WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

都忘れ……青春の太田裕美(24)

2013年10月29日 | 青春の太田裕美

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 極私的名盤『手作りの画集』のA面③曲目「都忘れ」である。70年代歌謡曲然とした編曲に、マイナー・フォーク調の旋律だ。サウンド全体が、非常に重い、深刻な印象を与える。いつもの太田裕美なら、もっとかわいらしく、軽いノスタルジーに載せて表現するところだ。けなげではあるが、何か「怨念」にも似た、切羽詰まった印象だ。

 都会に出ていってしまった「あなた」に対する思いを吐露した歌である。都会に行ってしまった「あなた」と、ふるさとに残った「私」。いつまでも帰ってこない「あなた」に手紙を書いたけれど返事が返ってくるかどうか不安な「私」は、都忘れの花から、「あなたを忘れてしまいなさい」といわれているような気がして、うなづきそうになる。「流れゆく月日を 見送って泣いたのよ」とあるので、「あなた」は長い間帰って来ていないようだ。そして、「今年も咲いたわ 都忘れが あなたを忘れてしまいなさいと」の部分のリフレインは、恐らくはもう「あなた」が帰って来ないだろうことを暗示している。歌われているテーマは、「木綿のハンカチーフ」と同じだといっていい。そのバリエーションだ。

 Photo「木綿のハンカチーフ」では、軽いノスタルジーとともにかわいらしくに歌われたテーマが、ここではより直接的に、暗く、重く、深刻に歌われている。なぜ、そのように歌われなければならなかったのだろうか。

 気になる部分がある。

「工場の青い屋根

   この街も変わったわ」

 歌詞の中でこの一か所だけが異質だ。「風なびく麦畑」や「走り去る雲の影」、「祭りの準備」、「太鼓の響き」など、ふるさとの情景を中心に語られる歌詞の中で、唐突で異質な印象を受ける。しかし、よく聴きなおしてみると、この部分は語り手の女性の心の動きを表すものとして語られているようだ。語り手の女性の目に映る風景が、その心の動きを表出しているのだ。例えば、「なつかしい横顔によく似た雲」が「走り去る」などというところも、「あなた」が去っていくことに対する「私」の不安な心を表出したものといえるだろう。当該箇所についても、ふるさとの街の風景の変貌を通して、自分の周りが変わっていく心の不安を表していると考えることができるのではないか。その不安の中には、もちろん「あなた」が去ってしまうことも含まれている。しかも、変わってしまったふるさとの風景の象徴が「工場の青い屋根」であり、語り手がはっきりと「この街も変わったわ」と嘆いていることは、特に重要である。

 ここで語られているのは、都市化あるいは近代化によって地方の風景が変貌しつつあるということなのだ。実際、この時代には、次々に地方に工場が建設され、その伝統的な風景が奪われていった。それは例えば立松和平『遠雷』が描いた通りだ。言い換えれば、心の原風景としての「田舎」が、都市的なもの、近代的なものによって、解体されていった時代だったということだ。そして、「あなた」が都会に行ってしまったまま帰ってこないということは、語り手の女性にとっては、「あなた」が都市的なもの、近代的なものによって奪われようとしているということでもある。

 とすれば、都市的なもの、近代的なものによって、人々の生活や人間のつながりが「蹂躙」されているということを、この歌は静かに訴えているのではないか。都市的なものや近代的なものがふるさとの風景を変貌させ、この2人をも引き裂いてしまった、ということを歌っているのだ。独善的すぎる解釈だろうか。けれども、そう考えると、この重く、深刻な、「怨念」をも感じさせるようなサウンドもうなづけるのだ。作詞・作曲者の意図の如何にかかわらず、そのような社会的な「構造」の中でこの楽曲は成立している。作詞・作曲者とて、時代の「構造」と無縁ではいられないのだ。そして、「流れゆく月日を 見送って泣いたのよ」という部分から感じられるのは、いつもの軽いノスタルジアなどではなく、重くじめじめした、「怨念」にも似た感覚である。「今年も咲いたわ 都忘れが あなたを忘れてしまいなさいと」の部分のリフレインは、それを強調する効果をもっている。都市的なものや近代的なものによって蹂躙される人々の生活と、それに対する「怨念」が、この曲を成立させている。そう私は考える。

 ところで、先にこの「都忘れ」が「木綿のハンカチーフ」のバリエーションのひとつだと語ったが、このアルバムの次の曲「青空のサングラス」にも、「木綿のハンカチーフ」という言葉が登場している。『手作りの画集』が「木綿のハンカチーフ」を強く意識していることは明らかなようだ。「木綿のハンカチーフ」がアルバム『心が風邪をひいた日』からシングルカットされたのは1975年12月21日であり、『手作りの画集』のリリースが1976年6月21日である。となれば、このアルバムは「木綿のハンカチーフ」の大ヒットによる、太田裕美旋風の真っただ中で制作されたことになる。いたしかたないことか。