渡れるほどの硬い 「しんばい」だった。

ちなみに、猫がやっと渡れるくらいの硬さを 「猫しんばい」 といいます。

たっぷりとべと撒き(炭の粉)をしました。

ほんとはこの人のようにほんとの土のほうが消えるんだけどね。

今日は初物を食いました。
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ジュー と融ける

2008年03月11日 | 発信
朝からおにぎりを持って山へ除雪に。
この町を見下ろす平らは雪が少なくて1m50cmくらい。
1回に80cmほどの雪を跳ばせるが今年は軟らかくてそれ以上掘るとドサッと陥没してしまう。

それでも今年はこうやって多少の開花調整ができる。
去年はこれができないほど小雪だったのだ。

そういえば去年の今頃NH○の取材を受けたんだったな。
「週間子供ニュース」「小雪がもたらす影響」だったかな?
結構あちこちから反響の電話が来たっけ。

冬の間ウサギのかじったあと。おいしそうじゃないけど。

がけのひび割れを覗いたけど、まだ生命反応はなかった。

ここには大量の生命反応あり。 どの杉の木もびっしり。
人によっては怖い季節がやってくる。
           
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ノーブル

2008年03月10日 | 発信
突然思い出したようなネタだけど。

高知の牧野富太郎記念館に飾ってあったノーブル。
八重咲きの透かしユリです。
サンシローの変異種を高知県が力を入れて増殖しているものらしい。

なかなか品のいい色をしているので有望と思うのだが、変異種の問題点はしっかり固定しているかどうかだ。
買えるほどに増えてくれるといいのだが。

さすがグロリオサの産地ですね。
よくみると黄姫ユリが入っている。
絶滅危惧種だと思うのだが、さすが植物園だ。

我家にもあるちょっと変り種。
スプレー咲になる芍薬。

昔、中国から買ったうちの一品種。
ゆるめてから切っても花持ちが良いのでこれも商品化できるのだが。

写真を整理していたら、、つい寄り道でした。
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太陽を背に受けて

2008年03月09日 | Weblog
ワゴンセールで売ってたジョンデンバー買っちまった。

子供たちも 「カントリーロード知ってる」
でもジョンデンバーは知らねぇんだよな。

sunshine on my shoulders 何のコマーシャルだったかなぁ
誰か覚えてねぇ?
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おおいぬふぐり

2008年03月09日 | 発信
初物です。
今年最初に我家で咲いた花。ハウスの中の雑草。
外はまだたっぷり雪の山。でもだいぶ春の陽気になってきた。
         
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なまこ

2008年03月08日 | ぼやき
毎日5~10センチくらいの新雪が積もってはいるが、気温は春めいてきた。

朝からハウスに球根を植えて、久しぶりに穏やかな海へ。
釣果はタイトルのみ。
          
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1982年初めてのオランダ 5

2008年03月07日 | 旅行記

ベルギーとの国境をいつ越えたかはわからない。
東京駅のモデルになったアムステルダム中央駅から寝台車に乗った。
6月のオランダは11時を過ぎても日が沈まない。
眠るのがもったいなくてひたすら窓の外を眺めながら語り合った。

眼が覚めたころ、列車はパリの駅に着くところでした。
旅の最後は観光です。
ルーブル美術館では本物の「ミロのビーナス」「モナリザ」と対面しました。
モンマルトルの丘では絵を買いました。

観光都市「パリ」はとても洗練されていてきれいです。


歴史の深さだろうか?ヨーロッパは込合っているのに片付いている。
オランダの農家には無駄な農機具や捨てたほうがいいような雨合羽は見当たらなかった。
とにかく無駄なく洗練されている。
育種は育種、養成は養成。流通は流通。
とてもしっかりした区分ができていて、とても日本の球根養成とはコストが違うなと強く思いました。

オランダには今までに4回行きました。
行く度に視点が違うのは年を重ねるせいでしょう。
感じることもまったく違うのですが、
最初のオランダはとにかく「驚くこと」が目的だったようでした。
ヒカラビの父24歳。
            


おまけ。

コインに刻まれたアラビア文字。
給油のために立ち寄った中東バーレーン。
夜中に開いていた売店でキーホルダーを買った。

おつりにもらったコインが、たぶん一生訪れる事の無いであろう中東との距離を少しだけ近くするのです。
サッカーで、ハンドボールで、石油の問題で、バーレーンと言う国の名前がテレビから聞こえるたびにコインの分だけ身近に感じるのです。

ちょっとした寄り道が旅に味をつけ、思い出を深いものにします。

寄り道っていいもんですね。あまりまっすぐ進むだけだと人間かたわになるように思う。
業界人にはそういう人もいます。

ブログを始めて今日でちょうど1周年です。
ブログも日々の暮らしの中のちょっとした寄り道です。
寄り道のおかげで足元に咲く花に気づきます。

2年目もよろしくお願いします。



次回予告。  (いつの事やら?)
1985年。初めてのアメリカ。
オレゴンからカリフォルニアまで、花農家を訪ねてバスの旅。

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世界ラン展 2

2008年03月06日 | 観察
全国花き生産者大会の視察で見せていただいた「モテギ洋蘭園」の出展品。

ハウス規模はそれほど大規模とは感じなかったのだが、苗を海外で栽培する方法や隙間なしに効率良くハウスを回転させることなど、感心することばかりでした。
だいたい、製品のクオリティーがすごく高い。


バスの中で小耳に挟んだ会話
「鉢花農家は売り上げ1億円を目標にがんばっている。でも1億円を越えると4.5億はすぐにいってしまうもんだ」

まったく無駄なくそろったハウス内を見ると納得してしまう。

できるだけ付加価値を付けるためにはニーズに沿ったところまで商品化する。
 
 職人が働く工場のようだった。
あの日見た作品が東京ドームでも目を引いていたそうです。

従業員は4人だが、パートさんが60人も働いている。
ハウスの栽培作業のほかに枝や花の向きをそろえて製品化する工程には多くの手作業が必要です。
農業の域を超えている感じがしました。

中にはかわいいパートさんもいるのです。


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