WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

酒井俊という歌手

2006年06月05日 | 音楽

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私の住む町に小さなジャズ喫茶があり、月1~2回程度ライブをやっている。最近は仕事が忙しくいけないでいるが、以前はよく聞きに出かけたものだ。田舎のジャズ喫茶といっても、たまには大物が来ることもあり、例えばMal Waldronのソロを見たのもここだった。

ところでこのジャズ喫茶で年に1~2度ライブを行う歌手がいる。酒井俊という歌手だ。私が最初に酒井を聞いたのは、今から7~8年前、その店のライブだった。今ではすっかり名曲となった「満月の夕べ」にたたきのめされた。ポップスとも演歌ともつかぬ旋律だか、しっかりと何かが伝わってくる。また、「解き放って いのちで笑え 満月の夕べ」と歌う歌詞の内容とその解釈にすっかり魅了された。

その後、私の住む町に酒井俊がやってくるたびに、都合がつけばライブにいくようになった。CDも数枚買った。酒井のライブはたいへんアットホームでリラックスした雰囲気だが、どんな小さい会場でも懸命に歌を届けようとしてくれる姿勢には、本当に好感が持てる。レパートリーもジャズのスタンダードはもちろん、映画音楽からトム・ウエイツやジョン・レノン、果ては童謡や美空ひばり・越路吹雪にまで及び、場合によっては、マイクをつかわずに本物の生の声を披露してくれることもある(声が空気を伝わって聞こえてくる感覚はたまらない)。

名曲「満月の夕べ」はその後結構ヒットし、2003年の第45回日本レコード大賞企画賞を受賞したらしい。この曲は阪神淡路大震災のことを歌った曲で、その途方にくれるような悲しみとともに、すべてが壊れ去った後の人間の解放と自由と連帯を歌ったものだ。情景が浮かぶような歌詞を、噛み締めるように歌う酒井の歌唱は圧巻である。日本の音楽にあまり好感が持てない私だが、この作品は別である。人生に数曲出会えるかどうかの1曲であるとさえ考えている。ヒットしたおかげで、CDにはいくつかのバージョンがあるが、私のもっとも気に入っているのは、アルバム「四丁目の犬」収録のものだ。ライブ版だが、もっとも想いが伝わってくるような気がする。バイオリン・ピアノ・チューバ・テナーという変則的な編成もいい(私の住む街のライブハウスで同じ編成の演奏を聴いたことがあるが、アコーステックな雰囲気が前面に出ており、とても良かった。特にバイオリンの太田恵資は独特の風貌をもつ変な奴だが、なかなかかっこいい。私は好きだ)。なお、このアルバムにはThe way we were(追憶のテーマ)も収録されているが、私はこれはかなりの名唱だと考えている。薦めたい。

今月、この酒井俊が私の住む街のジャズ喫茶に来るらしい。しばらくぶりにいってみようかと思っています。

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ところで、数年前、ライブでアルバム「四丁目の犬」を購入した際、酒井にサインをしてもらったのだが、そこにはこう書かれている。

  「○○○さん ありがとう あきらめないで 本当の喜びに出会うまで」

やはり、私は人生をあきらめているように見えたのだろうか?