自閉症スペクトラム障害(2)
自閉症スペクトラム障害(ASD)の原因については、詳しいことは解明されていないようだが、現在では脳機能の障害によるものとされている。遺伝子上の染色体などに何らかの先天的な異常があり、それが原因で脳機能に障害が生じて、認知や感覚の偏りが引き起こされる、という説明である。
ところで、自閉症スペクトラム障害の中心的な症状は、「社会性・コミュニケーションの障害」と「同一性へのこだわり(常同性)」とされているが、これらを統一的に理解するにはどのように考えればいいだろう。同一性にこだわるということは、それ以外の多様なものを排除するということであり、社会や他者への関心が薄くなる、ということにとりあえずはなるだろう。最近、この「社会性・コミュニケーションの障害」と「同一性へのこだわり(常同性)」の関係について、感覚過敏の視点から考える、興味深い説明に接したので記しておく。
自閉症スペクトラム障害をもつ人は、聴覚過敏をともなう人が多いようだ。普通の人(定型発達の人)は、聴覚について選択的注意という機能が働き、必要なものに耳を傾け、その音を選択的に聞き分けることができる。ところが、自閉症スペクトラム障害をもつ人は、この選択的注意という機能か働かず、周りのすべての音が押し寄せてくるというのだ。自分を取り巻く音が等価になるということは、すべてがノイズになるということであり、世界から意味が消滅するということでもある。とても耐えられることではなかろう。
同じことが視覚にも起こっているというのだ。目の前にいる人も、テーブルの上の物体も、その背景にあるものも、目で見る視覚的世界が意味を失った等価なものとして押し寄せてくる。そうした視覚的なノイズの洪水から身を守るために、自閉症スペクトラム障害をもつ人は自分の興味あるものだけに注意を払うのだという。その結果、「同一性へのこだわり」と「社会性・コミュニケーションの障害」という2つの症状(特性)が生じるという訳だ。この考え方の医学的、学問的な成否は私には判断する能力はないが、文系的には理解しやすい魅惑的な考え方に思える。
ところで、「同一性へのこだわり」と「社会性・コミュニケーションの障害」という2つの症状のうち、診断する上でより重要なのは「同一性へのこだわり」の方だという。「社会性・コミュニケーションの障害」を基準にすると、ADHD(注意欠如多動性障害)との判別が難しいのだという。ADHDは本来対人関係は良好であることが多いが、その衝動的な行動によって対人関係の失敗を繰り返すうちに、自信を失って他者と交流することを避け、孤立してしまう傾向がある。この場合、「社会性・コミュニケーションの障害」という観点で見ると、ASDとADHDを区別することが困難になるのだという。
岩波明『発達障害』文春新書2017
平岩幹男『自閉症スペクトラム障害』岩波新書2012
田淵俊彦他『発達障害と少年犯罪』新潮新書2018